EP 10
騙された冒険者たちの再出発と、ポポロ村の道路開通工事
悪徳マルチ商法「ADP」の特設エアドームが物理的に粉砕され、首謀者の円城寺明がドンガン地下炭鉱へとドナドナされてから三日後――。
ポポロ村の東外れに広がる未開拓の荒野に、秋晴れの高い青空を突き破るような轟音が響き渡っていた。
――ズドドドドドドドドッッッッ!
――ガガガガガガッ、ズズズズズズズ……ッ!
地響きを立てて土煙を巻き上げているのは、赤城鷹人がユニークスキル【リサイクルマスター】で召喚し、配線直結で息を吹き返させた地球の建設機械の群れだった。
黄色い車体が陽光にギラつく大型油圧ショベル(コマツ・PC200型ユンボ)が頑丈なバケットで硬い岩盤をガシガシと掘り起こし、10トンダンプ(いすゞ・ギガ)が山盛りの砕石を次々と路床へあけていく。
さらに後方では、自走式の大型タイヤローラーが巨体を唸らせ、敷き均された砂利を分厚い重量でギュッギュッと締め固めていた。
その重機軍団の足元で、泥と汗にまみれながらツルハシやスコップを振るっていたのは――数百人を超える屈強な若者たちだった。
「そこのバラス、もっと平らに均せ! ローラーが通る前に不陸を無くすんだ!」
「よし、丁張り(ちょうはり)の水糸、水平バッチリだぞ! 砕石どんどん持ってこい!」
「うおおおおおっ! 腕が千切れそうだけど、身体を動かしてると飯が美味ぇぇぇッ!」
彼らは全員、数日前までADPの甘い言葉に踊らされ、全財産を騙し取られて借金漬けにされかけていた貧乏冒険者や失業者たちだった。
ペテンの熱狂から覚め、一時は絶望して項垂れていた彼らだが、今は誰もが眼を輝かせ、真新しい「タローマン特注・耐魔高反発安全靴」の靴底を大地に踏みしめて汗を流している。
その喧騒から一段高い道路の法面の上。
腰のツールホルダーにコンベックス(巻き尺)と水平器を差し、無精髭の顎を撫でながら現場全体を見下ろしていたのは、現場監督・赤城鷹人だった。
左腕の傷だらけの金属製腕時計に目をやると、時刻は午前十一時五十分。
「……よし。路盤工の進捗は予定通りだな。午後イチでアスファルトフィニッシャーを入れりゃあ、夕方には舗装が一発でキマる」
鷹人は作業ジャケットの内ポケットから、少し潰れた紙巻きタバコの箱を取り出した。
一本を唇にくわえ、取り出したのは地球の百円均一ショップで買った安っぽい黄色いプラスチック製の使い捨てライターだ。
親指の腹で、ヤスリを無造作に弾く。
――カチッ、シュボッ。
澄み切った秋の青空の下、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡った。
揺れる小さな橙色の炎。
先端に火を吸い付け、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
吐き出された一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが、掘り返された土の匂いとディーゼル排気の熱気に混ざり合い、心地よい達成感となって胸を満たしていく。
続けて鷹人は、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを取り出すと、指先で器用に薄皮を剥ぎ、ライターの炎を直接あてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクの表面がパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
滲み出る濃厚な植物油のエキス。
立ち上る、ガツンと鼻腔を殴りつけるような暴力的なまでのスタミナのアロマ。
鷹人は火を吹き消すと、それを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「……ん。胃袋に芯が入ったぜ」
カッと五臓六腑が熱くなり、全身の血液が力強く巡る。
「おーい! 鷹人はぁぁん! 進み具合はどうでっかー!?」
砂利道を手を振りながら走ってきたのは、仕立ての良いミスリル混紡の高級和装スーツを着流した猫耳商人・ニャングルだった。
首から下げた純金算盤『十露盤』をチャキリと指先で弾き、満面の笑みで帳簿をパチンと叩く。
「ニャングルか。見ての通りだ。村の東側バイパス道路、幅員八メートル・総延長五キロ……予定工期より二日早く貫通しそうだぞ」
「ひゃ〜! さすが鷹人はんの重機采配や! 仕事が早すぎて脳汁止まらんわ! 円城寺から没収した不正蓄財金貨1,000枚(約1億円)を公共事業費に充てて、騙されとった若者五百人を全員【日給・銀貨3枚(日当3万円)】で雇い入れたわけやけどな……」
ニャングルは真鍮のキセルをスパスパと吹かしながら、目を細めて道路の先を指差した。
「この道路が開通したら、ポポロ村とルナミス帝国の東部商業都市が直結して、物流コストが従来の三分の一に圧縮されるんや! 村の特産品であるポポロシガーや月光薬、新鮮な肉椎茸がバンバン帝都へ直送できて、年間で金貨数万枚の外貨がガッポガポ転がり込んでくる計算やでぇぇッ!!」
「算盤の計算は抜かりねぇな。だが、一番大事なのはあいつらのツラだ」
鷹人が顎で示した先では、イグニスとフェイトが若者たちに混ざってスコップを振るっていた。
イグニスは真っ赤なツナギの袖を捲り、自慢の怪力で巨岩を軽々と抱え上げてトラックの荷台へ放り込んでいる。
「おらぁっ! 手取り十四万の土木作業を舐めるなよ! これくらい朝飯前だぜぇッ!」
その隣で、フェイトが汗だくになりながらツルハシを打ち下ろしていた。
「ハァ、ハァ……! コイントスで表が出るのを待つより、自分の腕を振って砕石を均す方が……一億倍生きてる実感があるぜ……ッ!」
「あいつら、いいツラしてやがる」
鷹人はニッと無精髭の口元を緩めた。
「人間、自分の手足を動かして稼いだ飯を食ってる時が、一番マトモでいられるんだよ」
「おーーーい! みんなーーーっ! お昼ご飯だよーーーっ♡」
その時、道路の向こうから、鈴を転がすような可憐な大声が響き渡った。
やってきたのは、ポポロ村長キャルルだった。
足元にはタローマン特注のミスリル鉄板入り安全靴を履き、オーバーサイズのパーカーの胸元には人参柄刺繍ハンカチが揺れている。
その背後を、四肢を踏み鳴らす自警団長マンミアが、巨大な牽引リヤカーを引いて付き従っていた。
リヤカーの上に積まれていたのは――もうもうと猛烈な湯気を吹き上げる、直径二メートルを超える巨大な鋳鉄製の大鍋だった!
「「「うおおおおおおおッ! メシだぁぁぁッ!!」」」
五百人の作業員たちが一斉に作業の手を止め、歓声を上げて駆け寄ってくる。
鍋の蓋が外された瞬間――。
ボワッッッッッッ!!!!
澄み切った秋の高原の空気を一瞬で塗り替える、猛烈に香ばしい味噌と根菜、そして豚脂のアロマが爆散した!
鷹人が早朝から大鍋で仕込み、じっくりと煮込んでおいた特製現場メシ――『規格外野菜と直火炙りニンニクの超ドカ盛り豚汁』である!
具材は、地球の食品工場からスクラップPtで召喚した極厚の豚バラ肉端材三十キロに、ポポロ村の怪奇野菜――出汁を吸ってとろとろに賢者モードへと解脱した『たまんネギ』、煮崩れしない肉厚の『月見大根』、野生の滋養が凝縮された『人参マンドラ』、そしてステーキのような弾力を持つ『肉椎茸』が山盛りに煮込まれている。
仕上げには、鷹人が黄色い百円ライターでこんがりと直火炙りにした青森県産ニンニクペーストと、地球の熟成田舎味噌がたっぷりと溶かし込まれていた。
「さあさあ! どんぶり持って並んで並んで! お代わりはいくらでもあるよっ♡」
キャルルが大きな木柄杓を振るい、湯気を上げる熱々の豚汁を、若者たちのどんぶりへ波々と注ぎ分けていく。
さらにマンミアが、炊きたてのサンライス(米麦草)のおにぎりを二個ずつ手渡していく。
「熱いうちに食いな! 現場で流した汗の分だけ、塩分と油をガッツリ補給しろ!」
鷹人の号令に、若者たちが震える手でどんぶりを掲げ、熱い汁をずずっと啜った。
――ズズッ……ハフッ、ジュワッッッッ!!!!
「――!!!!????!!!!」
一口飲んだ瞬間、若者たちの全身に雷鳴のような衝撃が駆け巡った!
豚バラ肉から染み出た濃厚な脂の甘み、根菜類の奥深い滋味、そして直火で焦がされたニンニクの暴力的なパンチが、疲弊した筋肉と五臓六腑へダイレクトに染み渡っていく!
「う……う、うんめぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!!」
「なんだこれぇぇぇッ!? 大根がトロットロで、肉椎茸から肉汁が溢れてくるぞ!」
「ニンニクと味噌のコクが、全身の毛穴から活力を噴き出させてくる……!」
若者たちが涙を流しながら、がむしゃらに豚汁を啜り、巨大なおにぎりを頬張る。
かつて冷え切ったセミナー会場で、虚構の「権利収入」という幻影にすがり、怯えながら借金書に手を伸ばしていた若者たちの顔には、泥と煤に汚れながらも、本物の生気と誇りに満ちた笑顔が満開に咲き誇っていた。
「鷹人さん……俺たち、本当に目が覚めました」
若手冒険者の青年が、空になったどんぶりを握りしめ、目を潤ませて鷹人へ頭を下げた。
「額に汗して、仲間と一緒に道を作って、温かい飯を食う……。こんな当たり前のことが、どれだけ尊くて美味いか、俺たちすっかり忘れてました……!」
「当たり前のことを当たり前にやるのが、現場の基本だ。……お前らの作ったこの道はな、何十年先も、この大陸の誰かが安全に通る道になるんだ。誇っていい仕事だぜ」
鷹人はニッと笑い、青年の肩をポンと力強く叩いた。
その時だった。
――ピロリロリロリロリロリロリンッッッ♪
秋風吹き抜ける高原の青空の下、鷹人の脳天へ、天界の全ファンファーレが一斉に鳴り響いたかのような、極上に澄み切った電子音が炸裂した!
『超大規模・更生社会基盤確立善行を検知しました』
『事象:多重債務・詐欺被害者500名の完全自立支援および就労環境の創出』
『事象:ポポロ村東部幹線道路(産業インフラ)の開通・地域経済の飛躍的発展』
『判定:一切の私欲を排し、泥臭き労働と温かき炊き出しによって人々の魂を救済せしめた至高の公共事業』
『スクラップPt +20,000Pt を獲得しました』
(……お、一撃で二万ポイントか)
ステータス画面を脳内で確認すると、所持スクラップPtは一気に【137,600 Pt】という前人未到の領域へ跳ね上がっていた。
十三万ポイント超え。もはや大型重機やプラント設備どころか、地球の地下鉄シールド掘削機や大型特殊工作車すら余裕で引き出せる絶対の資材力である。
「鷹人殿……!」
振り返ると、リヤカーの横でマンミアが琥珀色の瞳を潤ませ、筋骨隆々たる馬脚の蹄をもじもじと擦り合わせていた。
赤く染まった褐色の頬を手拭いで隠しながら、鷹人を上目遣いで見つめてくる。
「ど、道路の完成……本当におめでとうございますであります! 汗に濡れ、泥にまみれながらも若者たちを導く鷹人殿の背中……あ、あまりにも……あまりにも逞しくて……私の処女の心臓が、またしても不整脈を起こす勢いで跳ね上がってしまったであります……ッ!(トゥンク……!)」
「いや姐さん、道路工事見て発情すんのやめぇや。アスファルトの熱気で頭沸いとるだけやろがい」
ニャングルの鋭利なツッコミが炸裂し、法面を囲む若者たちやキャルルからワッと大爆笑が巻き起こった。
賑やかな笑い声が青空へと溶けていく中、赤城鷹人は再び作業ジャケットの内ポケットからタバコを取り出し、唇にくわえた。
黄色い百円ライターを取り出し、親指でヤスリを無造作に弾く。
――カチッ、シュボッ。
澄んだ硬質な着火音。
揺らぐ小さな橙色の炎で先端を灯し、鷹人はゆっくりと紫煙を天へと吹き出した。
「…………ふぅーーーーっ」
完成したばかりのまっすぐな一本道を見つめ、左腕の傷だらけの金属製腕時計に目を落とす。
「言葉が通じなくても、拳と美味いメシ、あとはエンジン音があれば世界中どこでも生きていける」
理不尽なマルチ商法を物理で解体し、傷ついた若者たちとともに道を開拓した。
現場で流した汗と、温かい豚汁の温もりは、何者にも奪えない確かな現実だった。
だが――平和を取り戻したポポロ村の広場へ、一台の泥まみれの魔導連絡馬車が、悲鳴のようなブレーキ音とともに滑り込んできた。
飛び降りてきたのは、顔面を蒼白にし、ガスマスクを首にぶら下げた猫耳の連絡員だった。
「ヒ、ヒイィィィッ! ニャングル支店長! キャルル村長! 大変です! 月の女神カグヤ様が統治する美の都『ムーンキャピタル』との定期交易便が……壊滅いたしましたぁぁッ!!」
「なんやてぇッ!? カグヤの姉ちゃんのとこで、また何が起きたっちゅうねん!」
「街全体が……下水と高級香水が混ざり合った【致死性のスメルハザード】で呼吸不能に陥っております! さらに、現地の公爵に付きまとわれた元社畜の転生令嬢が、いま『綺麗な水洗トイレとサウナのあるポポロ村へ逃がしてぇぇ!』と夜逃げ脱走を叫びながらこちらへ向かっておりますぅぅッ!!」
現場監督・赤城鷹人の前には、次なる現場――悪臭渦巻く美都「ムーンキャピタル」の上下水道インフラ大改修という、前代未聞の突貫工事が待ち受けていた。
読んでいただきありがとうございます。
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