EP 9
セラミックの歯を砕く右フック! 円城寺の完全破滅
特設エアドームの真紅の絨毯には、気絶した用心棒たちの呻き声と、壊れた音響アンプから漏れ出る不快な高周波ノイズだけが響いていた。
元四天王の合体魔将ダストンが業務用極厚鉄板をドカリと床に突き立て、荒い息を吐きながら額の汗を拭う。その横では、ケンタウロス自警団長マンミアがパイルバンカー内蔵盾『アグニ』を構え、残党がいないか鋭い琥珀色の瞳で周囲を警戒していた。
倒れた配線の火花がバチバチと散る中、ステージの上へ続く階段を、一段ずつ規則正しい足音を立てて登っていく男がいた。
煤けた作業ジャケットの袖を捲り上げ、無精髭の顎を撫でる男――赤城鷹人である。
「ひ、ヒィィィィッ……! く、来るな……ッ! 来るんじゃないッ!!」
ステージの中央で、ADP代表・円城寺明は尻餅をついたまま、無様に後ずさっていた。
自慢の高級イタリア製純白仕立てスーツは用心棒たちの血煙とホコリで薄汚れ、ピンクのネクタイは無様に歪んでいる。後方の巨大魔導スクリーンには、今なおコタツで缶ビールを片手に「あ、円城寺クン完全に詰んだね〜☆」とケラケラ笑う魔王ラスティアの姿が映し出されていた。
「わ、私は……私は選ばれし成功者なんだぞッ! 地球でも、この異世界でも、情報弱者の大衆を動かして億の富を生み出す時代のカリスマなんだ! 君のような泥臭い現場のドカタに、私の至高のビジネスモデルを否定される筋合いはないんだよぉぉッ!!」
マイクを投げ捨て、自らのプライドの残骸にしがみつくように絶叫する円城寺。
だが、鷹人は眉ひとつ動かさなかった。
ステージの頂点に歩み出ると、右手に持っていた足場用単管パイプを、無造作にドームの床へ放り投げた。
カラン、コロン……と、冷たい金属音が壇上に響く。
「……おい、白スーツ」
鷹人は作業ジャケットの内ポケットへ手を伸ばした。
取り出したのは、少し潰れた紙巻きタバコの箱。
一本を唇にくわえ、地球の百円均一ショップで買った安っぽい黄色いプラスチック製の使い捨てライターを構える。
親指の腹で、ヤスリを無造作に弾いた。
――カチッ、シュボッ。
張り詰めた静寂の中に、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡る。
揺れる小さな橙色の炎。
先端に火を移し、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
吐き出された一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが、円城寺の鼻腔を容赦なく突く。
続けて鷹人は、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを一片取り出すと、薄皮を剥ぎ、ライターの炎を直接あてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクの表面がパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
滲み出る濃厚なエキス。立ち上る、ガツンと鼻腔を殴りつけるような暴力的なまでのスタミナのアロマ。
鷹人は火を吹き消すと、それを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「……ん。胃袋に芯が入ったぜ」
胃の底からカッと熱い活力が湧き上がり、全身の血流が加速する。
鷹人は短くなったタバコを携帯灰皿へねじ込んで蓋を閉めると、ゆっくりと円城寺の目の前まで歩み寄った。
「た、助けてくれ……! 金ならやる! 隠し口座の暗号も、ナンバーズに預けた資産も、全部君に譲る! 金貨千枚……いや二千枚だ! 二億円くれてやる! だから見逃してくれぇぇッ!!」
額を床に擦り付け、涙と鼻水を垂らして命乞いをする円城寺。
かつて弱者たちを煽り立て、借金を背負わせて踏み躙ってきたカリスマの、これが紛れもない真の正体だった。
だが、鷹人は説教など一言も口にしなかった。
説教は嫌いであり、悪党に無駄な言葉をかける趣味は持ち合わせていない。
左腕の傷だらけの無骨な金属製腕時計のバックルを、親指でカチリと固める。
腰を落とし、体重を完全に右足へと乗せた。
工業高校で鉄を叩き、車の期間工でラインを回し、自衛隊工作部隊で土嚢を積み上げ、世界中の路地裏の修羅場を潜り抜けてきた、頑強なる現場作業員の肉体。
「言葉が通じねぇなら、あとは拳でケジメをつけるだけだ」
円城寺が絶望に目を見開いた、その刹那――。
鷹人の右拳が、大気を激震させながら唸りを上げて振り抜かれた!
――ドッガァァァァァァァンッッッッ!!!!
金属製腕時計の分厚いステンレスのコマと、鍛え上げられた拳の質量が、円城寺の顔面――陶器のように不自然に白く輝いていたセラミックのホワイトニング義歯へ、正確無比な角度で激突した!
バキィィィッ! ガシャァァァンッ!
凄まじい衝撃音とともに、純白の義歯が十数本、粉々に砕け散って血飛沫とともに宙を舞った!
円城寺の身体は錐揉み回転を描きながら吹き飛び、ステージ背後の特大スクリーンの柱へと頭から激突した!
ドサリ。
下顎を完全に粉砕され、白目を剥いて泡を吹き、手足をピクピクと痙攣させる円城寺明。
その顔面には、もはや「カリスマ」の面影など微塵も残されていなかった。
シーン……。
ドーム全体を、圧倒的な静寂が支配した。
正気に戻った五百人を超える若者たちが、息を呑んでステージ上の赤城鷹人を見つめている。
鷹人は痛む手首を軽く回し、作業ズボンのポケットからウエスを取り出すと、拳についた血を無造作に拭い去った。
「……ふぅ。現場のゴミ処理は、これで完了だな」
その時、ステージの袖から、軽快な足音と乾いた拍手が響いてきた。
パチ、パチ、パチ、パチ。
「実に見事な一撃でございました、鷹人殿」
歩み出てきたのは、黒漆の燕尾服をまとった人狼執事・リバロンだった。
銀縁の片眼鏡を優雅に押し上げ、白手袋の手には、すでに完璧に起草された分厚い法務差し押さえ目録が握られている。
その隣には、純金算盤『十露盤』をパチパチと弾きながら、満面の笑みを浮かべる猫耳商人ニャングルが付き従っていた。
「ニャングル、裏の金の回収はどうなった?」
鷹人が尋ねると、ニャングルはキセルをくわえ直してニカッと八重歯を見せた。
「完璧や、鷹人はん! リバロン殿が事前にルナミス帝国警察と内務官オルウェル殿へ『特級詐欺事案の緊急差し押さえ令状』を回しといてくれたおかげでな! 円城寺がナンバーズのスリー(ギリルク)の地下ルートへ逃がそうとしとった隠し金貨3,000枚(約3億円)の全口座、1秒の狂いもなく完全凍結・強制接収に成功したでぇぇッ!!」
「全額差し押さえたのか?」
「当たり前や! これで、ここに集まった若者たちが騙し取られたスターターキット代や参加費は、手数料ゼロで【全額即時返金】や! 借金の契約書も、ゴルドスマイル銀行の権限で今この場で全部『無効・白紙破棄』やから安心しぃやぁッ!!」
ニャングルの拡声器を通した宣言に、フロアの若者たちから地鳴りのような歓声が爆発した!
「うおおおおおおおおッッッッ!!!!」
「金が戻ってくる……! 借金が帳消しになったぞぉぉッ!」
「助かった……! 俺たち、破滅しなくて済んだんだぁぁッ!!」
涙を流して抱き合い、飛び跳ねて歓喜する若者たち。
その横で、リバロンが冷徹な糸目の笑みを崩さず、万年筆を走らせた。
「なお、被害者全員への全額返金を完了いたしましても……円城寺が過去に他地域で溜め込んでいた不正蓄財の余剰金が、約【金貨1,000枚(約1億円)】ほど残存しております」
「ほう、余剰金か」
「ええ。こちらの資金につきましては、帝国法務規定に基づき、不法セミナーによって損壊した荒野の環境復旧費、並びにポポロ村の公共インフラ整備基金として【全額適法に接収】させていただきます。……ニャングル殿、村の口座へ入金処理をお願いいたしますね」
「毎度おおきに! 一撃で1億円の地域振興予算獲得や! ポポロ村の財政、また黒字更新やでぇぇッ!!」
ニャングルの算盤が黄金色の火花を散らす。
さらに、崩れた壁の向こうから、ドンガン鉱山局の重装甲トレインが砂煙を上げて現着した。
頑固ドワーフの隊長が鉄格子を開け、気絶して泡を吹く円城寺と用心棒たちの首根っこを掴んで放り込んでいく。
「ガハハ! また景気のいい獲物だな、リバロンの旦那! このペテン師野郎には、自慢のホワイトニングの歯の代わりに、地下二千メートルの炭鉱で一生石炭の粉を噛み砕かせてやるわい! 刑期はたっぷり【三百年】だぁッ!!」
ガコン、と重い鉄扉が閉ざされ、護送トレインは地底の闇の中へと消え去っていった。
その時だった。
――ピロリロリロリロリロリロリンッッッ♪
鷹人の脳天へ、天界の全鐘楼が一斉に鳴り響いたかのような、心地よい澄んだ電子ファンファーレが炸裂した!
『超特大・地域社会救済善行を検知しました』
『事象:大陸規模の悪徳マルチ商法組織(ADP)の完全物理解体』
『事象:情報弱者500名以上の多重債務・破滅危機の回避および全額資産回復』
『事象:犯罪組織ナンバーズへの不正資金ルート(約3億円)の完全遮断』
『判定:一切の私欲なき純粋な正義執行と、卓越した現場統率力による治安維持』
『スクラップPt +15,000Pt を獲得しました』
(……お、一撃で一万五千ポイントか)
ステータス画面を開くと、所持スクラップPtは一気に【117,600 Pt】という天文学的な数値へ到達していた。
十万ポイントを悠々と突破し、いよいよ地球の巨大インフラ資材でも何でも自在に引き出せる絶対の領域である。
「鷹人の旦那ぁぁぁッ!」
振り返ると、ステージの下から、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしたイグニスとフェイトが駆け寄ってきた。
フロアには、騙されていた若手冒険者たちも集まり、鷹人を見上げて深々と頭を下げている。
「俺たち……俺たち、本当に目が覚めたぜ……! 旦那がいなきゃ、俺たち全員、人生をドブに捨てて鉱山送りになるところだった……!」
「でも鷹人さん……俺たち、借金はチャラになったけど、これからどうやって生きていけばいいんだ……? ギルドの仕事も干されて、住む場所も金もねぇんだよ……」
項垂れる若者たち。
彼らの言葉に、赤城鷹人は再び作業ジャケットの内ポケットから新しいタバコを取り出し、黄色い百円ライターで火を灯した。
親指でヤスリを弾く。
――カチッ、シュボッ。
夜風の中に揺らぐ橙色の炎。
紫煙をゆっくりと夜空へ吐き出す鷹人。
左腕の傷だらけの金属製腕時計に目を落とし、無精髭の口元をニッと吊り上げた。
「何を情けねぇツラしてんだ。五体満足で生きてりゃあ、いくらでもやり直せる。……なぁニャングル、村長公邸の前の未舗装道路と、東側の灌漑用水路の拡張工事……人手が足りねぇって言ってただろ」
「おっ、鷹人はん、それや! ポポロ村の公共事業で、こいつら全員を【日給・銀貨3枚(日当3万円)】の正規現場作業員として雇用したるわ! 飯付き、宿付き、タローマン特注の安全靴支給やでぇぇッ!!」
「「「ええええええっ!? 日当三万円!?」」」
若者たちが驚愕で目を丸くする。
鷹人はニヤリと笑い、ダンプカーの荷台をトンと叩いた。
「言葉が通じなくても、拳と美味いメシ、あとはエンジン音があれば世界中どこでも生きていける」
「ペテンの夢を見る暇があるなら、明日の朝から現場で泥臭く汗水流して稼ぎな。……現場監督が、本物の職人の生き方を叩き込んでやるよ」
夜の荒野に、若者たちの歓喜と決意の歓声が響き渡った。
悪徳マルチ商法「ADP」は完全に粉砕され、ポポロ村の次なる現場仕事――若者たちの再出発をかけた熱い土木工事への道が、力強く開かれようとしていた。
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