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『異世界のゴミ召喚士〜元自衛隊工作員、重機と野戦メシで限界集落を最強要塞にする〜』  作者: 月神世一


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EP 5

潜入・ADP特設セミナー会場! 白スーツのカリスマ

 夜の帳が完全に降りた荒野の窪地に、特設エアドームの極彩色ネオンが妖しく脈動していた。

 ドームの屋根に掲げられた巨大な看板幕が、夜風にバタバタと煽られている。

『【ADP】第42期・魔王城攻略コアメンバー選抜プレミアムセミナー』

『初期投資十万円! 仲間を三人誘えば実質ゼロ円! 魔王を倒して一億円の権利収入!』

 その白亜のドームの正面入り口から、数台の魔導大型換気扇を通じて、外の冷気へ向けて甘美で生温かい桃色の霧が吐き出されていた。

 精神を弛緩させ、理性のストッパーを溶かす高濃度の精神干渉マナ。

 吸い込まれるように会場へと入っていく若者たちは、誰もが焦点の定まらないトランス状態の笑みを浮かべ、うわ言のように「権利収入」「一億円」「人生逆転」と呟いている。

 その列の最後尾から、砂利を力強く踏みしめる足音が近づいてきた。

 キュッ、キュッ、と鳴る頑丈な安全靴のゴム底。

 油と煤でくすんだ無骨な作業ジャケットに、無精髭の顎。

 赤城鷹人は作業ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、周囲の異様な熱気を冷徹な眼光で見据えていた。

「……おいおい。換気設備から垂れ流してるのが、これだけ露骨な毒ガスハザードとはな。労働安全衛生法どころか、現場の空調基準すらゼロの欠陥設計じゃねぇか」

 鷹人は鼻先をかすめた桃色の霧を嫌そうに手で払うと、胸ポケットへ手を伸ばした。

 取り出したのは、少し潰れた紙巻きタバコの箱。

 一本を唇にくわえ、地球の百円均一ショップで買った安っぽい黄色いプラスチック製ライターを構える。

 親指の腹で、ヤスリを無造作に弾いた。

 ――カチッ、シュボッ。

 静かな夜の荒野に、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡る。

 揺れる小さな橙色の炎。先端に火を吸い付け、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。

「…………ふぅーーーーっ」

 夜空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。

 ツンとしたタバコの香りが、漂っていた甘ったるい精神干渉の気配をスッと切り裂いていく。

 さらに鷹人は、作業ジャケットの胸ポケットから、大玉の青森県産生ニンニクを一片取り出した。

 指先で素早く薄皮を剥ぎ、ライターの炎を直接あてがう。

 ――チリチリチリ……ジュワッ。

 直火に炙られたニンニクの表面がパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。

 立ち上る、暴力的なまでの濃厚なスタミナのアロマ。

 鷹人は火を吹き消すと、それを前歯でカリッと噛み砕いた。

 ――シャクッ。

「……ん。胃袋に芯が入ったぜ」

 ガツンと鼻腔を突き抜ける鮮烈な辛味と、直火が引き出した甘味。

 カッと五臓六腑が熱くなり、全身の血流が加速する。

 大脳皮質を覆おうとしていた【熱狂空間(セミナー・マインド)】の微弱な幻覚毒気など、この強烈なアリシンと刺激臭の前に、跡形もなく消し飛んでいた。

 鷹人は短くなったタバコを携帯灰皿へねじ込むと、背後の気配へ声をかけた。

「おい、準備はいいか」

 ダンプの影から、二つの人影が音もなく滑り出てきた。

 一人は、仕立ての良いドワーフ製ミスリル和装スーツをまとい、純金算盤『十露盤』を懐に抱えた猫耳商人・ニャングル。

 真鍮のキセルをカチリと鳴らし、黄金色の瞳をギラつかせている。

「準備万端やで、鷹人はん。キュララの手羽先天使には会場の裏手から魔導カメラの潜入回線を確保させとるし、ルナのお嬢ちゃんも待機中や。……あの白スーツのペテン師、今日のセミナーで最後の集金を完了して、夜明け前には帝都の闇ルートへ全額持ってトンズラする気満々や。逃がしたら村の経済の信用に関わるわ!」

 そしてもう一人、黒漆の燕尾服を寸分の乱れもなく着こなした人狼執事・リバロンが、銀縁の片眼鏡(モノクル)を押し上げながら優雅に一礼した。

「会場内の人員配置、退路の遮断工作、並びにルナミス帝国警察への事前通告書類はすべて起草済みでございます。……手取り十四万のイグニス殿と、ギャンブル狂のフェイト殿には、自警団詰所で正座して猛省していただいておりますので、後顧の憂いはございませんよ」

「よし。乗り込むぞ」

 鷹人は左手首の傷だらけの金属製腕時計のバックルを確かめると、ドームの正面扉をドカリと押し開けた。

 ドームの中に足を踏み入れた瞬間、轟音のような重低音のBGMと、異様な熱狂が全身を叩きつけてきた。

 天井のシャンデリア魔導具が回転し、フロアには五百人を超える若者たちが所狭しと密集している。

 その中央――高く組まれた真紅のステージの上で、完璧にセットされたツーブロックヘアを光らせ、ワイングラスを片手にマイクを握りしめている男がいた。

 ADP代表最高経営責任者――円城寺明(えんじょうじ あきら・三十二歳)である。

 純白の高級イタリア製仕立てスーツに、鮮やかなピンクのシルクネクタイ。

 口を開くたびに、陶器のように真っ白にホワイトニングされたセラミックの義歯が、照明を反射してギラリと輝く。

 円城寺はワイングラスを揺らし、流れるような身振り手振りを交えながら、スピーカー越しに甘い美声を響かせていた。

『――皆さん、よく考えてみてください! 私たちはなぜ、この過酷な異世界に生きているのか? 毎日毎日、ギルドの掲示板にしがみつき、泥水のようなポーションを啜り、スライムやゴブリン相手に命を削るためですか!?』

「ち、違う……!」

「そんな生活、もう嫌だ……!」

 会場の若者たちが、トランス状態の瞳で首を激しく横に振る。

『そう、違います! 私たちは全員、【選ばれた成功者】になるためにここにいるんです!』

 円城寺が両手を大きく広げると、スキル【熱狂空間(セミナー・マインド)】の波長が爆発的に跳ね上がった。

 スピーカーの音圧とともに、フロアの全員の脳内へ「根拠のない全能感」が注ぎ込まれていく。

『魔王ラスティアを討伐する――それは決して、限られた勇者だけの特権ではありません! 私たちADPが開発した、最先端のクラウドファンディング型討伐スキームを用いれば、リスクは最小限、リターンは最大化されるんです!』

 円城寺が指をパチンと鳴らすと、ステージ背後の巨大魔導スクリーンに、神々しい金文字のピラミッド図形が投影された。

『初期投資はたったの金貨十枚(十万円)! そして、志を共にする仲間を三人紹介するだけで、あなたのランクは【ブレイブ】から【エリート】へと昇格し、月々の権利収入が発生します! さらにその仲間たちが新たな仲間を募れば、あなたの下に巨大な富の自動循環ラインが構築される!』

「おぉぉぉ……!」

「仲間を誘えば、何もしなくてもお金が入ってくる……!」

 若者たちが息を呑み、目を血走らせる。

『そして最終決戦! 魔王城を攻略した暁には、三大国から支払われる莫大な懸賞金と魔王の秘宝が、全メンバーへ公平に山分けされる! その額、最低でも一人あたり【金貨一万枚(約一億円)】です!!』

 ワァァァァァァッッッッ!!!!

 ドームの屋根が吹き飛ぶかのような、狂乱の拍手と歓声が沸き起こった。

 涙を流して抱き合う者、互いの肩を叩いて「俺たちは勝ち組だ!」と叫び合う冒険者たち。

 円城寺はその熱狂を冷徹な目で見下ろしながら、ワインを一口含み、セラミックの歯を見せてニヤリと嘲笑った。

 心の中で舌を出しながら。

(ククク……チョロすぎるな、異世界の田舎者どもめ。魔王を倒せるわけがないだろうが。ラスティア様への裏金上納と八百長プロレスの約束はとっくに済んでいる。貴様らが借金して振り込んだ参加費は、今夜のうちにナンバーズの闇ルートを通じて私の隠し口座へ移動するのだよ)

 円城寺はマイクを口元へ戻し、最も甘美で残酷なトドメの言葉を紡ぎ出した。

『さあ、親愛なるファミリーの皆さん! 今夜は最終募集のプレミアムナイトです! 通常枠は締め切られましたが、特別に今この場で契約書にサインし、追加の【特別先行投資枠(金貨五十枚)】をお支払いいただいた方には、魔王城突入部隊の最前列リーダーの栄誉を授与します! さあ、ペンを取ってください! 自らの手で、未来の栄光を掴み取るのです!!』

「サインします!」

「全額借金してでも払います!」

 会場の若者たちが、黒服のスタッフたちが配る契約書へと我先にと群がっていく。

 その狂乱のフロアの最後尾から、スタ、スタ、と迷いのない足音を響かせながら、人混みを割って歩み出てくる男がいた。

 煤けたワークジャケットの袖を捲り上げ、無精髭の顎を撫でる男。

 周囲の若者たちが異様な熱気に浮かされる中、その男だけは、まるで真冬の氷河のように冷徹で、静まり返った佇まいを崩していない。

 赤城鷹人である。

「……おい、白スーツ」

 ボソリと呟かれたその低音が、なぜかスピーカーの大音量を突き破り、ステージの上の円城寺の鼓膜へと直接届いた。

「……ん?」

 円城寺が眉をひそめ、ステージの上からフロアの奥を見下ろした。

 高級ワイングラスを揺らしながら、ツーブロックの頭を傾げる。

「おや……? そこの作業着の君。場違いな格好で入ってきたね。ここは未来の成功者たちが集う聖なるセミナーだよ? 土木作業員が紛れ込む場所ではないんだがね」

 円城寺の小馬鹿にしたような声に、周囲の洗脳された若者たちも一斉に鷹人を睨みつけた。

 だが、鷹人は眉ひとつ動かさず、ゆっくりとステージの真下まで歩み寄ると、仁王立ちになって円城寺を見上げた。

「未来の成功者、ねぇ。……てめぇの口から吐き出されるその薄っぺらい講釈を聞いてると、昔、深夜のファミレスでマルチの勧誘やってた三流のチンピラを思い出すぜ」

「な……何だと!?」

 円城寺の端正な顔が、一瞬で引きつった。

「数字の計算もできねぇ情弱を煽り立てて、借金背負わせて、自分だけ上前を撥ねてトンズラか。……なぁ、白スーツ。他人の汗水と人生を食い物にして飲むその安ワインは、そんなに美味いのかよ?」

 鷹人のドスの利いた静かな啖呵が、ドーム内の熱狂を一瞬にして凍りつかせた。

「き、貴様……! 私のADPを侮辱する気か! 営業妨害だぞ! おい、警備員、この不審者をつまみ出せ!」

 円城寺が声を荒らげ、マイクを通じてスキル【熱狂空間】の威圧を全開で鷹人へ叩きつけてくる!

 だが、鷹人はニヤリと無精髭の口元を吊り上げると、左手首の傷だらけの金属製腕時計に手を添えた。

「現場を荒らすゴミはな、口先じゃなくて物理で片付けるのが筋ってもんだ。……おい、白スーツ。てめぇのそのペテンの舞台、今から根こそぎ更地に解体してやるよ」

 赤城鷹人の冷徹な宣告とともに、マルチ商法「ADP」を粉砕する物理的突入のカウントダウンが始まった。

読んでいただきありがとうございます。

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