EP 4
限界集落「ポポロ村」への到着と前村長の高飛び事件
翌朝、東の地平線から差し込む朝日が、荒野の冷気を黄金色に溶かしていった。
ガタゴトと規則正しい振動を響かせながら、商人モリスの大型幌馬車は街道を北西へと進んでいた。
御者台の隣に腰掛けた赤城鷹人は、作業ジャケットの胸ポケットから紙巻きタバコを取り出すと、安っぽい黄色い百円ライターを構えた。
親指の腹でヤスリを弾く。
――カチッ、シュボッ。
朝の澄んだ空気に、硬質な金属の着火音が響く。
先端に灯った小さな橙色の炎でタバコに火を吸い付け、鷹人は肺いっぱいに煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーっ」
青空へと細くたなびく、一筋の紫煙。
昨晩食べたニンニクと豚バラの脂がまだ心地よい活力となって全身を巡っており、長旅の疲労など微塵も感じさせない。
隣で手綱を握るモリスが、鷹人の横顔をチラリと見て感嘆の息を漏らした。
「いやあ旦那、昨晩のあの鉄板焼きは本当に奇跡の美味さでしたよ。護衛の連中もすっかり元気になって、後ろでピンピンしてます。……それにしても、旦那は本当に度胸が据わっていらっしゃる。これから向かうポポロ村がどれほどの大混乱に陥っているか、昨夜あんなに話したというのに」
「現場にトラブルは付きものだからな。図面通りに綺麗に進む工事なんざ、地球でも見たことがねぇよ」
鷹人は灰を指先で弾き、ニヤリと笑った。
自衛隊の工作部隊時代も、海外の過酷な僻地工事でも、一番の腕の見せ所はいつだって「前任者がやらかしてグチャグチャになった現場の立て直し」だった。
「おっ、旦那! 見えてきましたぜ! あれがポポロ村です!」
モリスが前方を指差した。
なだらかな丘陵を越えた先、赤茶けた荒野から一転して、瑞々しい緑の田園と広大な山林が視界いっぱいに広がった。
遠くには雄大な休火山「ポポロ山」がそびえ立ち、その麓に家々や畑が密集している。人間主導のルナミス帝国、獣人主導のレオンハート王国、魔族主導のアバロン魔皇国という三大国のちょうど境目に位置する、人口千人ほどの緩衝地帯農村――それがポポロ村だった。
だが、鷹人は紫煙の向こうに目を凝らし、わずかに眉をひそめた。
「……おいおい、おっちゃん。あそこ、本当にただの農村か?」
「え? ええ、名目上は独立中立の長閑な限界集落ですよ……名目上はね」
モリスが引きつった苦笑いを浮かべるのも無理はなかった。
鷹人の卓越した視力が捉えたのは、牧歌的な農村の風景などでは断じてなかったからだ。
青々とした田畑の畦道には、なぜか分厚い迷彩ネットでカモフラージュされたドンガン製の「魔導中型戦車」が二両、大砲の砲身を国境に向けて鎮座している。
水田の片隅には、ドーム型の重厚な対空魔導機関砲座がコンクリート風の頑丈な基礎の上に据え付けられ、手入れの行き届いたミスリル銃身が朝日に鈍く光っていた。
さらに村の街道沿いを見れば、「タローソン ポポロ店」「タローマート」「ホームセンター タローマン」果ては「24時間ファミレス ルナキン」といった、地球のロードサイド店舗を思わせる異様な看板がズラリと建ち並んでいる。
「田んぼのど真ん中に戦車と機関砲座が埋まってて、その隣にコンビニとホームセンターだと……? どんな要塞都市だよ」
「あはは……ポポロ村は地下帝国ドンガンと秘密の密輸同盟を結んでましてね。村の地下全域には核シェルター並みの防空避難所が掘られてるって噂ですよ。一見すると田舎ですが、防衛力だけなら帝国正規軍の一個連隊に匹敵する大陸屈指の無法要塞なんです」
モリスが解説する間にも、馬車は村の入り口にある木造の簡易バリケードを通過した。
◆
村の中心部、石造りの立派な村役場前広場に到着した瞬間、凄まじい怒号と怒気の渦が鷹人たちの鼓膜を叩いた。
「金を出せ! 俺たちの血汗を流した防衛積立金をどこへやったんだ!」
「今月の『暴行しない券』の支払いは明日だぞ! 山賊団が村ごと焼き払いに来たらどうするんだ!」
「ロップのクソジジイを引っ張り出せ! あの生臭坊主、絶対に許さねぇぞ!」
広場を埋め尽くしていたのは、鍬や鋤を手にした数百人の屈強な農民たちだった。
人間族だけでなく、筋骨隆々の熊耳族や牛耳族の獣人、尖った耳のエルフ、角の生えた魔族の農民までもが入り乱れ、殺気立った気迫で村役場の玄関を包囲している。
「うわぁ……やっぱり大炎上してるな。昨日よりも酷くなってるぞ」
モリスが馬車を広場の端に止め、冷や汗を拭った。
鷹人は馬車の荷台から身軽に飛び降りると、安全靴の底でしっかりと地面を踏みしめた。左手首の金属製腕時計を無意識に撫でながら、役場の掲示板へと歩み寄る。
掲示板の中央には、ひときわ巨大な羊皮紙の指名手配書が、殴り書きのような赤インクで貼り出されていた。
――――――――――――――――――――
【特A級指名手配:前村長ロップ(70歳)】
・罪状:業務上横領罪、背任罪、村落治安防衛積立金(数千万円相当)の拐帯逃亡
・特徴:白髪の好色そうな禿頭老人。追及されると明後日の方向を向きながら口笛を吹く癖あり。
・逃走経緯:隣町の「第42回 親善ゲートボール大会」にて対戦相手の妖艶な魔族貴婦人(未亡人)と電撃恋慕。ルナミス新聞の突撃取材を「ピピ〜ピピピ〜♪」と口笛で誤魔化し、取材後わずか3時間で魔導飛行船ファーストクラスの切符を握り締め、愛人と手を取り合って雲の上へ高飛び逃亡(高飛びラビリンス決行)。
・懸賞金:捕獲次第、即決で「ドンガン地下鉱山での強制重労働」または「シーラン国マグローザ漁船送り」
――――――――――――――――――――
鷹人は手配書の似顔絵をまじまじと見つめ、思わず額を押さえた。
「……本当に七十の爺さんがゲートボールで知り合った未亡人と駆け落ちして、金庫の金を全額抜いて雲隠れしたのかよ。しかも取材されて口笛吹いて逃げるとか、面の皮がチタン合金並みに厚いな」
「笑い事じゃないんですよ、旦那ぁ!」
モリスが深刻な表情で詰め寄ってきた。
「問題は、あのジジイが持ち逃げした『防衛積立金』の中身なんです。この村は三大国の狭間にあるせいで、凶悪な武装山賊団や強盗団が頻繁に襲撃してくる無法地帯なんです。そこで村は、住民から集めた資金で毎月山賊たちにみかじめ料を払って、襲撃を見逃してもらってたんですよ」
「みかじめ料? そんなもん払ってたのか」
「ええ、通称『暴行しない券』です! 一家四人以上なら二十パーセントオフの『家族割引』、十八歳未満の子供がいる家庭はカツアゲ免除の『学割プラン』まで完備された、ヤクザも真っ青な定額サブスクリプションですよ! そのプール金が全額すっからかんになっちまったんです!」
モリスは広場で怒り狂う農民たちを指差した。
「契約更新の期限は間近です! 近隣の武装山賊団『赤砂の牙』の集金部隊が『金を払わなきゃ村ごと皆殺しにして焼き払う』って通告してきてるんですよ! 金庫は空っぽ、村長は雲の上、残された村民たちはパニックで暴動寸前……まさに限界集落の崩壊カウントダウンなんです!」
「なるほどな。……要するに、現場の親方が資金を持ち逃げして、下請けのヤクザが取り立てに来る寸前ってわけか」
鷹人は淡々と言い放ち、胸ポケットから新しいタバコを取り出した。
カチッ、と100円ライターで火をつける。
紫煙をゆっくりと吐き出しながら、鷹人は大混乱に揺れる役場前広場を見渡した。
恐怖と怒りで顔を真っ赤にする農民たち。
奥の役場から慌ただしく出入りする自警団の兵士たち。
誰もが絶望に飲み込まれかけ、今にも瓦解しそうな「現場」がそこにあった。
だが――赤城鷹人の瞳には、怯えも退屈も宿っていなかった。
あるのは、技術屋としての冷徹な観察眼と、泥臭いトラブルを前にした時の静かな昂ぶりだけだ。
「おい、おっちゃん」
「は、はい!?」
「この村の新しい責任者は、今あの役場の中にいるのか?」
「ええ! 急遽村長に担ぎ上げられた月兎族のお嬢さん、キャルル様と、ゴルドスマイル銀行のニャングル支店長が詰めてるはずですが……」
鷹人はタバコをくわえ直し、安全靴の爪先で軽く地面を鳴らした。
「よし、挨拶に行こうぜ。……他人のケツ拭きだろうが何だろうが、現場が止まっちまうのが一番気に食わねぇんだよ。腕の良いエンジニアが一人いれば、大抵のトラブルはどうにかなるもんだ」
無精髭の口元に不敵な笑みを浮かべ、鷹人は怒号渦巻く役場の階段へと、迷いのない足取りで歩みを進めた。
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