EP 3
食堂のヒレステーキと、魔王ラスティアの裏取引暴露
セミナー会場から連れ戻されたフェイトとイグニスが自警団詰所で正座させられ、マンミアのパイルバンカーの銃口を突きつけられながら「恋人いない歴25年の重みを知りなさい!」と涙の説教を食らっていた頃――。
夕闇が迫るポポロ・コーポの中庭には、心地よい秋風に乗って、香ばしい醤油と獣脂の匂いが漂っていた。
赤城鷹人は作業ジャケットのポケットに手を突っ込み、1階の共同食堂の暖簾をくぐった。
食堂の長テーブルでは、ちょうど夕食の時間が始まっていた。
だが、その食卓には、あまりにも残酷で生々しい「格差社会」が広がっていた。
「……ずずずっ。うぅ……もやし炒め定食(タローソン見切り品もやし使用・味付けは塩のみ)、今日もしょっぱいよぉ……」
テーブルの端で、小豆色のヨレヨレの芋ジャージを着た世界神ルチアナが、健康サンダルを足先からブラブラさせながら、涙目で白飯をもやしで流し込んでいた。
テーブルの上には、エンジェルすまーとふぉんが置かれ、画面には『クレカ利用枠:残額842円(リボ払い返済警告)』の文字が真っ赤に点滅している。
だが、そのすぐ隣――。
――ジュウウウウウウッッッッ!!
熱々に焼けた鉄板の上で、分厚い極上の肉塊が、猛烈な脂を弾けさせながら踊っていた。
最高級黒毛シープピッグのシャトーブリアン・ヒレステーキ(特大300グラム)。
付け合わせには、バターでソテーされた黄金の肉椎茸と、甘く艶めくグラッセ人参。
傍らには、氷でキンキンに冷やされた高級赤ワインのボトルがドンと鎮座している。
「ん〜〜〜っ♡ やっぱり仕事上がりのヒレ肉は最高ねぇ! 赤身の繊維が舌の上でトロッとほどけて、肉汁がジュワ〜ッて溢れてくるわぁ! 生きててよかったぁぁん♡」
艶やかな黒髪を揺らし、胸元が大胆にはだけた黒のキャミソール姿で、ナイフとフォークを優雅に動かしていたのは、アバロン魔皇国の女帝――魔王ラスティア(自称:永遠の17歳)だった。
ステーキの隣には、地球のアイドル「朝倉月人」の限定生写真がズラリと祭壇のように並べられている。
「ギギギギギ……ッ!!」
ルチアナが箸を震わせ、般若のような顔で隣のステーキを睨みつけていた。
「ちょっとラスティアぁぁッ! あんた何なのその貴族メシは!? 今週、二人で月人君の福岡ドーム遠征費を全額前借りして、所持金ゼロの極貧生活スタートって誓い合ったばっかりでしょ!? なんであんただけヒレステーキ食べてんのよぉぉッ! 私のこのもやし炒め、一袋18円よ!? 神様がもやしで魔王がシャトーブリアンって、因果律がおかしいでしょぉぉぉッ!!」
「ふふ〜ん♪ ひがまないでよ芋ジャージ。これぞ経済活動、ビジネスの勝利ってやつよ! 私にはね、不労所得の権利収入があるの! 月人君の福岡ドーム全通チケット代(最前列VIPプレミアム席×3日分)も、グッズの保存用・布教用・観賞用の爆買い代も、ぜ〜んぶ完全決済済みよ〜☆」
ラスティアはワイングラスを揺らし、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「……おいおい。ずいぶんと景気のいい話だな、魔王のお嬢ちゃん」
低くドスの利いた声が、食堂の空気をピシリと切り裂いた。
鷹人が無言で歩み寄り、ラスティアの向かいのパイプ椅子を引き、ドカリと腰を下ろした。
「あ、鷹人くん! 聞いてよぉ〜、このロリババア魔王がさぁ――」
「ルチアナ、少し黙ってろ」
鷹人は作業ジャケットの内ポケットから、少し潰れた紙巻きタバコの箱を取り出した。
一本を唇にくわえ、取り出したのは地球の百円均一ショップで買った黄色いプラスチック製のライターだ。
親指の腹で、ヤスリを無造作に弾く。
――カチッ、シュボッ。
硬質な金属の着火音が、静かな食堂に鋭く響き渡る。
揺れる小さな橙色の炎。先端に火を吸い付け、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
天井へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが、ステーキの脂っこい匂いをスッと引き締めていく。
続けて鷹人は、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを一片取り出すと、薄皮を剥いてライターの炎を直接あてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクの表面がパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
立ち上る、ガツンと鼻腔を殴りつけるような濃厚なスタミナのアロマ。
鷹人は火を吹き消すと、それを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「ん。血が巡ってきたぜ」
胃の腑がカッと熱くなり、鷹人の眼光が猛獣のように研ぎ澄まされる。
鷹人は紫煙の向こうから、冷徹な視線でラスティアの真紅の瞳を射抜いた。
「おい、ラスティア。……お前、さっき『権利収入』って言ったな?」
「え? ええ、言ったけど……それが何か?」
「『アバロン・ドリーム・プロジェクト』……代表の円城寺明。あのツーブロックの白スーツと、お前、裏で繋がってるだろ」
ピクッ。
ラスティアのフォークを持つ手が、わずかに止まった。
だが、さすがは数千年の時を生きるアバロン魔皇国の女帝、動揺を見せるどころか、フッと妖艶な笑みを浮かべてステーキを口へ運んだ。
「あらぁ、バレちゃった? 鷹人くん、耳が早いわねぇ♡」
「な……ッ!? あんた、あの悪徳マルチとグルだったの!?」
ルチアナが椅子から飛び上がる。
「グルだなんて人聞きの悪いこと言わないでよ! あれは極めて健全な【タイアップ興行】よ!」
ラスティアはワインを一口飲み、ケロッとした顔で暴露し始めた。
「あの円城寺クンって転生者、なかなかビジネスのセンスがあるのよ。先月、私の魔王城の裏口に極秘でやってきて、頭を下げて契約を持ちかけてきたの。『魔王討伐ギルドの参加費として冒険者たちから巻き上げた金のうち、30パーセントをラスティア様のオタ活裏金として毎月上納します』ってね♡」
「さ、30パーセント……!? 参加費十万円の30パーセントって、一人あたり三万円じゃない! あいつ、会員を何千人も集めてるのよ!? 一体いくら受け取ったのよぉぉッ!」
「先月だけで金貨3,000枚(約3億円)くらいかしら〜? もうウハウハよ! おかげで宰相のルーベンスに『東部防壁の改修予算をまた使い込んだな!』って怒鳴られずに済んだんだから!」
ラスティアは胸を張り、当然の権利とばかりに言い放った。
「もちろん、タダで貰ってるわけじゃないわよ? ちゃんと私も【お仕事】をしてるんだから! 円城寺クンに騙された哀れな一般会員のボウヤたちが、夢と希望を抱いて魔王城の前に突撃してくるでしょ? そしたら私が玉座から気だるそうに出て行って、指パッチンを一発パチンと鳴らすの。――そしたら重力魔法が発動して、全員が地面にズボッて埋まって行動不能になるわけ!」
ラスティアは楽しそうに指をパチンと鳴らしてみせた。
「殺しはしないわよ? 怪我もしない程度に軽く埋めて、追い返してあげるの。そしたら後ろの安全地帯にいた円城寺クンがメガホンで『惜しかった! あと一歩でした! 次回の第2期討伐隊(追加参加費:5万円)にエントリーすれば次は確実に勝てます!』って叫んで、またカモたちから集金する仕組みよ! 完璧なプロレス興行でしょ?」
「プロレス興行だと……?」
鷹人の声の温度が、スッと数度下がった。
「しかもね! その討伐隊が城にやってくる様子を魔導スマホで生撮影して、ゴッドチューブに【生配信:魔王の城にマルチの被害者たちが突撃してきたから重力魔法で埋めてみたwww】ってタイトルでアップしたら、再生数爆発して広告収入とスパチャまでガッポガポなのよぉぉ〜! もう笑いが止まらないわぁ〜☆」
「笑いが止まらない、ねぇ……」
鷹人は灰皿にタバコをトントンと落とすと、静かに立ち上がった。
左腕の金属製腕時計に目をやり、無表情のままラスティアを見下ろす。
「おい、魔王。……お前のそのヒレステーキとワイン代のために、うちの自警団のイグニスとフェイトが、月給三十万の手取り十四万から金貨三十枚(三百万円)の借金背負わされそうになってたんだよ」
「えっ……? イグニスとフェイト? あのアホ二人が?」
ラスティアが目を丸くする。
「手取り十四万でテント暮らししながら、実家に『俺様は城の主だ』って合成写真を送るためになけなしの金を工面しようとしてたトカゲと、コイントスに人生賭けてボロボロになってる剣士だ。……あいつらは確かにアホだ。欲に目が眩んでカモにされたのは自業自得かもしれねぇ」
鷹人は大股でテーブルの脇へ歩み寄り、ラスティアの目の前のステーキ皿の横へ、トンッと拳を置いた。
「だがな……。他人の必死な見栄や、人生のやり直しにすがる弱者の夢をエサにして、裏で八百長こいて上前を撥ねるような商売はな――現場で汗水流して生きてる人間に対する、一番許せねぇ【冒涜】なんだよ」
「う、ぐ……ッ」
ラスティアの喉が、思わず詰まった。
生体出力わずか1馬力の人間の男。
魔王の力をもってすれば、小指の先で消し炭にできるはずの存在。
だが、その眼光に宿る、幾重もの修羅場を潜り抜けてきた本物の男の気迫に圧され、数千年の魔王の魂が、本能的な悪寒に震えたのだ。
「た、鷹人くん……怒らないでよぉ。わ、私も悪気配があったわけじゃなくて、ちょっと月人君の追っかけ資金が足りなかっただけで……」
「言い訳はいい。……現場にゴミ(詐欺師)が転がり込んできたなら、重機で根こそぎ解体して片付けるのが俺の仕事だ」
鷹人は背を向け、食堂の出口へと向かった。
「ラスティア。……お前も魔王なら、明日の決着の場にツラ出しな。てめぇの飯のタネがどれだけ汚ぇ泥水だったか、その目でしっかり見届けてもらうぜ」
バタン、と力強く閉まる食堂の扉。
残されたラスティアは、冷めかけたヒレステーキを前に、フォークを握りしめたまま呆然と立ち尽くしていた。
その隣で、もやし炒めを啜る世界神ルチアナが、珍しく真面目な顔つきでポツリと呟いた。
「……ラスティア、あんた本気で怒らせちゃいけない男のスイッチ、踏んじゃったみたいね」
夜のポポロ村に、冷たい秋風が吹き抜けていく。
現場の兄ちゃん・赤城鷹人の胸の中で、魔王討伐マルチ商法「ADP」を粉砕するための怒りの炎が、静かに、だが紅蓮の業火となって燃え上がっていた。
読んでいただきありがとうございます。
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