EP 2
カモにされたフェイトとイグニス、借金危機!
ポポロ村の境界線を越えた西の荒野、街道沿いの窪地に、巨大な白亜の野外特設エアドームが不気味にそびえ立っていた。
ドームの屋根には、極彩色の魔導ネオンがチカチカと点滅し、巨大な垂れ幕が風に揺れている。
『【ADP】第42期・魔王城攻略コアメンバー選抜プレミアムセミナー』
『初期投資十万円! 仲間を三人誘えば実質ゼロ円! 魔王を倒して一億円の権利収入!』
ドームの入り口には、帝都や近隣の宿場町から吸い寄せられてきた駆け出しの冒険者や、失業者、ハズレスキルを授かって人生に絶望した若者たちが、蟻のように列をなして吸い込まれていた。
その列の最前列付近に、見慣れた二つの影があった。
「フェイト! おいフェイト! 本当に大丈夫なんだろうな!?」
身の丈二メートルを超える巨躯を縮こまらせ、額から滝のような汗を流していたのは、竜人族の自警団員・イグニスだった。
背中には愛用の巨大な両手斧を背負い、手には震える指先でボールペンを握りしめている。
その胸ポケットからは、故郷の「竜人の里」へ毎月送っている、帝都の宮殿絵葉書に自分の笑顔を切り貼りした痛々しい魔導合成写真がチラリと覗いていた。
「当たり前だろ、イグニス! 俺を誰だと思ってるんだ、A級冒険者のフェイト様だぞ!」
銀色に輝くミスリルアーマーをガチャつかせ、鼻息を荒くしていたのはフェイト・ラックだった。
腰にはミスリルソードを差し、瞳を異様な血走りでギラつかせている。
彼の指先では、一枚の真鍮製コインがチャリン、チャリンと目にも留まらぬ速さで跳ね回っていた。
「さっき来る途中でな、俺のユニークスキル【コイントス】を三回連続で振ったんだ! そしたらなんと……三回連続で『表』が出たんだよ! 運気も能力も二倍、さらに二倍、計八倍だ! 今日このセミナーで契約を結べば、俺たちの人生は大勝利確定! 一撃で一億円プレイヤーの仲間入りなんだよぉぉッ!!」
「お、おおぉぉ……! 一億円……! それだけありゃあ、実家の親父とお袋に、本物の純金でできた俺様の等身大黄金像を村落の中央広場に建ててやれるぜぇぇッ!! 手取り十四万の貧乏暮らしも、タローマンの安物耐火テント生活も、今日で全部オサラバだぁッ!!」
二人の瞳孔は完全に開ききり、理性のブレーキは木っ端微塵に吹き飛んでいた。
ドームの内部から漏れ出してくる、甘美で脳を痺れさせるような高周波のマナの波動――ADP代表・円城寺明のユニークスキル【熱狂空間】の毒気に、完全に中てられていたのだ。
ドームの中へ足を踏み入れると、そこは外の寒々しい荒野とは別世界の「狂乱のクラブ空間」が広がっていた。
天井からは無数のシャンデリア魔導具が輝き、重低音のダンスミュージックが床の絨毯をズンズンと震わせている。
中央の豪奢な特設ステージの上には、完璧にセットされたツーブロックヘアに、純白の高級イタリア製仕立てスーツをまとい、ピンクのシルクネクタイを締めた男――円城寺明がワイングラスを掲げて立っていた。
――カチリ。
円城寺がセラミックで真っ白にホワイトニングされた前歯をニカリと光らせ、マイクへと口を近づけた。
その瞬間、スキル【熱狂空間】の精神干渉波が、スピーカーの爆音に乗って会場全体へ目に見える桃色の霧となって放射された!
『――集まってくれた親愛なるファミリーの皆さん! ようこそ、新時代のアバロン・ドリーム・プロジェクトへ!!』
ウォォォォォッ! パチパチパチパチッ!
会場に詰めかけた数百人の若者たちが、トランス状態の笑顔で狂ったように割れんばかりの拍手を送る。
『いいかい皆さん! 汗水垂らして畑を耕したり、モンスターに怯えながらダンジョンで日銭を稼ぐなんて、前時代的な情報弱者の思考停止なんですよ! 成功者はツールと仲間に投資する! 魔王討伐という大陸最大の国家プロジェクトに一口乗るだけで、君たちは不労所得の権利収入を手に入れ、一生遊んで暮らせる勝ち組になれるんです!!』
「うおおおおおッ! 円城寺さん! 一生ついていきます!!」
「俺は変わる! 借金してでも上のランクへ行くぞぉぉッ!」
会場中から上がる熱狂の雄叫び。
円城寺はワイングラスを揺らし、下卑た優越感を奥底に隠した完璧なビジネスマイルで、最前列で目を輝かせていたフェイトとイグニスへ視線を止めた。
『おや……? そこの立派なミスリル鎧の剣士さんと、逞しい竜人の戦士さん! 素晴らしいエネルギーですね! お二人からは、すでに億を稼ぐトップリーダー特有のオーラが見えますよ!』
「えっ!? お、俺様のことか!?」
「み、見えるんですか円城寺さん! 俺の覇気が!!」
名指しで褒め称えられた二人は、嬉しさのあまり全身の毛穴から蒸気を噴き出さんばかりに歓喜した。
すかさず、ステージ脇から黒服のスーツを着た案内係が擦り寄ってきて、極厚の契約書類と金色の羽根ペンを差し出してくる。
「おめでとうございます! 円城寺代表の直感に止まったお二人には、特別に【スーパー・プラチナ・ブレイブ会員】への即時昇格枠をご用意いたしました! 通常は金貨百枚(約千万円)のところ、本日この場でゴルドスマイル銀行の特別ローンをお組みいただければ、初回頭金はたったの金貨三十枚(約三百万円)! 毎月わずか金貨五枚の分割払いで、魔王討伐時には配当として金貨一万枚(約一億円)が一括で口座に振り込まれます!!」
「さ、三百万円……! 月給三十万の俺の手取りから天引きされたら、向こう十年は飯が食えねぇ……!」
イグニスが一瞬、本能的な恐怖でボールペンを持つ手を止めた。
だが、すかさず円城寺の魔性のテノールが、思考力を麻痺させるように耳元へ滑り込んできた。
『何を恐れているんですか、イグニスさん? リスクを取らないことこそが、人生最大のリスクなんですよ! 仲間を三人紹介すれば、紹介手数料で毎月の支払いは実質無料! あなたの手取り十四万の悔しさも、故郷への見栄も、この一枚のサインですべて本物の黄金の栄光へと変わるんです!!』
「うぐっ……! お、黄金の栄光……! 親父……お袋……! 俺様、サインするぜ! サインして本物の城の主になってやるぅぅッ!!」
「俺もだ! コイントスの神が勝てと言っている! 借金上等、全額フルローンでサインしてやるぜぇぇぇッ!!」
二人が完全に理性を手放し、羽根ペンを契約書の署名捺印欄へ力任せに叩きつけようとした――その刹那だった。
――ズドォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!
大気を引き裂く凄まじい地鳴りと爆轟が、ドームの分厚い防音壁を外側から力任せに粉砕した!
「ぎゃああああっ!?」
「な、なんだぁっ!?」
会場を揺るがす突風とともに、砕け散った壁の破片が砂煙を上げてフロアへと降り注ぐ。
照明がショートして火花を散らす中、粉塵の向こうから、重厚極まりない直列6気筒ターボディーゼルエンジンの腹に響く重低音と、排気ブレーキの快音が轟いた。
――グオォォォォォン……プシューーーッッ!
壁の亀裂から頭を突っ込んでいたのは、見上げるような巨躯を誇る、黄色い10トン大型ダンプカー(いすゞ・ギガ)のフロントマスクだった。
前面には厚さ五十ミリの特殊鋼板がガッチリと溶接され、巨大なバンパーからは、焼けた軽油とオイルの猛烈な匂いがモクモクと立ち上っている。
運転席のドアがガラリと開いた。
安全靴の踵をステップにかけ、身軽にフロアへと飛び降りてきたのは――。
煤と油でくすんだ無骨な作業ジャケットに、無精髭の顎。
左腕に傷だらけの金属製腕時計を巻き、作業ズボンのポケットに両手を突っ込んだ男――赤城鷹人だった。
その背後からは、巨大盾『アグニ』を構えたケンタウロス自警団長マンミアが、四肢の蹄で絨毯を踏み抜いて突入してくる!
「そこまでであります、愚か者どもぉぉッ! ポポロ村自警団の公務員が、白昼堂々とマルチ商法の借金契約書にサインするなど、断じて言語道断でありますッ!!」
さらに助手席からは、純金算盤『十露盤』を両手で構えた猫耳商人ニャングルが飛び出し、キセルをペッ! と床に叩きつけた。
「イグニス! フェイト! テメエら何にサインしようとしとんねんボケェッ! 手取り十四万のトカゲが金貨三十枚のローン組んだら、ウチの銀行が一生給料全額差し押さえてタコ部屋送りじゃあぁぁッ!!」
「ひ、ひぃぃっ!? マンミア団長!? ニャングルさん!?」
「た、鷹人の旦那まで……!?」
イグニスとフェイトがペンを取り落とし、目を白黒させて飛び退いた。
ステージの上では、突然のダンプカーの乱入と壁の崩壊に、円城寺明がツーブロックの髪を乱して激昂していた。
「な、何なんだ君たちはぁッ!? 私の神聖なるセミナーに土足で車を突っ込ませて! 器物破損と威力業務妨害で帝国警察へ突き出してやるぞ!!」
円城寺が怒号を上げ、マイクを通じてスキル【熱狂空間】の威圧を全開で叩きつけてくる。
だが――赤城鷹人は、眉毛一本動かさなかった。
鷹人は悠然とした足取りで、トランス状態の冒険者たちが怯えて割れた道を進み、ステージの前へと歩み出た。
作業ジャケットの内ポケットへ無造作に手を差し入れる。
取り出したのは、少し潰れた紙巻きタバコの箱。
一本を唇にくわえ、取り出したのは地球の百円均一ショップで買った安っぽい黄色いプラスチック製の使い捨てライターだ。
親指の腹で、ヤスリを無造作に弾く。
――カチッ、シュボッ。
静まり返ったドーム内に、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡った。
揺れる小さな橙色の炎。先端に火を移し、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
天井へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが、ドーム内に充満していた甘ったるい精神干渉のマナの臭気をスッと切り裂いていく。
続けて鷹人は、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを一片取り出すと、薄皮を剥いてライターの炎を直接あてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクがパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
滲み出る濃厚な植物油のエキス。
その瞬間――。
ボワッッッッ!!!!
会場全体を一瞬で現場の空気に塗り替えるほどの、猛烈に香ばしく甘い焦がしニンニクのアロマが爆散した!
鷹人はそれを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「……ん。目が覚めたぜ」
カッと五臓六腑に火が灯り、鷹人は紫煙の向こうから、冷徹な猛獣の眼光でステージ上の白スーツ男を射抜いた。
「おい、白スーツ。……他人の現場から作業員を掠め取って、耳障りなペテンの講釈垂れてんじゃねぇよ」
「な、何だと……!? 作業着の分際で、この私に口答えする気か!」
「現場の職人をカモにする奴にはな、理屈じゃなくて物理でケジメをつけさせるのが現場の掟だ。……お前のその薄っぺらいマルチ商法、今日この場で根こそぎ更地に解体してやるよ」
左腕の金属製腕時計をカチリと締め直す鷹人。
魔王討伐を騙る巨大詐欺組織「ADP」と、現場の兄ちゃん・赤城鷹人の全面戦争の火蓋が、ついに切って落とされた。
読んでいただきありがとうございます。
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