第四章 魔王討伐マルチ商法「ADP」解体作戦
大陸を席巻する魔王討伐セミナー「ADP」の甘い罠
爽やかな秋晴れの風がポポロ村の高原を吹き抜ける中、村営アパート『ポポロ・コーポ』の中庭には、心地よい排気音と金属のぶつかり合う音が響いていた。
管理人室の前で、赤城鷹人は10トンダンプ(いすゞ・ギガ)の足回り点検を終え、油まみれの軍手を外して腰のツールバッグへ突っ込んだ。
左腕の傷だらけの金属製腕時計に目をやると、時刻は午前十時十五分。
スクラップPtは前日までの善行により十万ポイントの大台を悠々とキープしており、村のインフラも農道も整備が行き届いて平和そのものだ。
「……ふぅ。一服入れてから、自警団の詰所に顔を出すか」
鷹人は作業ジャケットの内ポケットから、少し潰れた紙巻きタバコの箱を取り出した。
一本を唇にくわえ、取り出したのは地球の百円均一ショップで買った安っぽい黄色いプラスチック製のライターだ。
親指の腹で、ヤスリを無造作に弾く。
――カチッ、シュボッ。
静かな中庭に、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡る。
揺れる小さな橙色の炎。先端に火を吸い付け、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
青空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが、朝の冷気を心地よく解きほぐしていく。
続けて鷹人は、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを一片取り出すと、薄皮を剥いてライターの炎を直接あてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクの表面がパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
立ち上る、ガツンと鼻腔を殴りつけるような濃厚なスタミナのアロマ。
鷹人は火を吹き消すと、それを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「ん。胃袋に火が入ったぜ」
カッと全身に血が巡り、五感が研ぎ澄まされる。
鷹人は携帯灰皿に吸い殻をねじ込むと、中庭を抜けて自警団詰所へと向かった。
だが、詰所の前庭に近づくにつれて、何やら長閑なポポロ村には似つかわしくない、異様な熱気と騒がしい人だかりが視界に入ってきた。
「おい、見たかよこのパンフレット! 『初期投資はたったの十万円! 仲間を三人紹介すれば参加費は実質タダ!』だってよ!」
「しかも、あの『魔王ラスティア』を討伐したら、成功報酬は山分けで一人あたり一億円(金貨一万枚)だぜ!」
「すげぇ……! 帝都じゃ今、駆け出し冒険者からハズレスキル持ちまで、全員がこのプロジェクトに殺到してるらしいぞ!」
村の若い衆や冒険者たちが、派手な金文字が躍る羊皮紙のチラシを囲み、目を血走らせて興奮気味に群がっていた。
チラシの表紙には、純白のスーツに身を包んだツーブロックの美男子がワイングラスを掲げ、爽やかな白い歯をギラリと光らせている肖像画が刷り込まれている。
『【アバロン・ドリーム・プロジェクト(ADP)】――夢を諦めるな! 努力の時代は終わった! 全大陸の有志を募るクラウドファンディング型・魔王討伐ギルド! 代表最高経営責任者:円城寺 明』
「……あ?」
鷹人は眉をひそめ、人垣の端へ歩み寄った。
「おい、お前ら。朝っぱらから何でそんなに騒いでるんだ?」
「あ、鷹人さん!」
若手自警団員のトビーが、興奮冷めやらぬ様子でチラシを差し出してきた。
「これですよ、これ! 帝都から流れてきた最新のビッグビジネスです! 『ADP』の会員になれば、魔王城を攻略する特別チームに参加できて、誰でも一攫千金の億万長者になれるって噂なんです! 今夜、村外れの野外特設ドームで、代表の円城寺さん本人が来て限定セミナーを開くらしいんですよ!」
「……魔王討伐のクラウドファンディング、ねぇ」
鷹人はチラシの文面を一瞥し、やれやれと首を横に振った。
『リスクゼロ』『不労所得』『権利収入』『仲間を三人誘えば紹介ボーナス』――。
地球の深夜のファミレスや雑居ビルで、情報弱者の若者をカモにしていたネズミ講やマルチ商法の常套句が、ファンタジーの皮を被ってそのまま並んでいるだけだった。
その時、詰所の奥から、カツカツと苛立たしげな足音が響いてきた。
「アカン……アカンアカンアカン! 完全に脳みそが沸いとるわ、あいつら!」
額に青筋を浮かべて飛び出してきたのは、猫耳商人ニャングルだった。
いつになく険しい顔つきで純金算盤『十露盤』を脇に抱え、真鍮のキセルをガリッと噛み鳴らしている。
「ニャングル、どうしたんだ? そんなにカリカリして」
「鷹人はん、聞いてぇな! ウチのゴルドスマイル銀行の窓口に、さっきから村の若い衆が何人も駆け込んできて『定期預金を全額解約してくれ』『タローPayの借入枠を上限まで広げてくれ』って大騒ぎしとるんや! 理由を聞いたら、全部あの『ADP』とかいうクソマルチのスターターキット代に注ぎ込むためや言うねん!」
ニャングルは手帳の調査資料をバチンと叩いた。
「代表の『円城寺 明』――三十二歳、地球からの転生者や! 向こうの世界でマルチ商法グループのカリスマ講師をやっとったペテン師で、ユニークスキル【熱狂空間】の持ち主やな! 自身の声を聞いた奴の批判的思考力を麻痺させて、集団心理の高揚感と全能感を植え付ける悪質な精神干渉スキルや!」
「なるほどな。声で人をトランス状態にさせるマルチの親玉か」
「せや! 実態は典型的なポンジ・スキームや! 『参加費十万円で魔王討伐の配当一億円』なんて謳い文句、算盤弾いたら一瞬で破綻しとるのが分かるやろ! 魔王ラスティアを倒せるわけがあらへんのに、新規会員から集めた金を上位ランカーと胴元で山分けして、最後は全額持ってドロンする気や! しかも……」
ニャングルは声を潜め、忌々しそうに吐き捨てた。
「あの脱走囚コンビ……火原元と鮫島剛を影で手引きしとった、犯罪組織『ナンバーズ』のスリー(ギリルク)の資金洗浄ルートとも繋がっとるらしい。……こんな危険な詐欺ウイルスをポポロ村に持ち込まれたら、村の若者どころか地域経済が丸ごと干上がってまうわ!」
「他人の夢を食い物にして、汗も流さずに甘い汁を吸うペテン師か」
鷹人の冷徹な瞳の奥に、静かな怒りの火が宿った。
と、その時――詰所の入り口から、バタバタと慌てふためいた足音が飛び込んできた。
「た、大変であります、鷹人殿! ニャングル殿!」
駆け込んできたのは、自警団長マンミアだった。
背中に巨大盾『アグニ』を背負い、筋骨隆々たる馬脚の蹄を激しく踏み鳴らしている。
その琥珀色の瞳は血走り、手には一枚の契約書が握られていた。
「団長さん、どうした? 誰か怪我でもしたのか?」
「ふ、フェイトとイグニスであります! あの二人が……あの馬鹿者どもが、ADPの特設セミナーへ乗り込み、契約書にサインして借金を背負おうとしているのでありますッ!!」
「「はぁぁぁぁぁッ!?」」
鷹人とニャングルの声が重なった。
「あのトカゲ野郎、手取り十四万のくせにどこにそんな金があんねん! それにフェイトの阿呆も、コイントスで脳みそまで溶かしたんか!?」
「イグニスは『実家に送る合成写真の背景に、本物の魔王城のシャンデリアを写したい』と泣き喚き、フェイトは『コイントスで表が出たから、この投資は神の啓示だ!』と叫んで、二人とも村外れのセミナー会場へ吸い込まれていきました……! すでに会場は円城寺のスキルの力で異様な熱気に包まれており、自警団の制止も耳に入らない状態であります!」
マンミアの報告に、鷹人は深く息を吐き出すと、無造作に作業ジャケットの襟元を正した。
「おい、ニャングル、団長さん」
ドスの利いた静かな声音が、詰所の空気をビリビリと共鳴させる。
「他人の現場を踏み荒らし、仲間のツラに泥を塗るクズを野放しにするほど、俺はお人好しじゃねぇんだよ」
鷹人は左手首の金属製腕時計をカチリと締め直し、ニヤリと無精髭の口元を吊り上げた。
「段取りを組むぞ。……その薄っぺらいマルチの会場ごと、現場の力で根こそぎ解体してやる」
言葉が通じない詐欺師には、現場の重機と物理の鉄槌を。
赤城鷹人による、魔王討伐マルチ商法「ADP」の解体作戦が、静かに幕を開けた。
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