EP 10
女子棟103号室の泥酔テロ! 芋ジャージ女神とオタク魔王
三大国の合同徴税役人どもが裸足で逃げ出し、ポポロ村の恒久自治権が完全に確立された日の夕暮れ時。
村営アパート『ポポロ・コーポ』の中庭には、心地よい秋風とともに、秋の味覚を焼く香ばしい煙が漂っていた。
管理人室の前で、赤城鷹人は手際よく工具箱を片付けると、作業ジャケットの肩をグルリと回して首の骨を鳴らした。
左腕の傷だらけの金属製腕時計に目を落とせば、時刻は午後六時四十分。
徴税官撃退の報酬でスクラップPtは一気に【104,100 Pt】に達し、ダンプカーの整備も点検も完了している。
本来なら、濡れ縁に腰掛けて静かに一服し、現場の一日を締めくくるところだった。
プシュッ! プシュッ! パシュウゥッ!
ドガガガガッ! ズズズズズ……ッ!
だが、中庭を挟んだ向かい側――女子棟(B棟)の一階・103号室から、激しい缶ビールの破裂音と、地鳴りのような怪異の振動が響き渡った。
木造モルタルに施されたドンガン製の耐魔防音壁すら突き破り、廊下のガラス窓がビキビキと悲鳴を上げている。
「……おいおい。今度はどこの現場でボヤ騒ぎだ?」
鷹人が呆れ顔で女子棟を見上げたその時、102号室のドアが勢いよく開いた。
飛び出してきたのは、ピンク色の「初心者マーク」が刺繍されたジャージに健康サンダルを履き、お団子頭を激しく揺らした少女――見習い女神のリリスだった。
両手で耳を固く塞ぎ、目からポロポロと大粒の涙をこぼしながら、中庭の鷹人へ向かって駆け寄ってくる。
「た、鷹人さぁぁぁんっ! 助けてくださいぃぃっ! また始まったんですぅ! 週末恒例の、お隣の泥酔テロがぁぁぁッ! 私、ファミレスのドリンクバーで世界創造の卒業制作アプリを一生懸命ポチポチ作って帰ってきたのに、部屋が揺れてみたらし団子すら落ち着いて喉を通らないんですぅぅッ!!」
「リリスのお嬢ちゃん、落ち着け。……103号室には誰がいるんだ?」
「わ、私の上司の世界神ルチアナ様と、アバロン魔皇国の魔王ラスティア様ですぅ! 週末になると勝手に異次元空間から転移してきて、部屋を居酒屋にして管を巻くんですぅぅッ!!」
リリスの悲痛な叫びを裏付けるように、103号室の換気扇から、濃密な麦酒の飛沫と、安っぽいメンソールタバコの煙がモクモクと噴き出してきた。
ガラガラガラッ!
鷹人が躊躇なく103号室の引き戸を開けると、そこにはまさに「神話の崩壊」を絵に描いたような地獄絵図が広がっていた。
散乱するタローソンの見切り品おつまみの袋、転がる数十本のイモッカの空き缶、壁に貼られた地球のトップアイドル「朝倉月人」の巨大特大ポスター。
部屋の中央に置かれたボロいコタツを挟み、二人の絶世の美女がだらしなく寝転がっていた。
一人は、小豆色のヨレヨレの芋ジャージを着崩し、足元に健康サンダルを脱ぎ捨てた金髪碧眼の美女――このアナステシア世界を統べる第3種惑星創造神、世界神ルチアナ。
片手に缶ビール、口には細身のメンソールタバコをくわえ、すっかり赤くなった顔でコタツの上に足を投げ出している。
そしてもう一人は、闇を溶かしたような艶やかな漆黒の長髪に、真紅の瞳を持つ妖艶な美少女――アバロン魔皇国の女帝にして絶対強者、魔王ラスティア(自称:永遠の17歳)であった。
胸元が大きくはだけた黒のキャミソール姿で、手には福岡限定のアイドルのペンライトとうちわを握りしめ、虚空に向かって振り回している。
「聞いてよラスティアぁぁぁ〜! 今週のゴッドチューブ、私の管轄チャンネルの再生数が大赤字でさぁ〜! オリンのハゲが胃薬ボリボリ噛みながら『予算削減です』とか言ってくんの! クレカの枠もあと十万しかないのに、来月の月人君の福岡ドーム遠征費どうすんのよぉぉッ!!」
「アンタの管理能力がザルなだけでしょルチアナぁ〜! 私なんてね、今月『東部外郭防壁の改修予算』を全額横領して月人君の最前列VIPプレミアム席買ったのがルーベンスにバレて、三徹で説教食らったんだからねぇぇッ! あぁぁん、月人君の『月曜日の社畜』、生で聴いた時マジで魂震えて泣いたわぁぁぁッ!!」
「わかるぅぅぅッ! 満員電車の歌詞、マジで身に染みるよねぇぇ! 神様やってるより月人君の追っかけやってる方が一億倍生きてる心地するわぁぁッ! プハァーッ、ビールおかわりぃぃぃッ!!」
プシュッ! と新たな缶ビールを開け、ラッパ飲みで一気に呷る世界神。
魔王は「あーあ、タローソンの枝豆もポテチも全部底をついちゃったわよ〜! 腹減ったぁぁ! 肉! ガツンと濃いニンニクの肉が食いたいわぁぁッ!」と畳の上をゴロゴロと転がって暴れていた。
「……やれやれ。神様と魔王が揃いも揃って、場末のスナックのくたびれた客みたいな管を巻いてんじゃねぇよ」
ドスの利いた静かな低音が、散らかった部屋の空気をピシリと切り裂いた。
「あぁん? 誰よ人の女子会に土足で――」
ルチアナが酔眼を吊り上げて睨みつけ、ラスティアも魔王の威圧をギラリと放ちかける。
だが、そこに立っていたのは、煤けた作業ジャケットのポケットに両手を突っ込み、無精髭の口元に紙巻きタバコをくわえた男――赤城鷹人だった。
鷹人は黄色いプラスチック製の百円ライターを取り出すと、親指の腹でヤスリを無造作に弾いた。
――カチッ、シュボッ。
澄み切った硬質な着火音とともに、揺らぐ小さな橙色の炎。
先端に火を吸い付け、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
吐き出された一筋の紫煙が、部屋に充満していた生温かい酒の臭いをスッと切り裂いていく。
その着火音とタバコの香りを嗅いだ瞬間、ルチアナとラスティアの目がまん丸に見開かれた。
「あ……! あ、あんた、あの時の……!?」
「スアイの配信で神界のトレンド1位を独占して、同接四千万人叩き出してオリンを号泣させた、あの【現場の兄ちゃん】……!?」
「赤城鷹人だ。……今日からこのアパートの管理人をやってる。おい、ジャージのお姉さん方に魔王さん。酒を飲むのは勝手だが、空きっ腹にアルコールばかり流し込んで暴れてたら、胃壁が荒れて明日の朝に激痛で悶絶するぞ」
鷹人は短くなったタバコを携帯灰皿へねじ込むと、作業着の袖を腕まくりした。
「十五分だ。……酒飲みの胃袋を芯から落ち着かせる、極上のアテを作ってやるよ」
女子棟の共同キッチンに、鷹人は立った。
ドンガン製の黒皮鉄板コンロに火をつけ、頭の中のスキル【リサイクルマスター】を起動する。
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【所持スクラップPt:104,100 Pt】
・カタログ選択:【流通廃棄食材・規格外品カテゴリー】
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(地球の精肉加工場で端材として弾かれた極厚の豚ロース肉切り落とし、太麺焼きそば用の蒸し中華麺六玉、朝採れ高原キャベツ、モヤシ、それに特製醸造醤油と高純度おろし生姜……消費ポイント、わずか40Pt)
――ヒュンッ!
調理台の上に、霜降りの豚ロース肉と、ツヤツヤの中華麺、新鮮な野菜がドサリと出現した。
さらに鷹人は、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを三房取り出した。
「さてと……まずは現場の火入れと、極上のアロマ作りだ」
薄皮を剥いた生ニンニクの先端へ、あの黄色い百円ライターの直火をあてがう。
親指の腹でヤスリを弾く。
――カチッ、シュボッ。
硬質な着火音。
小さな橙色の炎で炙られたニンニクが、パチパチと音を立てて香ばしい狐色に焦げていく。
――チリチリチリ……ジュワッ。
その瞬間――ボワッッッッ!!!!
キッチンから廊下、そして103号室へと、猛烈に香ばしく甘い焦がしニンニクのアロマが津波のように爆散した!
「うわぁぁぁぁ……っ!? な、何この匂い……!? 配信越しじゃなくて、本物の香りが部屋中に……!」
「ごくり……!」
コタツで転がっていたルチアナとラスティアが、パブロフの犬のように飛び起き、ふらふらとキッチンへ吸い寄せられてくる。
鷹人は包丁の腹で炙りニンニクをバチン! と叩き潰すと、すりおろし生姜、濃口醤油、みりん、酒と合わせて黄金比のタレを調合。
カンカンに熱した鉄板にラードを引き、極厚の豚ロース肉を一気にぶち撒けた!
――ジュウウウウウウウウッッッッ!!!!
立ち上る暴力的なまでの肉の焼ける音と白い湯気!
肉の表面がカリッと香ばしく焼き上がった瞬間、特製炙りニンニク生姜醤油ダレをジャッと回し入れる!
――ジョワッッッッッッ!!!!
焦がし醤油とニンニク、そしてピリッとした生姜の湯気が天井へ吹き上がり、豚肉の脂と絡み合って照り輝く。
さらに空いた鉄板のスペースへ、ラードを足してキャベツとモヤシ、極太の中華麺をドサッと投入!
ウスターソースと濃厚オイスターソースを絡め、鉄ベラでガシガシと煽り、香ばしい焦げ目をつけた屋台風焼きそばを一気に焼き上げた!
「へいお待ち。現場特製『厚切り豚ロースの炙りニンニク生姜焼き』と『鉄板ソース焼きそば』だ。熱いうちにガツガツ食いな」
大皿いっぱいに盛られた照り照りの生姜焼きと、湯気を吹き上げる山盛り焼きそばが、コタツの真ん中へドン! ドン! と置かれた。
「「いっただきまーーーすッッ!!」」
ルチアナとラスティアが、神と魔王の威厳を完全にかなぐり捨てて箸を伸ばした。
ルチアナがタレの絡んだ極厚の生姜焼きを口いっぱいに放り込む。
――ハフッ、ジュワッッッッ!!!!
「――!!!!????!!!!」
世界神の全身がビクンッと硬直した!
噛み締めた瞬間、カリッとした豚の脂の甘みと、ガツンと効いた炙りニンニクのパンチ、そして生姜の清涼感が口の中で大爆発を起こす!
「う……う、うんめぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!! なんだこれぇぇぇッ!? 肉が信じられないくらい柔らかくてジューシー! 直火で焦がされたニンニクと生姜醤油のタレが、ビールを狂ったように呼んでくるぅぅッ!!」
ルチアナは缶ビールをゴクゴクと一気に喉へ流し込み、「ぷはぁぁぁッ! 生きててよかったぁぁッ!」と号泣した。
一方、魔王ラスティアは鉄板焼きそばを豪快に箸で巻き取り、ズバババッ! と啜り上げた。
「んんぅぅぅっ! ソースの焦げた香ばしさが麺の一本一本に焼き付いてて最高ぉぉッ! シャキシャキのキャベツと、豚肉の旨味が染み込んだ麺の弾力がたまんないわ! 中洲の屋台の味よりウマいんじゃないのこれぇぇッ!!」
二人は競い合うように皿を突っつき、冷え切っていた缶ビールを次々と空にしていく。
日頃の公務のストレスも、予算不足の胃痛も、推し活の苦悩も、熱々のニンニク料理と美味い酒の前に、ことごとく胃袋の奥へと溶けて消え去っていった。
あっという間に大皿はピカピカに平らげられた。
満腹になったルチアナは、小豆色ジャージのお腹をさすりながら、コタツに突っ伏してとろけきった笑顔を浮かべていた。
「ふぅぅ……最高だったぁ……。ねぇ鷹人くん、あんた最高だよぉ……。もうずっとこの部屋の専属シェフになってよぉ……」
「ダメよルチアナ、鷹人は私の魔王城の筆頭宮廷料理長としてスカウトするんだから! 年俸金貨一万枚出すわよぉ!」
「どっちも丁重にお断りだ。俺はポポロ村の現場と重機を回すので手一杯だからな」
鷹人は苦笑いしながら空いた皿を片付けた。
その瞬間、脳裏にピロリン♪ と心地よい電子音が鳴り響いた。
『善行を検知しました』
『事象:過労・泥酔状態の最高神格存在(世界神および魔皇国女帝)への完全栄養支援と精神的調停』
『判定:ポポロ・コーポの生活環境保全および宇宙規模の平和維持への貢献』
『スクラップPt +3,000Pt を獲得しました』
(よし、これで所持ポイントは107,060Ptだな。美味い飯を食わせるだけで手堅く増えるぜ)
鷹人は満足げに頷くと、濡れ縁へ戻り、新しいタバコを取り出して唇にくわえた。
安っぽい黄色い百円ライターを取り出し、親指でヤスリを弾く。
――カチッ、シュボッ。
秋の夜気の中に揺らぐ橙色の炎。
先端に火を移し、鷹人はゆっくりと夜空へ紫煙を吐き出した。
「…………ふぅーーーーっ」
群青色の夜空を見上げ、左腕の金属製腕時計に目を落とす。
「言葉が通じなくても、拳と美味いメシ、あとはエンジン音があれば世界中どこでも生きていける」
相手が神だろうが魔王だろうが、腹を割って美味い飯を食えばただの気のいい呑兵衛だ。
確かな手応えを感じながら、鷹人は夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。
だが――ポポロ村の平穏の裏で、大陸の闇はいよいよ新たな獲物を求めて動き出していた。
帝都を中心に急速に勢力を拡大する、甘い投資話と魔王討伐のネズミ講組織――『アバロン・ドリーム・プロジェクト(ADP)』の黒い触手が、ポポロ村の若者たちへと静かに伸びようとしていたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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