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『異世界のゴミ召喚士〜元自衛隊工作員、重機と野戦メシで限界集落を最強要塞にする〜』  作者: 月神世一


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EP 9

盛大なくしゃみと、裸足で逃げ出す役人たち

 村長公邸の応接室は、まさにこの世の終わりのような絶対的恐怖と屈辱のるつぼと化していた。

 三大国合同徴税査察部の筆頭主任査察官、ベルグ・フォン・ガリクソン男爵は、革張りソファーの上で脂汗にまみれ、子豚のように全身の贅肉をプルプルと波打たせていた。

 その首筋や丸い頬には、世界樹のエルフ令嬢ルナ・シンフォニアが召喚した催眠魔植物『ハッピー・ドリーム』のピンク色の触手が、ダラダラと甘い香りのヨダレを滴らせながら、まるで赤子をあやすかのようにヌメヌメと巻き付いて【ナデナデ】を繰り返している。

「ヒギッ……! あ、甘い匂いが……! 頭が……溶けて……幼児退行してしまうぅぅッ……!」

 ベルグの瞳はトロンと濁り、だらしなく半開きになった口端から泡混じりの涎が垂れ落ちていた。

 その対面では、猫耳商人ニャングルが純金算盤『十露盤』をチャキリと構え、「あんたの愛人・隠し子・山に埋めたおねしょの証拠、全部ポポロ村の地下サーバーに保存完了やで♡」と底知れぬ悪徳金融の笑みを浮かべている。

 窓の外からは、自警団長マンミアを筆頭とする村民たちが、満面の笑みで五十門を超える九九式魔導ライフルとパイルバンカーの銃口を、寸分の狂いもなく役人たちの眉間へとロックし続けていた。

 さらに、ベルグのすぐ背後では、月兎族の新村長キャルルが、タローマン特注の安全靴をコツコツと鳴らしながら、真紅の瞳で冷ややかな爛漫の笑みを浮かべている。

「ねぇ、役人さんたち。……そろそろその太い顎、トンファーで粉々に【砕いちゃおっかな〜?♡】」

「ひ、ヒィィィィィィッッッ!?!?!?」

 副査察官たちが椅子から転げ落ち、失禁寸前になって抱き合って悲鳴を上げた。

 だが、ポポロ村の容赦なき精神解体ショーは、これだけでは終わらなかった。

 ガラガラガラッ!

 突然、応接室の引き戸が、耳障りな音を立てて乱暴に開け放たれた。

 白亜の部屋に滑り込んできたのは、デパートのワゴンセールで百円で買ったという小豆色の芋ジャージに、ゴム底が極限まですり減った便所サンダルを履いた少女――。

 深海王国シーランの王女にして極貧地下アイドル、リーザ・シーラン・リヴァイアサンであった。

 手には、スーパー『タローマート』の裏口から拾ってきたトイレットペーパーの芯を、ガムテープで壊れた拡声器にグルグル巻きにした「特製自作マイク」。

 その青銀色の長髪をボサボサに揺らし、鼻の穴にはピカピカに磨き上げられた五円玉をしっかりと装填している。

「皆様! 大変お待たせいたしましたわ! ポポロ村が誇る至高のトップアイドル、リーザちゃんの緊急ゲリラ慰問ライブの開演ですのーっ!」

「な……な、何じゃこの小汚いジャージ娘はぁぁッ!?」

 ベルグが悲鳴を上げる中、リーザは便所サンダルをパタパタと鳴らして円卓の前へ進み出ると、慈悲の欠片もない哀れみの視線をベルグの股間へと向けた。

「あらあら……お話はすべて廊下で聞かせていただきましたわ。お酒に酔っ払って夜道でおねしょをして、さらに山の中に大きいのまで埋めて隠したなんて……可哀想な大人ですわねぇ。大丈夫? そんなにブルブル震えて、またここでおもらししちゃいそうですの?」

「だ、誰がおもらしなどするかぁぁッ!!」

「強がらなくてもいいんですのよ! そんな膀胱の緩んだ哀れな役人さんのために、私の新曲――【おもらししない歌】を歌って差し上げますわ! ……それとも、私の全身全霊の【だっぷんだぁおじさん】、ご覧になりたいかしらぁん?♡」

「だ、だっぷんだぁおじさん……!? 何の呪いじゃぁぁぁッ!?」

 キィィィィィィンッ!

 壊れた拡声器から、鼓膜を引き裂くようなハウリング音が響き渡った。

 リーザは仁王立ちになり、人魚姫特有の超常のマナを無駄遣いしながら、腹の底から絶叫のような電波ソングを響かせ始めた!

「♪出ちゃう! 出ちゃう! 我慢の限界〜! 

 大人のプライド、決壊警報発令中〜!

 漏らしてスッキリ、だっぷんだぁ〜☆(バァンッ!)」

 ズッガァァァァァンッッッッ!!!!

 人魚族の王族だけが持つという、深海の海鳴りにも似た破壊的音波振動が、密閉された応接室の空気を激震させた!

 窓ガラスがビキビキと悲鳴を上げ、ベルグたちの三半規管を暴力的な音圧がダイレクトにシェイクする!

「あばばばばばばばばッ!? 耳が! 脳髄が破裂するぅぅぅッ!!」

「歌じゃない! ただの音響兵器だぁぁッ!!」

 頭を抱えてのたうち回る役人たち。

 隣では天使キュララが「うわ〜、リーザちゃんの生歌テロ、相変わらず鼓膜キラーすぎて草〜☆」と魔導カメラで生配信を続け、何万人ものリスナーが爆笑コメントとスパチャを画面いっぱいに流し込んでいる。

 逃げ場のない密室。

 背後にはマッハ1の狂暴ウサギ村長。

 足元にはヨダレを垂らす催眠植物の触手。

 目の前には全財産を狙う関西弁の猫耳銀行屋。

 頭上には全宇宙へスキャンダルを生中継する配信天使。

 そして目の前では、ジャージ姿の人魚姫が電波ソングを絶唱しながら「だっぷんだぁ!」と奇怪な踊りを繰り広げている。

 ベルグ査察官と部下たちの精神の限界張力は、まさに一本の極細の糸のように、ギリギリと張り詰め切っていた。

 あと一押し――小鳥の羽毛が一枚落ちる程度の刺激が加われば、全員の理性のブレーカーが永久に焼き切れるという、極限のデッドヒート。

 その張り詰めた狂乱の静寂の底で――。

 部屋の隅、壁に背を預けていた赤城鷹人は、作業ジャケットの内ポケットからタバコの箱を取り出していた。

 一本を唇にくわえ、安っぽい黄色いプラスチック製の百円ライターを構える。

 親指の腹で、ヤスリを無造作に弾いた。

 ――カチッ、シュボッ。

 硬質な着火音とともに、揺らぐ小さな橙色の炎。

 先端に火を移し、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。

「…………ふぅーーーーっ」

 吐き出された一筋の紫煙が、部屋を満たしていた甘ったるいハーブと香水の匂いをスッと切り裂いていく。

 続けて鷹人は、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを取り出すと、指先で器用に薄皮を剥ぎ、ライターの炎を直接あてがった。

 ――チリチリチリ……ジュワッ。

 直火に炙られたニンニクがパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。

 立ち上る、ガツンと鼻腔を殴りつけるような濃厚なスタミナのアロマ。

 鷹人はそれを前歯でカリッと噛み砕いた。

 ――シャクッ。

 胃の底がカッと熱くなり、全身の血液が力強く巡る。

 鷹人は携帯灰皿に短くなったタバコをねじ込むと、ふと鼻の頭をピクピクと動かした。

(……ん? なんだ? ルナの触手の花粉か……? それとも、この部屋の古い絨毯のハウスダストか……?)

 鼻腔の奥に、猛烈なムズムズとした痒みが突き抜けてきた。

 息を大きく吸い込む鷹人。

 元自衛隊施設科(工作部隊)少尉の、鍛え上げられた強靭な胸郭が限界まで膨らみ――。

 そして。

「……ッッッ、ハッ……」

 全員の視線が、ピタリと鷹人へと集まった。

「――ヘェェェェェックショォォォォォォォイッッッッ!!!!」

 ドッガァァァァァァァンッッッッ!!!!

 大砲の砲撃かと見紛うばかりの、凄まじい重低音の衝撃波が応接室に炸裂した!

 鷹人の放った規格外の盛大なくしゃみによって、応接室の書類が竜巻のように宙を舞い、シャンデリアがガシャガシャと激しく揺れ動く!

 その瞬間――ベルグ査察官たちの脳内で、何かが完全にプツンと音を立てて千切れ飛んだ。

「ぎゃあああああああッッッッ!!!! ご、合図だぁぁぁッ! 一斉処刑の合図だぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

「ひ、ひいいいいいっ! 貴様らは……貴様らは悪魔だあああッ!!」

 理性を完全に喪失したベルグは、泡を吹き散らしながらソファーから飛び上がった!

 手にした査察棒を放り出し、ニャングルが机の上に広げていた『納税確認調書』と『査察完了免責証明書』の束へ、狂ったように飛びつく!

「サイン! サインするから! ポポロ村は毎年満額完全納税! 過去十年分の非課税特権および不可侵自治権を永久に承認するぅぅッ! だから……だから命だけは! 顎を砕かないでくれ! おねしょを晒さないでくれぇぇぇぇッ!!」

 殴り書きのような筆跡で、震える手でサインと公印を叩きつけるベルグ!

 副査察官たちも涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、我先にと承認印を押し付けた!

「できた! 全部サインしたぞ! 退却ぅぅッ! 全軍、今すぐ退却じゃぁぁぁッ!!」

 ドタバタバタバタッ!

 ベルグたちは、履いていた最高級の本革ブーツを脱ぎ散らかし、靴下すら脱ぎ捨てて――なんと【完全な裸足】のまま、脱兎の勢いで玄関へと向かって雪崩を打って逃げ出した!

「ヒエェェェッ! 靴なんか履いてる暇あるかぁッ!」

「逃げろぉぉッ! 悪魔の巣窟から逃げ出せぇぇぇッ!!」

 バガァァン! と村長邸の玄関扉が蹴破られるように開き、広場へと飛び出していく裸足の役人たち。

 外で待機していた親衛騎兵部隊も、血相を変えて裸足で爆走してくる上司たちの姿にパニックを起こし、馬車をその場に乗り捨てて蜘蛛の子を散らすように街道の彼方へと逃走していった。

 砂利道を裸足で時速四十キロで爆走し、遠く北の地平線へと砂煙を上げて消え去っていく役人たち。

 あとには、脱ぎ捨てられた高級ブーツと、静まり返ったポポロ村の広場だけが残されていた。

「……ぷっ、あはははははははッ!!」

 最初に大爆笑の声を上げたのは、猫耳商人ニャングルだった。

 机の上の完璧に捺印された免責調書を拾い上げ、腹を抱えて畳の上を転がり回る。

「見たかキャルル! 裸足や! あいつら、靴まで脱ぎ捨てて全速力で逃げていきよったでぇぇッ!! ほんで見てみぃこの書類! 三大国合同の『永久非課税・自治権承認書』や! これで向こう十年、三大国のどの役人もこのポポロ村に指一本触れられへんようになったわ!!」

「えへへ……よかったぁ♡」

 キャルルがダブルトンファーをクルクルと回して腰のホルダーへ収め、タローマン特注の安全靴を鳴らしてピョンと跳ねた。

「誰も怪我しなくて済んだね! やっぱり話し合いって大切だよっ♡」

「いや、どこが話し合いやねん! 完全なる精神的リンチと脅迫のフルコースやったやろがい!」

 ニャングルの鋭いツッコミが飛び、窓の外の自警団や村民たちからもワッと割れんばかりの歓声と爆笑が沸き起こった。

「それにしても……」

 燕尾服をまとった人狼執事リバロンが、音もなく歩み寄り、玄関に転がっていた高級ブーツを白手袋で優雅に拾い上げた。

「最高級の魔導牛革で仕立てられた特注品ですね。……ニャングル殿、この脱ぎ捨てられた靴、並びに乗り捨てられた魔導馬車三台は、村落不法侵入に伴う『放置物件の緊急領置』として競売にかけましょうか」

「よっしゃ! 即座にゴルド商会のオークションへ流したるわ! 馬車だけで金貨500枚(約5,000万円)は堅いでぇぇッ!!」

 狂喜乱舞する仲間たちの輪から少し離れ、赤城鷹人はズボンのポケットからティッシュを取り出し、フンッと豪快に鼻をかんだ。

「ふぅ……。現場の埃はたまらねぇな」

 鷹人が苦笑いを浮かべた、その瞬間だった。

 ――ピロリロリロリロリロリンッッッ♪

 鷹人の脳天へ、天界の全ファンファーレが一斉に鳴り響いたかのような、心地よい澄んだ電子音が炸裂した!

『大規模善行を検知しました』

『事象:国家権力(三大国合同徴税査察部)による不当搾取・軍事包囲の完全回避』

『事象:ポポロ村の恒久自治権および経済的自由の確立(死者ゼロ・流血ゼロ)』

『判定:一切の武力衝突を起こさず、現場の空気支配のみで国家機関を撤退せしめた超絶治安維持行動』

『スクラップPt +10,000Pt を獲得しました』

(……お、一撃で一万ポイントか)

 ステータス画面を確認すると、所持スクラップPtは一気に【104,100 Pt】へ到達していた。

 ついに十万の大台を突破。

 もはや地球のどんな超大型重機だろうと、化学プラントだろうと、いつでも即座に召喚できる絶対の領域である。

「鷹人さーん!」

 キャルルが満面の笑顔で駆け寄ってきて、鷹人の作業ジャケットの裾をギュッと掴んだ。

「ありがとう! 最後の鷹人さんのくしゃみ、すっごくタイミングが良くてかっこよかったよ!」

「ただ鼻がムズムズしただけだっつーの」

 鷹人はやれやれと首を振り、新しいタバコを取り出して唇にくわえた。

 黄色い百円ライターを取り出し、親指でヤスリを弾く。

 ――カチッ、シュボッ。

 秋晴れの爽やかな青空の下、揺らぐ橙色の炎。

 紫煙をゆっくりと天へと吹き出しながら、鷹人は左腕の傷だらけの金属製腕時計に目を落とした。

「言葉が通じなくても、拳と美味いメシ、あとはエンジン音があれば世界中どこでも生きていける」

 国家の権力だろうが、現場の筋を通せば恐れるものなど何もない。

 心地よい達成感に包まれながら、鷹人は立ち上がり、ガレージに停めてある10トンダンプへと視線を向けた。

「さてと……厄介な客も帰ったことだし、ダンプの試運転がてら、午後の現場の見回りにでも行くとするか」

 だが――平和を取り戻したはずのポポロ村に、今度は「宇宙規模の混沌」が忍び寄っていた。

 週末のポポロ・コーポ女子棟103号室から、プシュッ! と缶ビールが乱射される音と、酒焼けした女たちの泥酔した怒号が、不穏に響き渡り始めていたのである。

読んでいただきありがとうございます。

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