EP 7
三大国の合同徴税官、ポポロ村へ乗り込む
前線スタミナ弁当ビジネスの爆発的な大ヒットと、神界配信『ゴッドチューブ』での投げ銭フィーバーに沸き立った翌朝――。
限界集落ポポロ村は、かつてないほどの好景気の熱気に包まれていた。
村営アパート『ポポロ・コーポ』のガレージ前では、赤城鷹人が愛用の工具箱を広げ、10トンダンプ(いすゞ・ギガ)のオイル交換とエアクリーナーの清掃に精を出していた。
キャブを大きく前傾させ、剥き出しになった巨大なV8ディーゼルエンジンにレンチを当てる。
ボルトを緩め、黒く濁った廃油をペール缶へと落とし、新しい潤滑油をジョッキで注ぎ込んでいく。
カチャリ、カン、コツン。
澄み切った高原の朝気に、心地よい工具の金属音が規則正しく響き渡る。
「……よし。フィルターの目詰まりもねぇな。これで今日もバリバリ走れるぜ」
鷹人はウエスで手のひらのグリスを拭い、作業ジャケットの内ポケットへ手を伸ばした。
取り出したのは、少し潰れた紙巻きタバコの箱。
一本を唇にくわえ、安っぽい黄色いプラスチック製の百円ライターを構える。
親指の腹で、ヤスリを無造作に弾いた。
――カチッ、シュボッ。
静かなガレージに、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡る。
揺れる小さな橙色の炎。
先端に火を移し、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
秋晴れの青空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが朝の冷気と混ざり合い、作業の心地よい疲労感をスッキリと洗い流していく。
続けて鷹人は、胸ポケットから大粒の青森県産ニンニクを一片取り出すと、薄皮を剥いてライターの炎を直接あてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクの表面がパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
立ち上る、ガツンと鼻腔を殴りつけるような濃厚なスタミナのアロマ。
鷹人はそれを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「ん。胃袋に火が入ったぜ」
鷹人はダンプのキャブを戻すと、スタータースイッチをカチリと捻った。
――キュルルルッ、ズドォォォォォォォォォンッッッッ!!!!
大地を揺るがす直噴ディーゼルエンジンの力強い重低音が咆哮し、マフラーから微かな排気煙が立ち上る。
完璧なエンジンの命の鼓動。
だが――その重低音の余韻をかき消すように、村の北門の方向から、けたたましいトランペットのファンファーレと、不快極まりない金属蹄の行軍音が地響きを立てて迫ってきた。
パッパラパァァァーーーンッ! ドカドカドカドカッ!
「……あ?」
鷹人は紫煙をくゆらせながら、北門の街道へと目を細めた。
街道の砂煙を切り裂いて現れたのは、これ見よがしに金銀の装飾が施された、三台の豪奢な黒塗り魔導馬車だった。
馬車の車体には、ルナミス帝国の双頭鷲、レオンハート王国の獅子爪、アバロン魔皇国の黒竜翼が複雑に絡み合った、冷酷なる権力の証――『三大国合同徴税査察部』の紋章が刻み込まれている。
その周囲を固めているのは、青銅色のフルプレートメイルに身を包み、鋭利なハルバードを構えた五十名を超える重装親衛騎兵部隊。
威圧的な行軍で街道の露店を蹴散らし、北門前の広場へと土足で踏み込んできた。
先頭の馬車の豪奢な扉が開き、降り立ってきたのは、まるまると太った豚のような体型の中年男だった。
身につけているのは、これ見よがしに金糸の刺繍が施された絹の外套に、フリル付きの豪奢な貴族服。顎の下には三段の脂肉が波打ち、指にはめられた何個もの宝石指輪をギラギラと光らせている。
手には、分厚い羊皮紙の巻物と、真鍮の査察棒。
三大国合同徴税査察部・筆頭主任査察官、ベルグ・フォン・ガリクソン男爵であった。
「ヒヒッ……! ここが例の忌々しいポポロ村か!」
ベルグはハンカチで鼻を覆い、あからさまに嫌悪感を剥き出しにして周囲を見回した。
その背後から、同じく脂ぎった笑みを浮かべた王国と魔皇国の副査察官たちが付き従う。
「国境の警備軍に毎日数千個もの弁当を売り捌き、莫大な外貨を不法に吸い上げているという限界集落め! 人口千人ぽっちの僻地の農村が、一丁前に『ポポロゴールド(PG)』などという勝手な独自通貨を流通させ、巨額のキャッシュを溜め込んでいると帝都でもっぱらの噂だ! 明白なる無許可営業! 隠田密輸! 脱税の温床に決まっておるわぁッ!!」
ベルグは査察棒を天に突き上げ、広場に響き渡る悪声で怒鳴り散らした。
「村長を連れてこい! 本官は三大国最高評議会より全権を委任された合同査察官である! 過去十年に遡って村の全帳簿を没収査察し、未納の宗主国税、特別防衛分担金、重過加算税、滞納利息をすべて一括徴収してくれるわ! 払えぬならば、村落の全資産を没収の上、村民全員をドンガン炭鉱へ売り飛ばしてやるからそう思えぇぇッ!!」
傲慢極まりない恫喝。
普通の辺境の農村であれば、これだけの軍勢と権威を前にすれば、村長も村民も青ざめて土下座し、なけなしの金貨を差し出すところだった。
しかし――。
シーン……。
静寂。
広場にいた村民たちの誰一人として、怯える素振りすら見せなかった。
それどころか、あまりにも「異様極まりない光景」が、役人たちの視界をじわじわと埋め尽くしていった。
「……ぬ? な、なんじゃ、あの鉄の塊は……!?」
ベルグがぎょっとして査察棒を取り落としそうになった。
広場の脇の畑のあぜ道で、麦わら帽子を被った初老の農民たちが、世間話をしながら作業をしていた。
「おいトメゾウ、そっちのキャタピラのテンション、ちゃんと張っといたか?」
「おうよ、源蔵。ドンガン製の魔導中型戦車の第3転輪に、鷹人からもらった極圧モリブデングリスをたっぷり差したところだ。主砲の105ミリ魔導カノン砲も、パーツクリーナーでピカピカに腔線を磨き上げてあるぜ」
――キュラキュラキュラ、ガシャンッ!
農夫たちが手拭いで汗を拭いながら愛でていたのは、馬車などではなく、分厚いミスリル複合装甲で覆われた堂々たる【魔導中型戦車】だった。
砲身には無骨な耐魔コーティングが施され、いつでも発射可能な状態に整備されている。
「ひ、ひぃぃっ!? な、なぜ農民が戦車を整備しておるのだ!?」
役人たちが後ずさる。
さらに視線を上げれば、畑のビニールハウスの屋根の上には、対空魔導機関砲座が四基、威容を誇って空を睨みつけていた。
道端でカブを洗っていた割烹着のおばちゃんたちの足元には、無造作に『九九式魔導誘導バズーカ』と『指向性対人地雷』の木箱が転がっている。
「あらあら、お客さんかい? 珍しいねぇ」
おばちゃんが笑顔でバズーカの照準器を布でキュッキュと拭き上げ、肩に担ぎ直した。
「ちょ、ちょっと待てぇぇぇッ! なんだその物騒な火器の群れはぁッ! 帝国軍の第一線要塞でもこれほどの重火器は配備されておらんぞ! 貴様ら、謀反の準備かぁッ!?」
ベルグが金切り声を上げた、その瞬間だった。
タッカッ、タッカッ、タッカッ……。
のどかな足音とともに、広場の中央へ一人の少女がひょっこりと姿を現した。
足元には、ホームセンター『タローマン』で特注した雷竜石入りの安全靴。
オーバーサイズのパーカーのポケットに両手を突っ込み、胸元の人参刺繍ハンカチを揺らしながら、明後日の青空を呑気に眺めている。
「ピピ〜ピピピ〜♪ ピ〜ピピ〜♪」
のんびりとした、気の抜けた口笛。
ポポロ村第43代村長、月兎族のキャルルである。
「む、村長か! 貴様がこの村の責任者だな!」
ベルグが脂汗を流しながら怒鳴りつけた。
キャルルは口笛をピタリと止め、満面の純真無垢な笑顔を浮かべて小首をかしげた。
「はーい♡ ポポロ村長のキャルルだよっ! ……えっと、役人さんたち、何か勘違いしてないかな? 私たちは見ての通り、畑を耕して暮らしているだけの、と〜っても【無害な村人達ですよ〜?】」
「ピピ〜ピピピ〜♪」
再び明後日の方向を向き、澄まし顔で口笛を吹き始めるキャルル。
その背後で、カチャリ! と重厚な金属音が響いた。
――ドォォォォンッ!
「ポポロ村自警団、定例兵器点検を完了であります!」
四肢の蹄で大地を揺るがし、前に進み出てきたのは、自警団長マンミアだった。
背中には巨大盾『アグニ』を背負い、両腕には超硬度分銅付きのミスリル鎖『メビウス』がジャラリと巻き付いている。
その隣では、身の丈二メートルの竜人イグニスが、巨大な両手斧を軽々と振り回しながら、牙を剥き出してニカッと笑っていた。
さらに背後の民家の屋根からは、ミスリルソードを担いだA級冒険者フェイトや、ライフルを構えた自警団員たちが、無言で五十門を超える魔導銃口を役人たちの眉間へとピタリと照準を合わせている!
ガチャガチャガチャッ!
「こ……これが……これがどこが無害な村人なのかぁぁぁぁぁッッッ!?!?!?」
ベルグの顎が外れ、悲鳴が裏返った。
親衛騎兵たちの馬が、向けられた圧倒的な殺気と火力に怯えてヒヒィン! と棹立ちになり、隊列がガタガタと崩壊していく。
「ひ、一国を滅ぼせるレベルの重火器軍団ではないか! 詐欺だ! 看板に偽りがありすぎるぞ!!」
「せやから言うたやろ、無害な農民やって」
人垣を割って、のっそりと進み出てきたのは猫耳商人のニャングルだった。
仕立てのいい和装スーツの懐から真鍮のキセルを取り出し、紫煙をフゥーッと役人の顔面へ吹きかける。
脇に抱えた純金算盤『十露盤』を、パチリと指先で弾いた。
「ウチらはな、降りかかる火の粉を払うための『正当防衛の設備投資』をしとるだけや。……ところで、査察官の旦那がた。立ち話もなんやし、村長公邸の客間でお茶でも飲んでいかへんか? 遠路はるばる帝都からやってきたお役人様方に、ポポロ村伝統の【手厚いおもてなし】をしたるわ」
ニャングルの金色の双眸が、ギラリと底知れぬ捕食者の光を帯びて細められた。
その背後から、黒漆の燕尾服をまとった人狼執事リバロンが音もなく現れ、深々と一礼する。
「ええ。すでに応接室には、特製の『お茶』をご用意しておりますよ。……どうぞ、こちらへ」
ベルグ査察官は、喉元に突きつけられた無数の銃口と、異様な村人たちの圧力にゴクリと唾を飲み込んだ。
だが、ここで引き下がれば国家の面前が丸潰れになる。
男爵としてのプライドと強欲さを必死に振り絞り、脂汗の浮かぶ額をハンカチで拭った。
「え、ええい! 受けて立とうではないか! どんな小細工を弄そうと、国家の法と査察権の前には通用せん! 案内せい、村長公邸へ!!」
役人たちが青ざめた顔で村長邸へと連行されていく中、赤城鷹人はダンプのステップから飛び降りた。
無精髭の口元をニヤリと吊り上げ、金属製腕時計をカチリと締め直す。
「おいおい……。無害な農民ねぇ」
鷹人は短くなったタバコを携帯灰皿へねじ込むと、作業ジャケットの肩を軽く回した。
「言葉が通じねぇお偉いさん方が、わざわざ現場に頭を突っ込んできたってわけか。……よし、俺も茶坊主の助っ人に顔を出してやるか」
村長公邸の客間で待ち受けるのは、現場の兄ちゃんが出す「ぬるい陽薬茶」と、ポポロ村の悪魔たちによる笑顔のブラックメール交渉だった。
国家権力の徴税官たちに対する、前代未聞の「おもてなし(精神解体ショー)」が、静かに幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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