EP 4
満月の夜の惨劇! マッハ1で暴走するキャルル村長
ポポロ山の中腹から10トンダンプ(いすゞ・ギガ)を走らせ、赤城鷹人がポポロ村の境界線へと戻ってきた頃には、黄昏の茜色は完全に消え去り、夜の帳が濃密に降りていた。
東の地平線から昇ってきたのは、常軌を逸した大きさを誇る異形の天体――。
大気中のマナを過剰に吸い上げてギラギラと妖しい真紅の光条を放つ、年に数度の大災厄『超巨大満月』であった。
――ズズズズズズズ……ッ!
山脈を渡る夜風が、耳元でピリピリと強烈な静電気を爆ぜさせる。
ダンプを北門前の広場に停車させ、鷹人がエアブレーキの排気音とともにキャブから飛び降りた瞬間だった。
――ドゴォォォォォォォンッッッッ!!!!
大気を引き裂く凄まじい衝撃波が村の中央通りを駆け抜け、路肩の店舗の窓ガラスが一斉にビキビキと悲鳴を上げた!
もうもうと立ち上る白煙の奥、自警団詰所の前庭には、すでに防衛態勢を固めた仲間たちが集結していた。
「ひ、ひぃぃぃ……! 始まった……! 今月も定刻通りにリミッターが吹き飛びよったぁぁッ!!」
猫耳商人ニャングルが、純金算盤『十露盤』を両手で盾のように抱え込み、耳をペタリと伏せてガタガタと震えていた。
その隣では、ケンタウロス自警団長マンミアが、巨大盾『アグニ』を地面に突き立てて四肢を踏ん張っている。
「ぜ、全村落へ退避警報を発令! 屋内にいる者は全員、頑丈なテーブルの下へ潜り込みなさい! 外に出れば、音速の衝撃波で首の骨が吹き飛びますっ!」
「おいおい、団長さん、ニャングル。……本当にあのお嬢ちゃんが暴走してんのか?」
鷹人が作業ジャケットのポケットに手を突っ込みながら歩み寄ると、懐中時計を手にした人狼執事リバロンが、白手袋の指先で眼鏡を押し上げながら冷静に会釈した。
「お帰りなさいませ、鷹人殿。……ご覧の通り、月齢が極限に達したことで、キャルル様の体内の月のマナが臨界突破いたしました。現在、初速マッハ1.2を記録し、村落外周道路を周回中でございます」
◆
リバロンが指差した先――村を取り囲む石造りの外周道路を、一筋の青白い閃光が、雷鳴を撒き散らしながら爆走していた。
――ドォォォォォッ! バシィィィンッ!
巻き上がる砂煙とアスファルトの破片。
その中心にいるのは、紛れもなくポポロ村の可憐な新村長、月兎族のキャルルだった。
だが、その姿は普段の心優しい聖女とは完全にかけ離れていた。
艶やかな銀白色のショートボブは逆立ち、頭頂部の長い純白の兎耳からはバチバチと赤紫色のプラズマ放電が吹き荒れている。
透き通るような真紅の瞳からは理性のタガが完全に消え去り、常軌を逸した爛漫の笑みが浮かんでいた。
「アハハハハハッ! 月が綺麗! お月様が呼んでるよぉぉッ! 命が……命が燃え滾って止まらないんだよぉぉぉッッッ!!!!」
足元に履いたタローマン特注の安全靴――爪先に仕込まれたミスリル鉄板芯と雷竜石が、一歩踏み込むたびに地表へ小型爆弾並みの爆圧を叩き込む!
両手には、鈍い銀光を放つ愛用のダブルトンファーが、まるでプロペラのように超高速回転していた。
時速千二百キロ。
地表を走る巡航ミサイルそのものと化した少女が、直角カーブをドリフトで曲がり切ると、そのまま街道の先――三大国の国境緩衝地帯へと猛然と頭を向けた!
「行っちゃったぁぁぁッ! 国境駐留軍へ向かってカチコミに出発しよったでぇぇッ!!」
ニャングルが絶叫する。
鷹人は短く息を吐き、ポケットから紙巻きタバコの箱を取り出した。
「おい、執事さん。あのお嬢ちゃん、国境へ行って何をする気なんだ?」
「はい。まずは第一波として、街道沿いにあるルナミス帝国の野戦総合病院へエントリーいたします。……そして、入院病棟の重症患者、末期疾患患者、骨折兵士たちを片っ端から満月治癒で完全回復させて回ります」
「……へぇ。人助けじゃねぇか」
「問題は、翌朝に『完治しすぎて退院患者が続出し、病院が経営破綻の危機に陥る』という点ですね。医師たちが青ざめて卒倒いたします。……そして本番は、その後に訪れる【第二波】でございます」
リバロンの糸目の瞳が、冷徹に光った。
「国境の三叉路に設営された、ルナミス帝国・レオンハート王国・アバロン魔皇国の『三大国合同警備駐留軍』の本陣兵舎への直接カチコミ。……『最近たるんでいる各国の兵士たちに、真の気合を注入する』という名目のもと――【殴打して瀕死にする ➔ 満月治癒で全回復させる ➔ 再び笑顔で殴打する】という、阿鼻叫喚の無限熱血指導が執行されます」
「……おいおい」
鷹人は思わずタバコをくわえたまま額を押さえた。
「医療と暴力を同一ラインで高速ループさせるなよ。現場の安全管理どころか、ただの拷問工場じゃねぇか」
「放っておけば、明朝には三大国の精鋭一個大隊が心身ともに廃人となり、国際問題に発展いたします! 鷹人殿、どうか……どうかあのお方を止めていただきたいのであります!」
マンミアが必死の形相で頭を下げてきた。
鷹人はやれやれと首の骨をゴキリと鳴らすと、安っぽい黄色いプラスチック製の百円ライターを構えた。
親指の腹で、ヤスリを無造作に弾く。
――カチッ、シュボッ。
澄んだ硬質な着火音とともに、揺らぐ橙色の小さな炎。
先端に火を吸い付け、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
満月の光を切り裂くように、真っ直ぐ立ち上る一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが夜風に乗り、鷹人の鋭い眼光が遠くの街道を捉えた。
「暴走ダンプを止めるのは、現場の重機屋の仕事だ。……おい、ダンプの荷台に乗れ! 現場へ急行するぞ!」
◆
その頃――ポポロ村から西へ十キロ、三大国の境界線に位置する『国境合同警備駐留基地』は、文字通りの阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「敵襲ぅぅッ! いや、敵じゃない……ウサギだぁぁぁッ!!」
「防壁を破られた! 魔導装甲車が蹴り飛ばされたぞぉぉッ!」
頑丈な鉄骨のバリケードが、まるで踏み潰されたマッチ箱のように粉々にへし折られ、厚さ五十ミリの装甲板を誇る帝国軍の警戒車両が、側溝へ頭から突き刺さっていた。
砂煙の奥から響いてくるのは、あまりにも軽快で、あまりにも凶暴な笑い声だった。
「アハハハッ! こんばんは〜! ポポロ村長のキャルルだよっ♡ みんな、夜警のお仕事ご苦労様! でもね……立ち姿に全然気合が入ってないよぉぉッ!!」
――ドバァァァァァンッッッッ!!!!
音速のステップ。
キャルルが閃光のように跳躍した瞬間、レオンハート王国の屈強な熊耳族の重装歩兵三名が、同時に宙へと吹き飛んだ!
「月影流・鐘打ちッッッ!!」
ガギィィィンッ! と寺の釣鐘を力任せに打ち鳴らしたような金属破砕音。
ミスリル芯入りの安全靴の回し蹴りが兵士のこめかみを捉え、ヘルメットごと頭骨に強烈な打撃を叩き込む。
続けて、アバロン魔皇国の魔闘士が詠唱を完了するより早く、キャルルは低空滑空で懐へ滑り込んだ。
「月影流・顎砕きぃぃッ♡」
バキョォッ!
ダブルトンファーで相手の魔導杖を弾き飛ばし、無防備になった顎先へ垂直の飛び膝蹴り!
歯を四本吹き飛ばされ、魔闘士が白目を剥いて地面へ崩れ落ちる。
わずか三十秒で、百人を超える各国の精鋭部隊が、ことごとく地面へ転がって血反吐を吐いていた。
だが――本当の恐怖は、ここからだった。
「あ〜あ、みんな倒れちゃった……。でも大丈夫! 私、村長だからね! 怪我人は絶対に放っておかないよっ♡」
キャルルは満面の笑みで両手を広げると、満月の光を一気に体内に集約させた。
「――『月影の御手・満月完全再生』ッッッ!!」
パァァァァァァッ……!
真昼のような眩い月の燐光が、駐留基地全体を包み込んだ。
奇跡の治癒。
砕かれた顎が瞬時に接合し、陥没した頭骨が元通りに盛り上がり、折れた肋骨や内臓破裂が、わずか一秒で完全に元の健康体へと復元されていく!
それどころか、兵士たちが長年患っていた腰痛や古傷、虫歯までもが跡形もなく完治していた。
「お……おお……!? 傷が……痛みが消えた……!?」
「奇跡だ……! 聖女様だぁぁッ!」
兵士たちが涙を流して感謝しようとした――そのコンマ五秒後だった。
「――全回復したねっ! じゃあ、もう一回いくよぉぉぉッ♡」
「ヒ、ヒギィィィィィッッッ!?!?!?」
――ドガァッ! バキィッ! ボコォォォッッッ!!!!
「殴打 ➔ 瞬時に全回復 ➔ 即座に再殴打」という、人道と狂気が正面衝突した無限のヤキ入れループ!
屈強な兵士たちが、「助けてくれぇぇッ!」「痛い! 治った! また痛いぃぃッ!」「脳の理解が追いつかないぃぃッ!」と失禁しながら逃げ惑う地獄絵図が展開されていた。
◆
「……なるほどな。話にゃ聞いてたが、想像以上に手がつけられねぇ暴走事故だな」
ズドォォォォォンッ! と土煙を上げて現着した10トンダンプのキャブから、赤城鷹人が飛び降りた。
手には、先ほど山林から持ち帰ったばかりの頑丈な資材一式。
「た、鷹人殿! キャルル様の速度はすでにマッハ1を超えています! 生身で近づけば、触れただけでミンチにされますぞ!」
マンミアが必死に叫ぶ。
だが、鷹人は作業ジャケットの内ポケットから、大玉の青森県産ニンニクを一片取り出した。
指先で素早く薄皮を剥ぎ、黄色い百円ライターを取り出す。
親指の腹でヤスリを弾く。
――カチッ、シュボッ。
澄んだ硬質な着火音。
小さな橙色の炎で、生ニンニクの先端を直接じっくりと炙った。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクの表面がパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
直後、戦場の硝煙と血生臭さを一瞬で吹き飛ばすほどの、猛烈に香ばしく甘い焦がしニンニクのアロマが空間全体へ爆散した!
鷹人はそれを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「……ん。胃袋に火が入ったぜ」
カッと全身の血液が沸騰し、動体視力と神経伝達が極限まで研ぎ澄まされる。
鷹人は頭の中のユニークスキル【リサイクルマスター】を起動した。
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【所持スクラップPt:92,975 Pt】
・カタログ選択:【地球航空宇宙・空母甲板設備廃棄資材カテゴリー】
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(地球の退役空母から引き揚げられた、着艦制動用『高張力多重撚りアレスティング・ワイヤー』三組、油圧ショックアブソーバー式ドラムユニット……それに、大型重機用トラフ型衝撃吸収ウレタンマット十枚!)
消費ポイント、わずか350Pt。
――ヒュンッ!
地面の上に、ドカンと直径五十ミリを超える超極太の鋼鉄ワイヤーと、二基の頑強な油圧ダンパー、そして巨大な高密度ウレタンマットが出現した。
「マンミア! イグニス! ワイヤーの両端をダンプのシャシーフレームと、あっちの頑丈な防壁の基礎へシャックルで連結しろ!」
「は、はいっ!」
「任せとけぇッ!」
怪力二名の手により、わずか十秒で街道を横断する「音速迎撃ネット」が張り巡らされた。
そこへ――。
「アハハハハッ! 邪魔する子は誰かなぁぁぁッ! まとめてヤキ入れしてあげるぅぅッ!!」
音速の衝撃波を纏ったキャルルが、一直線に突進してきた!
時速千キロを超える質量弾頭。生身で受け止めれば、象だろうが粉微塵になる破壊力だ。
だが、赤城鷹人は逃げない。
左腕の金属製腕時計に手を伸ばし、バックルを外して拳に巻き付けながら、ワイヤーの手前五メートルに仁王立ちした。
「おい、村長さん! 他人の現場で暴走運転していい制限速度は――」
『五輪書』に記された「敵の勢いを殺ぐ」理合。
突進してきたキャルルのダブルトンファーの軌道を、鷹人は身を沈めながらミリ単位の頭部移動で紙一重で見切り、その華奢な両手首の腱へ、脱力した両手を同時に添えた!
――スッ。
「――とっくにオーバーしてんだよ!!」
柔道仕込みの究極の捨て身技――『巴投げ』の要領で、鷹人は自ら仰向けに倒れ込みながら、キャルルの超音速の運動エネルギーをそのまま背後へと受け流した!
宙を舞うマッハ1の月兎!
そして――。
バチィィィンッッッッ!!!!
空母用アレスティング・ワイヤーが、キャルルの腰部を完璧に捕獲した!
ギチギチギチッ! と油圧ダンパーが悲鳴を上げ、音速の慣性エネルギーを瞬時に油圧シリンダーの中立化ピストンへと逃がしていく。
減速し、勢いを失ったキャルルの身体が、地面に敷かれた巨大な衝撃吸収ウレタンマットの上へ、フワリと安全に着地した。
ドサッ。
◆
静寂が、戦場を包み込んだ。
ウレタンマットの上で、キャルルはピクピクと長い兎耳を震わせていた。
頭上を見上げれば、妖しい真紅の満月が、ゆっくりと西の山並みの雲の奥へと隠れ始めていた。
過剰に吸い上げられていた月のマナが潮が引くように体内から抜けていき、真紅の瞳に、スーッと普段の理性の光が戻ってくる。
「……あ、あれ……? 私……なんでこんなところで寝転がってるの……?」
キャルルが目をパチクリとさせながら身を起こす。
周囲を見渡せば――。
へし折れた防壁、側溝に刺さった魔導装甲車、そして涙を流して抱き合いながら「生きてる……俺たち生きてるぞぉぉ!」と震えている三大国の兵士たち。
「ひっ……!? な、何これぇぇぇぇッ!?」
記憶がフラッシュバックしたキャルルは、顔面を真っ青に染め、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「う、嘘でしょ……!? 私、またやっちゃったの……!? 病院を全快にして、軍隊をボコボコにして全回復させてまたボコボコに……!? いやぁぁぁっ! ごめんなさぁぁぁいッ!!」
涙目で叫び、タローマン特注の安全靴で地面をジタバタと蹴る可憐な村長。
そこへ、立ち上がった赤城鷹人が、埃を払いながら歩み寄ってきた。
「おい、村長さん」
「ひゃっ……!? た、鷹人さん……! わたし、わたし……!」
鷹人はやれやれと首を横に振ると、胸ポケットから手縫いの人参柄刺繍ハンカチを拾い上げ、キャルルの涙と鼻水をポンポンと優しく拭ってやった。
「怪我人が出なくて何よりだ。……だが、スピードの出しすぎは現場の重過失だぞ。次からは、満月の夜はダンプの荷台で大人しく寝てろよ」
「う、うぅ……はいぃぃ……っ」
キャルルは真っ赤になって項垂れた。
そこへ、手帳をパチンと閉じた人狼執事リバロンが、音もなく歩み寄ってきた。
その糸目の奥には、獲物を前にした冷徹なビジネスマンの光が宿っていた。
「お見事でございました、鷹人殿。……さて、主が正気に戻られたところで、これより私の番ですね」
「あんたの番?」
「ええ。……『満月被害相殺プロトコル』の発動でございます。破壊された兵舎の損害賠償と、完治させた全兵士の超高額医療費――その完璧なる相殺示談交渉を、これより三大国司令官相手に執行いたします」
夜明けの空が白み始める中、ポポロ村の黒衣の執事による、恐るべき「戦後処理の錬金術」が幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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