EP 10
400年の炭鉱送りと、工房での打ち上げホルモン焼き
夕闇がポポロ村の空を濃紺に染め上げる中、詐欺サロンの跡地となった丘の上に、地中深くからドンガン製の重装甲護送トレインが土煙を上げて浮上してきた。
車体全体に頑丈な鉄格子が嵌め込まれ、脱走防止用の高圧魔導電流が青白くバチバチと火花を散らしている。
「ひ、ヒイィィィッ! 頼む、許してくれぇぇッ! 炭鉱は嫌だ! 地下二千メートルで手掘りなんて死んじまうよぉぉッ!!」
首に自爆機能付きの分厚いミスリル首輪をガチリと嵌められた火原元が、涙と鼻水で顔をグシャグシャに濡らしながら、地面に爪を立てて抵抗していた。
その隣では、鷹人の左フックで下顎を完全に粉砕された鮫島剛が、顔中に包帯をグルグル巻きにされ、虚ろな目で泡を吹きながら、ドワーフの屈強な衛兵たちに両脇を抱えられて引きずられていく。
「往生際が悪いですねぇ。自ら他者を騙して命の危険に晒した以上、そのツケは己の筋肉と汗水で四百年かけて払っていただくのが道理というもの。……さあ、ドンガンの親方衆、どうぞお納めください」
人狼執事リバロンが、糸目の完璧な営業スマイルで手際よく調印書類を差し出す。
ドンガン鉱山局の頑固ドワーフ隊長が書類に親指の朱肉印を押し、獰猛な笑みを浮かべた。
「ガハハ! 任せときな、リバロンの旦那! こいつら二人には、一番地熱が熱くて岩盤の硬ぇ最深部で、ツルハシが折れるまで一生石炭を掘らせてやるわい!」
「ギャアアアアアッッ!!」
ドナドナの如くトレインの鉄格子の奥へ放り込まれる元転生者詐欺コンビ。
ガコン、と重い鉄扉が閉ざされ、護送車は大地を震わせながら地底深奥の闇の中へと消え去っていった。
「へへっ、毎度ありぃ!」
その横で、猫耳商人ニャングルが純金算盤『十露盤』をパチリと弾き、満面の笑みで帳簿を閉じた。
「火原と鮫島が溜め込んどった裏口座の隠し金貨、締めて3,000枚! 村の若者たちへの被害弁済金を全額返しても、お釣りが金貨500枚(約5,000万円)も残ったで! この余剰金は、全額ヒエンの工房への設備投資補助金と、村の防空ドーム強化基金にプールや!!」
「わぁい! これでヒエン君のところにも、新しい鍛冶道具がいっぱい買えるね!」
キャルル村長がタローマン特注の安全靴を鳴らして跳ね上がり、胸元の人参刺繍ハンカチをギュッと握りしめて微笑んだ。
◆
すっかり夜の帳が下りたポポロ村の東外れ――鍛冶青年ヒエンの工房の前庭に、赤城鷹人たちは移動していた。
石造りの鍛冶小屋の前には、広々とした土間の中庭が広がっている。
炉の余熱がほんのりと漂う中、ヒエンは煤けた革エプロンを脱ぎ捨て、手拭いで首筋の汗を拭いながら、目を輝かせて鷹人を見上げた。
「鷹人の兄貴! 改めまして、今日は本当にありがとうございました! 兄貴のあの神業の金属鑑定と一撃がなきゃ、俺の誇りも村の鍛冶小屋もズタズタになるところだった……! 打ち上げの宴会、やろうぜ! ……って言っても、うちの台所には親父の遺した古いエール樽くらいしかねぇんだけど……」
「酒があるなら十分だ。……現場仕事を綺麗に完工させた後の打ち上げは、職人の命の洗濯だからな。食材と道具なら、現場監督の資材置き場から極上のやつを出してやるよ」
鷹人はニヤリと無精髭の口元を吊り上げると、作業ジャケットの袖を捲り上げた。
意識を研ぎ澄まし、頭の中のユニークスキル【リサイクルマスター】を起動する。
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【所持スクラップPt:39,475 Pt】
・カタログ選択:【居酒屋倒産品・厨房機器廃棄品カテゴリー】
・カタログ選択:【食肉解体場デッドストック・極上ホルモンカテゴリー】
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(地球の老舗炭火焼き肉店が惜しまれつつ閉店した際に、厨房の裏手に眠っていた本物の珪藻土切り出し七輪……それに、職人が焼き上げた国産最高級のオガ炭と紀州備長炭)
(さらに、地球の食肉加工場で規格外や端材として弾かれた、屠殺後即日急速冷凍された新鮮極まりない牛シマチョウ、マルチョウ、厚切り牛ハラミ、豚カシラ、コリコリのガツ芯……合計八キロ! ついでに、秘伝の熟成味噌、おろしニンニク、粗挽き唐辛子、濃口醤油、ごま油の一升瓶セットだ)
消費ポイント、わずか120Pt。
――ヒュンッ!
ドサリと中庭の作業台の上に出現したのは、年季の入った三基の丸型珪藻土七輪と、真っ黒な炭の箱、そして霜降りの脂が白く美しく輝く山盛りの極上ホルモンの保冷箱だった。
「うおぉぉぉっ!? な、なんだこの肉の山はぁぁッ!? 内臓肉なのに、嫌な臭みが1ミリもねぇぞ……!?」
ヒエンが目を丸くして身を乗り出す。
鷹人は手際よく七輪の底へ通気用の小石を敷き、オガ炭を組むと、あの安っぽい黄色いプラスチック製の百円ライターを取り出した。
親指の腹で、ヤスリを無造作に弾く。
――カチッ、シュボッ。
夜の澄んだ空気に、硬質で澄んだ着火音が鋭く響き渡った。
小さな橙色の炎。鷹人は着火剤代わりの木片に火を移すと、七輪の通気口を全開にして炭火を熾し始めた。
パチパチとオガ炭が爆ぜ、赤々とした熾火の熱気が中庭を満たしていく。
「さてと……まずは現場の気合入れと、秘伝ダレの仕込みだ」
鷹人は大玉の青森県産ニンニクを丸ごと三房取り出すと、薄皮を剥いだ生粒を指先でつまみ、ライターの炎を直接あてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクの表面が、パチパチと音を立てて香ばしい狐色に焦げていく。
滲み出る濃厚な植物油のエキス。
直後、夜の冷気を一瞬で吹き飛ばすほどの、猛烈に香ばしく甘い焦がしニンニクのアロマが空間全体へ爆散した!
「くぅぅぅ……! この匂い、何回嗅いでも胃袋がひっくり返りそうになるぜ……!」
鷹人は熱々の炙りニンニクを包丁の腹でバチン! と豪快に押し潰すと、すり鉢の中で味噌、醤油、みりん、ごま油、そして粗挽き唐辛子と一気に練り合わせた。
立ち上る、暴力的なまでの『特製・直火炙り焦がしニンニク味噌ダレ』の完成である。
そこへ、一口大にカットしたシマチョウとハラミをドカンと投入し、素手で丹念に揉み込んでいく。
◆
その猛烈な煙と香気が夜風に乗ってポポロ・コーポへ届いた瞬間――中庭の木戸が、ガタガタと凄まじい勢いで揺れ動いた。
「おい兄弟ぃぃッ! 中庭からテラ美味そうな脂とニンニクの匂いが漂ってきたと思ったら、ここで宴会やってやがったのかコノ野郎ぉぉッ!!」
特攻服風ロング法被をなびかせ、眩い黄金リーゼントを夜風に揺らしながら突進してきたのは、男子棟103号室の主――第6の聖獣・リキ兄貴だった!
続けて、のっそりと重厚な地響きを立てて現れたのは――。
「……フン。我が仕込みの豚骨臭を上回る、凶暴なホルモンの煙を立てる者がいると思えば……管理人、貴様か」
黒い前掛け姿で、口に極太の葉巻をくわえた神話の竜王・デューク(101号室)が、マイ鉄箸をジャキリと鳴らしながら仁王立ちしていた!
さらに背後からは――。
「兄ちゃぁぁん! 俺、男子棟の共用階段のワックスがけも終わらせたよ! 腹減って死にそうなんだ、肉食わせてくれぇぇッ!」
スウェット姿の狼王フェンリル(102号室)が犬耳をペタリと倒して駆け込んでき、女子棟からは不死鳥フレアがエプロン姿で「ヒエン! 無事だったのね! ああ太郎ぉぉ、息子が生きて帰ってきたわぁ!」と号泣しながら合流する。
そして――。
「た、鷹人殿ぉぉぉ……ッ!」
ドスドスドスッ! と地面を揺らし、自警団長マンミアが顔面を真っ赤に沸騰させて現れた。
タクティカルベストを着崩し、琥珀色の瞳を潤ませながら、前脚の蹄をもじもじと擦り合わせている。
「団長さん、ちょうどいいところに来たな。さっきはナイスな壁役だったぜ。ほら、座りな」
「は、はいっ! た、鷹人殿の真横……! この席は、自警団長の特権として死守するのであります……ッ!(トゥンク……!)」
馬尾をプロペラのように回転させながら鷹人の隣へ滑り込むマンミア。
そこへ、キャルルやニャングル、人狼執事リバロン、さらに手首の治ったイグニスまで集まり、ヒエンの鍛冶小屋の前庭は、一瞬にして超満員の宴会場へと変貌した。
◆
「よし! 七輪がカンカンに温まったぜ! 肉を乗せるぞ!」
鷹人の号令とともに、真っ赤に熱された網の上へ、特製ニンニク味噌ダレをたっぷりと纏った牛シマチョウと厚切りハラミが一気に投下された!
――ジューーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!
夜の静寂を吹き飛ばす、猛烈な脂の爆ぜる音!
網の隙間から炭火へ滴り落ちる極上の牛脂!
ボッと立ち上る炭火の炎と、モクモクと空を覆い尽くす白い煙――そこに焦がしニンニクと熟成味噌の暴力的な香ばしさが混ざり合い、中庭全体を濃密な煙幕となって包み込んだ!
「ゲホッ、ケホッ! 煙ぇぇぇっ! だが……たまらん匂いだぁぁぁッ!!」
リキ兄貴が目を血走らせて叫ぶ。
網の上で、シマチョウの脂がプクプクと花のように反り返り、黄金色の焦げ目がカリッとついていく。
「ほらよ! ホルモンは皮目からしっかり焼いて、脂が透き通った今が一番の食い頃だ! 誰にも遠慮すんな、ガツガツ食いな!」
「「「うおおおおおおおッッッッ!!!!」」」
全員の箸が一斉に七輪へ殺到した!
ヒエンが焼きたての熱々のシマチョウを口の中へ放り込む。
――ジュワッッッッ!!!!
「――!!!!????!!!!」
ヒエンの全身が硬直した。
噛み締めた瞬間、パリッと香ばしい皮目の中から、まるで極上のスープのように甘く芳醇な牛脂の洪水が口いっぱいに弾け飛んだのだ!
「う……う、うんめぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!! なんだこれぇぇぇッ!? 噛めば噛むほど、濃厚な脂の甘みと、炙りニンニク味噌のパンチが溢れ出てくる! 臭みなんかゼロだ! 飲み込むのが惜しいくらい、喉の奥まで旨味が突き抜けていくぞぉぉッ!!」
ヒエンはジョッキのエールをゴクゴクと一気に呷り、プハァッ! と歓喜の雄叫びを上げた。
さらに、寡黙な竜王デュークが厚切りハラミを鉄箸でつまみ、口へ運ぶ。
目を細め、静かに咀嚼するデューク。
次の瞬間――ボッ! とデュークの背中の竜鱗が逆立ち、口から感嘆の紫煙が漏れ出た。
「……見事だ、鷹人。炭の熾し方、肉の隠し包丁、そしてこの直火で炙ったニンニクダレの調合……一切の手抜きがない。我がスープの領域とはまた異なる、炭と鉄と炎を極めた本物の『職人の味』だ。……美味いぞ」
神話の竜王からの最上級の賛辞!
隣ではリキ兄貴が「うめぇ! 白飯だ! 誰か白飯持ってこいコノ野郎ぉぉッ!」とどんぶり飯を片手にハラミをかき込み、フェンリルは「兄ちゃん神様! 一生ついてく!」とマルチョウを貪り食う。
そして――鷹人の隣のマンミアはといえば。
「はふっ、はふっ……んんぅ……っ♡」
褐色の頬を朱に染め、とろけるような至福の笑みを浮かべていた。
コリコリとしたガツ芯を噛み締めるたび、琥珀色の瞳にハートが浮かび、長い馬尾が扇風機のように回る。
「美味い……あまりにも力強い味であります……! 煙に燻され、額に汗を浮かべながら肉を焼く鷹人殿の横顔……あ、あまりにも……あまりにも雄々しくて……私の処女の胃袋が、完全に撃ち抜かれてしまったであります……ッ!」
「いや姐さん、ホルモン食って発情すんなや。煙で燻製にされとるだけやろがい」
ニャングルの鋭いツッコミが飛び、七輪を囲む全員からドッと爆笑が巻き起こった。
煙モクモクの中庭で、種族も神格も立場も超えて、誰もが笑い、酒を酌み交わし、極上の肉を頬張っている。
◆
宴が最高潮を迎え、仲間たちが満腹の腹をさすりながら笑い合っている輪から少し離れ、鷹人は鍛冶小屋の軒先に腰を下ろした。
作業ジャケットの胸ポケットから紙巻きタバコを取り出し、唇にくわえる。
取り出したのは、地球の百円均一ショップで買った安っぽい黄色いプラスチック製のライターだ。
親指の腹で、ヤスリを無造作に弾いた。
――カチッ、シュボッ。
夜風の中に揺らぐ、小さな橙色の炎。
先端に火を移し、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
星空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
タバコのツンとした香りと、七輪の炭と肉の香ばしい匂いが夜風に乗って混ざり合う。
ふと左腕の金属製腕時計に目を落とし、鷹人はニッと小さく笑った。
「言葉が通じなくても、拳と美味いメシ、あとはエンジン音があれば世界中どこでも生きていける」
召喚された大聖堂でゴミ拾いと蔑まれ、荒野へ放り出されたあの日。
だが、辿り着いた限界集落ポポロ村で、壊れたインフラを直し、カオスすぎる住人たちのトラブルを現場の理屈で片付け、悪徳詐欺師を物理で粉砕した。
気づけば、ここには背中を預け合える本物の仲間たちと、温かい現場の居場所があった。
「……悪くねぇ現場だ。明日からも、気合い入れて回してやるよ」
短くなったタバコの火を携帯灰皿へねじ込んで揉み消し、鷹人は立ち上がった。
現場の兄ちゃん・赤城鷹人の異世界現場仕事は、さらに波乱に満ちた「第3章」――神界配信バズりと三大国の嵐へと続いていく。
読んでいただきありがとうございます。
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