EP 8
サロン乗り込み! 偽装ステータスVS現場の物理法則
「ギャハハハハッ! 見たかぁぁッ! 俺の防御力はカンストの【99,999】だぁぁッ!!」
特設テントの演壇の上で、高級そうな青スーツを着た鮫島剛が、両手を広げて下品にイキり散らしていた。
頭上に浮かび上がるのは、ユニークスキル【ステータス偽装】によって改ざんされた、眩い黄金の巨大ホログラム。
――――――――――――――――――――
【鮫島 剛】
・職業:超絶金剛覇王
・防御力:99,999(測定限界突破・絶対無敵)
・耐性:物理無効、魔法完全反射、精神攻撃完全遮断、即死無効
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「触れただけでテメエの骨が粉々になるぞ! 生体出力1馬力のゴミ拾い野郎が、殴れるもんなら殴ってみやがれぇぇッ!!」
鮫島は唾を飛ばし、完全に勝ち誇った顔で胸を突き出してきた。
鑑定水晶の数値を絶対と信じ込む村の若者たちが、「ひ、ひぃぃ……! 絶対無敵だ……!」「あんなの神様じゃないか……!」と怯えて後ずさる。
だが――。
赤城鷹人は、眉毛一本動かさなかった。
左腕に巻かれた、無骨で傷だらけの金属製腕時計。
その分厚いステンレス製のコマを拳にグルグルと巻き付けたまま、鷹人は安全靴の爪先をスッと半歩前へ滑らせた。
「おい、青スーツ」
鷹人のドスの利いた静かな低音が、テントの空気をピシリと切り裂く。
「画面に『99999』と打ち込めば、てめぇが本物の金剛石にでもなった気になれるのか? ……プログラミングの画面でいくら数値を弄くり回したところでな、現実の現場にゃあ『質量』と『解剖学』しか存在しねぇんだよ」
「あぁん!? 負け惜しみを抜かすな! 痛い目見なきゃ分からねぇなら、その拳を叩きつけて――」
鮫島が嘲笑を浮かべ、さらに顎を突き出そうとした――その刹那だった。
――スッ。
鷹人の全身から、一切の力みが消え失せた。
『五輪書』に記された「秋水の身」――敵が防御の意識を固めるコンマ数秒前の「虚」を捉える、究極の脱力。
海外の地下賭け格闘技(MMA)で培われた重心移動により、鷹人はノーモーションで踏み込み、左の拳を最短距離のインサイド軌道から撃ち放った!
狙いは額でも胸板でもない。
人間の急所中の急所――三半規管と脳幹へダイレクトに衝撃を叩き込む、下顎の先端(オトガイ神経の交差点)である。
「――現場の物理法則を、舐めるんじゃねぇ」
ドッガァァァァァァァンッッッッ!!!!
鈍く重厚な破砕音が、静かなテント内に炸裂した。
金属製腕時計の硬質なステンレスのコマが、鮫島の尖った顎先へゼロ距離で直撃する!
「ごぶぅッ!?」
鮫島の頭部が、コマのように激しく右斜め上へと旋回した。
強烈な回転モーメントが頭蓋骨に加わり、内部の脳髄がドロドロにシェイクされ、頭蓋底の内壁へ激突する。
どれほど頭上の文字が「物理無効」を謳っていようが、生物としての神経伝達系と頭蓋の構造は一切変わらない。脳幹が過負荷によって瞬時にブレーカーを落とし、鮫島の全身の筋緊張が一瞬で消失した。
ピキピキピキィィィッ! パリンッ!
頭上に浮かんでいた「防御力99,999」の黄金ホログラムが、まるで割れたガラスのように派手なノイズを散らしながら霧散していく。
鮫島は白目を剥き、口から泡と鼻血を噴き出しながら、空中で一回転して演壇から転落した。
ズドォォォンッ!
敷かれていた高級絨毯へ顔面からダイブし、そのままピクピクと四肢を痙攣させる。
股間からはジュワッと生温かい染みが広がり、完全なる失禁・失神状態となって動かなくなった。
所要時間――わずか零コンマ三秒の一撃KOだった。
◆
「…………は?」
静寂。
テントの中の全員が、呼吸を忘れて硬直していた。
「ぼ、防御力……九万九千九百九十九が……!?」
「ワンパン……!? 作業着の兄ちゃんの素手の左フック一発で、即死したぁぁぁッ!?」
若者たちが目を限界まで見開き、絶叫を上げた。
そこへ、背広組の猫耳商人・ニャングルが純金算盤をカチリと鳴らし、呆れたように吐き捨てた。
「当たり前じゃボケカスゥッ! 言うたやろが、あいつのスキルは『文字の偽装』だけやって! 画面の数字をどれだけ書き換えたところで、中身はスライムにどつかれて骨折するモヤシ男や! 人間の三半規管と脳震盪の物理現象を、たかが文字データで書き換えられるわけがあらへんのじゃい!!」
正気を取り戻した若者たちが、泡を吹いて転がる鮫島を見てガタガタと震え上がる。
当の赤城鷹人はといえば、息ひとつ乱していなかった。
左腕の金属製腕時計のバックルをカチリと外し、手首の汗をジャケットで無造作に拭うと、再び定位置へと巻き直す。
そして、胸ポケットから紙巻きタバコを取り出して唇にくわえた。
取り出したのは、地球の百円均一ショップで買った安っぽい黄色いプラスチック製のライターだ。
親指の腹でヤスリを弾く。
――カチッ、シュボッ。
静かなテント内に、硬質な着火音が鋭く響き渡る。
揺れる小さな橙色の炎。先端に火を吸い付け、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
青空ならぬテントの天幕へ向けて、真っ直ぐ立ち上る一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが漂う中、鷹人は紫煙の向こうから、平然とした目で演壇の奥を見据えた。
「画面の中のパラメータで喧嘩ができると思うなよ。……現場で一番強いのは、いつだって目の前の物理の法則だ」
「ひ、ヒイイィィィッ……!? さ、鮫島が一撃だとぉ……!?」
演壇の奥で、もう一人の悪徳転生者・火原元が、腰を抜かしてガタガタと震えていた。
元土木作業員の筋骨隆々たる巨躯が、恐怖のあまり縮こまっている。
「ば、化け物……! 生体出力1馬力なんて大嘘じゃねぇか! あんなの人間じゃねぇ、歩く粉砕機だぁ……!」
◆
「おい、火原」
ドスの利いた声とともに、鍛冶青年ヒエンがずいと前に出た。
大型の鍛冶槌を肩に担ぎ、燃えるような紅蓮の瞳で火原を睨みつける。
「他人の汗水をバカにし、道具を粗悪な偽物で汚した罪、きっちり償ってもらうぞ! 村の若者たちから巻き上げた金貨を全部吐き出しやがれ!!」
「く、来るな! 近寄るんじゃねぇぇッ!」
火原は逆上し、自らのユニークスキル【コピー】を乱射した!
――ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!
空間から次々と召喚されるのは、帝都の武器屋で見た装備の劣化コピー品――粗悪な鋼鉄の大斧、トゲ付き鉄球、巨大な両手槍。
火原はそれらを力任せに掴み、ヒエンへ向けて投げつけてきた!
「死ねやぁぁぁッ! 武器なんざ、形さえありゃあ人を殺せるんだよぉッ!」
「生鉄のガラクタが……調子に乗るなぁぁッ!!」
ヒエンが一歩踏み込み、手にした鍛冶槌を豪快に横薙ぎに一閃させた!
――ドガァァァァンッ!!
飛来した大斧と槍が、ヒエンのハンマーの一撃で正面から叩き折られ、まるで乾いた陶器のように派手な火花を散らして粉々に砕け散った!
鷹人が指摘した通り、炭素が偏析し熱処理のされていない火原のコピー武器は、本物の鍛冶師が打った鉄塊の衝撃に耐えられるはずもなかった。
「ひぎゃああっ!?」
砕け散った刃の破片が火原の頬をかすめ、血がピシャリと飛ぶ。
背後の出口へ逃げようと振り返る火原。
だが、そこには――。
ガギィィィンッ!
「そこまでであります、脱走囚! ポポロ村自警団の防衛線を、一歩たりとも通しはしません!」
テントの破れた入り口に、巨大盾『アグニ』を構えたケンタウロス自警団長マンミアが、仁王立ちで塞いでいた。
パイルバンカーの極太シリンダーが、すでに撃発位置へとガチャンとロックされている。
退路は、完全に断たれていた。
◆
「う、うわぁぁん! すみませんでしたぁぁっ!」
演壇を取り囲んでいた村の若者たちが、次々と地面に土下座した。
手にした偽装神聖剣を放り出し、ヒエンや鷹人に向かって涙を流しながら頭を擦り付ける。
「俺たち……楽して強くなれるなんて甘い言葉に目が眩んで……!」
「ヒエンさんの打ってくれた剣をバカにして……本当にごめんなさい!」
ヒエンはハンマーを下ろし、深いため息を吐いた。
「分かればいいんだよ。……命を預ける道具を、他人の甘言や数字だけで選ぶな。現場で頼れるのはな、自分が汗水垂らして手入れした本物の鉄だけだ」
「ヒエンの言う通りやで」
ニャングルが演壇の金庫を蹴破り、中から分厚い革袋を次々と引きずり出した。
「はい、これテメエらが預けた金貨や! 耳揃えて返金したるから、名前書いて受け取りサインしぃや! ……もちろん、ゴルドスマイル銀行の特別解約手数料として、2パーセントだけ引かせてもらうけどな♡」
「ニャングル、そこは全額返してあげなよ〜」
キャルル村長が苦笑いを浮かべ、タローマン特注の安全靴を鳴らしながら歩み寄ってきた。
胸元の人参刺繍ハンカチをそっと揺らし、鷹人の作業着の袖を控えめに引っ張る。
「鷹人さん、本当にありがとう。怪我人もこれ以上出なかったし、村の若者たちも目を覚ましてくれたよ」
「おう、現場が収まったなら何よりだ」
鷹人は灰皿代わりに空き缶へタバコの灰をトントンと落とすと、作業ジャケットの胸ポケットへ手を伸ばした。
取り出したのは、大粒の青森県産ニンニクだ。
指先で器用に薄皮を剥ぎ、黄色い百円ライターを取り出す。
親指の腹でヤスリを弾く。
――カチッ、シュボッ。
静かなテント内に、硬質な着火音が鋭く響く。
小さな橙色の炎を、剥きたての生ニンニクの先端へ直接あてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクがパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
滲み出る濃厚な植物油のエキス。
直後、テント内に充満していた詐欺師たちの汗と血の臭いを一瞬で消し去るほどの、猛烈に香ばしく甘い焦がしニンニクのアロマが空間全体へ爆散した。
「うわぁ……! いつ嗅いでも、すっごくいい匂い……!」
キャルルが真紅の瞳を輝かせ、マンミアも琥珀色の瞳を潤ませて喉を鳴らす。
鷹人は火を吹き消すと、軽く焦げ目のついた熱々のニンニクを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
「……ん。やっぱり現場の締めはこれに限るぜ」
ガツンと鼻腔を突き抜ける刺激的な辛味と、熱によって引き出された濃厚な甘味。
胃の底から沸き上がる活力を噛み締めながら、鷹人はニヤリと笑った。
その瞬間――ピロリン♪ と頭の中に小気味よい電子音が響き渡った。
『善行を検知しました』
『事象:悪徳転生者による偽装武器投資詐欺の完全解体および被害金の全額保全』
『事象:村内若手労働者の精神的更生と、真の職人技術(ヒエン工房)の保護』
『判定:物理法則と金属工学の知見に基づく、極めて高度な治安維持行動』
『スクラップPt +2,500Pt を獲得しました』
(よし、これで所持ポイントは38,675Ptか。重機の燃料代どころか、何でも調達できるな)
鷹人が胸の中で小さくガッツポーズを作った、その時だった。
◆
「ぐ……クソがぁぁぁッ! 調子に……調子に乗るんじゃねぇぞぉぉッ!!」
血まみれの顔で壁際に追い詰められていた火原元が、狂乱の形相で絶叫した!
その手には、作業着の隠しポケットから引きずり出された、禍々しい黒紫色の金属カプセルが握られていた。
表面には、アバロン魔皇国の禁忌の紋章が赤黒く脈動している。
「ひ、火原殿! 何を出す気だ!?」
マンミアが即座にパイルバンカーを構え直すが、火原の目は完全に血走り、理性を失っていた。
「俺様を炭鉱なんぞに送り返せると思うなよ! こいつは帝都の闇市でナンバーズのスリーから仕入れた、アバロン魔皇国製の『特級暴走魔獣カプセル』だぁッ! 出ろぉッ! 全員まとめて噛み砕いて肉塊にしちまえぇぇぇッ!!」
パリンッッッ!!!!
火原がカプセルを床へ力任せに叩きつけた!
黒紫色の瘴気が爆発的に噴き上がり、特設テントの屋根を一瞬で吹き飛ばすほどの、凄まじい地響きが荒野を揺るがした!
――グギャアアアアアアアアアッッッッ!!!!
立ち込める瘴気の奥から現れたのは、身の丈五メートルを超える、全身を鋼鉄をも溶かす生体酸の粘液で覆われた巨大なキマイラ魔獣だった!
狂乱する魔獣の咆哮が、ポポロ村の空をビリビリと震わせる。
だが――吹き飛んだ天幕から差し込む青空の下、赤城鷹人は短くなったタバコを携帯灰皿へねじ込むと、ニヤリと無精髭の口元を吊り上げた。
「へぇ……カプセルから魔獣ねぇ。――現場にデカい産業廃棄物が転がり出てきたなら、こっちも相応の『解体資材』をぶつけるだけだぜ」
鷹人は頭の中のスキルカタログを開き、地球の超特殊合金プレートの召喚へと意識を向けた。
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