EP 6
悪徳転生者コンビ、火原と鮫島の「偽装武器サロン」
泥沼夫妻の「仮面夫婦」騒動を極上のニンニクネギチャーハンで円満解決し、ポポロ村の広場に穏やかな昼下がりが戻ってから、わずか一時間後のことだった。
自警団詰所の前庭から、けたたましい女性の悲鳴と、誰かが倒れ込むようなドサリという重い物音が響き渡った。
「キャルル様ぁぁッ! マンミア団長! 誰か来てぇぇぇッ!!」
管理人室の縁側で作業ジャケットのボタンを留めていた赤城鷹人は、その切迫した叫びを聞き逃さなかった。
左腕の金属製腕時計に目をやりながら、履き慣れた安全靴の踵を鳴らして詰所前の中庭へと駆けつける。
そこには、痛ましすぎる光景が広がっていた。
村の若手自警団員二名が、血まみれの腕や脇腹を押さえて地面にうずくまり、激痛に顔を歪めて呻いている。
そしてその横で、身の丈二メートルを超える巨躯を小さく丸め、右手首をブランと不自然に垂らしながら、大粒の涙をポロポロと零して膝をついている大男がいた。
竜人族のイグニスである。
「うぐぅ……痛ぇよぉ……! 手首が……俺様の頑丈な竜の骨が、あらぬ方向に曲がっちまったよぉぉッ!」
「イグニス! それにトビー、リック! 一体何があったのでありますか!?」
詰所の奥から、巨大盾『アグニ』を背負った自警団長マンミアが、四肢の蹄を轟かせて飛び出してきた。
続けて、タローマン特注の安全靴を響かせながら、キャルル村長が青ざめた顔で駆け寄ってくる。
「みんな、ひどい怪我……! 動かないで、すぐ手当てするから! ――『月影の御手』ッ!」
キャルルが両手をかざし、淡い月の燐光で若者たちの深い裂傷を塞ぎにかかる。
だが、鷹人は鋭い眼光で、地面に転がっていた「凶器の残骸」を見据えていた。
「……おいおい。そいつは一体、何の冗談だ?」
鷹人が拾い上げたのは、三つにへし折れた一振りの大剣だった。
刀身にはこれ見よがしに青白い魔導文字が刻まれ、柄には安っぽい金メッキの装飾が施されている。
だが、折れた断面を指先でなぞった瞬間、鷹人の無精髭の顎がピクリと強張った。
「刃の断面が気泡だらけだ。熱処理も焼き入れもされてねぇ。……ただの不純物だらけの脆い生鉄を、型に流し込んで銀ペンキで塗っただけの粗悪な鋳物じゃねぇか」
「そ、そんな馬鹿な……!」
手首をキャルルの魔法で癒やしてもらったイグニスが、鼻水をすすりながら叫んだ。
「嘘だろ鷹人の旦那ぁ! そいつは……そいつは村外れの特設テントで買った、伝説の神聖剣なんだぞ! ほら、見てみろよ! 鑑定の水晶器を通せば、ちゃんと本物の文字が出るんだ!」
イグニスが震える手で差し出したポータブル鑑定水晶を、折れた剣にかざす。
瞬間、空中に眩いばかりの光文字が浮かび上がった。
――――――――――――――――――――
【神聖ミスリルバスタードソード(真・レジェンド等級)】
・攻撃力:+5,000
・付与効果:魔獣特攻(極大)、刀身不壊、自動会心率100%
・製造元:帝都最高峰・特別魔導錬金工房謹製
――――――――――――――――――――
「攻撃力プラス五千……刀身不壊だと?」
マンミアが琥珀色の瞳を見開いて息を呑んだ。
帝国正規軍の騎士団長が帯びる最上級の聖剣ですら、攻撃力補正はせいぜいプラス五百前後。プラス五千など、一撃で山を両断できる神話の神器レベルの数値である。
「そうなんだよ団長! 俺様、これさえあれば手取り十四万の貧乏暮らしから一発逆転して、故郷の里に胸を張って本物の純金像を建てられると思ってよぉ……! 来月の給料から天引きされるのを覚悟で、村外れのサロンで金貨二十枚(約二百万円)のローンを組んで買っちまったんだよぉぉッ!」
イグニスは頭を抱え、地面に額を擦り付けて号泣した。
「で、トビーたちと一緒に西の街道へ試し斬りに出かけたら……出てきたのはただの小型のイノシシ型魔獣一匹だったんだ。俺様が『一撃でミンチにしてやるぜ!』って渾身の力で斬りつけた瞬間……魔獣の毛皮に当たっただけで、パァァンッ! ってガラスみたいに粉々に砕け散りやがったんだよぉぉッ!!」
「それで、刃の破片が跳ね返って若手二人の腹を切り裂き、イグニスは空振りの衝撃と反動で手首を痛めた……ってわけか」
鷹人は冷徹に現場の事故原因を総括した。
あまりにも杜撰で、あまりにも悪質な構造欠陥。
武器が壊れたこと自体よりも、「頑丈だと信じ込ませて実戦の命のやり取りに持ち込ませた」という点が、何よりも致命的だった。もし相手が強大な魔獣や武装集団であったなら、彼らは全員、間違いなく命を落としていたはずだ。
◆
「許せねぇ……ッ!」
怒声とともに、中庭へ転がり込んできた人影があった。
ポポロ・コーポ201号室の住人にして、ポポロ村で工房を構える半神の鍛冶青年――ヒエン(二十歳)である。
煤けた革エプロンの胸元を握りしめ、手にした大型の鍛冶槌をギリギリと鳴らしている。
「鷹人の兄貴! 俺の工房の前でも、今朝から村の若い衆が何人も『ヒエンの打った剣は切れ味が悪い』『サロンの剣なら誰でも一撃でA級になれる』って言って、預けてた剣のメンテをキャンセルしに来たんだ! 俺たちが血の滲むような思いで鉄を叩き、温度を管理して打ってる本物の武器を……あんな紛い物で踏みにじりやがって!!」
「ヒエン君、落ち着いて……!」
キャルルがなだめようとするが、その真紅の瞳からも完全にハイライトが消え失せていた。
胸元の人参刺繍ハンカチをギュッと握りしめ、冷ややかな笑顔を浮かべている。
「村の大切な若者たちを騙して大金を巻き上げ、あわや命を奪いかけたんだものね……♡ うん、お話を聞きに行かないといけないね。……誰の顎から砕いてあげようかな〜?」
「キャルル、笑顔で物騒なこと言うのはやめぇや!」
背後から駆け寄ってきたのは、純金算盤『十露盤』を脇に抱え、真鍮のキセルを燻らせる猫耳商人・ニャングルだった。
いつになく猫耳を怒りでピクピクと尖らせ、手元の帳簿をバチンと叩く。
「ウチのゴルドスマイル銀行の支店窓口にもな、朝から村の若者たちが何人も『定期預金を全額解約してくれ』『タローPayの借入枠を限界まで広げてくれ』って駆け込んできとるんや! おかしい思うてリバロン殿に裏を取ってもらったら……村外れの空き地に、帝都から流れてきたドス黒い悪徳転生者の詐欺グループが陣取っとるのが判明したわ!」
「悪徳転生者、だと?」
鷹人が問い返すと、ニャングルは吐き捨てるようにキセルから紫煙を吐き出した。
「首謀者は二人や。一人は『鮫島 剛』――三十五歳、元情報商材屋で自称ITコンサル。ユニークスキル【ステータス偽装】の持ち主や。自分や物品の鑑定画面の文字や数値を、四十八時間だけ自由に改ざんできる詐欺特化スキルやな。……文字が変わるだけで、実際の攻撃力や本人の強度は1ミリも上がらんハリボテや」
「なるほどな。攻撃力五千の表示は、そのITゴロの仕業か」
「せや。ほんで、もう一人の実行犯が『火原 元』――四十歳、元土木作業員の男や。ユニークスキル【コピー】で物品を複製できるんやが、本人の頭が残念すぎて金属の成分配列や熱処理の理屈がサッパリ分からんため、いっつも外面だけ真似た『超劣化コピー品』しか出せへんのや」
ニャングルは手帳の指名手配書を突き出した。
「以前、帝都で武器の違法コピー売りをやって本物の鍛冶屋を潰しかけ、ルナミス警察に逮捕されて四百年の炭鉱強制労働刑を喰らっとった脱走犯コンビや! それが緩衝地帯のポポロ村に目をつけ、『誰でも即座に年収一千万円のA級冒険者になれる武器投資サロン』とかいう甘言を垂れ流して、情弱の若者たちを食い物に cluster(囲い込み)しとるんや!!」
◆
「……他人の汗水を掠め取る情報商材屋に、現場の理屈を無視した粗悪コピー職人か」
赤城鷹人は静かに折れた剣の破片を地面に置くと、作業ジャケットの内ポケットへ手を伸ばした。
取り出したのは、少し潰れた紙巻きタバコの箱。
一本を唇にくわえ、安っぽい黄色いプラスチック製の百円ライターを構える。
親指の腹で、ヤスリを無造作に弾いた。
――カチッ、シュボッ。
緊迫した詰所前の中庭に、硬質で澄んだ金属の着火音が鋭く響き渡る。
揺れる小さな橙色の炎。
先端に火を移し、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
青空へと真っ直ぐ立ち上る、一筋の紫煙。
ツンとしたタバコの香りが風に乗り、激昂していたヒエンやマンミアの視線が、自然と鷹人の横顔へと集まった。
「鷹人の兄貴……」
鷹人は紫煙の向こうから、冷徹で、だが底知れぬ静かな怒りを湛えた瞳を街道の先へ向けた。
「世の中には色んな商売があるがな。……現場で命を預ける『道具』を粗悪な偽物で誤魔化し、他人の血と命を危険に晒して甘い汁を吸う奴だけは、昔から一番虫酸が走るんだよ」
鷹人は胸ポケットから、大粒の青森県産ニンニクを一片取り出した。
指先で薄皮を剥ぎ、再び百円ライターの火を直接あてがう。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクがパチパチと音を立て、香ばしい狐色に焦げていく。
立ち上る、ガツンと鼻腔を殴りつけるような濃厚なスタミナのアロマ。
鷹人はそれを前歯でカリッと噛み砕いた。
――シャクッ。
胃の腑がカッと熱くなり、全身の血液が戦闘態勢へと沸き立つ。
自衛隊施設科(工作部隊)少尉として、そして数々の修羅場を潜り抜けてきた現場技術屋として、許してはならない一線を踏み越えた外道に対する、絶対のケジメの刻だった。
「ヒエン」
「は、はいっ!」
「ハンマーを持ってこい。本物の鉄を叩いてきた職人の意地ってやつを、ペテン師どもに見せつけてやるぞ」
「おうっ!!」
ヒエンが目を血走らせて力強く頷く。
マンミアもまた、アグニのパイルバンカーをガシャンと撃発位置へ装填し、蹄を踏み鳴らした。
「私も同行いたします、鷹人殿! 村の若者を騙し、イグニスに怪我を負わせた不届き者ども……法と鉄槌の前に引きずり出して差し上げます!」
「へへっ、ウチも乗ったで!」
ニャングルが金算盤をシャキリと構え、凶暴な笑みを浮かべる。
「被害総額の全額返金と、慰謝料、それに不法営業の罰則金を1ミリ残らず毶り取ったるわ! リバロン殿、ルナミス警察とドンガン炭鉱への身柄引き渡し手配、先行して動かしといてぇな!」
「かしこまりました。すでに脱走囚再収容の手続き並びに、強制執行差押命令書は起草済みでございます」
物陰から現れた人狼執事リバロンが、糸目の完璧な笑顔で白手袋を鳴らした。
◆
村外れの街道沿い、なだらかな丘の上に張られた、豪奢な青白い特設大型テント。
テントの入り口には、派手な金文字の看板が掲げられていた。
『【限定30名】爆速でA級冒険者になれる! 伝説の神器直売&脱情弱サロン』
『努力は過去の遺物! これからの時代は「課金」と「自己投資」だ!』
テントの中からは、甲高い男の得意げな笑い声と、煽り立てるような拍手の音が漏れ聞こえていた。
「――いいかい皆さん! 汗水垂らして毎日畑を耕したり、工房でトンテンカン鉄を叩くなんて、前時代的な負け組の思考停止なんですよ! 成功者はツールに投資する! この神聖剣を手に取った瞬間、君たちは一撃で年収数千万円の勝ち組冒険者になれるんです!!」
特設演壇の上で、テカテカと光る高級そうな青いスーツを着崩し、身振り手振りを交えて熱弁を振るっている男――鮫島剛。
その背後で、煤けた作業着を着たガタイのいい男・火原元が、粗悪なコピー剣の山を自慢げに積み上げていた。
演壇の周囲を取り囲んでいるのは、興奮で目を血走らせ、なけなしの貯金袋を握りしめた十数人の村の若者たちだ。
鮫島がニヤリと下品な薄笑いを浮かべ、契約書を差し出そうとした――その時だった。
――バァァァァァァンッッッッ!!!!
雷鳴のような轟音とともに、特設テントの頑丈な木製扉が、蝶番ごと吹き飛んで粉々に砕け散った!
「ひゃああっ!?」
「な、なんだぁっ!?」
砂煙が吹き込む中、土足で堂々と足を踏み入れてきたのは――。
油と煤でくすんだ無骨な作業ジャケットに、泥を踏み固める頑丈な安全靴。
左腕に鈍く光る金属製腕時計を巻き、タバコの紫煙をゆらりと漂わせた男――赤城鷹人だった。
「……おい、青スーツ」
鷹人のドスの利いた静かな声が、テント内の生温かい空気を一瞬で凍りつかせた。
「現場の道具を舐めたペテンのセミナーは、そこまでだ。……今すぐ店じまいして、全員分の金を耳揃えて返しな」
異世界の現場作業員・赤城鷹人による、悪徳転生者コンビへの「物理的査察」が、幕を開けた。
読んでいただきありがとうございます。
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