EP 3
黄金リーゼントの「リキ兄貴」と旧車バイク談義
朝の共同食堂で不死鳥母子の家庭崩壊危機を『焦がしニンニク豚バラ目玉焼き丼』で鮮やかに解決してから、およそ一時間。
ポポロ・コーポの中庭では、改心した狼王フェンリルが「へい! 一階廊下、ワックスがけ完了しやした!」と汗水垂らしてモップを走らせ、それをマンミアがパイルバンカーの照準を固定しながら監視するという、奇妙な平和が保たれていた。
管理人室の縁側で作業手袋をはめ直した赤城鷹人は、工具箱を片手に中庭の奥――アパートの東側に併設された「駐竜場兼車両ガレージ」へと足を向けた。
村営アパートの管理人として、水回りや建具だけでなく、住人の共有設備の点検も重要な現場仕事だ。
だが、ガレージへ近づくにつれて、長閑な鳥のさえずりをかき消すような、不快極まりない金属摩擦音と排気音が鼓膜を震わせ始めた。
――ズババババッ! ボボッ、パンッ!
――ケホッ、ゲホッ! ズドドドドド……プスンッ!
重苦しい単気筒のアイドリングが数秒続いたかと思うと、派手なアフターファイアの破裂音とともに、マフラーからモクモクと真っ黒な不完全燃焼の煙が噴き出す。
続けて、ガレージの波トタンの壁を力任せに蹴っ飛ばすような、凄まじい衝撃音が響き渡った。
ドッガァァァンッ!!
「クソがぁぁぁッ! またカブりやがった! なんで上(高回転)まで綺麗に吹け上がらねぇんだよコノ野郎ぉぉッ!!」
荒々しいドスの利いた怒号。
鷹人がガレージの引き戸をガラリと開けると、そこには充満する排気ガスと焼けたオイルの白煙の奥に、あまりにも強烈なシルエットが仁王立ちしていた。
◆
身の丈は二メートル近い巨躯。
何より目を引くのは、重力と物理法則を完全に無視して天へと鋭角に反り上がった、眩いばかりの『黄金のリーゼントヘア』だった。
羽織っているのは、背中に極太の金糸で『喧嘩上等』『天下無双』と刺繍された漆黒の特攻服風ロング法被。逞しい胸板は素肌のまま晒され、首には太い真鍮の鎖。額からは神聖な一本の白銀の角が突き出し、全身から隠しきれない神気と野生のオーラがバチバチと漏れ出している。
ポポロ・コーポ男子棟103号室の住人にして、太古の神話において麒麟の神格を宿すとされる第6の聖獣――通称『リキ兄貴』であった。
そのリキ兄貴の足元に転がっていたのは、一台の異様な鉄の単車だった。
骨太な鋼鉄フレームに、鋭く跳ね上がった風防、三段シート、そしてタケノコのように上へと突き出た二連の直管魔導マフラー。
地球の昭和の街道を爆走していた暴走族の旧車會カスタムを、ファンタジーの魔導工学で強引に再現したような特注魔導バイク――リキの愛機『爆音天聖号』である。
「あぁん? なんだてめぇは」
リキ兄貴は手にした大型スパナを肩に担ぎ、ギラリと猛獣のような眼光で鷹人を睨みつけてきた。
黄金のリーゼントが、怒りでピクリと跳ねる。
「すり減った安全靴に、煤けた作業着……。へっ、今日から管理人室に入ったっていう人間のアンちゃんか。テメエ、俺の天聖号の爆音にビビって『静かにしてくれ』とかいうタワケた苦情を言いに来たんじゃねぇだろうな?」
地面に唾を吐き捨て、メンチを切ってくるリキ兄貴。
普通の人間なら失禁して逃げ出すような威圧感だ。
だが、鷹人は作業ジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、呆れたように肩をすくめた。
「苦情を言いに来たわけじゃねぇよ。……ただ、あまりにもみっともねぇ不協和音が中庭まで響いてたんでな。気になって見に来ただけだ」
「あんだとぉぉッ!?」
リキ兄貴の額に青筋が浮かび、スパナを握る拳にメリメリと力が入る。
「みっともねぇだと!? 俺と天聖号の魂のコールをコケにしやがったなコラァ! この単車はな、俺が帝都の魔導ジャンク屋からフレームを拾ってきて、三年かけて組み上げた世界に一台の相棒なんだよ! 素人の日曜大工風情が、偉そうに口出ししてんじゃねぇぞ!」
「三年かけて組んだ割には、心臓の段取りがガタガタじゃねぇか」
鷹人は淡々と言い放つと、ポケットから紙巻きタバコを取り出して唇にくわえた。
それを見たリキ兄貴は、フンと鼻を鳴らし、法被の懐から取り出した無骨な平たい缶――軍用の赤頭マッチを擦って差し出してきた。
シュッ、ボッ。
立ち上る黄色い硫黄の炎。
「……ほらよ。煙草を吸うなら、現場の漢の火を使いな」
「おう、すまねぇな」
鷹人はマッチの火にタバコの先端を近づけ、深く吸い込んだ。
続けて鷹人は、自分のポケットからあの安っぽい黄色い百円ライターを取り出すと、親指でヤスリを弾いた。
――カチッ、シュボッ。
澄んだ硬質な着火音とともに、揺らぐ小さな橙色の炎。
今度は鷹人が、リキ兄貴のくわえていた短小のポポロシガーへ火を差し出す。
「お前も吸いな、兄貴」
「……へっ。気の利くじゃねぇか」
二つの紫煙が、ガレージの天井へ向けて同時に立ち上った。
言葉を多く交わさずとも、火を交わし合った瞬間、二人の間に漂っていたトゲトゲしい空気はスッと消え去り、現場で泥に塗れてきた男同士の奇妙な連帯感が芽生えていた。
◆
「…………ふぅーーーーっ」
紫煙をゆっくりと吐き出しながら、鷹人は爆音天聖号のエンジンブロックの前にしゃがみ込んだ。
無造作に手袋を外した素手で、空冷フィンの隙間や、魔導マナキャブレターの吸気口をコツコツと指先で叩く。
「兄貴、これ……メインジェットの番手がデカすぎるぜ」
「あぁん? ジェットだぁ?」
「さっきの排気音だ。低回転からアクセルを煽った瞬間、ガボッて吸気音が詰まって黒煙を吐いてただろ。ポポロ村は標高が高いからな、平地(帝都)よりも気圧が低くて空気が薄ぇんだよ。そこへ、マナ燃料を濃いままドバドバ流し込んでるから、混合比が狂ってプラグが真っ黒にカブッちまうんだ」
「な……ッ!?」
リキ兄貴の黄金リーゼントが激震した。
「さらに言えば、点火プラグの火花が弱ぇ。イグニッションコイルの巻き線が経年劣化でリーク(漏電)して、圧縮されたシリンダーの中で火が飛び散ってやがる。……だから、高回転でノッキングを起こしてアフターファイアが出るんだ」
「う、嘘だろおい……! テメエ、音を聞いただけでそこまで見抜いたのかよ!?」
「機械の命の鼓動を聴き取るのは、エンジニアの基本だ。……工業高校でも自衛隊の工作部隊でも、これと同じ旧車バイクをバラして組むなんざ、毎晩のようにやらされたよ」
鷹人はニヤリと笑うと、短くなったタバコを携帯灰皿へねじ込んだ。
立ち上がり、頭の中のユニークスキル【リサイクルマスター】を起動する。
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【所持スクラップPt:31,330 Pt】
・カタログ選択:【地球旧車解体屋・パーツヤード廃棄品カテゴリー】
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(地球のバイクショップが店舗改装でヤードに放置していた、昭和〜平成の直列4気筒・単気筒用のデッドストックパーツ……型落ちだが、日本の職人が削り出した精度は世界一だ)
【召喚リスト】
・ケイヒン製・FCRφ33高性能キャブレター用真鍮製メインジェットセット(各番手一式)(消費:15Pt)
・NGK製・高耐久イリジウム点火プラグ(熱価8番)2本(消費:20Pt)
・ウオタニ製・高出力SP2ハイパワーイグニッションコイル&シリコンプラグコード(消費:40Pt)
・直管マフラー用・耐熱消音グラスウール&可変インナーサイレンサーバッフル(消費:15Pt)
・ワコーズ製・超高性能化学合成2スト/4スト兼用エンジンオイル(消費:20Pt)
――――――――――――――――――――
合計消費Pt:110 Pt ――【召喚実行】
――ヒュンッ!
ガレージの作業台の上に、黄金色に鈍く光る真鍮製の小ネジ(ジェット類)、青い高圧シリコンコード、銀色の高性能点火プラグ、そして缶に入った琥珀色のオイルが整然と出現した。
「なっ……!? 空間召喚魔法か!? なんだそのピカピカした真鍮の小物は……!?」
「地球のゴミ捨て場から拾ってきた、極上の宝の山だよ。……兄貴、そこの十ミリのメガネレンチを寄越しな」
鷹人は作業ジャケットの袖を捲り上げると、迷いのない手つきで爆音天聖号の心臓部へとメスを入れた。
◆
カチッ、カチッ、シャキシャキッ。
ガレージの中に、小気味よい工具の金属音が響き渡る。
鷹人の指先には一切の迷いがなかった。
キャブレターのフロートチャンバーを一瞬で分解し、底に溜まっていた緑色のスラッジ(汚れ)をパーツクリーナーで一気に吹き飛ばす。
高地であるポポロ村の気圧を計算し、メインジェットの番手を二段階絞った地球の真鍮ジェットをねじ込む。エアスクリューの開度を一回転と四分の一でピタリと合わせ、油面高さをノギスでミリ単位で調整した。
続けて、煤で真っ黒になっていた古い点火プラグを抜き去り、極細の電極を持つ新品のイリジウムプラグを装着。
劣化した配線を電工ペンチで切り落とし、地球の超強力イグニッションコイルと青いシリコンプラグコードをフレームへタイラップで美しく結束した。
最後に、下品な金属音を撒き散らしていた直管マフラーの奥へ、排圧を適正に保つための可変インナーバッフルを滑り込ませ、耐熱ボルトで固定する。
「吸気、点火、排気……三拍子の段取り完了だ。所要時間は十五分ってところだな」
鷹人はウエスで手の油汚れを拭い、ステップから一歩引いた。
その神業のような流れる手際を、リキ兄貴は口にくわえたシガーをポロリと落としそうになりながら、呆然と見つめていた。
「す、すげぇ……。一切の迷いがねぇ。テメエ、本当にただの現場作業員なのかよ……!? 帝都の腕利き魔導技師でも、こんな流れるようなバラしと組み付けはできねぇぞ……!」
「機械の構造なんざ、基本を抑えりゃ世界中どこへ行っても同じだ。……ほら兄貴、跨ってキックを踏んでみな」
「お、おう……!」
リキ兄貴はゴクリと喉を鳴らすと、特攻服の裾を翻して天聖号のシートへ跨った。
メインスイッチを入れ、右足のブーツの踵を、無骨なキックスターターペダルへ乗せる。
上死点を足裏の感覚で探り――一気に踏み抜いた!
――ガツンッ!!
キュルッ……ズバァァァァァァァァンッッッッ!!!!
大地を揺るがすような、だが信じられないほど澄み切った咆哮がガレージに轟いた!
先ほどまでの不快なバラつきや黒煙は跡形もなく消え去り、アイドリングはまるで精密時計の針のように、一糸乱れぬリズムで腹の底に心地よい重低音を響かせている。
ドッドッドッドッドッ……!
「な……ッ! か、かかった……!? キック一発で……!?」
興奮に震える手で、リキ兄貴がスロットルグリップをグイッと煽った。
――フォォォォォォォンッ!! バァァァァンッ!!
タコメーターの針が跳ね上がる。
インナーサイレンサーによって耳障りな甲高いノイズだけがカットされ、直管マフラーから放たれたのは、野太く、力強く、それでいてどこか哀愁を帯びた、胸を焦がすような究極の「直列直管サウンド」だった!
「うおおおおおおッッ!! なんだこのツキの良さはぁぁぁッ! スロットルを捻った瞬間に、マナが濁流みてぇに吸い込まれて吹き上がりやがる! これだ……これだよ! 俺がずっと求めていた、魂のコール(咆哮)はこれなんだよぉぉぉッ!!」
リキ兄貴は天聖号の上でハンドルを握りしめ、黄金のリーゼントを激しく揺らしながら歓喜の雄叫びを上げた!
全身の血が逆流するような感動に、琥珀色の瞳から大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
◆
エンジンを止め、心地よい熱気とオイルの匂いが残るガレージの前。
二人は道端の木箱に腰を下ろし、再び紫煙をくゆらせていた。
「鷹人の兄弟……! いや、鷹人の頭ぁッ!!」
リキ兄貴がガバッと立ち上がり、両手を地面について深々と頭を下げてきた。
「見事だ! テメエの腕と魂、このリキ、全身全霊で惚れ込んだぜ! 今まで何十人もの魔導鍛冶に見せて『直せねぇ』って匙を投げられた天聖号を、たった十五分で伝説の名車に変えちまいやがった……ッ!」
「頭はやめろ、兄貴。俺はただの現場の作業員だ。……良い音が出せる相棒(単車)を持ってる奴は、それだけで信用できる。いい現場仕事だったぜ」
鷹人は笑いながら、作業ジャケットの胸ポケットへ手を伸ばした。
取り出したのは、朝のうちにスキルで補充しておいた、大粒の青森県産ニンニクだ。
一粒の薄皮を指先で器用に剥ぎ、あの黄色い百円ライターを取り出す。
親指の腹でヤスリを弾く。
――カチッ、シュボッ。
揺らぐ小さな橙色の炎。
剥きたての生ニンニクの先端へ、直火をじっくりとあてがった。
――チリチリチリ……ジュワッ。
直火に炙られたニンニクの表面が、パチパチと音を立てて香ばしい狐色に焦げていく。
滲み出る濃厚な植物油のエキス。
直後、排気ガスの匂いを一瞬で塗りつぶすほどの、猛烈に香ばしく甘い焦がしニンニクのアロマが立ち上った!
「うおっ……!? な、なんだこの猛烈に美味そうな匂いは……!?」
「ほらよ、兄貴。現場の上がりの景気づけだ。カリッと齧ってみな」
鷹人は火を吹き消すと、軽く焦げ目のついた熱々のニンニクをリキ兄貴へ放り投げた。
リキ兄貴は無骨な手のひらでキャッチすると、そのまま前歯で豪快に噛み砕いた。
――シャクッ。
「…………っっっ!!!!」
リキ兄貴の全身が雷に打たれたように硬直した!
頭頂部の黄金リーゼントがボッと音を立てて逆立ち、背中の法被がビリビリと風圧で震える!
「う、うんめぇぇぇぇッ!! なんだこのパンチ力はぁぁッ!? 直火で焦がされたニンニクの香ばしさと、溢れ出す濃厚な甘みが……腹の底からマグマみてぇな力を呼び覚ましやがるッ!!」
「だろ? 言葉が通じなくても、拳と美味いメシ、あとはエンジン音があれば世界中どこでも生きていける。……それが俺の現場の信条だ」
「くぅぅぅ……! 痺れるぜ兄弟! その言葉、俺の特攻服の裏地に金糸で刺繍してぇくらいだ!!」
リキ兄貴は太い腕で鷹人の肩をガシッと抱き寄せ、豪快に笑い飛ばした。
神話の聖獣と、現場の兄ちゃん。二人の間に、血よりも固い「義兄弟の契り」が結ばれた瞬間だった。
その時――ピロリン♪ と鷹人の脳裏に澄んだ電子音が響いた。
『善行を検知しました』
『事象:住人の愛機(魔導車両)の完全整備および技術指導による騒音被害の防止』
『判定:極めて高度な工学技術に基づく、地域社会と住人の調和への貢献』
『スクラップPt +1,500Pt を獲得しました』
(よしよし、手堅く稼げたな)
鷹人は胸の中でニヤリと笑った。
所持ポイントは【32,720 Pt】。
タバコを吸い、機械を直し、ニンニクを齧るだけで、現場の足場は着実に強固なものになっていく。
「ところでよ、鷹人の兄弟」
リキ兄貴は吸い殻を消すと、ふと真面目な顔つきになって声を潜めた。
「テメエ、村外れの廃工房に陣取ってる、あの生意気なインテリ大根……いや、『ネギオ』の野郎の噂は聞いてるか?」
「ネギオ? 植物の住人か?」
「ああ。突然変異のポーンの木偶人形なんだがよ、朝っぱらからポポロシガーを吹かしながら、屁理屈のディベートで村人を論破して遊んでやがるクソ知性派だ。……だが、あいつが持ってる『ネギカリバー』って食材の葉先は、天下一品の出汁が出るって評判でなぁ。兄弟のその現場の哲学なら、あの理屈っぽいやつの鼻っ柱をへし折れるんじゃねぇかと思ってよ」
「現場の哲学、ねぇ……」
鷹人は立ち上がり、安全靴の爪先で軽く地面を鳴らした。
空を見上げれば、爽やかな青空の向こうにポポロ山の雄大な峰がそびえている。
「小難しい机上の空論なんざ、現場の金属疲労の前には屁の突っ張りにもならねぇよ。……よし兄貴、そのインテリ大根のところへ、ちょっと顔を出してみるか」
無精髭の口元に不敵な笑みを浮かべ、赤城鷹人は次なる現場――インテリ奇樹ネギオの廃工房へと歩みを進めた。
読んでいただきありがとうございます。
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