EP 14
即決の村の掟! マグローザ漁船と地下鉱山へのドナドナ
正午を過ぎ、荒野を渡る熱風が、黒煙と焼けた鉄の臭いを運んでいた。
北門の外に広がっていたのは、かつてこの一帯を震撼させていた武装山賊団『赤砂の牙』の見るも無残な残骸だった。
横転し、主砲をもぎ取られ、装甲を紙屑のように引き裂かれた六両の魔導装甲車。その周囲には、三百人を超える山賊たちが武器を取り落とし、一列に並ばされて砂利の上に正座させられていた。
誰一人として、逃亡や抵抗を試みようとする者はいない。
彼らの視線の先には、エンジンを低くアイドリングさせ、巨大な鋼鉄バケットを頭上に構えた20トン油圧ショベルと、その無限軌道のステップに腰掛け、だるそうに金属製腕時計の汚れを拭っている男――赤城鷹人が鎮座しているからだ。
「ひ、ひぃぃ……! あいつだ……! 魔導砲を鉄板で跳ね返し、装甲車を素手と重機でスクラップにしたバケモノだ……!」
「生体出力1馬力なんて大嘘だ! あんなの人間じゃねぇ、歩く破壊神だぁ……!」
山賊たちが恐怖に震える中、役場の玄関から二つの人影が、カツカツと小気味よい足音を響かせて歩み出てきた。
一人は、金無垢チェーンを揺らし、純金メッキの魔導算盤『十露盤』を脇に抱えた猫耳商人・ニャングル。
もう一人は、寸分の乱れもない黒漆の燕尾服をまとい、白手袋の指先で極厚の羊皮紙バインダーをめくる人狼執事・リバロンである。
「お待たせいたしました、皆様方。これより、当ポポロ村に対する不法侵入、威力業務妨害、器物破損、並びに恐喝未遂事案に関する――『即決示談・損害賠償査定公判』を執り行います」
リバロンが糸目の完璧なビジネススマイルを浮かべ、バインダーから万年筆をシャキリと抜いた。
その隣で、ニャングルが真鍮のキセルをガリッと噛み鳴らし、ギラギラとした銭ゲバの光を両目に宿す。
「へへっ……! さあ、楽しい楽しい『精算』の時間やでぇ、山賊の旦那がた! ウチの金算盤が、朝から唸りを上げて計算しとったんや! 耳の穴かっぽじって、請求総額を聞かんかい!!」
バチバチバチィッ!!
ニャングルの神業の指先が算盤の珠を弾くたび、耳障りな生体闘気の火花が散った。
「まず、村落外周における不法侵入罰則金、金貨300枚! 続いて、鷹人はんが丹精込めて直した防壁に対する威嚇砲撃による精神的苦痛慰謝料、村民千人分で金貨1,000枚! 重機二台の緊急出動に伴う軽油燃料代、減価償却費、アーク溶接棒の消耗費、締めて金貨200枚! さらに、村長キャルルの公務執行妨害および心音盗聴ストレス補償費が金貨500枚! トドメに、マンミア自警団長の神聖なる背中に心理的動揺を与えた『風紀紊乱迷惑料』が金貨1,000枚!」
「ちょっとニャングル!? 最後のおかしくない!? 私の背中は関係ないでしょ!?」
防壁の陰から、顔を真っ赤にしたマンミアが叫び声を上げたが、ニャングルは一切聞く耳を持たなかった。
「やかましい! 取れる名目は全部取んのが商売人の鉄則や! ――っちゅうわけで、諸々の諸経費と消費税を合算しまして、請求総額は【金貨3,500枚(約3億5,000万円)】になりまーす! はい、一括現金で払うか、ルナPayで今すぐ全額送金しぃや!!」
「な……な、なんじゃそりゃあぁぁぁッ!?」
縄で縛られ、前歯を砕かれて腫れ上がった顔の総頭領ガドルフが、泡を吹いて絶叫した。
「金貨三千五百枚だとぉ!? 払えるわけねぇだろ、そんな大金! 俺たちのアジトの財宝を全部ひっくり返したって、金貨五百枚がいいところだぞ! ふざけるな、人権侵害だ! 山賊にも生存権はあるはずだぁッ!!」
「おや……? 人権、でございますか?」
リバロンがスッと前に出た。
白手袋の指先で挟んだ薄い名刺を、ガドルフの鼻先わずか一ミリへピタリと突きつける。
名刺の紙片から立ち上る、鋼鉄をも両断する冷徹な人狼の闘気。ガドルフの額から、ヒヤリと冷や汗が吹き出した。
「他者の財産と人命を脅かす武装侵略を行っておきながら、己の支払い段階になってから法を乞うとは……少々、虫が良すぎるのではありませんか? 帝国私法第七条、および大陸緩衝地帯慣習法第三項に基づき、損害賠償金の即時弁済能力を欠く債務者に対しては――『身柄の一括売却(債権流動化)』が認められております」
「み、身柄の……売却……!?」
「ええ。安心してください、命までは取りませんよ。当村は極めてコンプライアンスを重視する、健全明朗な自治組織ですのでね」
リバロンは懐から、すでに宛名と金額が完璧に印字された二束の契約書類を取り出した。
「まず、健康で筋力に優れる重装甲歩兵および騎兵の皆様、計二百名。貴方方には、当村と秘密裏に包括的業務提携を結んでおります『地下帝国ドンガン』の深部鉱山採掘区への出向を命じます」
「ど、ドンガン鉱山……!? あそこは一度潜ったら、落盤と地熱で二度と生きて地上に戻れないっていう、ドワーフの強制労働炭鉱じゃねぇかぁぁッ!!」
「労働期間は、お一人あたり概ね八十年から百二十年ほどとなっております。ツルハシの扱いに習熟すれば、減刑措置もございますよ。……そして、残る百名」
リバロンの糸目の瞳が、ギロリとガドルフやバルバロたち幹部陣を捉えた。
「悪質な首謀者、並びに指揮官クラスの皆様には……大陸南方の海洋王国シーラン国が誇る、世界一過酷な遠洋漁業――『超大型怪魚マグローザ一本釣り漁船』への強制乗船プランをご用意いたしました」
「「「ヒ、ヒイイィィィィィッッッ!?!?!?」」」
戦場全体を、山賊たちの断末魔のような悲鳴が引き裂いた!
マグローザ漁船――それは時速数百キロで荒波を爆走する巨大怪魚マグローザを、時化の海の上で生身の人間を釣り針の重り代わりにして釣り上げるという、全大陸の犯罪者たちが最も恐れる伝説のタコ部屋である。乗船した者の生存率は、一年で三割未満と言われていた。
「助けてくれぇぇッ! 鉱山にしてくれ! 炭鉱で一生石を掘るから、マグローザだけは勘弁してくれぇぇぇッ!!」
失禁しながら土下座する山賊の幹部たち。
だが、リバロンは冷酷無比な笑顔のまま、ガドルフの親指を掴むと、朱肉をつけて契約書の捺印欄へ無理やりグイッと押し付けた。
「ご安心を。船内には一日一杯の薄いスープと、壊れた拡声器で歌う人魚姫の電波ソングが常時BGMとして流れておりますので、精神の退屈を覚える暇などございませんよ」
「悪魔だぁぁぁッ! この村の奴らは、山賊よりタチの悪い悪魔の集団だぁぁぁッ!!」
◆
ガガガガッ……! ドォォォンッ!
契約締結からわずか三十分後。
北門の外の街道へ、地中深くからドンガン製の重装甲護送トレインが土煙を上げて浮上し、南方からはシーラン国の水陸両用装甲トラックの車列が到着した。
手際よく首輪と手枷を嵌められた三百人の山賊たちが、家畜のように次々と荷台へ積み込まれていく(ドナドナ)。
「毎度おおきに! ドンガンの親方、頑丈なトカゲの穴掘り要員、二百頭まとめて納品や! シーランの船長も、マグローザの撒き餌……やなくて優秀な乗組員、きっちり百人受け取ってぇな!」
ニャングルが威勢よくサインを交わすと、両国の担当官から、ずっしりと重いミスリル製の金庫が次々と手渡された。
中に入っているのは、身元引受金および前払い労働債権――合計で金貨四千枚を超える莫大な現生である。
「ふふ……ふへへへっ! 見たかキャルル! 前村長の持ち逃げした積立金どころか、村の財政が過去最高の大黒字や! これだけありゃあ、今期のインフラ改修費も、村の防空ドームの拡張費も、全部一発でキャッシュ決済できるでぇぇッ!!」
「うんっ! 怪我をした村のみんなのお薬も、タローマンの特売じゃなくて一番いいやつがいっぱい買えるね!」
キャルルが真紅の瞳を輝かせ、手縫いの人参刺繍ハンカチをギュッと握りしめてぴょんぴょん跳ねている。
そんな狂騒の様子を、ショベルの履帯に腰掛けた赤城鷹人は、作業ジャケットの胸ポケットから紙巻きタバコを取り出しながら、静かに眺めていた。
安っぽい黄色いプラスチック製の百円ライターを構える。
親指の腹で、ヤスリを無造作に弾いた。
――カチッ、シュボッ。
硬質な着火音とともに、揺らぐ橙色の炎。
先端に火を吸い付け、深く煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
青空へと真っ直ぐ立ち上る、紫煙。
ツンとしたタバコの香りが、硝煙の残る荒野の空気を心地よく上書きしていく。
「鷹人はん、ほんまにお疲れさんやったなぁ!」
ニャングルが駆け寄ってきて、満面の笑みで金貨の詰まった革袋を差し出してきた。
「これ、今回の防衛出動と重機オペレートの手当や! 金貨500枚(約5,000万円)! ウチからの色をつけてあるで、遠慮せんと受け取ってぇな!」
だが、鷹人は紫煙を吐き出しながら、軽く片手を振って辞退した。
「金なんざ要らねぇよ。現場の安全を確保しただけで、そんな大層なもん貰う筋合いはねぇさ」
「はぁ!? ご、5,000万やぞ!? タダ働きする気か自分!?」
「タダ働きじゃねぇよ。……俺には、俺の報酬がちゃんと入ってるからな」
鷹人はニヤリと笑い、脳内のステータス画面をチラリと確認した。
先ほどの山賊壊滅により、所持スクラップPtは【30,325 Pt】まで跳ね上がっている。これだけのポイントがあれば、地球のありとあらゆる機材、資材、極上食材をいつでも召喚できる。現金などよりも遥かに価値のある、無限のツールボックスを手に入れているのだ。
「それに……他人の汗水を掠め取ろうとした連中が、現場で強制労働させられてケジメをつける。これ以上スカッとする結末はねぇだろ。いい引き渡し(ドナドナ)だったぜ」
「……ホンマに、底の知れん男やで、鷹人はんは」
ニャングルは呆れたように息を吐きつつも、その猫耳をピンと立て、深い敬意を込めてキセルを口にくわえ直した。
◆
と、その時――。
「た、鷹人殿ぉぉぉ……ッ!」
ドスドスドスッ! と地面を揺らしながら、一頭の巨馬の乙女が猛烈な勢いで駆け寄ってきた。
ケンタウロス自警団長・マンミアである。
先ほどの戦闘で泥に塗れたタクティカルベストを着崩し、琥珀色の瞳を潤ませながら、顔面を真っ赤に沸騰させている。
「団長さん、脚の具合はどうだ? まだ痛むか?」
「あ、足など……足など痛くありませんっ! そ、それよりも……先ほどの……重機の上での一件であります……ッ!」
「重機の上?」
「す、惚けないでいただきたい! 貴殿は……貴殿は私の下半身の背中を……! 『大人の男性を一度も乗せたことのない、処女の背中』を……あんなにも力強く、逞しい掌でガッシリと抱き抱えてくださったではありませんかぁぁッ!!」
マンミアの前脚の蹄が、恥ずかしさのあまり激しく地面を擦り鳴らす。
「ケンタウロス族の掟において……背中を許すということは……す、すなわち……その……しょ、生涯を共にする伴侶(夫)として……み、認めることに等しいのであります……ッ!」
「……へぇ、そうなのか。知らなかったぜ」
鷹人は灰をトントンと指先で落とし、平然とした顔で笑った。
「だが、団長さんの背中の筋肉、実にいいフレーム(骨格)をしてたぞ。手入れの行き届いた上質な重機と同じで、無駄な贅肉が一切ねぇ。あれならどんな悪路でもビクともしねぇはずだ。現場の職人として、心から尊敬するぜ」
「――ッッッッ!!!!(特大オーバーヒート)」
ボッ! と音を立ててマンミアの頭部から白い蒸気が噴き上がり、長い馬尾がプロペラのように猛烈な勢いで回転を始めた!
「ほ、褒められた……! またしても、私の身体を……! 『上質な重機』などという、この世で最も甘美な愛の言葉で口説かれてしまったぁぁぁッ!!」
「いや、誰も口説いてへんやろ! 姐さん、重機に例えられて喜ぶ女がどこの世界におんねん!」
ニャングルの鋭いツッコミが飛ぶ中、マンミアは前脚をクロスさせ、クネクネと身悶えしながら消え入りそうな声で呟いた。
「あ、あの……た、鷹人殿……! もし……もし宿が決まっておられないのであれば……! 私の……私の部屋の……あ、アパートの隣の部屋が……その……!」
「あーっ! マンミアさん、抜け駆けはダメだよっ!」
そこへ、キャルルがタローマン特注の安全靴を鳴らしながら、割って入ってきた。
真紅の瞳をキラリと光らせ、鷹人の作業ジャケットの裾をギュッと両手で掴む。
「鷹人さんは、村の大恩人なんだから! 村長である私が、責任を持って一番いい場所をご案内するの! ……ねぇ、鷹人さん」
キャルルは上目遣いで鷹人を見上げ、胸元の人参刺繍ハンカチをそっと揺らした。
「鷹人さんさえ良ければ……このポポロ村の『専属エンジニア兼、自警団の特別顧問』として、村に残ってくれないかな? 住む場所なら、村営の集合住宅にとっても素敵な空き部屋があるの!」
「住む場所、ねぇ……」
鷹人はタバコを携帯灰皿へねじ込んで消すと、首をコキリと鳴らした。
大聖堂でハズレスキルと蔑まれて追い出され、荒野を歩いて辿り着いた限界集落。
だが、ここには血を吐いてでも人を救う無茶な村長がいて、算盤を弾いて胃を痛める猫耳商人がいて、不器用で誇り高いケンタウロスの戦士がいる。
そして――直すべきインフラと、手を入れ甲斐のある現場が、無限に広がっていた。
「いいぜ。どうせ行くアテもねぇしな。……現場に腰を据えて、じっくりメンテしてやるよ」
「ホント!? やったぁぁぁっ!」
キャルルが満面の笑みで飛び跳ねた。
「決まりだね! それじゃあ行こう、鷹人さん! 村外れにある、家賃月額金貨3枚(3万円)の超格安集合住宅――『ポポロ・コーポ』へ!」
「ポポロ・コーポ……?」
聞き慣れないアパートの名前に、鷹人はわずかに眉を持ち上げた。
その横で、ニャングルが急に真顔になり、遠い目をしてポツリと呟いた。
「……あそこの住人たち、全員が規格外の化け物揃いやからな。鷹人はん、胃薬だけは今のうちに買い込んどいた方がええで……」
夕暮れの茜色に染まり始めたポポロ村の空の下、現場の兄ちゃん・赤城鷹人の、さらにカオスで刺激的な「異世界日常業務」が、静かに幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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