EP 11
押収品の新品鉄パイプと実戦MMAの鉄槌
正午の熱風が吹き抜ける荒野に、五十人を超える凶悪な山賊たちの怒号が響き渡った。
「殺せぇぇッ! あの作業着の兄ちゃんからミンチにして肉片を撒き散らせぇッ!」
「1馬力のゴミ拾いが調子に乗ってんじゃねぇぞぉぉッ!」
先陣を切って突撃してきたのは、ギラギラと油で光る幅広の蛮刀を構えた三人の巨漢だった。
無造作に振り上げられた刃が、強烈な生体闘気を帯びて唸りを上げる。大陸基準で言えば、一人あたり三十から四十馬力。直撃すれば丸太など一刀両断にする剛力だ。
だが――赤城鷹人は、逃げる素振りすら見せなかった。
無精髭の顎をわずかに上げ、作業着のポケットから右手を引き抜く。
(カタログ承認――召喚)
――ヒュンッ!
空気がわずかに軋み、鷹人の右手に硬質な質量感が飛び込んできた。
現れたのは、地球の暴力団事務所の家宅捜索で警察が押収し、証拠品倉庫の片隅で眠っていた、一度も実戦で振るわれていない新品同然の『超高強度炭素鋼・単管足場パイプ』――肉厚4.5ミリ、全長一メートルの無骨極まりない黒光りする鉄の棒だった。
「あぁん!? なんだその細い鉄の棒は! 薪割りにも使えねぇガラクタが――」
「現場の段取りを舐めるなよ」
嘲笑いながら振り下ろされた一番手の蛮刀。
鷹人は半歩右へ身を沈め、紙一重の軌道で刃を空振りさせた。
自衛隊の徒手格闘術、そして海外の地下賭け試合(MMA)で培われた重心制御――『五輪書』に記された「敵の起こりを制す」身のこなしだ。
空振りの風切り音が消えるより早く、鷹人は腰の回転を乗せ、手にした鉄パイプを最短距離で下から斜め上へと振り抜いた!
――ガキィィィィンッッ!!
「ごぶっ!?」
金属バットで硬球をフルスイングしたような、耳をつんざく金属破砕音が炸裂した。
鉄パイプの先端が、男の手首――橈骨の内側へ狂いなく命中したのだ。
手首の骨を粉砕された男の指から蛮刀が弾き飛ばされ、回転しながら天高く舞い上がる。
さらに鷹人は踏み込み、左腕にグルグルと巻き付けた分厚いステンレス製の金属製腕時計を、男の剥き出しになった顎先へ向けてコンパクトに打ち抜いた。
ドッガァッ!
「あばばっ!?」
脳を激しく揺さぶられた巨漢が、糸の切れた操り人形のように白目を剥いて地面へ崩れ落ちた。所要時間、わずかコンマ八秒。
「ヒ、ヒイッ!? テツがワンパンで沈められたぞ!?」
「ひるむな、囲んで蜂の巣に――」
「遅ぇよ」
二番手と三番手が左右から挟み撃ちにしようとした瞬間、鷹人は左手で意識を操作し、もう一本の「押収品」を空間から引きずり出した。
鈍く銀色に光る、ミズノ社製の硬式野球用特注金属バット(高反発ジュラルミン製)。
右手には炭素鋼鉄パイプ、左手には金属バット。
二刀流――宮本武蔵が説いた「二天一流」の実戦応用である。
「オラッ!」
――バキィィィンッ! ドゴォォォンッ!!
左のバットが二番手の膝関節を外側から水平に薙ぎ払い、靭帯を一撃で破壊。男が姿勢を崩して前のめりに落ちてきたところへ、右手の鉄パイプが容赦のない角度で鎖骨をへし折った。
間髪を入れず、三番手の突きの槍先を鉄パイプで外側へ弾き流し(いなし)、がら空きになった男の鳩尾へ、安全靴の爪先を鋭く突き刺す!
ドムッ!
「おぐえぇぇぇっ!?」
胃の内容物をぶち撒けながら、男がくの字に折れ曲がって吹き飛んだ。
わずか三挙動。
魔法もオーラも使わず、ただ「現代地球の高精度な硬質金属」と「人体の解剖学的急所を熟知した打撃」だけで、三人の凶悪山賊が瞬時に無力化されたのだ。
◆
「な……なんなんやアイツはぁぁぁッ!?」
防壁の上で、ニャングルが算盤の珠をバラバラとこぼしながら絶叫した。
「生体出力1馬力って聞いてたやろが! なんで闘気バリバリの山賊どもが、ただの鉄の棒でスイカ割りみたいにバコバコ叩き折られとんねん! 物理法則はどうなっとんのや!!」
「すごいです……! 無駄な力みが一切ない……! 相手の攻撃の起こりの拍子を奪い、最小の質量移動で最大の衝撃を骨格に伝えている……ッ!」
マンミアが琥珀色の瞳を激しく見開き、感嘆の息を漏らした。
戦士として鍛え抜かれたマンミアには理解できた。鷹人の動きは、異世界の騎士たちが誇る「魔力任せのゴリ押し」などでは断じてない。何千何万回と現場でツルハシやハンマーを振り、泥に塗れて生き延びてきた者だけが到達できる、究極の「身体操作の極致」だった。
「ふ、ふざけるなぁぁッ! 全員でかかれ! 魔獣もけしかけろぉッ!」
執行隊長バルバロが血相を変えて怒鳴り散らす。
残る四十人以上の山賊と、三頭の獰猛な角トカゲ型魔獣が一斉に鷹人を取り囲むように殺到した。
「鷹人さん、今助けるよっ!」
キャルルが防壁から軽やかに飛び降り、両手のダブルトンファーを回転させた。
さらにマンミアが四肢を躍動させ、パイルバンカー盾『アグニ』を構えて突進する!
「自警団、突撃ぃぃッ! 鷹人殿に指一本触れさせはしないであります!」
「おうおうおう! 俺様も暴れ足りねぇんだよぉッ!」
イグニスが身の丈を超える大斧を担いで吠え、フェイトも鷹人の言葉で腹を括り、ミスリルソードを青白い闘気で輝かせた。
「団長、火は使っちゃダメですからね! ……くそっ、コイントスなしでも、俺はA級冒険者なんだよぉぉッ!」
乱戦の幕が切って落とされた。
キャルルのトンファーが山賊の膝を砕き、直後に「あ、ごめんね痛かった? すぐ治すね♡」と満面の笑みで微小治癒をかけては「もう一回顎砕いちゃおっかな〜!」と精神崩壊させる。
マンミアの『アグニ』は、鷹人が新品グリスとパッキンで完璧にオーバーホールしたおかげで、圧倒的な滑らかさで魔獣の突進を跳ね返し、強烈なシールドバッシュで吹き飛ばす。
イグニスは大斧の腹で山賊たちをホームランのように薙ぎ払い、フェイトは正確無比な連撃で武器だけを次々と叩き落としていく。
だが――その中心で、最も凄惨かつ効率的な「現場の解体作業」を進めていたのは、やはり赤城鷹人だった。
◆
「グルァァッ!」
体長三メートルを超える巨躯の角トカゲ魔獣が、鋼鉄をも噛み砕く大顎を開いて鷹人の頭上から襲いかかった。
鷹人は眉ひとつ動かさず、足元の泥を踏みしめて軸足を固定する。
――ガツゥゥゥンッッ!!
「ギャォォンッ!?」
ジュラルミン製金属バットのフルスイングが、魔獣の剥き出しになった眼球の横――頭蓋骨の最も薄いコメカミを正確に粉砕した。
脳震盪を起こして巨体が横倒しになった瞬間、鷹人は鉄パイプを両手で逆手に構え、魔獣の首の関節の隙間へテコの原理でグイッとねじ込んだ。
ギチギチギチッ……ボキィッ!
「頸椎の脱臼完了だ。次!」
背後から斬りかかってきた山賊の腕を、鷹人は振り返りざまに脇の下へ挟み込み、柔道の『腕挫十字固』の要領で立ったまま関節を極めた。
メキメキッ!
「ぎゃああああああっ!?」
「現場で道具を雑に振り回すんじゃねぇよ。刃筋がブレてんだよ」
男の体をそのまま障害物として前方の山賊たちへ放り投げる。
混乱した敵陣へ、鷹人は鉄パイプを槍のように構えて電光石火の踏み込みを見せた。
喉元への寸止め突き、水月への打撃、アキレス腱への鉄パイプローキック――。
一撃ごとに一人が確実に戦闘不能となり、大地へ転がっていく。
山賊たちの瞳から、先ほどまでの凶暴な光が急速に消え失せていた。
代わりに広がっていくのは、純粋な恐怖。
魔法を放ってくるわけでもない。神聖な聖剣を持っているわけでもない。
ただ、油と煤に汚れた無骨な作業ジャケットを着た男が、タバコの灰を落とすような気軽さで、鉄の棒一本で自分たちの腕や脚を淡々と「解体」していくのだ。
「ば、化け物だ……! あいつ、本当に人間かよ!?」
「生体出力1馬力なんて大嘘だ! あんなの、重機そのものじゃねぇかよぉ!」
蜘蛛の子を散らすように後退を始める部下たち。
その光景に、ついに執行隊長バルバロの堪忍袋の緒が完全にブチ切れた。
「ええい、役立たずどもがぁぁッ! どけぇぇッ! 俺が自ら肉塊にしてやるわぁッ!」
ズドォォォンッ! と大地を蹴立て、バルバロの巨躯が突進してきた。
頭上でブンブンと唸りを上げるのは、重量百キロを超えるトゲ付き鉄球。全身から吹き出す赤黒い闘気は、生体出力八十馬力を超えていた。
「死ねやぁぁぁッ! 『ギガント・クラッシュ』ッ!!」
音速に近いスピードで振り下ろされる鉄球。直撃すれば、人間など文字通りミンチの挽肉と化す必殺の一撃。
キャルルが青ざめて叫ぶ。
「鷹人さん、避けてぇぇッ!!」
だが、鷹人は鉄球の影に呑み込まれながら、唇の端を吊り上げてニヤリと笑った。
「大振りが過ぎるぜ、アンちゃん」
――ヒュンッ。
鉄球が地面に着弾するわずか数センチ手前。
鷹人は前転するようにバルバロの懐の内側――鉄球の死角へと、恐るべき度胸で飛び込んだ!
ドッガァァァァンッッ!!
背後で荒野の地面が爆発し、巨大なクレーターが穿たれる。
だが、鷹人の体には砂埃ひとつ掠っていなかった。
「なっ……!? 懐に入った――」
驚愕に目を見開くバルバロ。
その顎の下に、鷹人の冷徹な瞳があった。
鷹人は右手の炭素鋼鉄パイプを、バルバロの太い右腕の脇の下へ深く差し込み、全体重を預けてテコの原理で跳ね上げた!
バキョッ!
「ぎゃああああっ!? 肩が……肩が外れたぁぁっ!?」
モーニングスターが手から滑り落ち、ドスンと地面にめり込む。
激痛に悶えて姿勢を崩したバルバロの顔面へ向けて、鷹人は左手の拳を――分厚い金属製腕時計を巻き付けた硬質な左ストレートを、ゼロ距離から真っ直ぐに解き放った!
「――現場のケジメだ。歯ァ食いしばりな」
ドゴォォォォォンッッッ!!!!
金属と骨が正面衝突する、凄まじい衝撃音。
バルバロの頑丈な前歯が四本まとめて砕け散り、血飛沫とともに宙を舞った。
巨漢の体がふわりと宙に浮き、そのまま仰向けになって荒野の大地へ轟音とともに叩きつけられる。
ピクピクと痙攣する巨体。
白目を剥き、二度と起き上がる気配はなかった。
◆
静寂が、荒野を支配した。
五十人いた『赤砂の牙』の徴税部隊は、わずか十分足らずの間に、その全員が地面に転がって呻き声を上げていた。
誰一人として、再び立ち上がって武器を構えようとする者はいなかった。
「た……隊長が……あの一撃で……」
「ひ、ひいいいっ! 助けてくれぇぇっ!」
動ける数人の下っ端が、失禁しながら這いつくばって命乞いをする。
鷹人は右手の鉄パイプをトン、と地面に突き立て、息ひとつ乱さずに左手の腕時計のバックルをカチリと外した。
手首の汗をジャケットで拭い、再び定位置へと巻き直す。
その瞬間だった。
――ピロリロリンッ♪
頭の中に、澄み切った軽快な電子音が鳴り響いた。
『善行を検知しました』
『事象:凶悪武装山賊集団『赤砂の牙』徴税部隊の完全鎮圧および村落防衛』
『事象:法外な恐喝・略奪行為の未然阻止による治安回復』
『判定:一切の私欲なき純粋な防衛治安維持行動(死者ゼロの完全制圧)』
『スクラップPt +3,500Pt を獲得しました』
(よし、これで所持ポイントは17,125Ptか……順調に貯まってきたな)
鷹人は内心で小さく頷いた。
これだけのポイントがあれば、地球のさらに本格的な大型重機や特殊工作機材も完全に射程圏内だ。
「す、すごい……! 本当に、怪我人一人出さずに全員やっつけちゃった……!」
キャルルが駆け寄ってきて、真紅の瞳をキラキラと輝かせながら鷹人の作業着の裾を握りしめた。
マンミアもまた、興奮で馬尾をパタパタと振りながら、顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。
「み、見事であります、鷹人殿……! あの見事な制圧術、流れるような体捌き……! あ、あまりにも……あまりにも男らしくて、胸の奥が熱くなるであります……ッ!」
「おう、怪我人がいなくて何よりだ」
鷹人が苦笑いしながら応じると、地面に倒れて血反吐を吐いていたバルバロが、朦朧とした意識の中で憎悪を込めて睨みつけてきた。
「が……ハッ……! お、覚えてろよ、ゴミ拾い野郎……! 俺たちは……ただの集金先遣隊だ……! 本隊の頭領……『赤砂の牙』の総戦力は……魔導装甲車を連ねた三百人を超える大軍勢だぞ……! 貴様ら全員……村ごと業火で焼き尽くされて……消し炭になるんだよぉぉッ!」
捨て台詞を吐き捨て、気絶するバルバロ。
その言葉に、ニャングルやフェイトの顔色が一瞬で曇った。
「魔導装甲車を連ねた三百人の本隊やと……!? それ、もう山賊やなくて一国の正規軍一個大隊レベルの軍事侵攻やないかい……!」
「うぅ……胃が……今度こそ本当に親戚の犬の葬式に行かないと……」
ざわめく仲間たちの中、赤城鷹人だけは、ただ一人平然としていた。
胸ポケットから紙巻きタバコを取り出し、唇にくわえる。
取り出したのは、地球の百円均一ショップで買った黄色いプラスチック製のライターだ。
親指の腹でヤスリを弾く。
――カチッ、シュボッ。
澄んだ硬質な着火音とともに、揺らぐ橙色の炎。
先端に火を移し、鷹人は肺の奥深くまで煙を吸い込んだ。
「…………ふぅーーーーっ」
正午の青空へと立ち上る、一筋の紫煙。
紫煙の香りが漂う中、鷹人はニヤリと無精髭の口元を吊り上げた。
「魔導装甲車、ねぇ……。鉄板張っただけの装甲車なんざ、現場の重機に比べりゃただのオモチャだぜ」
鷹人は灰を指先で弾き、遠く北の地平線を見据えた。
「現場にデカい障害物が転がってくるなら、こっちも相応の『重機』を用意するだけだ。……資材置き場から、最高の一台を引っ張り出してやるよ」
読んでいただきありがとうございます。
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