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第七話  ピタリの困りごと

その頃、二階の子供部屋。

ミレイは窓から差し込む陽射しを浴びながら立っていた。

今日の服は、桃色のチュニック。

白いアンダースカート。

編み上げのブーツ。

どれもロリィが大切にしていた服だった。

ミレイには少し大きかったが、よく似合っていた。

ローザは昨日、この服を大事そうに抱えてやって来た。

「ぜひ着てほしいの。」

そう言って、何度も嬉しそうに笑っていた。

その笑顔を思い出すと、ミレイも自然と笑顔になる。


部屋にはティナとミナもいた。

今日は違う服を着ている。

ティナは深緑の膝丈チュニックに茶色のズボン。

ミナは水色のチュニックに灰色のロングスカート。

「今日は同じ服装じゃないけど、どうしたの。」

ミレイが尋ねる。

ミナは嬉しそうにくるりと一回転した。

「面白くないからやめた。」

ティナが少し照れくさそうに頭をかく。

「だって、簡単に分かっちゃうんでしょ。」

ミナはミレイへ駆け寄る。

「ミレイさーん、ありがとうございます。」

「私、着たい服が着られるようになりました。」

そう言うと、ぎゅっと抱きついた。

ミレイは少し驚いたあと、優しく抱き返す。

「よかったね。」

その一言だけで、ミナの笑顔はさらに大きくなった。


ミナはミレイへ抱きついたまま、顔を上げた。

「ねえねえ、フルルと遊ばせて。」

その言葉を聞くと、ティナがすぐに口をとがらせる。

「今日は私からだよ。」

「えー、ずるーい。この間、お姉ちゃんだけ遊んだー。」

「だから、今日はミナの番。」

その様子を見ていたミレイは、思わず笑みをこぼした。

「フルル、遊ぶ?」

肩のあたりから、ふわりと綿毛が揺れる。

「ミュウ、ミュウ。」

嬉しそうな鳴き声とともに、フルルが姿を現した。


そのまま、ぴょんと跳び上がり、ミナの手のひらへふわりと着地する。

「わあ……。」

ミナは両手でそっと包むように持ち上げた。

「ふわふわしてる。」

「軽い……。」

「飛んでいっちゃいそう。」

フルルは綿毛をふるふると揺らす。

次の瞬間、手のひらからふわりと浮かび上がった。

「待ってー!」

ミナが追いかける。

「ずるい!」

ティナも負けじと駆け出した。

フルルは楽しそうに部屋の中を飛び回る。

追いつかれそうになると、くるりと向きを変え、またふわり。

二人の笑い声が部屋いっぱいに響く。


しばらく飛び回ったあと、フルルは突然丸くなった。

ころん。

そのまま床を転がって、椅子の陰へ隠れる。

「あっ!」

「どこ行った!」

ティナとミナは部屋中を探し始める。

ベッドの下。

机の陰。

カーテンの裏。

「いない!」

「どこー!」

二人がきょろきょろしていると、

「ミュウ。」

椅子の陰から、小さな鳴き声が聞こえた。

「あっ、いた!」

二人が駆け寄る。

しかし、そのときにはもういない。

今度は窓際へ。

また追いかける。

(フルルも楽しそう。)

ミレイは嬉しそうに見ていた。


「まあ、にぎやかね。」

果物の皿を持ったアテーラが部屋へ入ってきた。

三人と一匹の様子を見るなり、思わず笑顔になる。

「メロンだ!」

ティナが真っ先に声を上げた。

「フルル、一緒に食べよう。」

「ミュミュ。」

嬉しそうに返事をするフルル。


ティナとミナは競争するようにメロンを小さく切り分ける。

「はい!」

「こっち!」

二人が同時にフルルへ差し出す。

フルルは綿毛を器用に伸ばし、

右からひとつ。

左からひとつ。

次々と受け取っては口元へ運んでいく。

その様子がおかしくて、部屋中に笑い声が広がった。

アテーラは笑いながら、三人とフルルを見つめていた。


その日の夜。

店じまいを終えた和み亭は、昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。

一階の食堂では、キャンターとアテーラが片付けを終え、湯気の立つお茶を前に向かい合っていた。

昼間、ピタリが話していたことを思い出したように、キャンターが口を開く。

「ピタリばあさんの困りごと、試しにミレイに振ってみたらどうだ。」

アテーラは湯飲みを置く。

「ミレイに?」

「ああ。」

「ローザさんの回復が、たまたまだったのかどうか、これで分かるんじゃないか。」

アテーラは湯飲みを見つめたまま、しばらく黙っていた。

「そうね。明日、それとなく話してみようかしら。」

「ふふ、面白そう。」

「無理にやらせる必要はない。本人がやりたいと言えば、やらせてみたらいい。」

「そうね。」


翌日。

朝から和み亭は忙しかった。

昼時が近づき、食堂には次々と客が入ってくる。

ミレイも店の手伝いをしていた。

食べ終えた食器を運び、テーブルを拭き、お客に笑顔で頭を下げる。

その姿を見て、常連客が微笑む。

「偉いねえ。」

「ありがとう。」

ミレイは少し照れながら頭を下げた。

その様子を見守っていたアテーラが声を掛ける。

「ミレイ。」

「はい。」

「ちょっと来て。」

ミレイが近づく。


アテーラは店の隅で昼食を食べている老婆へ目を向けた。

「あの人、ピタリさんという占い師なんだけど。」

くすんだ紫色の長衣。

黒い肩掛け。

難しい顔でスープを飲んでいる。

「ここのところ大変なんだって。」

昨日聞いた話を、ミレイへ聞かせる。

「お客が戻ってくるようにしてあげたいんだけど、何かいい方法ないかしらねえ。」

ミレイはピタリを見つめる。

うつむいたまま食事をしている姿が、どこか寂しそうに見えた。

「ピタリさん、大変ですね。」

アテーラは優しく微笑む。

「ミレイも、何かいいこと思いついたら教えてね。」

「はい。」

ミレイはもう一度、ピタリの方を見る。

そのまま、しばらく考え込んでいた。


翌日。

昼時の忙しさもひと段落し、和み亭には穏やかな空気が流れていた。

食器を片付け終えたミレイは、ふと足を止める。

何かを考え込むように、食堂の奥へ視線を向けた。

その先には、昼食を終えたユーリが湯飲みを手にくつろいでいる。

ミレイは小さく息を吸い、歩き出した。

「アテーラさん。」

「どうしたの?」

「ピタリさんのことなんですが。」

ミレイは少し考えてから続けた。

「もしかしたら、なんとかなるかもしれないと思うんですが。」

アテーラは思わず目を見開いた。

「えっ! 本当?どうするの?」

「ユーリさんに手伝ってもらいます。」

「ユーリ?」

思わず聞き返す。

「ユーリなんか、どうするのよ。」

隣で話を聞いていたキャンターが、小さく笑った。

「まあまあ、ここはミレイに任せてみようよ。」

アテーラはしばらくミレイを見つめた。

ローザの笑顔が頭をよぎる。

(今度も……、この子には、この子にしか見えない何かがあるのかもしれない。)

「分かった。行ってらっしゃい。」


ミレイは小さくうなずくと、ユーリの方へ歩いていく。

ちょうど食事を終え、お茶を飲んでいたユーリは、ミレイに気づくと片眉を上げた。

「ユーリさん、こんにちは。」

「おう、ちびっ子か。なんか用か。」

「はい。お願いがあります。」

「お願い?」

ユーリは首をかしげる。

「なんだ、それ。」

ミレイはまっすぐユーリを見つめた。

「ユーリさんに、特技を使ってもらいたいんです。」

その瞬間、ユーリは湯飲みを持ったまま固まった。

「おれの特技?」


次の瞬間、椅子から飛び上がる。

「何か盗めって言うのか!」

「お前、それは泥棒だぞ!」

「なんてこと言うんだ!」

店中の視線が一斉に集まる。

ミレイだけは、きょとんとしたまま首をかしげていた。

「違うんですか?」

店のあちこちから笑い声が上がった。

ユーリは頭を抱えた。

「そういう意味じゃねえ……」


離れた場所で見ていたアテーラも思わず吹き出す。

「ユーリをねえ。どうするつもりなのかしら。」

キャンターは腕を組みながら、静かに見守っていた。

「見ていれば分かる。」

そのとき、ミレイがユーリへ小さく頭を下げる。

「一緒に来てください。ピタリさんのところです。」

「え?」

ユーリは今度こそ本当に驚いた。

「ピタリ?なんでまた、あのばあさんなんだ。」

文句を言いながらも立ち上がる。

「ったく……、わけが分からねえ。」

ぶつぶつ言いながらも、ミレイの後を歩き始めた。

その後ろ姿を見送りながら、アテーラがぽつりとつぶやく。

「あっ、ユーリを連れて、ピタリさんのところへ行ったわ。」

「ふふふ、楽しみだな。」

キャンターは本当に楽しそうな顔をしていた。


ミレイとユーリは、店の奥の席に座るピタリの前までやって来た。

ピタリは二人の顔を見比べる。

眉がぴくりと動いた。

「ミレイさん、こんにちは。」

「ああ、アテーラの親戚の子だって。」

「はい。」

ミレイは丁寧に頭を下げた。

「アテーラさんから、ピタリさんがお困りだと聞きまして。」

ピタリは不思議そうに首をかしげる。

「それがどうした。」

「そのことで、ご相談がありまして。」

「相談?」

ピタリはますます首をかしげた。

その隣では、腕を組んだユーリが不機嫌そうに立っている。

「なんでお前いるんだよ。」

ピタリが顔をしかめる。

「俺だって、いたくているんじゃねえよ。」

すかさずユーリも言い返した。

二人は同時に顔をそむけた。


離れた場所から見ていたアテーラが、あきれながら笑っている。

「大丈夫?」

「行った方がいいかな。」

キャンターは静かに首を横へ振った。

「もう少し様子を見よう。ミレイなら、自分で何とかするだろう。」


ミレイは二人を見比べ、いつもの穏やかな表情で口を開いた。

「ピタリさん。」

「ユーリさん。」

二人が同時にミレイを見る。

「お願いがあります。」

店内には客たちの話し声が響いている。

そのため、離れた場所にいるアテーラたちには、話の内容までは聞こえない。

見えるのは三人の表情だけだった。

最初に変わったのはピタリだった。

腕を組んで聞いていたが、しだいに眉間のしわが消え、やがて小さくうなずいた。

続いてユーリも、怪訝そうな顔から真剣な表情へ変わっていく。

何度かミレイに質問をし、そのたびにミレイは落ち着いて答えていた。

やがてユーリもうなずきだした。


「話、終わったみたいね。」

アテーラがつぶやく。

ミレイが二人へ頭を下げると、こちらへ戻ってきた。

「ミレイ、どうなった?」

アテーラが待ちきれず尋ねる。

「まだ分かりません。」

「こうしたらどうですか、とだけ話しました。」

「何、話したのよ。」

「うふふ、あとは、お二人次第です。」

アテーラは思わず目を丸くした。

「あなた……。」

「性格変わった?」

ミレイはきょとんとした顔で首をかしげる。

キャンターも横で笑っていた。

店の奥では、ピタリとユーリがまだ話を続けている。

さっきまで言い合っていた二人が、今は真剣な顔で話し込んでいた。

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