第三話 双子とフルル
「私の子供を紹介するわ。」
アテーラが微笑みながら立ち上がる。
「わあ、楽しみ。」
食堂を出て階段を上がる。
一階の賑わいが少しずつ遠ざかり、二階には穏やかな静けさが流れていた。
廊下の突き当たりにある扉を開ける。
「ここよ。」
窓際には陽射しがやさしく差し込み、白い花柄のカーテンが風に揺れている。
ベッドが二台並び、動物の絵が描かれた小さな机や椅子が置かれていた。
椅子に二人の女の子が並んで座っていた。
「ミレイさんよ。」
二人は同時に立ち上がる。
「ミレイです。よろしくお願いします。」
「姉のティナよ。」
「妹のミナです。」
栗色の三つ編みに、緑色のオーバーオールと黄色いシャツ。
白いスニーカーまでまったく同じで、まるで鏡を見ているようだった。
「ご覧の通り双子ちゃんよ。五歳。」
「ミレイは何歳?」
「ん~、わからない。」
「覚えていないかあ。」
アテーラは少し考え、
「見たところ……十歳ぐらいかな。」
そう言った瞬間だった。
ティナとミナが顔を見合わせる。
「せーの!」
二人は突然ミレイの周りをくるくると回り始めた。
左右から入れ替わり、また入れ替わる。
目が回りそうな速さだった。
やがてぴたりと止まる。
「私は誰でしょう?」
「どっちが誰だかわからないわよね。」
ミレイは二人を見比べた。
しばらくじっと見つめ、迷うことなく指を差す。
「あなたがティナさんで。」
もう一人へ視線を向ける。
「あなたがミナさん。」
二人の口が同時に開いた。
「えっ!」
「なんで分かったの?」
アテーラまで驚いている。
「母親の私でも間違えることがあるのに。」
ミレイは少し困ったように笑った。
「なんとなく。」
「なんとなく?」
ティナとミナは顔を見合わせる。
納得できない。そんな表情だった。
「おんなじ格好なんて私は嫌だって言ったのに。」
ミナが頬をふくらませる。
「お姉ちゃんがこれがいいって。」
「いいの、いいの。」
ティナは胸を張る。
「面白いから。」
アテーラが吹き出し、ミレイもつられて笑った。
しばらく話していると、ミレイがそっと肩へ手を伸ばした。
「もう……フルルを出してもいい?」
「この子たちならいいわよ。」
ミレイの肩のあたりがふわりと揺れる。
若草色の綿毛が現れ、その奥から大きな瞳が、おそるおそる顔をのぞかせた。
「キャーーー!!」
「かわいいーーー!!」
部屋中に歓声が響く。
ティナもミナも飛び跳ねながら駆け寄ってくる。
「そんな興奮しないの。」
アテーラが苦笑する。
「ねえねえねえ!」
「これ何?」
「名前は?」
質問が一度に飛んでくる。
ミレイは少し照れくさそうに笑った。
「私の一番の友だち、フルル。」
「触ってもいい?」
ミレイは肩の上のフルルを見る。
「フルル、いい?」
「ミュウ」
「いいって。」
「えっ!」
「話せる!」
二人は目を丸くする。
ティナは恐る恐る両手を差し出した。
フルルはぴょこんと飛び乗る。
「あっ……」
驚くほど軽い。
綿菓子を両手に乗せたようだった。
「わあ……」
ふわふわ。
ほわほわ。
指先がふわふわの綿毛へ沈み込む。
柔らかくて、温かい。
ティナの頬が自然と緩んだ。
ミナも隣からそっと撫でる。
「気持ちいい……」
フルルは嬉しそうに、体中の綿毛を小刻みに揺らした。
「ミュウ」
ミレイは、フルルを囲む二人を見ながら微笑んでいた。
ティナがそっと両手を開く。
「もう一回飛んでみて。」
「ミュウ」
フルルは嬉しそうに綿毛を揺らすと、ふわりと手のひらから飛び降りた。
風船のように、ゆっくりと床へ舞い降りる。
「わあ……」
ティナもミナも、その動きから目を離せなかった。
床へ降り立ったフルルは、短い手足を器用に体の中へ引っ込める。
すると、
ころん。
丸い綿毛の玉になった。
「えっ?」
コロコロコロ。
そのまま床を転がり始める。
「あっ、転がった!」
「かわいい!」
二人が笑いながら追いかける。
フルルはテーブルの近くまで転がると、ぴょんと跳び上がった。
綿毛をふわりと広げながら宙へ浮かび、そのままテーブルの上へ着地する。
そこには昼食が並んでいた。
パン。チーズ。豆とベーコンの煮込み。そして、オレンジ。
フルルはオレンジの前まで歩いていく。
「ミュミュ」
「あっ、そうか、さっき私だけ食べたんだよね。」
「フルルもお腹すいているよね。食べたいものがあるの。」
「ミューミュー」
短い足でオレンジの前をちょこちょこと歩く。
ミレイはアテーラへ向き直った。
「オレンジ、もらってもいいですか。」
「いいよ、いいよ。」
アテーラが笑う。
「ね、お母さん。」
ティナが振り向く。
「どうぞ、食べて。」
「皮、むいてあげるね。」
ミナが器用に皮をむき、小さく房を分ける。
「はい、どうぞ。」
フルルは両手でオレンジを抱える。
そのまま大きな瞳の下へ持っていくと――
ほわほわの綿毛が、オレンジを包み込んだ。
ゆっくり。
溶けるように。
オレンジは綿毛の中へ吸い込まれ、跡形もなく消えていく。
「えぇーっ!」
ティナもミナも思わず声を上げた。
フルルは幸せそうに目を細める。
大きな瞳がとろーんと緩み、綿毛がふるふると揺れた。
「かわいい……」
ミナが思わずつぶやく。
「見てるだけで幸せになる。」
ティナも何度もうなずく。
ミレイも笑っていた。
アテーラは三人の様子を見ながら、優しく声を掛ける。
「あなた方もそんなに見ていないで食べちゃいなさい。」
「はあーい。」
元気な返事が重なる。
部屋の中に、穏やかな笑い声が広がった。
夕暮れが近づき、部屋へ差し込む光も柔らかくなっていた。
その頃、一階では夕食の支度が始まっていた。
その日の夜。
祭りの賑わいもようやく静まり、和み亭にも穏やかな時間が戻っていた。
一階では片付けを終えた店員たちが帰り支度をし、二階では子供たちの寝息だけが静かに響いている。
アテーラとキャンターは、自室で向かい合って座っていた。
ランプの灯が二人の横顔を柔らかく照らしていた。
キャンターが口を開く。
「あの子をどうするつもりだ。」
アテーラはしばらく黙って炎を見つめていた。
「最初はね。」
「祭りが終わったら役所にでも任せようと思っていたんだけど。」
キャンターは何も言わず、続きを待った。
「さっき、あの子には悪いんだけど、ちょっと押して転ばせてみたのよ。」
「そしたら、擦りむいた。」
「つまり昼間のことは偶然だったということか。」
「いや、あの様子でそれはないだろう。」
「私もそう思う。あれは偶然じゃない。」
「もっと何か特別な何かだと思う。」
二人の間に、しばらく沈黙が落ちた。
キャンターはゆっくり息を吐いた。
「それに、特技なしだからな。」
「初めて聞いた。」
「あと、あのフルル。」
「あんな生き物、見たことない。」
「私もない。しばらく、うちで様子を見ようと思うの。」
「いいかしら。」
キャンターは迷うことなく頷いた。
「親戚の子ということにでもしておこう。」
「ありがとう。」
次回からは毎日18:00公開予定です。




