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第六話 いらないブラックカード

帰りの馬車。

窓の外では、午後の陽射しが街並みを明るく照らしている。


しばらく静かに走ったあと、ロンダーが大切そうに抱えていた桐箱を膝へ置いた。

「先ほどお預かりしたカードについて、ご説明してもよろしいでしょうか。」

「はい、お願いします。」

ロンダーは箱を開け、黒いカードを取り出した。

「こちらは、お買い物をした時に使えるカードです。」

「私がスイーツ屋さんで使ったものを覚えておられますか。」

「あ、はい。」

ミレイはすぐに思い出した。

「これを渡すと、お金を払えるんですよね。」

「その通りです。」

ロンダーは微笑んだ。

「ただし……」

そう言って、自分の青いカードも取り出した。

「私のカードはこちらです。」

ミレイは見比べる。

「色が違います。」

「はい。」

ロンダーは静かにうなずいた。

「ミレイさんのカードは、ブラックカードと呼ばれるものです。」

「最高級のカードになります。」

「最高級?」

「使用できる金額が、非常に大きいのです。」

ミレイは首をかしげた。

「どのくらいですか?」

ロンダーは少し考え込む。

「そうですね……」

「この前買ったケーキを、一生毎日買い続けても、まだ余るくらいでしょうか。」

言ってから苦笑する。

「いや、それではまったく足りませんね。」

「まあ、言うなれば、和み亭が十軒ほど買えるくらい、ですか。」

ミレイは目をぱちぱちさせた。

「それって……すごくたくさんってことですか?」

「はい、たくさんもたくさん、すご~くたくさんです。」

ロンダーは思わず笑った。

その返事を聞いた途端、ミレイはブラックカードを両手で差し出した。

「このカード、いりません。」

「……え?」

「返してください。」

「私はフルルにスイーツを買ってあげられれば、それで十分です。」

「こんなにたくさんのお金は、いりません。」

カードをもう一度、ギュッと差し出した。

ロンダーは思わず言葉を失った。

目の前の少女は、本気でそう言っている。

そんな人を、ロンダーは初めて見た。

「困りましたね……」


しばらく考えたあと、桐箱へカードを戻す。

「それでは、いったん私がお預かりするということで。」

そう言って箱を閉じると、今度は落とさないよう慎重に鞄へしまい込み、さらに鞄を身体へしっかり固定した。

ミレイはその様子を、不思議そうに見つめていた。

(そんなに大事な物なんだ……)

馬車は穏やかに街道を進み続ける。

しかし、その静かな時間は長くは続かなかった。


ガクン――。


馬車が突然、大きく揺れた。

ミレイの身体が前へ投げ出されそうになる。

「きゃっ。」

ロンダーがとっさに手を伸ばし、支えた。

「大丈夫ですか?」

「はい……」

返事をした、その直後。

外から荒々しい怒鳴り声が響いた。

「動くな!」

続いて、御者の短い悲鳴。

ドサッという鈍い音が聞こえた。


ロンダーの表情が一変する。

「泥棒? こんな町中で……」

ミレイは思わず窓の外を見る。

馬車を取り囲むように、大型のトカゲへまたがった男たちが立っていた。

全員、黒い覆面で顔を隠している。

四人。

手には棍棒。一人だけが腰へ剣を差していた。

御者は地面へ突き落とされ、動けなくなっている。

「まずい……」

逃げ場はない。


その瞬間。


バキッ――!


棍棒が馬車の扉へ振り下ろされた。

重い木の扉が音を立てて割れ、木片が車内へ飛び散った。

「生きのいいまま連れて来いと言われてるからな。」

外から男の声が響く。

「怪我はさせるなよ。」

「男の方は?」

別の男が尋ねた。

「好きにしろ。」

ロンダーは震える足で立ち上がり、ミレイの前へ出る。

両手を広げるようにして立ちはだかった。

膝はガクガク震えている。

それでも、一歩も退かなかった。


「で……出て行け!」


震えながらも、精いっぱいの声だった。

男たちは顔を見合わせ、嘲るように笑った。

「へへへ、威勢がいいじゃねえか。」


ゴッ。


鈍い音が響いた。

棍棒がロンダーの腹へめり込む。

「ぐっ……!」

身体が「く」の字に折れ、その場へ崩れ落ちた。


「ロンダーさん!」


ミレイが叫ぶ。

ロンダーは腹を押さえたまま、苦しそうに呼吸を繰り返している。

男は、倒れたロンダーへは目もくれず、ミレイへ近づいた。

「へっへっへ。」

嫌な笑い声だった。

「お嬢ちゃん、痛い目に遭いたくなかったら、大人しくしな。」

ミレイは一歩後ろへ下がる。

胸元では、フルルが不安そうに震えていた。

ミレイは服の上からそっと押さえる。

(フルル、出ちゃ駄目、絶対に出ちゃ駄目だからね。)

男を真っ直ぐ見返した。


「嫌です。」


男は舌打ちすると、一気に距離を詰める。

布が口へ押し当てられた。

抵抗する間もなく両腕を押さえられ、そのまま肩へ担ぎ上げられた。

視界が逆さになる。

割れた馬車。

倒れたロンダー。

(ロンダーさん……)

声を出そうとしても、猿ぐつわで何も言えない。

ミレイはそのまま大型トカゲの後部へ据え付けられた木箱へ押し込まれた。

外から男たちの声だけが聞こえる。

「やばい奴らが来る前にずらかるぞ! 急げ!」

トカゲが地面を蹴る。

箱の中で身体が大きく揺れた。

ミレイは身を縮める。

胸元では、フルルが小さく震えていた。

(お願い、フルルが見つかりませんように。)


トカゲは街を離れ、街道を走り続ける。

やがて大きく進路を変え、脇道へ入った。

揺れ方が変わる。

木々の匂いが箱の隙間から流れ込んできた。


しばらくして、速度が落ちる。

森の奥の、今は使われていない古びた狩猟小屋の前で、トカゲは足を止めた。

「連れてきたぞ!」

乱暴に扉が開け放たれる。

男たちはミレイを肩から降ろすと、そのまま土間へ放り出した。

固い床へ身体が転がる。

両手は後ろで縛られたまま。

猿ぐつわも外されてはいない。

男たちは何事もなかったかのように部屋の奥へ声を掛けた。

「言われたとおり、生きのいいまま連れてきたぞ。」


暗がりの奥から、一人の男が姿を現した。

薄汚れた事務服。

丸く突き出た腹。

脂ぎった額。

フィリップの部下、オットー主席会計官だった。


「ほれ、残りの金だ。」

オットーは革袋を放り投げた。

「毎度あり。」

男たちは中身を確かめると、満足そうに笑いながら出て行った。


小屋の中には、ミレイとオットーだけが残された。

静まり返った部屋に、オットーの荒い息づかいだけが響いている。

ゆっくりと近づいてくる。

その目は赤く充血し、どこにも理性は残っていなかった。

「お前のせいだ。」

低く押し殺した声が漏れる。

「お前のおかげで……」


一歩。


また一歩。


「俺の人生は、めちゃくちゃになった。」

ミレイは身体を引きずるようにして後ずさった。

縄が食い込み、思うように動けない。

「仕事も、金も、全部失った。全部、お前のせいだ!」

ミレイは首を横に振った。

何か言おうとしても、猿ぐつわが邪魔をして言葉にならない。

オットーはそんな様子を見ると、ゆっくりしゃがみ込んだ。

「安心しろ。」

気味の悪い笑みを浮かべる。

「すぐには殺さない。」


その言葉に、ミレイの背筋が凍った。


「俺が味わった苦しみを、お前にも味わわせてやる。」

オットーの手が伸びる。

ミレイは必死に身体を引いた。

(誰か……助けて。)

フルルも胸元で小さく震えていた。

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