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第五話 旅立ち

そして翌日。

朝の光が、創生の里をやさしく包んでいた。

草の葉には朝露が光り、小鳥たちが気持ちよさそうに歌っている。

「昨日はゆっくり休めましたか。」

エウロスが穏やかに尋ねる。

「うん、ぐっすり眠れました。」

ミレイはにっこりとうなずいた。

「それから……昨日はすみませんでした。」

「ん?」

「たくさん注意してもらったのに、この子をお友達にしちゃって。」

そう言うと、胸元をそっと両手で押さえる。

「でも、本当にかわいいんですよ。ほら!」

明るい表情で、嬉しそうに言った。

すると、ミレイの胸元がもぞもぞと動く。

次の瞬間、淡い緑色だった服の色がゆっくりと揺らぎ、その中から桃色のふわふわが、ぴょんと顔を出した。

「ミュウ」

そのまま肩までモフモフと登ると、嬉しそうに綿毛をふるふると揺らした。

「この子、色を変えることができるんです。」

「保護色みたいになっていて、いるかどうか分からなくなるんです。」

エウロスは興味深そうに小さな生き物を見つめた。

「ほう。それは素晴らしい。」

「でしょう。」

まるで自分のことを褒められたように、ミレイが嬉しそうに笑う。

その様子を見て、小さな生き物も、

「ミュウ」

と得意そうに鳴いた。

「そうだ。」

ミレイが突然声を上げる。

「この子に名前を付けてあげなくちゃ。」

肩に止まっている小さな生き物と目線を合わせる。

「ねえ、名前、何がいい?」

小さな生き物は首をかしげる。

「ミュ~ウ」

「名前って言われても分からないか。」

小さな生き物は、綿毛をフルフルと揺らした。

その様子を見ているうちに、ミレイの中へ一つの言葉がふっと浮かんだ。

「フルフル揺れている。だから、フルル。」

その響きを確かめるように、もう一度呼ぶ。

「フルル。どう? フルル君。」

一瞬だけきょとんとしたあと、

「ミューミュー!」

ホワホワした綿毛を揺らしながら宙をくるくると回り、ミレイの周りを楽しそうに飛び回った。

ミレイも思わず笑い声を上げた。

「気に入った、よかったあ。フルル君。」

フルルは再び肩へ戻ると、ミレイの頬へふわりとすり寄った。

その柔らかな毛が、頬を優しくくすぐる。

エウロスは、その光景を静かに見つめていた。


「ところで。」

穏やかな声が響く。

「いよいよ出発ですが、旅立ちにあたって、私からあなたに大切なお願いがあります。」

ミレイは姿勢を正した。

「より多くの方に――人間にも、動物にも、すべての命あるものに好かれること。すなわち、愛されてください。」

「そして、あなたも愛してください。世界中の、すべての命あるものを。」

いつしかエウロスの声には力がこもっていた。

ミレイはきょとんとした。

「うーん、言っていることは、まだよく分からないけれど、分かりました。」

「これはあなたのためでもあるのです。」

「愛されること、そして愛することは、あなたの記憶の扉を開く大切な鍵でもあるのです。」

「うん、私、世界中のみんなを大好きになる。みんなからも大好きになってもらう。」

「くれぐれもよろしくお願いします。」

エウロスはそう言うと、ミレイをまっすぐ見つめた。

その眼差しは穏やかだった。

けれど、その奥には、言葉では伝えきれないほどの願いが込められていた。

肩の上では、フルルも嬉しそうに、

「ミュウ」

と、小さく鳴いた。


草原の向こうから、昨日一緒に遊んだたくさんの生き物たちが集まってくる。

花たちが揺れる。

草が歌う。

蝶が舞う。

小鳥たちが枝から枝へ飛び交い、リスやウサギが駆け寄ってきた。

ミレイが最初に降り立った場所を中心に、命あるものたちが少しずつ輪を広げていった。

「わあ……。みんなあ……。」

ミレイは思わず息をのむ。

花も、虫も、動物たちも、みんな笑っているように見えた。

まるで、「行ってらっしゃい」と語りかけているようだった。

ミレイは隣に立つフローラへ向き直る。

「フローラさん。昨日は、本当にありがとうございました。」

「こちらこそ、ご一緒できて幸せでした。」

フローラは優しく微笑む。

「お花さんたちも、虫さんたちも、みんな、ありがとう。」

ミレイは大きく手を振る。

風が答えるように吹き抜けた。

色とりどりの花びらが空へ舞い上がる。

葉と葉が触れ合い、やさしい音色を響かせる。

その景色を見ながら、ミレイは何度も手を振り返した。


エウロスが静かに前へ出る。

「それでは、門を開きましょう。」

その言葉とともに、遥《はる》か上空から無数の光の粒が降り始めた。

朝日に照らされた光は雪のようにも見えたが、地上へ近づくにつれ、一粒一粒がはっきりと輝き始める。

やがて光が、ミレイの体をゆっくりと包み込んだ。

「浮いてる!」

ミレイが驚いて足元を見ると、体はゆっくりと宙へ持ち上がっていた。

フルルも慌てて肩へしがみつく。

「ミュウ!」

ミレイはそっとフルルをなでた。

「大丈夫。一緒に行こうね。」

フルルは安心したように綿毛を揺らした。

「みんなー! 行ってきまーす!」

ミレイは空へ浮かびながら、大きく両手を振る。

その声に応えるように、草原いっぱいの花が一斉に揺れた。

鳥たちが空へ舞い上がる。

蝶が光の中を飛び回る。

ミレイの姿が、光の向こうへ消えていく。

その姿が見えなくなるまで、フローラは静かに見送っていた。


やがて、エウロスが口を開く。

「フローラ。」

「はい。」

「あなたは伝達のスキルも持っていましたね。」

「はい。」

「ミレイについて行きなさい。」

フローラは少しだけ目を見開く。

「その一挙一動(いっきょいちどう)を、余すことなく私に知らせるのです。」

エウロスの声が静かに引き締まる。

「ただし、決して気づかれてはなりません。手助けなど、もってのほかです。」

フローラは黙って聞いていた。

「承知いたしました。」

迷いのない返事だった。

しかし、その胸の奥には、小さな波紋が広がっていた。

(お力になってはいけない…… お困りになっていても……)

その思いを、表情には出さない。

次の瞬間、フローラの体は、無数の花びらとなって風へ溶けていった。

赤い花びら、青い花びら、黄色い花びら。

色とりどりの花びらは春風に紛れ、何も知らず旅立っていくミレイの後を追っていった

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