表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/38

第37話:神様の密やかな再始動(リブート)


 白峰莉音という「作家」の持つ圧倒的な熱量パッションは、俺が想像していたよりも遥かに、伝染性の強い猛毒だった。


「――だから、ここはヒロインが一度突き放すことで、次の展開の布石にするのよ! ああもう、指が追いつかないわ!」


 放課後の純喫茶『琥珀』。

 いつもの指定席であるいちばん奥のボックス席で、白峰は目を血走らせながら、ノートパソコンのキーボードを凄まじい勢いで叩き続けていた。


 日間ファンタジーランキングのトップ層に食い込んだことで、彼女のモチベーションは限界突破していた。

 完璧な生徒会長としての業務を涼しい顔でこなしつつ、空き時間という空き時間のすべてを、第二章の執筆へと注ぎ込んでいる。

 プレッシャーに怯えていた数日前の姿はもうない。あるのは、自分を待ってくれている数百人の読者のために、最高の物語を届けようとする『本物のクリエイター』の顔だ。


「おい、白峰。タイピング音がうるさい。マスターが呆れてこっち見てるぞ」

「だって止まらないんだもの! 夏目さんの組んでくれたロジックに乗せたら、キャラクターが勝手に動き出して……っ! ねえ、このシーンのセリフ、どっちがエモいかしら!?」


 興奮冷めやらぬ様子で画面を見せてくるポンコツ作家に、俺は「後者だ。前者は説明くさすぎる」と短く、冷徹な赤字(ダメ出し)を入れる。

 白峰は「やっぱりそうよね!」と嬉しそうに頷き、再び画面に向かって没頭し始めた。


 俺は、微糖のアイスコーヒーの氷をカラリと鳴らし、頬杖をつきながらその横顔を眺めた。


(……やれやれ。とんだバケモノを生み出しちまったな)


 彼女の文章は、粗削りだが、読者の感情を直接殴りつけるような純粋なエネルギーに満ちている。

 かつて商業の世界で、読者の顔色ばかりを窺い、綺麗にまとめること(守り)に入って自滅した俺には、到底書けない文章だ。

 だから俺は、彼女の『担当編集』という裏方に徹し、足りないロジックを補ってやればいい。俺の役割は、あくまでそれだけのはずだった。


 ――はず、だったのだが。


(……おかしいな)


 俺は、無意識のうちに自分の右手の指先が、テーブルの上でカタカタと『架空のキーボード』を叩くように動いていることに気がついた。

 慌てて拳を握り込み、ポケットに突っ込む。


 目の前で、一つの物語が爆発的な熱を帯びて生み出されていく過程を見せつけられる。

 それは、一度は完全に折れたはずの俺の『物書きとしてのごう』を、チリチリと静かに、だが確実に焦がし始めていた。


「よしっ! 今日のノルマ達成! 夏目さん、私もう帰るわね!」


 一時間後。

 満足げにノートパソコンを閉じた白峰が、鞄を肩にかけた。


「明日は生徒会の定例会議があるから、執筆の時間は夜しか取れないの。……だから、プロットの続きはまた明後日、お願いね! 私の『担当編集』さん!」

「はいはい。せいぜい生徒会長の仮面が剥がれないように気をつけるこったな」


 俺がひらひらと手を振ると、白峰は「もう、一言多いんだから!」と笑いながら、喫茶店を後にした。



     *



 夜。自室のデスク。

 俺は、暗い部屋の中で一人、ノートパソコンの画面と睨み合っていた。


『文月ソウ』としての担当編集とのメール履歴も、未完に終わったあのプロットのデータも、すでにすべてフォルダの奥底へと封印した。

 俺の机の上にあるのは、帰りのコンビニでなんとなく買ってしまった、一冊の真新しい、黒い表紙のノートとボールペンだけだ。


「……別に、あいつに感化されたわけじゃない」


 俺は誰に言い訳するでもなく、一人ごちた。

 ただ、頭の中に『最高に悪趣味で、最高に論理的で、読者の予想をすべて裏切るような完璧な密室ロジック』が浮かんでしまっただけだ。

 白峰の奴は「感情」で物語を回す。なら俺は、徹底的な「論理」と「伏線」で、読者の脳髄を痺れさせる物語を紡ぐ。


 俺は、黒いノートを開き、無心でペンを走らせた。


 ……商業的な「ウケる要素」なんて知るか。

 ……「無難なテンプレ」なんてクソ喰らえだ。


 かつて俺を縛り付けていた、目に見えないプレッシャーや読者への媚びは、そこには一切なかった。

 ただ純粋に、自分が「面白い」と信じるギミックだけを、冷酷なまでに緻密に組み上げていく。その作業は、酷く静かで、それでいて恐ろしいほどに快感だった。


 数時間後。

 完璧な第一章のプロットを書き終えた俺は、ノートパソコンのブラウザを開き、白峰も使っているあの小説投稿サイトにアクセスした。


 当然、白峰の作品をチェックするために使っている閲覧用のアカウントは使わない。

 俺はログアウトし、『新規アカウント作成』のボタンをクリックした。


 名前は、どうするか。

 『文月ソウ』なんていう、打ち切られた敗北者の名前を使う気は毛頭ない。

 俺は少しだけ思案し、キーボードを叩いた。


 ――ペンネーム:『クロノス』。


 ただの思いつきだ。

 別に、アイツ(白峰)に俺が書き始めたことを教える義理はない。

 あのお人好しで熱狂的なファンのことだ。もし俺が「もう一度小説を書き始めた」なんて知ったら、「やっぱり私の神様です!」と大騒ぎして、自分の執筆そっちのけで俺の作品を応援し始めるに決まっている。

 そんな面倒くさい事態は御免だ。俺はあくまで、無気力な同級生であり、厳しい裏方の担当編集でいればいい。


(……だが、ランキングの頂点で、アイツの作品を上から踏み潰してやるのも、悪くないな)


 俺は、暗い部屋の中で一人、口角を歪めて悪く笑った。


 表では、ポンコツ生徒会長を一流の作家へと育て上げる『担当編集』として。

 そして裏では、正体不明の超大型新人として、ランキングの頂点へと静かに牙を研ぐ『作家』として。


 誰にも言わない。誰にも気づかせない。

 真っ白な執筆画面に、点滅するカーソル。

 俺の指が、最初のキーを叩く。


 打ち切り作家の、孤独で密やかな再始動リブート

 それは、表舞台で光り輝く白峰莉音の物語の裏側で静かに産声を上げた、もう一つの『最強の物語』の始まりだった。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ