第36話:日間ランキングの壁と、リアルな数字
第一章の最終話『不器用な守護者』を更新した翌日の朝。
登校してすぐの教室で、俺の前の席に座る白峰莉音は、自分のスマートフォンの画面を食い入るように見つめ、肩を小刻みに震わせていた。
「……おい。朝から挙動不審だぞ、生徒会長。また変なノートでも落としたか?」
「なっ、夏目さん! 違うわよ、これ見て!」
俺が鞄を置きながら声をかけると、白峰は勢いよく振り返り、スマホの画面を俺の鼻先に突きつけてきた。
表示されているのは、小説投稿サイトのダッシュボード(管理画面)。
そこに刻まれた数字を見て、俺は小さく「ほう」と息を漏らした。
――累計PV:二万一千四百五十。
――ブックマーク:五百二十件。
「ランキング……日間ファンタジーの3位に入ってる」
「でしょ!? 昨日の夜から通知が鳴り止まなくて、朝起きたらこんなことになってて……っ!」
白峰は声を殺しながらも、興奮で顔を紅潮させていた。
昨日まで五千PV前後、ブクマ百件そこそこだった数字が、第一章のクライマックスの爆発力によって一気に数倍に跳ね上がったのだ。
読者の感想欄も凄まじいことになっている。
『暗黒騎士カッコよすぎ! 不器用にも程があるだろ!』
『ここで結界と爆発をそういう風に使うのか……神展開!』
『第一章完結お疲れ様です! 二章も全裸待機!』
あの密室トリックに、白峰の情熱的な文章が加わったことで、読者のカタルシスが見事に爆発した証拠だった。
「夏目さん、私……日間3位よ! 銅メダルよ! ねえ、これってもしかして……出版社の編集さんから『書籍化しませんか!』みたいな、夢のスカウトメールが来ちゃったりするのかしら!?」
白峰は両手を組み合わせ、目をキラキラと輝かせながら上目遣いで尋ねてきた。
WEB小説家なら誰もが一度は夢見る、書籍化打診。
だが。俺は元・プロの『厳しい担当編集』として、その甘い幻想を容赦無く打ち砕くことにした。
「来ないな」
「えっ、即答!?」
「バカ言え。PV二万、ブクマ五百で書籍化の打診が来るほど、今のWEB小説業界は甘くない」
俺は席に座り、自分のスマホでサイトの『総合日間ランキング』を開いた。
「お前が入ったのは、あくまで『ファンタジージャンル』という枠組みの中での日間3位だ。サイト全体の総合ランキングで見れば、まだ五十位にも入ってない。……スカウトを狙うなら、総合ランキングの一桁台の常連になるか、ブクマが最低でも数千から一万は必要だぞ」
「うっ……! そ、そんなに……っ」
リアルすぎる現実を突きつけられ、白峰はうめき声を上げて机に突っ伏した。
底辺から見ればPV二万は途方もない数字だが、プロの世界(書籍化のボーダーライン)から見れば、ここはまだ『中堅の入り口』にようやく足を踏み入れたに過ぎないのだ。
「……なんだ、がっかりしたか?」
「そりゃ、少しは……。せっかく頑張って、あんなにすごいクライマックスを書いたのに、まだまだ先は長いんだなって……」
しょんぼりとするポンコツ作家の頭を、俺は丸めたノートで軽く叩いた。
「いてっ」
「上ばかり見て、足元を見るのを忘れるな。……PV二万で、ブクマ五百だぞ」
「え……?」
「PVってのは、一人で何話も読めばカウントされるが、ブックマークは違う。……五百人だ。顔も名前も知らない五百人の人間が、お前の書いた物語を『面白い』と認めて、わざわざ自分の本棚に登録して、続きを待ってくれているんだ」
俺の言葉に、白峰はハッとして顔を上げた。
「俺がデビューした時なんて、新人賞の一次選考を通っただけで天にも昇る気持ちだった。……それを、お前はたった数週間で、五百人のファンを自力で獲得したんだ。……胸を張れよ」
俺が静かにそう告げると、白峰は自分のスマホの画面――『ブックマーク:五百二十件』という数字を、もう一度、今度は愛おしそうに見つめた。
「五百人……。私の物語を、待ってくれている人たち……」
「ああ。書籍化なんてのは、その結果として後からついてくるおまけに過ぎない。……読者を信じろ。そして、読者を裏切らない最高の第二章を書け」
「……うんっ!」
白峰莉音の瞳に、先ほどまでの浮ついた期待はもうない。
あるのは、五百人の読者への責任感と、物語を紡ぐクリエイターとしての純粋な熱意だけだ。
「よしっ、そうと決まれば、さっそく今日の放課後から第二章のプロット会議よ! 夏目先輩!」
「先輩はやめろ、同級生だろ。……あと、今日は俺、バイトのシフト入ってんだよ」
「じゃあ本屋の休憩室に押しかけるわ! 私の担当編集なんだから、二十四時間体制で付き合ってもらうからね!」
無茶苦茶な要求を笑顔で突きつけてくる、完璧な生徒会長。
一つの絶望的な密室を乗り越え、確かな結果(数字)を手に入れた俺たちの物語は、ここからさらに過酷で、そして熱い『第二章』へと突入していくのだった。




