表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/38

第31話:ただの高校生が、なぜそこまで断言できる?


 会議室の空気は、沸騰したヤカンのように熱く、そして尖っていた。

 俺が差し出したスマートフォンの画面を、権田教諭は忌々しげに睨みつけている。


「……何の真似だ、夏目。適当なサイトの画面を見せて、煙に巻くつもりか?」


 権田教諭の声は、怒りで低く震えていた。

 彼のような厳格な教育者にとって、論理で生徒に言い負かされることは、単なる敗北以上の屈辱なのだろう。ましてや相手は、普段から不真面目で、授業中は寝てばかり、放課後は本屋のバイトに明け暮れる「出来の悪い」生徒なのだから。


「いい加減にしたまえ! 君が何を言おうと、このノートに書かれた内容はあまりに反社会的だ。生徒会長という立場にある者が、たとえ空想の中であろうと学園を爆破し、生徒を殺戮する物語を紡ぐ。その精神の危うさを問題にしているのだ!」


 権田教諭が机を激しく叩き、言葉を重ねる。


「それを『物語のロジックが破綻しているから無罪だ』などと、ただの高校生が、ミステリ好きの延長線上の知識で断言するなど……傲慢にも程がある! 君に、他人の創作物の『本質』や『意図』を完璧に理解できる資格など、どこにあるというのだ!」


 その言葉は、ある意味で正論だった。

 読者は作者ではない。一介の読者が「これは作者のこういう意図だ」と決めつけるのは、本来なら不可能なはずだ。


「そうだ、夏目! 貴様はただ、白峰会長の弱みを隠蔽するために、都合の良い理屈を並べているだけだろう!」


 長谷川も権田に同調し、必死の形相で叫ぶ。

 彼らにとって俺は、「秩序を乱す不確定要素」でしかない。


「……夏目さん、もう……」


 隣で、白峰莉音が掠れた声を出した。

 彼女の顔は、羞恥と罪悪感でぐちゃぐちゃになっていた。

 テロリスト扱いされる恐怖。それと同じくらい、自分の「一番見られたくない脳内」を夏目に晒され、さらにそれを衆人環視の中で解説されている状況。彼女のプライドは、すでに限界を通り越して粉々になっていた。


「もういいの、私が悪いのよ……。不謹慎なことを書いたのは事実だし、こんなノートを落とすような私が、生徒会長でいるべきじゃないわ……。だから、もうこれ以上、あなたまで……」


 莉音の声は震えていた。

 彼女は、俺を守ろうとしている。

 俺をこれ以上巻き込めば、俺の学校生活まで無茶苦茶になると危惧しているのだ。

 どこまでも不器用で、自分勝手で、そして「作者ぴょんぴょんウサギ」としての誇りを捨てきれない、愛すべきポンコツ作家。


 俺はふぅ、と深い溜息をついた。


(……やれやれ。やっぱり、ここまで追い詰められないと言わないつもりか)


 俺は、権田教諭の鋭い眼差しを真っ向から受け止めた。

 大人たちの「権威」という名の、分厚くて冷たい壁。

 彼らは自分たちの理解できないものを、自分たちの物差しで測り、型にはめて処分しようとしている。


「権田先生」


 俺は、今までとは明らかに違う、低く、芯の通った声で呼んだ。

 その響きに、会議室内の全員が、思わず呼吸を止めた。


「アンタは言いましたね。俺に何がわかるんだ、と。ただの高校生の妄想だろう、と」


「……ああ、言った。君は物語を読み解く素人アマチュアに過ぎん。専門家でも、ましてやこのノートの所有者でもない君に、この文章の『責任』を負うことなどできない」


「アマチュアね……」


 俺は自嘲気味に笑い、自分のスマートフォンを手に取った。

 画面はまだ、ある小説投稿サイトの管理画面を表示している。


「確かに、俺はこの学校じゃただの不真面目な二年生だ。朝は弱いし、数学のテストはギリギリ赤点を回避する程度の、どこにでもいるガキですよ」


 俺は一歩、権田教諭の方へと歩み寄った。

 会議室の空気が、さらに一段階、冷たく、そして鋭く研ぎ澄まされる。


「でもな。物語の『構成』についてだけは、そこにいる全員……いや、この学校の全教師が束になっても、俺には勝てない」


「なっ……何を、生意気な……!」


「いいえ。これは事実ですよ。……アンタらが『テロ計画』だと言い張るそのノート。……その記述の元ネタである『さよなら、完璧だった嘘つきな君へ』という物語の、一文字一文字の意味を。その行間に込められた意図を。作者ですら気づいていない伏線の可能性を。……俺以上に理解している人間は、この世に一人もいない」


 言い切った。

 圧倒的な確信。傲慢とも取れるその言葉に、権田教諭は激昂するよりも先に、その気迫に気圧されて言葉を失った。


「な、夏目さん、あなた何を言って……」


 莉音が呆然と俺を見つめる。

 そうだ。彼女はまだ知らないのだ。

 自分が憧れ、聖典バイブルとし、その背中を追い続けてきた『神』が。

 今、自分の隣で、欠伸を噛み殺しながら大人たちを論破しているこの男であることを。


「……権田先生。アンタ、さっき『証拠』って言いましたね。俺がただの高校生じゃないという、絶対的な証拠を」


 俺は、スマートフォンの画面を権田教諭の鼻先に突きつけた。


「いいですよ。見せてあげますよ。……俺がこのノートを『テロ計画ではない』と、誰よりも断言できる理由を」


 俺の指が、画面上の『あるボタン』に触れようとする。

 それは、一人の打ち切り作家としての過去を暴き、そして同時に、目の前の少女を奈落の底から救い上げるための、たった一つの切り札だった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ