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第30話:それは犯罪計画ではない。ただの『物語』だ


 静まり返った第一会議室に、ペラ、ペラ、とノートのページを捲る音だけが響く。


「……何をしている、夏目」


 不快感を隠そうともしない権田教諭の問いに、俺はノートから目を離さずに答えた。


「『校正』ですよ。……あまりにも設定のガバが多すぎるんでね」

「設定の穴、だと?」

「ええ。権田先生、アンタはこの計画書を見て『言い逃れできないテロ計画だ』と言った。……だが俺から言わせれば、こんなものは物理的にも動機的にも実行不可能な、三流以下の妄想の産物です」


 俺はノートの該当ページを開き、長机の中央にポンと置いた。


「まず第一の矛盾。『実行場所:体育館の扉をすべて南京錠で封鎖する』。……長谷川、お前、この学校の体育館にいくつ出入り口があるか知ってるか?」

「なっ……大扉が四つ、……非常口が二つだ」

「そうだ。で、全校集会の最中、その扉の前に誰が立っている?」


 俺が問いかけると、長谷川はハッとして言葉を詰まらせた。


「……生活指導の教師陣と、体育教師だ」

「ご名答。数百人の生徒がひしめき合い、見回りの教師が入り口を塞いでいる真っ昼間の全校集会で、どうやって『すべての扉を外から南京錠で施錠する』んだ? 透明人間でも使わない限り、最初のひとつの扉に鍵をかけた瞬間に取り押さえられて終了だ。……物理的に不可能な、三流の密室トリックですよ」


 俺の指摘に、役員たちが「確かに……」「そんなの絶対バレるよな」とヒソヒソと囁き合う。


「だ、だが! 仮に封鎖できなかったとしても、毒ガスを流し込む計画は――」

「それが第二の矛盾だ。ここには『旧校舎三階の化学準備室から、通気口を通じて体育館にガスを送る』と書いてある。……おいおい、青海高校の図面をちゃんと見たのか?」


 俺は呆れたように首を振った。


「旧校舎と体育館は、中庭を挟んで十五メートル以上離れている上に、空調設備は完全に独立している。通気口なんて繋がっちゃいない。……どうやってガスを送るつもりだ? 空中に見えない土管でも敷くのか?」

「っ……!」

「さらに言えば、体育館という巨大な空間を満たすほどの爆発性ガスを発生させるには、本校の化学準備室にある薬品の量じゃ、軽く数百キログラムは足りない。質量保存の法則を無視するな」


 ぐうの音も出ない物理的・構造的な矛盾の連続。

 先ほどまで「恐るべきテロ計画だ」と騒いでいた大人たちが、まるで魔法が解けたように呆然としている。


「……や、やめて……」


 ふと隣を見ると、白峰莉音が両手で顔を覆い、耳まで真っ赤にして身悶えしていた。

 テロリストの疑いが晴れていく安堵よりも、自分が徹夜で考えた『最強の絶体絶命トリック』を、全校生徒の代表と教師たちの前で「三流のガバガバ設定」だと完膚なきまでに論破(公開処刑)されている羞恥心の方が勝っているらしい。

 物書きとしては非常に正しい反応だ。


「し、しかし夏目! 物理的に不可能だとしても、これを書いた者の心には明確な『殺意』があったはずだ! でなければ、こんな物騒な計画を――」

「だから、それが第三の矛盾だ。……長谷川、お前、さっきこのノートを読み上げた時、大事な単語を一つすっ飛ばしただろ」


 俺はノートの文字を指差した。


「『ターゲット:全校集会』……その横に、カッコ書きでなんて書いてある?」

「……え?」


 長谷川が身を乗り出し、ノートの文字を凝視する。

 そして、信じられないものを見るように目を瞬かせた。


「……タ、ターゲット:全校集会……『カッコ、ヒロインたち』……?」

「その下もだ。『結果:密室での大量殺戮の完成。……カッコ、暗黒騎士の勝利』」


 長谷川の読み上げたその単語に、会議室の空気が再び、今度は全く別のベクトルで凍りついた。


「ヒロイン……? 暗黒騎士……?」

「なんだそれ。ゲームの話か……?」


 役員たちが困惑の声を上げる。

 俺は深くため息をつき、肩をすくめた。


「お前ら、本物のテロリストが犯行声明文に『ターゲットはヒロインたち』なんて書くと思うか? 痛いポエムじゃあるまいし。……もうわかっただろ。これは犯罪計画でもテロの予告でもない。ただの、中二病全開のファンタジー小説の『設定メモ』だ」


 俺の断言に、権田教諭も長谷川も、完全に言葉を失った。

 物理的な実行不可能性。そして、およそ現実の犯罪とはかけ離れた『ヒロイン』や『暗黒騎士』というファンタジー用語の存在。

 それらが突きつける結論はただ一つ。このノートは、危険な計画書などではなく、ただの「痛々しい妄想ノート」でしかないということだ。


「……どうやら、誤解は解けたようですね」


 俺がノートをパタンと閉じると、隣で白峰が、ついに耐えきれずに机に突っ伏した。

(もうお嫁に行けない……私の黒歴史が、プロットのガバガバ具合まで全部バレた……っ)という、彼女の心の叫びが聞こえてくるようだった。


「……待ちたまえ」


 だが、その安堵(?)の空気を切り裂くように、権田教諭が低く、怒りに満ちた声を上げた。

 彼は顔を朱に染め、俺を鋭く睨みつけている。


「確かに、物理的な矛盾や、ふざけた単語が並んでいることは認めよう。……だが! たとえ空想だろうと物語だろうと、本校を舞台に爆破や殺戮を文章にすること自体が、教育上極めて不適切だ!」


 論理で勝てなくなった大人は、得てして『道徳』や『感情』という曖昧な武器に逃げる。


「だいたい、君はなぜこのノートが『小説のメモだ』と断言できる! 部外者のバイト高校生にすぎない君が、これを書いた人間の意図を完璧に把握しているというのか! まさか、君が白峰に書かせたという長谷川の推理は――」

「俺が書かせたんじゃありませんよ。ただの『二次創作』ですから」

「……二次創作、だと?」


 権田教諭の眉間により一層深いシワが刻まれる。

 俺は首の後ろを掻きながら、小さく息を吐いた。


「ええ。そのノートに書かれている暗黒騎士だのヒロインだのという設定は、俺の書いた物語の派生(二次創作)にすぎない。だから、断言できるんですよ」

「でたらめを言うな! ただの高校生が、自分の書いた物語だなどと……何の証拠があってそんな戯言を!」


 権田教諭が、ついに声を荒らげて机を叩いた。

 役員たちがビクッと肩を震わせる。


 ……さて。

 論破の時間はここまでだ。ここから先は、理屈ではなく『絶対的な権威』で大人を黙らせるターンである。


「証拠なら、ありますよ」


 俺は制服のポケットから、自分のスマートフォンを取り出した。

 そして、パスコードを解除し、ブラウザの『あるページ』を開いた。

 

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