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第28話:言い訳のできない氷の令嬢


「……説明しなさい、白峰。このノートに書かれた物騒な計画が、夏目という生徒に脅されて書かされたものではないと言うなら。君は一体、何のためにこんなものを書いたんだ」


 第一会議室に、権田教諭の氷のように冷たく、そして重い尋問が響き渡る。

 換気用の小窓から中を窺う俺の耳にも、室内の空気がギリギリと軋むような緊張感が伝わってきた。


 机の上に置かれた『創作ノート(絶対に見るな!!)』。

 そこには、体育館を封鎖し、化学薬品で爆発を起こすという、どう言い逃れしてもテロ計画にしか見えない文章が、莉音自身の筆跡で克明に記されている。


「……それは……」


 白峰の唇が、微かに震えていた。

 彼女はギュッと膝の上で拳を握り締め、必死に言葉を探しているようだった。


(言え、白峰。『それはただのファンタジー小説の密室トリックの構想です』と)


 俺は廊下の壁に背中を預けながら、心の中で彼女に呼びかけた。

 事ここに至っては、真実を話すしかない。小説のネタ帳だと素直に白状し、実際に昨日、旧校舎の通気口を測っていた時のメジャーの数値などと照らし合わせれば、テロの実行意志などない『ただの空想』であることは証明できるはずだ。


 だが。

 数秒が経過し、数十秒が経過しても、白峰の口からその『真実』が語られることはなかった。


「……答えられないのか、白峰」

「…………っ」


 白峰は、血が滲むほど強く下唇を噛み締め、ただ俯いていた。

 なぜ言わない? そう疑問に思った直後、俺はハッとある事実に思い至った。


(……いや、違う。あいつは『言わない』んじゃない。『言えない』んだ)


 白峰莉音は、青海高校の生徒会長だ。

 成績優秀、品行方正。誰に対しても厳格で、隙を見せない『氷の令嬢』。全校生徒の憧れであり、教師たちからの信頼も厚い、完璧な優等生。


 その彼女が、大人たちと生徒会役員がズラリと並ぶこの厳粛な会議の場で、「実は私、毎晩ネットで『ぴょんぴょんウサギ』っていうふざけたペンネームで、暗黒騎士と魔法使いがイチャイチャすれ違う中二病全開のラブコメファンタジー小説を書いてる底辺WEB作家なんです! これはそのネタ帳です!」などと、自白できるだろうか?


 ……できるわけがない。

 そんなことを言えば、テロリストとしての疑いは晴れるかもしれないが、代わりに『完璧な生徒会長・白峰莉音』としての社会的な尊厳は、木端微塵に消し飛ぶ。

 明日から彼女は、「あ、ぴょんぴょんウサギ会長だ」「暗黒騎士の恋の行方はどうなるんですかぁ?」と、全校生徒から生温かい、あるいは嘲笑混じりの目で見られることになるのだ。


 クリエイターにとって、いや、多感な女子高生にとって、黒歴史(恥部)の公開は、停学や退学よりも恐ろしい『社会的な死』に等しい。

 だから彼女は、口を噤むしかないのだ。


「会長! お願いです、本当のことを言ってください!」


 沈黙を破り、長谷川が悲痛な声で叫んだ。


「夏目創の報復が恐ろしいのですね!? 奴にどんな弱みを握られているのか知りませんが、私たちが……この生徒会が、全力で貴女を守ります! だから、どうか……!」

「長谷川君、違うわ……っ。本当に、夏目さんは関係ないの……!」


 白峰が涙声で反論するが、もはや長谷川の耳には届いていない。

 彼は「なんと気高い……自分が脅されているというのに、それでも他者を巻き込まないよう庇うとは」と、完全に自己完結した悲劇のシナリオに酔いしれていた。


「……もうよい。これ以上問いただしても無駄なようだな」


 権田教諭が、深く重い溜息をつき、残酷な宣告を下した。


「白峰。君が頑なに口を閉ざす理由が、長谷川副会長の言うような『脅迫』によるものなのか、あるいは君自身の抱える闇なのか、私にはわからん。……だが、理由はどうあれ、このノートの存在を黙過することは教育者として許されない」


 権田教諭はノートをバタンと閉じ、鋭い眼光で白峰を射抜いた。


「合理的な説明ができないというのであれば、君がこの計画を本気で実行しようとしていたと見なすしかない。……残念だが白峰、君にはもはや、全校生徒の上に立つ資格はない。ご両親を学校へ呼び、場合によっては警察の少年課にも相談させてもらう」

「警察……っ!?」


 役員たちが息を呑む。

 白峰の肩が、ビクンと大きく跳ねた。


「……まずは、生徒会長の職を辞してもらう。その後、謹慎処分とする。……異論はあるか?」


 静まり返る会議室。

 誰一人として、その決定を覆せる言葉を持っていなかった。長谷川でさえ、証拠であるノートが存在する以上、これ以上の庇い立ては不可能だと悟り、悔しげに拳を震わせている。


 絶体絶命。

 言い訳の退路を完全に絶たれ、社会的な死か、生徒会長としての死か、究極の二択を迫られた氷の令嬢。


「…………わかり、ました」


 長い、長い沈黙の果てに。

 白峰莉音は、ゆっくりと目を閉じ、震える声でそう絞り出した。


「私は……生徒会長を、辞任します」


 ポツリとこぼれ落ちたその言葉には、すべてを諦めたような、深い絶望が滲んでいた。

 自分が大切に守ってきた『完璧な生徒会長』という仮面も、誇りも、何もかもを自分自身の手で手放す決断。

 自分の醜い黒歴史(WEB小説)を守り、そして、何の罪もない俺(夏目)をこれ以上巻き込まないために、彼女は一人で全ての罪を被る道を選んだのだ。


「……そうか。ならば、手続きを――」


 権田教諭が、無情にもその辞任を受理しようと口を開いた、まさにその瞬間だった。


(……まったく。どいつもこいつ、想像力(読解力)が足りてねえな)


 俺は、廊下の壁から背中を離し、首をゴキリと鳴らした。

 担当するポンコツ作家が、たかが『設定の矛盾(すれ違い)』ごときで筆を折らされそうになっている。

 そんな三流のバッドエンドを、この元・プロの『担当編集』が、指をくわえて見過ごすわけがないだろう。


 俺は扉に手をかけ。

 立入禁止の会議室の分厚いドアを、勢いをつけ思い切りスライドした。

 

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