第27話:緊急生徒会役員会議
翌朝の青海高校は、どんよりとした厚い雲に覆われ、まるでこれから起こる波乱を予感させるような陰鬱な空気に包まれていた。
登校した俺は、教室には向かわず、本館二階にある第一会議室へと直行した。
普段は職員会議や来客用に使われるその部屋の前に、今は『立入禁止』の立て札が置かれている。
分厚い木製のドアは完全に閉ざされていたが、その向こう側からピリピリとした異常な緊張感が漏れ出しているのは、廊下に立っているだけでも十分に伝わってきた。
俺は気配を殺し、少しだけ開いていた換気用の小窓のそばに立ち、中の音声に耳を澄ませた。
「……さて。白峰会長。そして生徒会役員の諸君」
会議室に重々しく響いたのは、生活指導の権田教諭の野太い声だった。
「今朝、急遽このように集まってもらったのは他でもない。昨日、本校の廊下で……極めて由々しき『計画書』が拾われたからだ」
ドンッ、と。
机の上に重たい物が叩きつけられる音がした。
すりガラス越しに薄っすらと見えるのは、長い会議机の長座に座る権田教諭と、その前に並んで座る生徒会役員たち。そして、彼らの視線の先に置かれた一冊のノート。
表紙に『創作ノート(絶対に見るな!!)』とデカデカと書かれた、あの物騒な代物だ。
「……権田先生。それは、一体……?」
書記の女子生徒が、おずおずと尋ねる声が聞こえる。
「これは、ある生徒が記した、本校を標的とした恐るべき『テロリズム』の計画書だ。……長谷川副会長。中身を読み上げなさい」
「……はい」
長谷川の、悲痛な決意を秘めた声がした。
紙がめくられる音が響き、やがて彼がノートの文面を淡々と読み上げ始める。
「『ターゲット:全校集会』『実行場所:体育館の扉をすべて南京錠で封鎖する』……『発火装置:旧校舎三階・化学準備室の薬品を用いて爆発を起こす』……『結果:密室での大量殺戮の完成』……以上です」
その内容が読み上げられた瞬間、会議室の中は水を打ったような静寂に包まれ、直後に「ひっ……!」という小さな悲鳴や、「ば、爆発……?」「大量殺戮って……正気か……?」という役員たちの戦慄する声が巻き起こった。
無理もない。高校生の持ち物から出てきていい言葉ではないのだ。
ファンタジー小説の密室トリックの構想だと知っている俺でさえ、昨日の昼休みにこれを見せられた時は頭を抱えたのだから、事情を知らない一般の生徒や教師からすれば、凶悪な犯罪予告にしか見えないだろう。
「静粛に」
権田教諭が机を叩いて場を鎮める。
「このノートの筆跡について、昨日、長谷川副会長から重要な証言があった。……そして私自身も、生徒会が提出した過去の書類と照らし合わせ、確信に至っている。……白峰莉音。これは、君の字だな」
空気が、完全に凍りついた。
役員たちの視線が、一斉に中央に座る白峰へと突き刺さるのが、壁越しにでもはっきりとわかった。
「……か、会長が……これを……?」
「嘘だろ……あの完璧な白峰会長が、学校を爆破しようとしてるっていうのか……?」
ざわめきが、疑惑と恐怖の色を帯びて広がっていく。
「…………」
白峰は、沈黙していた。
昨日、「お前はいつもの完璧な氷の生徒会長の顔をして、堂々と座ってろ」と俺が言った言葉を忠実に守っているのだろう。彼女は背筋をピンと伸ばし、視線を逸らさずに権田教諭を見据えているはずだ。
だが、その膝の上で握りしめられた両手が、どれほど震えているか。俺には痛いほど想像がついた。
「どうなんだ、白峰。これは君が書いたものか。イエスか、ノーか。それだけ答えなさい」
権田の厳しい追及。
数秒の、永遠にも似た沈黙の後。
「……はい。そのノートに書かれた文字は、確かに私のものです」
白峰の、凛とした、だが微かに掠れた声が響いた。
「っ……!!」
「そんな……! 本当に、会長が……!」
決定的な一言に、会議室は騒然となった。
全校生徒の模範であり、誰よりも学園の秩序を守る立場にある生徒会長が、学校へのテロ計画を自ら書き記していた。その事実は、彼女が積み上げてきた絶対的な信頼と威厳を、根底から破壊するのに十分すぎる破壊力を持っていた。
「……なぜだ、白峰。君ほどの優秀な生徒が、なぜこのような狂気に満ちた計画を企てた。何か学園に対して不満でもあったのか」
権田教諭の怒りに満ちた声が、容赦無く彼女を叩きのめす。
だが、そこでバンッ!と勢いよく机を叩いて立ち上がった男がいた。
長谷川だ。
「権田先生! そして役員のみんな、聞いてくれ! これは会長の真意ではない!」
長谷川は、必死の形相で白峰を庇うように声を張り上げた。
「会長は、何者かに脅されているんだ! その者の指示で、無理やりこのような恐ろしい計画書を書かされたに違いない! そうでなければ、清廉潔白な会長がこんなものを書くはずがないじゃないか!」
「脅されている、だと……? 誰にだ」
「二年B組の、夏目創です!」
廊下で立ち聞きしていた俺は、盛大にずっこけそうになった。
「あいつは不良です! 会長に卑劣な罠を仕掛け、弱みを握り、このようなテロ計画の片棒を担がせようとしているんです! 会長は被害者だ!」
長谷川のトンデモ推理が、ここに来て最悪の形で爆発した。
だが、状況の異様さにパニックに陥っている役員たちや、事態の深刻さに直面している権田教諭にとって、その『陰謀論』は妙な説得力を持ってしまっていた。
「……やめてっ、長谷川君!!」
たまらず、白峰が叫んだ。
いつもは冷静沈着な彼女が、初めて声を荒らげたのだ。
「夏目さんは関係ないわ! そのノートは……彼に脅されて書いたものなんかじゃない! 全部、私自身の意志で書いたものよ!」
俺を巻き込むまいとする、彼女なりの必死の庇い立てだった。
だが、その余裕を失った悲痛な叫びは、長谷川や教師たちの目には『弱みを握られているが故に、恐怖で夏目を庇わされている哀れな姿』にしか映らなかった。
「……なるほど。状況は非常に深刻なようだな」
権田教諭が、低い声で宣告した。
「白峰。君が誰かを庇おうとしているのか、あるいは本当に単独でこのテロを企てたのか。……いずれにせよ、このノートの内容を『ただのイタズラ』で済ませるわけにはいかない」
冷酷な、最後通牒。
言い訳のできない氷の令嬢は、今、完全に逃げ場を失い、断崖絶壁の淵へと追い詰められていた。




