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第19話:ポンコツ作家の危機と、沈着冷静な論破


「……SOS? これが、助けを求める手紙だというのか!?」


 静まり返った旧校舎の空き教室に、長谷川のすっとんきょうな声が響いた。

 彼は教卓の上の『告発状』を指差し、俺を激しく睨みつける。


「ふざけるな! どこをどう読めばこれがSOSになる! 『裏の顔を知っている』『恐ろしい密約』……誰がどう見ても、これは白峰会長に対する悪意ある脅迫状だろうが!」


 その隣で、白峰莉音もまた、コクコクと激しく頷いていた。

 長谷川は「白峰が脅迫に怯えている」と解釈しているようだが、彼女が怯えている理由は全く違う。

(どうしよう、私のWEB小説のポエムノートが見つかったの!? それともタイピング中の変顔を撮られたの!?)という、ただの身バレに対する恐怖である。


 俺は深くため息をつき、教卓の上のレポート用紙を指先でトントンと叩いた。


「お前ら、文章の表面的な『言葉の強さ』に踊らされすぎだ。……いいか、書かれた文章の真意を探る時は、言葉そのものじゃなく『構成』と『状況』を見ろ」

「構成、だと……?」

「そうだ。長谷川、お前はこの手紙をどこで見つけた?」

「今朝の生徒会室前にある、意見箱の中だが……それがどうした」


 俺は呆れたように肩をすくめた。


「そこが第一の矛盾だ。……もし犯人が本当に白峰を社会的に抹殺したいほどの悪意を持っていたり、スキャンダルを暴きたいなら、なぜ『生徒会の意見箱』なんていう、生徒会役員しか見ないような閉鎖的な場所に投函したんだ?」

「っ……それは……」

「本気で白峰を追い詰めたいなら、生徒昇降口の掲示板に張り出すか、全教室の黒板にコピーして貼り付けるか、あるいは教師の靴箱にでもねじ込めばいい。そうすれば一瞬で全校生徒の知るところになる。……だが、犯人はそうしなかった」


 俺の指摘に、長谷川がハッとして息を呑む。

 白峰もパチクリと瞬きをして、パニックでフリーズしていた思考を少しずつ動かし始めたようだった。


「意見箱に入れたってことは、犯人は『白峰莉音本人、あるいは生徒会役員にだけ、この手紙を読ませたかった』ということだ。つまりこれは、不特定多数への告発じゃない。生徒会宛ての、極めて個人的なメッセージだ」

「……だ、だが! 内容はどう見ても脅迫だぞ!」

「そこが第二の矛盾だ。長谷川、お前はこの文章を読んで、白峰の『裏の顔』の具体的な内容がわかったか?」


 俺が問いかけると、長谷川は眉間に皺を寄せた。


「『恐ろしい密約』としか書かれていない。だから私は、貴様が会長を金銭や暴力で――」

「違うな」


 俺は長谷川の妄想を冷たく切り捨てた。


「本物の脅迫状っていうのは、相手が一番隠したい事実を『具体的に』突きつけるものだ。例えば、『お前が昨日、駅前のコンビニで限定アイスを奢らせてニヤニヤしていたのを知っているぞ』とかな」


 ビクッ! と、隣で白峰の肩が跳ねた。

 俺は彼女をチラリと一瞥し、「安心しろ、お前のポンコツな秘密はバレてない」と目で合図を送る。

 白峰の顔から、さーっと血の気が戻っていくのがわかった。


「……具体性が何もない。『裏の顔』『密約』なんていう、誰にでも当てはまるような、ふわっとしたビッグワードしか使われていない。……これはな、WEB小説のタイトルと同じだ」

「は……? 小説……?」

「要するに、『大げさな言葉を使って、読者(生徒会)の気を引きたかっただけ』ってことだ。差出人は、白峰の秘密なんか何一つ知っちゃいない。ただ、どうしても生徒会に動いてほしくて、自分に注目を集めるために、こんな釣りめいた書き方をしたんだよ」


 そこまで説明すると、ようやく長谷川の顔から怒りの色が引き、代わりに困惑が浮かび上がった。


「気を引きたかっただけ……? しかし、なぜそんな回りくどい真似を……。本当に助けてほしいことがあるなら、普通に生徒会室に相談に来ればいいではないか!」


「お前みたいな『正しくて立派な人間』には理解できないだろうな」


 俺は窓の外、夕暮れに染まり始めた校庭へと視線を移した。


「人間は、本当に追い詰められた時や、自分のプライドが邪魔している時ほど、素直に『助けて』と言えない生き物だ。自分が弱者になるのが怖くて、わざと相手を攻撃するような言葉で武装したり、謎めいた手紙で遠回しに気づかせようとしたりする。……この手紙の主は、真っ向から生徒会に相談できないような『不器用で臆病な奴』だ」


 俺の言葉は、ただの推理ではない。

 元・プロの作家として、そして担当編集として、何十、何百という人間の『感情の歪み』をプロットに起こしてきた経験則だ。

 キャラクターの行動には、必ず裏側に隠された感情の論理ロジックがある。


「……じゃあ、夏目さん。この手紙を書いた人は、私に……生徒会に、何を訴えたかったの?」


 すっかり落ち着きを取り戻し、いつもの生徒会長(あるいは、物語の構造を学ぶ作家)の顔に戻った白峰が、真剣な瞳で俺に尋ねてきた。


「簡単だ。『放課後、旧校舎の裏で』と場所が指定されている。……おそらく今頃、手紙の主は、生徒会がこの『告発状』に釣られて旧校舎の裏に様子を見に来るのを、隠れて待っているはずだ」


 俺は教卓から離れ、ドアの方へと歩き出した。


「誰かがそこで、どうしようもないトラブルに巻き込まれているか、あるいは何かを隠しているか。……真実を知りたければ、今からそこに行ってみればいい」

「ま、待て夏目! 貴様は行かないのか!」

「俺は帰って寝る。お前らの『正義の味方ごっこ』に付き合う義理はないからな」


 俺はヒラヒラと手を振りながら、壊れたドアを通り抜けた。

 これ以上目立つ行動をして、無用な注目を集めるのはご免だ。それに、ここから先は『生徒会』の仕事であり、俺の出番ではない。


「……長谷川君。行きましょう。旧校舎の裏へ」


 背後から、白峰の凛とした声が聞こえた。

 長谷川が「は、はい! 私が会長をお守りします!」と忠犬のように付き従う足音が響く。


(……やれやれ。これで少しは、平和な日常に戻れるといいんだが)


 俺は大きく伸びをしながら、階段を下りた。

 だが、この不器用なSOSがもたらした『すれ違いの構造』が、白峰莉音というポンコツ作家の手によって、とんでもない熱量を持つWEB小説の起爆剤となることを。

 俺はまだ、完全には予測しきれていなかった。

 

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