第9話「枝と牙」
街道の脇に転がっていた石を二つ拾って、打ち合わせた。
硬い音だけが返ってきた。火花は散らない。
もう一度。角度を変えて、強く。石の表面が欠けて、灰色の粉が指にこびりついた。それだけだった。
レオンは膝の前に集めた枯れ草の束を睨んだ。夕暮れの風が吹くたびに、せっかく寄せた草がばらけていく。三度目に束を組み直して、四度目に石を打った。五度目で右手の拳が痛みを訴え始めた。腫れが引ききっていない指に、石の縁が食い込む。
六度目。やはり火花は飛ばない。
「——っの……」
石を地面に叩きつけた。草地に鈍い音が吸い込まれて、何の反響もなかった。
町を出て三日が経っていた。リムルの南門をくぐり、街道を西へ歩いた。交易都市オランという名前だけは、ギルドの掲示板で見た覚えがある。方角も距離もあやふやだったが、街道を辿れば辿り着けない場所ではないはずだった。
一日目は、とにかく歩いた。足裏の皮が剥がれるまで歩いて、街道脇の草むらに倒れ込んで、そのまま眠った。二日目は足の裏が腫れ上がって歩幅が半分になった。石を避け、木の根を避け、踏み固められた土の道だけを選んで歩いた。パンの最後のひとかけらは、二日目の朝に食べた。固くなりすぎていて歯が立たず、水に浸して柔らかくしてから飲み込んだ。三日目の今日、陽が傾き始めた頃に、街道沿いの林の手前に開けた草地を見つけた。
野宿はもう二晩している。だが火は一度も点けられていなかった。
レオン・ローゼンフェルトは、火のない場所で一から火を起こす術を知らなかった。
すでに火種があるなら話は別だ。枝を足し、薪を積み、焚き火の形にするくらいはできる。だが、前線では火はたいてい誰かが用意していた。自分が覚える必要がなかったのだ。焚き火の横に座ることはあっても、最初の火花から育てた覚えはない。薪を割ったこともない。枯れ草の向き不向きを見分けたこともない。石を打ち、火花を落とし、それを火に変える手順すら知らなかった。
知っているのは、戦場で相手を殴り倒す方法だけだった。
拾い直した石を見下ろした。二つとも表面が滑らかすぎる。打ち合わせても石同士が滑るだけで、火花の出る気配がない。石の選び方が間違っている——そこまでは分かる。だが、どんな石なら火が出るのか。それが分からない。
街道沿いに散らばっている石を、片端から拾っては打ち合わせた。丸い石、平たい石、角張った石。どれも同じだった。硬い音か、鈍い音か、粉を吹くか。火花だけが出ない。
十二回目の失敗で、レオンは両手の石を草地に投げ捨てた。
「火ぐらい……っ」
声がかすれて途切れた。喉の奥が引きつる。数日間の街道歩きで、水は小川で何とか補えたが、喉の痛みはずっと残っていた。
膝を抱えて座り込んだ。腫れた右拳を左手で包むように押さえた。足の裏には水膨れが三つできていて、左の踵が特にひどい。三日間裸足で歩き続けた代償だった。チュニックの裾は泥と草の汁で変色し、元の色が分からなくなっている。
風が吹いた。林の木々が揺れて、葉擦れの音が遠くから近くへ寄せてきた。夕暮れの空は橙から藍へ滲み始めていて、気温が目に見えて下がっていく。
火がなければ、今夜も寒さの中で丸まるだけだ。
立ち上がった。足裏が地面を踏む痛みに一瞬だけ歯を食いしばり、街道の方へ歩いた。
道端の石をまた一つ手に取って、もう一つの石に叩きつけた。鈍い音。粉が散る。火花は出ない。
——石同士を打っても駄目だ。
それだけは、十二回の失敗が教えてくれた。
レオン時代の記憶を辿った。薪割りや炊事の場面ではなく、もっと手前の——岩場の戦場で、大剣が岩に当たって火花を散らした記憶。
あれは、鋼が石に当たったから火が出た。石が石にぶつかったのではない。鉄が、硬い石に打ちつけられたから火花が飛んだ。
鋼はない。大剣も、鎧も、刃物も。今の自分は鉄の欠片ひとつ持っていない。
街道の路面を見下ろした。
交易路だ。荷車が通り、馬が通り、何百という鉄の靴が踏んだ道。蹄鉄が欠けて落ちていてもおかしくない。車輪の金具が割れて転がっていてもおかしくない。
しゃがみ込んで、轍の跡を探った。土を掻き、小石を除け、草の根を引く。右手の腫れが邪魔だったが、土を掘る程度の力は出せた。
轍の深い溝の脇に、土から半分顔を出しているものがあった。
掘り出した。掌に収まるほどの、歪んだ鉄の破片。蹄鉄の一部か、荷車の金具の欠片か。錆びて赤茶けていたが、割れた断面は鈍く銀色に光っていた。踏み固められた土に長いこと埋まっていたらしい。
握ってみた。腫れた指では小さなものは摘めないが、この大きさなら拳ごと包み込める。太い枝を握れたのと同じだ。
野営地に戻り、枯れ草の束を改めて組み直した。今度は風に飛ばされないよう、地面を少し掘って窪みを作り、底に草を敷いた。その上に細い枯れ枝を井桁に組む。手が震えた。右手の指が腫れのせいで思うように曲がらず、枝を組む作業すら手間取った。
散らばった石の中から、一番硬くてざらついたものを選んだ。角張った、灰色の石。表面に細かい粒が詰まっていて、爪で引っ掻いても傷がつかない。
その石の面に、鉄片の断面を斜めに打ちつけた。
小さな光の粒が弾けた。
石と石のときとは違う。橙色の、熱を持った粒だった。枯れ草には届かなかったが、闇に一瞬の線を引いて消えた。
もう一度。今度は距離を詰めて、草の束のすぐ上で打った。光が散って、一粒が草の上に落ちた。草が焦げる匂いがした。だが火にはならない。
三度、四度、五度。鉄片を打ちつける右腕が重くなってきた。肘から先に力が入らない。石を支える左手にも衝撃が返り、前腕の打撲がじくりと痛んだ。
「……点け」
六度目で、火花が枯れ草の繊維に食いついた。
赤い点が生まれた。小さな、息を吹きかけたら消えそうなほどの光。レオンは身を屈めて、その赤い点に向けて息を送った。肺が浅くしか膨らまず、吐く息が弱い。一回目は何も起きなかった。二回目で赤い点がわずかに広がった。三回目で、煙が立ち上った。
四回目の息で——枯れ草が、音もなく燃え始めた。
橙色の小さな炎が、井桁に組んだ枝の隙間を這い上がっていく。枝が弾けて、乾いた音がした。それから、ぱちりと音を立てて、炎は指の高さほどにまで伸びた。
レオンは息を止めたまま、その火を見つめていた。
暖かかった。
掌に届く熱が、ただ暖かかった。何日ぶりかの火だった。一人で点けた火は、これが初めてだった。石を打つだけのことに、どれだけの時間を使ったか分からない。手は傷だらけで、爪の間に錆と土が詰まって、指先の感覚がほとんどなくなっている。
だが——暖かい。
何かが胸の奥で緩んだ。泣きたいのとは違う。笑いたいのでもない。ただ、ずっと強張っていた何かが、ほんの少しだけ解けた。
枯れ枝を足して、火を少しずつ大きくした。炎が腰の高さまで育った頃には、空は完全に暗くなっていた。星が出ている。虫の声が、林の奥から途切れなく聞こえてくる。
焚き火を囲むように、拾い集めた枝を周囲に積んだ。燃料が切れれば火は消える。今夜持つだけの量を確保しておかなければならなかった。
硬いパンはもう残っていない。腹が鳴った。最後に固形物を口にしたのは昨日の朝、街道沿いの低木に成っていた酸っぱい実を幾つかもいで食べたきりだった。それも腹の足しにはなっていない。
水だけは、今日の午前に渡った細い川で革袋——は持っていない。手で掬って飲んだだけだ。喉の渇きは一時しのぎにしかなっていなかった。
焚き火の横に座った。チュニックの裾を膝の上に引いて、足裏を火の方に向けた。水膨れの縁が赤く腫れている。触ると熱を持っていた。感染の兆候かもしれないし、ただの疲労の蓄積かもしれない。どちらにしても、手当てする手段がなかった。
火を見ていた。
揺れる炎の向こうに、林の暗がりが広がっている。虫の声が遠くなったり近くなったりするのは、風の向きが変わっているからだ。空気の流れを感じ取れるのは、焚き火の熱が基準になっているからだった。火がなければ、風の温度も方向も分からなかったはずだ。
自分で火を起こしたのは、生まれて初めてだ。
レオン・ローゼンフェルトは、生まれてこのかた一度も火を起こしたことがなかった。
目を閉じた。疲労が重い。三日間の歩行と、空腹と、不十分な水分と、治りきらない傷の痛みが、全部まとめて背中にのしかかってくる。焚き火の暖かさだけが、かろうじて意識を柔らかい方向へ引っ張っていた。
体を横にした。草の上に右の肩を下にして寝転がる。右脇腹の打撲がまだ残っていたが、左を下にすると左前腕が地面に当たって痛い。仰向けは後頭部の打ちつけた箇所が地面に触れる。消去法で、右側を下にするしかなかった。
チュニックの裾を脚に巻きつけて、腕を胸の前で組んだ。焚き火の熱が顔の左側に届いている。右側は草と土の冷たさだった。
眠りは浅かった。
*
首の後ろが、冷えた。
それは気温のせいではなかった。焚き火はまだ燃えていた——火の暖かさは顔の左側にある。冷えたのは首の後ろの、産毛の付け根のあたりだ。皮膚が引き攣るような、内側から押し上げてくるような。
目が開いた。
暗い。焚き火の炎は先ほどより小さくなっている。くべた枝の半分が燃え尽きて、残りの半分が赤く熾になっている。照らされる範囲が狭まっていた。林の暗がりが、さっきより近い。
首の後ろの感覚が、強くなった。
——知っている。
この感覚を知っている。前線で、何百回と味わった。殺気だ。こちらを殺す意思を持った何かが、近くにいる。
あの夜、路地裏では沈黙していた感覚。蛇の刺青の男たちに囲まれたとき、一度も鳴らなかった警鐘。だが今、それが鳴っている。明確に。はっきりと。
殺す気でいる。
体を起こした。右肩が地面から離れるとき、脇腹の打撲と肩の負荷が同時に軋んだ。構わず、上体を立てた。
音が聞こえた。
低い、途切れ途切れの呼吸。一つではない。二つ、三つ——四つ。焚き火の光が届かない暗がりの、複数の方向から。地面を踏む爪の、乾いた草を搔く音が混じっている。
野犬だ。
焚き火の残り火を見た。燃え残りの枝が数本、先端に赤い熾を残している。太さは親指ほど。長さは肘から指先ほど。
右手を伸ばした。腫れた指が枝を掴む。握り込むと拳の打撲が痛んだが、枝の太さが掌全体に分散してくれた。細い棒なら握れなかったが、この太さなら持てる。
引き抜いた。先端の熾が空気を吸って、淡い橙色に明るくなった。炎はない。だが熱と光は残っている。
立ち上がった。足裏が地面を踏む——草と土。水膨れのある左踵をかばって、右足に体重を寄せた。
暗がりの中で、光る点が見えた。
二つずつ対になった、低い位置の光。焚き火の残り火を反射する獣の眼だった。北側——街道の方角に二対。西側の大きな石の向こうに一対。南側、林の縁の低木の陰に一対。
四頭。
周囲を半円状に囲んでいる。焚き火の東側だけが空いていた。追い込む気なのか、たまたまそちらに回り込んでいないだけなのかは分からない。
首の後ろの感覚が途切れない。殺意は弱まっていない。飢えた獣の、食い殺すための接近。それが四方向から同時に迫っている。
呼吸を整えた。浅く、短く。肺に空気を入れすぎると身体が強張る。吐く息を細くして、視界を動かした。
最も近いのは、北側の二頭だ。街道側から来ている。距離は焚き火から六歩ほど。身を低くして、こちらを見ている。口元が開いて、犬歯が残り火に光った。
西側の一頭は、石の陰から頭だけを出している。距離は八歩。動いていない。様子を窺っている。
南側の一頭が、最も体格が大きかった。低木の前で四肢を踏ん張り、背中の毛を逆立てている。距離は七歩。こいつが群れの先導だろう。
レオンは焚き火の東側——開いている方角に、一歩下がった。
いや、違う。
下がれば追われる。背中を見せれば飛びかかられる。
焚き火のすぐ脇に踏み留まった。炎の光と熱を盾にして、北と南の二方向に体を向けた。完全な正面は作れないが、斜めに立てば両方を視界に収められる。西側の一頭は石の陰にいるうちは動かない。動き出したら音で分かる。
枝を前に突き出した。先端の熾が暗がりに浮かぶ。
北側の二頭が、わずかに後退した。
火を恐れている。野犬は火を恐れる。だが、飢えの方が恐怖より強くなれば——飛んでくる。
枝を振った。空気を切る音と一緒に、先端の熾が弧を描いた。僅かな火の粉が散って、草の上に落ちた。
北側の二頭がさらに半歩退いた。
だが南側の大きな個体は、動かなかった。光る眼がこちらを見据えたまま、前脚を一歩踏み出した。
距離が六歩になった。
レオンは枝を南側に向け直した。北側から目を切ることになる。背中の皮膚が粟立った。見えない方角からの接近を、首の後ろの感覚だけで追う。枝を握る右手が痛みを返した。無視した。
南の個体が、もう一歩踏み出した。五歩。低い唸り声が腹の底から押し出されるように漏れている。
四歩。歩みが速くなった。
三歩。後脚のばねが沈み込む。唸りが途切れた。
二歩——跳んだ。
暗がりの中で影が膨らんだ。至近からの低い弾道で、真っ直ぐ腹に突っ込んでくる。
体を左に捌いた。足裏の水膨れが裂けるのを感じた。痛みが走ったが、身体は動いた。野犬の体が右の脇をすり抜けていく。風圧と獣の体臭が顔を撫でた。
すれ違いざまに、枝を横に薙いだ。
先端の熾が、通過する野犬の横腹を掠めた。毛が焦げる臭いがして、獣が短く悲鳴を上げた。跳ねるように距離を取り、低木の陰に戻っていく。
背後で、足音。
振り返る時間はなかった。首の後ろの感覚が叫んでいる。背後——北側の二頭のうち一頭が、飛びかかろうとしている。
地面に伏せた。
頭のすぐ上を、獣の腹が掠めた。風と獣臭が背中をなでて通り過ぎる。犬は勢い余って前方——南側の草地に着地し、つんのめるように四肢を踏ん張った。
その隙に、焚き火の残り火に枝の先端を突っ込んだ。一秒。二秒。熾が空気を吸い、枝の先端に小さな炎が戻った。
立ち上がって、北を向いた。
正面には、まだ飛び出していない一頭が残っている。三歩。掲げた炎を見て、踏み込みを躊躇していた。鼻面に向かって、炎のついた枝を振った。
火の粉が散った。一粒が鼻に当たった。犬が頭を振って後退した。
背後——南側では、飛び越えた一頭が先導の大型犬と合流している。二つの影が低木の手前で身を伏せ、唸り声を重ねていた。北に一頭、南に二頭。挟まれている。
西側の石の陰から、四頭目が飛び出してきた。
音で分かった。爪が地面を蹴る音。左側面からの接近。
体を回した。間に合わない——枝が届く距離ではない。
右足を横に振った。
焚き火の縁の燃えかけの枝を、足の甲で蹴り出した。赤い熾の欠片と灰が左へ向かって散った。甲の皮膚に焼ける痛みが走ったが、飛んだ火の粉が四頭目の顔面に降りかかった。
犬が短く吠えて、頭を振りながら横に逸れた。
レオンは焚き火の位置に戻った。散らばった燃えさしを枝で掻き集める。炎が弱い。火を維持しなければ、次はない。
積んでおいた枝の束から二本を引き抜いて、焚き火に放り込んだ。乾いた枝が火を吸って、炎が再び腰の高さまで伸びた。
光の円が広がった。
四頭の野犬が、その光の縁の外側にいた。全頭がこちらを見ている。唸り声は続いている。だが、踏み込んでは来なかった。
対峙が続いた。
レオンは枝を構えたまま、焚き火の脇に立っていた。息が荒い。肩が上下している。右手が汗で滑る。枝を持ち替えたいが、左手に替えれば利き手の精度が落ちる。
南側の大きな個体が、一歩退いた。
その動きに連動するように、北側の一頭も後退した。西側の一頭はすでに石の陰に戻っている。
もう一歩。
さらにもう一歩。
南の個体が向きを変えた。林の暗がりに向かって、ゆっくりと歩き出す。合流していた一頭がそれに従い、北の一頭も続いた。足音が草を踏む音に変わり、それが遠ざかっていく。
西側の一頭も、石の向こうに消えた。足音が、林の奥へ吸い込まれていった。
首の後ろの感覚が、徐々に薄れていった。
殺気が遠ざかっている。去った。
レオンは、枝を握ったまま立っていた。
膝が震えていた。ずっと震えていたのかもしれない。戦っている間は気づかなかった。
膝が折れた。
草の上に座り込んだ。枝はまだ握っている。先端の炎はいつの間にか消えて、黒くなった焦げ跡だけが残っていた。
右手を開こうとした。指が強張って、すぐには開かなかった。一本ずつ、意識して伸ばした。拳の腫れが脈を打っている。
足裏を見た。左踵の水膨れが破れて、薄い血が滲んでいた。焚き火を蹴った右足——甲に、赤く腫れた火傷の跡が残っていた。
息を吐いた。長く、深く。吐ききった後に、肺がしぼんだ風船のように痛んだ。
——野犬相手に、枝を振り回しただけだ。
それが、レオンの自己評価だった。
野犬。魔獣ですらない。ギルドの脅威度にすら分類されない、ただの飢えた犬。それを追い払うのに、火を蹴り散らして、水膨れを潰して、足の甲に火傷を作って、それでようやく逃がしただけだ。
倒してもいない。一頭も仕留めていない。ただ逃がしただけだ。
レオン・ローゼンフェルトなら、素手で殴り殺していた。四頭が同時に飛びかかってきたところで、一頭目を掴んで二頭目に叩きつけ、三頭目を蹴り飛ばし、四頭目は逃げる暇もなく首を折っていただろう。十秒もかからない。
今の自分は——枝を振って、火を蹴って、ようやく。
惨めだった。
焚き火の炎が揺れている。さっき放り込んだ枝が燃えて、火は持ち直していた。暖かい。その暖かさだけが、今の自分にとって唯一の防壁だった。
枝を手放して、焚き火に手を翳した。指先に熱が戻ってくる。震えが少しだけ収まった。
燃料の枝の残りを数えた。七本。朝まで持つかどうか、怪しい。太い枝が二本あるから、火力を落として細く燃やせば、夜明けまでぎりぎりか。
立ち上がって枝を足す気力がなかった。座ったまま、手の届く範囲にある二本を焚き火に寄せた。
今夜はもう眠れない。
座ったまま膝を抱えた。チュニックの裾を引き寄せて、露出した肩を覆おうとしたが、布が足りなかった。腰の裂き布で固定している分、上半身に回せる布の余裕がない。
夜風が肩を撫でた。焚き火側の左肩は暖かいが、右肩は冷えている。その温度差が、一人であることを正確に教えてくれた。
炎を見ていた。
揺れる光の中に、何かが浮かんだ。
戦場の記憶ではない。もっと断片的な——焚き火の前に座る男たちの輪郭。自分はその輪の端にいた。いや、輪の中にはいなかった。少し離れた場所に座って、火に当たっていた。誰も声をかけてこなかったし、自分からも声をかけなかった。
ただ一度だけ。
依頼が重なって、やむなく組んだ傭兵がいた。粗野で、口が悪くて、戦い方は堅実だが派手さのない男だった。名前は覚えている。背格好も、声の質も、曖昧にだが覚えている。
共闘の後、男は報酬を受け取って背を向けた。「もう組む気はねぇ」と言ったか、「次はないぞ」と言ったか。具体的な台詞は思い出せない。ただ、惜しむ声ではなかったことだけ覚えている。
あの男は、オランの傭兵だった。
オランに向かって歩いている。街道の先に、あの男がいるかもしれない。
レオンは膝を抱える腕に力を込めた。
頼れるかどうかは分からなかった。あの男がレオンのことをどう思っていたかも分からない。会えるかどうかすら分からない。
だが——知っている人間がいる町と、誰もいない道の上と。
それだけの差が、今の自分には、途方もなく大きかった。
焚き火の炎が弾けた。枝の節が爆ぜて、小さな火の粉が宙に舞った。
それを目で追った。火の粉は闇の中で一瞬だけ光って、消えた。
オランまで——あと何日だろう。
足裏の痛みと、空腹と、腫れた右手と。それを抱えたまま、明日もまた歩く。
枝の一本を焚き火に足した。残り六本。
夜明けまでは、まだ遠かった。




