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礼装のレオナ〜最弱へと転落した最強の男が、真の強さを知るまで〜  作者: 今井 幻


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第18話「皿と誇りの砕け方」

 目を開けたとき、痛みがなかった。


 それが最初の異変だった。


 天井の木目が見える。暖炉の燻んだ匂い。窓の外から差し込む朝の光が、白い天井を淡く染めている。右頬に当たる枕の感触。身体の下のベッドの柔らかさ。昨晩のまま——右側を下にした姿勢で、レオナはまばたきを繰り返した。


 痛みが、ない。


 背中の、あの三本の裂傷が灼けるような熱を持っていたはずだった。寝返りのたびに、布地が傷口に触れるたびに、身体の芯から這い上がってきた痛み。それが消えている。左肩を動かしてみた。腕が——上がった。昨日まで肋骨の下縁あたりで止まっていた左手が、胸の高さを越え、顔の横まで持ち上がった。


 止まった。


 天井に向けて左腕を伸ばす。指を開く。握る。関節が軋むような違和感はあるが、痛みではない。長い間使わなかった筋が、ぎこちなく伸縮している感覚。動く。左手が、動く。


 レオナは上体を起こした。右手でシーツを押さえ、腹筋で持ち上げる——いつもの起き方だ。だが今日は左手も使えた。左掌がシーツに触れ、身体を支える。その感触だけで、目の奥が熱くなりかけた。


 止めた。


 寝巻きの襟を引いて、右手で背中に触れた。指先がたどる皮膚に、裂傷の隆起は残っている。完全に平らではない。だが傷口は閉じ、皮膚の下の筋は繋がっている。治癒魔法が、三日間の昏睡中に——いや、その後もクラリスが重ねて施した分も含めて、ここまで回復させたということだ。


 あの女の。


 借りが、また増えた。


 レオナはベッドの端に足を下ろした。包帯の巻かれた足裏が、冷たい石の床に触れる。立ち上がる。ふらつきはない。膝も安定している。身体が——軽い。痛みのない身体が、こんなにも軽いものだったことを、忘れていた。


 窓に歩み寄った。中庭が見える。朝日を浴びた芝と、石畳の小道。その向こう、生け垣の奥に——練習場。打ち込み台の影が、朝の光に長く伸びている。


 だが、今日はそこではない。


 レオナは窓から目を離した。部屋を見回す。衣装棚。書き物机。暖炉。全部、あの女が用意したものだ。ベッドも、寝巻きも、足の包帯を替えた使用人も、背中の傷を治した治癒師も。全部。


 ここにいる一日一日が、借りになる。


 返す方法を考えろ。戦えない。魔法もない。金は銅貨が一枚。この身体で、この場所で、今すぐにできることは——


 働くことだ。


 レオナは寝巻きの裾を引き、部屋の扉に向かった。


  *


 廊下で最初にすれ違った使用人は、中年の女だった。洗濯物を抱えている。レオナの顔を見て、足を止めた。


「あ——お客様、おはようございます。お身体の具合は」


「治った」


 短く答えた。声はまだ掠れている。女の目が、レオナの寝巻き姿を上から下まで見た。裾が足首から余っている。袖は指先を半分隠している。大きすぎる寝巻きの中で、レオナの身体はひとまわり小さく見えていたはずだ。


「何か手伝うことはないか」


 女が目を丸くした。


「……え」


「働きたい。何でもいい。皿でも洗う」


 女の視線が泳いだ。洗濯物を抱え直し、何かを言いかけ、口を閉じた。もう一度開いた。


「あの、それはその——少々お待ちください、使用人長に」


「待たなくていい。厨房はどっちだ」


 女が指さした方向に、レオナは歩き出した。背後で「あっ、お客様——」という声が追いかけてきたが、振り返らなかった。


  *


 厨房は広かった。


 石造りの竈が三基。壁際に銅鍋が大小並び、木の台の上に朝食の残りの食器が積まれている。湯気と、煮込んだ野菜の匂い。二人の使用人が竈の前で作業をしていたが、寝巻き姿のレオナが入ってきた瞬間、同時にこちらを見た。


「皿を洗いたい」


 沈黙。


 若い方の使用人——痩せた男が、年配の女を見た。年配の女が、若い男を見た。視線が二度往復した。


「……お客様が、ですか」


「客じゃない。借りがある。働かせてくれ」


 年配の女が、何か言おうとして、しかし引き止める理由を組み立てきれなかったらしい。積まれた食器の山と、レオナの顔を交互に見て、ゆっくりと頷いた。


「では——こちらの桶に、お湯がございますので」


 桶の前に立った。湯が張られている。食器が沈んでいる。見覚えのある白い皿。昨日、フォークを使えずに手づかみで食事をした、あの皿だ。


 右手を湯に入れた。温かい。皿を一枚つかんだ。


 レオン時代、皿を洗ったことはない。戦場では飯は鍋から直接食った。宿では食い終わった皿をそのまま残して出た。貴族の屋敷にいた少年時代は、使用人がすべてやった。つまり——


 人生で一度も、皿を洗ったことがない。


 だが、見れば分かる。汚れを落とし、濯いで、拭く。それだけのことだ。


 布を手に取った。皿の表面をこすった。油汚れが取れない。もう少し力を——


 皿が手の中で滑った。


 湯と油に濡れた白磁が、細い指の間をすり抜けた。反射的に掴み直そうとした指先が空を切り、皿は桶の石の縁に落ちた。


 ぱきん、と鳴った。


 白い破片が湯の中に沈んだ。


「あ——」年配の女が声を上げた。


「……すまない」


 レオナは湯の中から次の皿を取った。今度はしっかり持つ。指に力を込めて——


 滑った。布で皿を押さえている左手と、皿を支えている右手の連携が噛み合わない。油膜のついた磁器の表面は、どこにも指を引っかける場所がなかった。皿は左手の親指の腹を滑って落下し、桶の縁で二つに割れた。


 二枚目。


 レオンの手が握ってきたものには、必ず握り手側の工夫があった。剣には柄の革巻きがあり、盾には腕を通す帯があり、手綱には編み込みの凹凸があった。掴む側が滑らないように作られたものだけを、ずっと握ってきた。この指は——湯に濡れた、つるりとした、引っかかりのない面を保持する方法を、一度も学んだことがない。そして今の身体の細い指には、摩擦だけで滑りに抗うだけの力もない。


 三枚目。両手で挟むようにして、そっと。桶から持ち上げ、布に載せようと——


 手首が震えた。腕に力が入りすぎて、逆に指が硬直した。皿の底が掌から外れた。石の床に落ちた。甲高い音がして、白い破片が足元に散った。


「お客様っ!」


 年配の女が駆け寄ってきた。レオナの手から四枚目の皿を救出した。


「……いくら割った」


「三枚、でございます」


 三枚。たかが三枚。だが使用人の顔は、三十枚割られたような表情をしていた。侯爵家の食器だ。一枚一枚が、レオナの全財産——銅貨一枚——より高いに違いない。


 借りを返しに来て、借りを増やしている。


「——他の仕事はないか」


 年配の女は、明らかに断りたそうな顔をした。しかしレオナの目を見て、何かを飲み込んだ。


「……お掃除でしたら、あちらの廊下に」


  *


 箒を渡された。


 木の柄に、植物の繊維を束ねた穂先。軽い。これなら壊しようがない——はずだった。


 廊下の石畳を掃く。穂先が床に当たる。埃が舞う。前に押し出す。また引く。単純な反復動作。レオナは、これくらいならできると思った。


 思った。


 穂先が、壁際の花瓶の台に引っかかった。


 台が傾いた。その上の花瓶が——


 レオナは反射的に手を伸ばした。左手で花瓶を掴もうとした。久しぶりに自由になった左腕が、勢いよく振られた。指先が花瓶に触れた。


 触れた瞬間、花瓶は逆方向に弾かれた。


 石の床に落ちて、砕けた。水が広がり、白い花が散った。


 廊下の向こうから、足音が近づいてきた。


「何の音で——」


 走ってきた使用人——朝最初にすれ違った中年の女——が、床の惨状を見て、絶句した。傾いたままの台座。散乱した破片。水浸しの石畳。そして、箒を握ったまま立ち尽くしているレオナ。


「……すまない」


 レオナは箒を握ったまま、水浸しの床に立っていた。寝巻きの裾に水が染みている。白い花弁が、足元に貼りついていた。


  *


 掃除は中止になった。


 次に回されたのは、薪運びだった。裏庭の薪棚から、厨房の竈の横まで運ぶ。単純な力仕事。壊れるものがない。使用人の若い男が、申し訳なさそうな顔で薪を指さした。


「こちらの束を、あちらまでお願いできますか。無理のない量で」


「分かった」


 薪を三本抱えた。軽い。もっと持てる。五本。八本。片腕に四本ずつ抱え込んだ。レオン時代なら丸太ごと担いでいたが、この身体でも薪の八本くらいは——


 歩き出した。裏庭から厨房への通路は、石段を三段下りて、狭い廊下を通る。


 石段の一段目で、裾を踏んだ。


 寝巻きが大きすぎた。


 バランスを崩した。薪が腕から滑り落ちた。八本の薪が石段をばらばらと転がり落ちた。レオナは壁に手をついて転倒を免れたが、薪の一本が通路の壁に立てかけてあった燭台を直撃した。燭台が倒れ、蝋が飛び散った。


 足元を見た。右足が寝巻きの裾を踏みつけていた。石段の段差に引っかかった布地が、足首に巻きついている。


 通路の向こうから、若い男の使用人が走ってきた。石段の下に散乱した薪と、倒れた燭台と、蝋の飛沫を見た。それから、壁に手をついて立っているレオナと——その足元に絡まった寝巻きの裾を。


 何も言わなかった。


 ただ、深く、長い息を吐いた。


  *


 昼前には、レオナの被害は台所の噂を超えて屋敷全体に広がっていた。


 皿三枚。花瓶一つ。燭台一本。


 それだけではなかった。薪運びの後、洗濯を手伝おうとした。


 絞り方が分からなかった。


 水を吸ったシーツは、持ち上げるだけで腕が引っ張られるほど重かった。両手で端をねじってみたが、細い腕では水が落ちてこない。布地が太い綱のようにねじれるだけで、ほとんど搾れていなかった。


 もっと効率のいい方法があるはずだ。レオン時代、濡れた革鎧の水を切るときは——


 桶の縁が目に入った。


 シーツの中ほどを木の縁に引っかけ、両端を手前に引いた。体重をかければ、縁が布を押して水が出る。そういう理屈だった。


 布が木の角に食い込んだ。水が滴り始めた。うまくいっている——


 もっと引いた。


 びり、と音がした。


 手が止まった。音の出所を見た。桶の縁の角——削れた木の繊維が毛羽立っている場所に、シーツの繊維が引っかかっていた。引っかかった箇所を起点に、布地が裂けていた。


 縦に。まっすぐに。


 手を離した。遅かった。裂け目は、シーツの端から端まで走り切っていた。


 使用人の悲鳴を背中に聞きながら、レオナは裂けた布の端を握ったまま、しばらく動けなかった。


  *


 中庭の隅に、低い石の縁があった。花壇の境界を示す石組みだ。レオナはそこに腰を下ろした。


 誰もいなかった。使用人たちは昼食の準備に追われている。護衛の姿も、この角度からは見えない。中庭の芝が、昼の光を受けて眩しかった。


 左手を見た。指を開いた。白い裂傷痕が、甲の上で光を弾いている。


 この手は、剣を振るうために存在していた。


 敵を殺すために。戦場を駆けるために。何も考えず、力だけで目の前の障害を叩き壊すために。


 皿の一枚も、洗えない手だ。


 シーツも絞れない。花瓶を受け止めることもできない。薪を運べば燭台を壊す。屋敷の中を歩くだけで、何かが壊れる。


 戦えない。それは知っていた。この身体では、ゴブリンの一匹にも勝てない。それは分かっていた。だから技術を学ぶと決めた。練習場に立つと決めた。


 だが——戦う以前の問題だった。


 皿を洗えない人間が、何を返せるというのだ。


 レオナは両膝を抱えた。寝巻きの裾が地面に広がった。足裏の包帯に、芝の露が染みた。


 レオン時代、こんなことは考えなかった。日常の雑事は誰かがやっていた。食事が出てきて、武器が手入れされて、寝床が用意されて。それが当然だった。全部、誰かの仕事だった。


 その「誰か」の仕事が、こんなに難しいとは思わなかった。


 頭の中で、声がした。ディルクの声だ。


 ——強かったが、それだけだ。


 膝に額を押しつけた。掠れた息が、寝巻きの布に吸い込まれた。


  *




 別棟の書斎で、クラリス・アークライトは報告を聞いていた。


 使用人長のハウスが、手元の覚書に目を落としながら、淡々と読み上げている。初老の男で、侯爵家に三十年仕えた人物だ。その長い経歴の中で、これほど朝から報告事項が多い日は記憶にないと、顔がそう語っていた。


「——白磁の皿が三枚。厨房で。洗浄中に手を滑らせて落とし、桶の縁と床で」


「はい」


「中廊下の花瓶が一つ。掃除中に台座ごと傾け、花瓶を落下させたようです。駆けつけた者が見たところ、台座が傾いたまま、床に破片と水が広がっていた、と」


 クラリスは頷いた。椅子に背をつけ、右手を頬に添えている。表情は静かだった。困惑——とは少し違う何かが、目の奥にある。


「続けてください」


「燭台が一本。薪の運搬中に、石段で足を取られたようです。駆けつけた者が見たところ、裾が足元に絡まっておりましたので、おそらく寝巻きの丈が合っていなかったかと。薪が散乱し、一本が燭台を直撃した模様です」


「怪我は」


「レオナ様には、ございません。壁に手をついて転倒は回避されています。反射は良いようで」


「そうでしょうね」


 クラリスの声に、わずかに温度が混じった。ハウスはそれに気づかないふりをした。


「それから——」


「まだあるのですか」


「洗濯のシーツが一枚。絞り方を存じなかったようで、桶の縁に引っかけて搾ろうとしたところ、木の角に引っかかったまま引いてしまい、縦に裂けました」


 沈黙。


 クラリスの右手が、頬から口元に滑った。唇に指先を当てている。横から見れば、考え込んでいるように見える姿勢だった。


 だが正面から見れば——口の端が、ほんのわずかに持ち上がっていた。


「……シーツを」


「はい。縦に、一直線に」


 クラリスの肩がわずかに揺れた。咳払いをした。一度目を閉じ、開いた。表情を整えようとしている。整えきれていなかった。


「被害の総額は」


「食器と花瓶については在庫から補充が可能です。燭台は修繕で対応いたします。シーツは、えー……買い替えとなります」


「私の家計から引いておいてください」


「畏まりました。それと、もう一点」


「何でしょう」


「レオナ様は現在、中庭の東側の隅で——花壇の縁石に座っておられます」


 クラリスの表情が変わった。口元の柔らかさが消え、静かな注意力が目に戻った。


「一人で」


「はい。しばらく前から。膝を抱えておられるようで、使用人が声をかけるべきか判断を迷っております」


 クラリスは立ち上がった。椅子が小さく鳴った。


「ありがとう、ハウス。あとは私が」


「畏まりました」


 使用人長が一礼して退出する間際、クラリスの声が追いかけた。


「ハウス」


「はい」


「明日も、報告は詳しくお願いします」


 使用人長は、主人の声のわずかな変化を聞き取った。三十年の勤めで培った勘が、それを「業務上の指示」とは別のものだと告げていた。だが、彼は何も言わなかった。


「承知いたしました、お嬢様」


  *




 足音が聞こえた。


 芝を踏む、軽い足音。一人分。使用人の歩幅ではない。もっと安定していて、もっと静かで、もっと——迷いがない。


 レオナは顔を上げなかった。膝を抱えたまま、足音が近づくのを聞いていた。


 足音が止まった。すぐ隣で。


「風が気持ちいいですね」


 クラリスの声だった。


 レオナは顔を上げた。見上げた先に、薄い青の衣装に包まれたクラリスが立っていた。午後の光を背にしている。逆光で表情が読みにくい。


 何か言わなければ。謝罪か、弁明か。皿を割ったこと。花瓶を壊したこと。燭台を倒したこと。シーツを引き裂いたこと。全部。


「……皿の弁償は」


「必要ありません」


「でも」


「三枚分は、あなたが昨日フォークなしで手づかみの食事を完食した分の驚きで相殺されました」


 レオナは口を閉じた。この女は時々、何を言っているのか分からない。


 クラリスがレオナの隣——石の縁の上に、スカートの裾を整えてから腰を下ろした。芝に近い位置。貴族の令嬢が座る場所ではなかったが、クラリスは気にした様子を見せなかった。


「報告は聞きました」


「……全部か」


「シーツまで」


 レオナは視線を落とした。自分の膝。寝巻きの皺。足裏の包帯に染みた芝の露。


「私は——」


 一人称に一瞬詰まった。対外用の「私」が、まだ喉に馴染んでいない。


「——何をやっても壊す。皿も、花瓶も。ここで生きるための最低限のことが、何ひとつできない」


 クラリスは黙っていた。隣にいるだけだった。


「戦うこともできない。働くこともできない。恩を返すと言っておいて、恩を増やしている」


 声が掠れた。喉の傷とは別の掠れ方だった。


「笑えるだろう。元——」


 止めた。飲み込んだ。ここから先を口にすれば、言ってはいけないことに触れる。


 クラリスは、何も問わなかった。


 風が吹いた。芝の匂いを運んできた。中庭の木の葉が揺れて、二人の上に細かい日向と日陰のまだらを落とした。


「レオナさん」


 クラリスの声は、前よりも柔らかかった。あの夜——亜種がクラリスを狙って、レオナが飛び出した夜の後から、この女の声には何かが変わっていた。合理で包む癖は変わらないが、包み方がゆるくなっている。中身が透けている。


「あなたにしかできない仕事があるのだけれど」


 レオナは顔を上げた。


 クラリスはこちらを見ていた。今度は逆光ではなかった。穏やかな午後の光の中で、薄い笑みが口元にある。困った顔の皮をかぶった、その下の——別の表情。


「私にしか」


「ええ。皿を割る力でも、シーツを裂く力でもない仕事です」


 クラリスが立ち上がった。スカートの裾についた芝を払った。レオナに手を差し出した。


「来てくれますか」


 レオナはその手を見た。白い指。細い手首。治癒魔法を使う手。あの夜、血まみれのレオナの傷口を塞いだ手。


 借りだ、と思った。


 また、借りが増える。


 だが——拒む理由が、見つからなかった。


 レオナは自分の膝から手を離し、右手でクラリスの手を取った。引き上げられた。立ち上がった。大きすぎる寝巻きの裾が、芝の上で揺れた。


「……何の仕事だ」


「歩きながら話しましょう」


 クラリスは手を離さなかった。半歩先を歩き出した。レオナは引かれるまま、中庭を歩いた。


 足裏の包帯に、日向の石畳の温もりが伝わってきた。

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