10 新しいデザイン
フルールは数時間後にやっと伯爵邸へ帰ることができた。
馬車に乗り、邸へ着いた頃には既に夜になっていた。
屋敷の中に入ると、大勢の使用人たちが彼女を出迎えた。
「今日はとっても良い情報を得られたわ!」
「それは何よりです、奥様」
夕食後、フルールは部屋で王都で発売されていた雑誌を眺めていた。
載っていたのは、有名デザイナーがデザインしたドレスたちの肖像画だ。
今人気爆発中のドレスをいくつか特集したページがあったのだ。
(今になってアレクシスの言ってたことの意味がようやくわかったわ)
彼女はこの世界の流行というものを全く知らなかった。
ただ自分が好きなものを作ればいいと、ずっとそう思っていたのだ。
「今人気のドレスはどれも他には無いようなデザインね……」
やはり、ありきたりなものでは話題にならない。フルールは一週間ほど前に描いたドレスのデザイン画をじっと見つめた。
アレクシスはわかっていたのだ。そのドレスが平凡で注目されないだろうということを。だからフルールにあのようなことを言ったのだろう。
(本当、彼がいてくれてよかったわ……)
一人でうんうんと頷くフルールに、侍女が尋ねた。
「奥様、お勉強は順調ですか?」
「ええ、まぁまぁってところかしら」
彼女は雑誌をパタンと閉じて答えた。
「まずは貴族令嬢向けのドレスを一着作ってみようと思うの……もちろん、他には無い斬新なデザインで」
「それは良いですね、奥様!」
侍女はニッコリと笑った。
彼女はつい最近新しく入れ替えられた侍女で、フルールに好意的だった。
これまでいた侍女たちは全て侍女長が教育し直したが、あまりにもフルールへの嫌がらせが酷かったものたちはクビになった。
彼らの代わりに新しく入って来た使用人たちは全員穏やかで有能だった。
「ところで、どのようなドレスをお作りになられるのですか?」
「ふふふ、それはね……」
フルールは侍女にそっと耳打ちした。
彼女の案を聞いた侍女は、驚いたように目を見開いた――
***
それからかなり時間をかけて、フルールはドレスのデザイン画を完成させた。
「やっとできたわ!」
何回も試行錯誤を重ね、ようやく完成した一枚のデザイン画。
フルールは大事そうに胸に抱きしめた。
あの日から、フルールは徹夜をしまくり、暇さえあればドレスデザインに励んでいた。
そのため、彼女の疲労は最高潮に達していた。
「ね、眠たい……」
「奥様、少しお休みになられてはいかがですか!?」
目の下に大きなクマを作り、顔色の悪い彼女を侍女が慌てて支えた。
「そうね……今すぐにでも休みたいところだけれど……」
フルールの仕事はまだ終わっていなかった。
彼女は何とか自力で立ち上がり、部屋の扉へと向かった。
「――今から、ウィンターベル公爵邸へ行くわ」
「え、い、今からですか!?」
侍女は止めようとしたが、フルールは制止も聞かずに部屋を出て行った。
***
数十分馬車に揺られ、フルールはアレクシスの住むウィンターベル公爵邸へ到着した。
公爵邸では、アレクシスが彼女の来訪を待っていた。
「――旦那様、グロリア伯爵夫人がいらっしゃいました」
「通してくれ」
執務室にいたアレクシスは、手に持っていた書類を置いて立ち上がった。
執事と入れ替わるように、フルールが部屋へ入ってきた。
「ウィ、ウィンターベル公爵様……」
「グ、グロリア夫人!?」
久々の彼女の姿に、アレクシスは驚いた。
顔色が真っ青で、今にも倒れそうではないか。
フルールは青い顔のまま、フラつきながら言葉を紡いだ。
「わ、たし……ようやく……デザインを……」
言い終わる前に、フルールは前に倒れ込んだ。
「夫人!!!」
アレクシスは慌てて彼女に駆け寄り、抱きしめた。
抱き起こして揺さぶるが、反応はない。
「夫人!しっかりしろ!」
もしかして、何か重大な病気にでも――
今すぐにでも大病院の医者を呼んできたほうがいいかもしれない。
いや、俺が馬に乗せて連れて行ったほうが早いか?
慌てふためいていたアレクシスの耳に、フルールの穏やかな吐息が入った。
「……」
何だ、寝ているだけか。
アレクシスは心配しすぎたことを後悔した。
「旦那様、グロリア夫人は……」
「寝ているだけだ……まぁ、念のため医者を呼んでおけ」
「かしこまりました」
アレクシスの命を受け、執事は胸に手を置いて一礼した。
「俺が部屋まで連れて行く」
そう言いながら、彼はフルールを抱き上げた。
そのとき、彼女のドレスからあるものが床に落ちた。
「……何だ?」
パサリと音を立ててゆっくりと落ちたのは、一枚の紙だった。
紙には、華やかなドレスの絵が描かれていた。
「ドレスのデザイン画か……?」
「そのようですね」
足元に落ちたデザイン画を、執事が拾い上げた。
彼は拾った紙を彼女を抱えたままであるアレクシスの目の前で広げた。
「……」
アレクシスは食い入るように、そのデザイン画をじっと見つめていた。




