11 始まる
相当疲れが溜まっていたのか、フルールはしばらくの間眠りについていた。
丸一日寝たあと、彼女はようやく目を覚ました。
「……」
「起きたか」
ベッドサイドから聞こえた声に、彼女は思わず身体を起こした。
「こ、公爵様!?ここは一体……」
「ウィンターベル公爵邸だ。倒れたお前を着替えさせたのは俺ではなく侍女だから心配しないでいい」
「あ……」
そこでフルールは自分が公爵邸で倒れてしまったことを思い出した。
彼女が今いたのはウィンターベル公爵邸の一室だった。
(服も……着替えられているわ)
倒れた自分を、公爵邸の侍女が世話してくれたようだ。
「迷惑をかけて申し訳ありません、公爵様」
「気にするな、寝ずに作業していたんだろう」
アレクシスはフルールを励ますようにそう言うと、目を伏せた。
「俺のほうこそ、すまなかったな」
「……………え?」
彼女は驚いてアレクシスを見た。
彼は相変わらずフルールから視線を逸らしたままだった。
「お前をそれほど追い詰めていたことに全く気付かなかった。お前が倒れたのは俺のせいだ」
「こ、公爵様……!」
フルールは慌てた。
今回のことは全て彼女が独断でやったことだ。
決してアレクシスのせいではない。
「そんなことをおっしゃるのはやめてください、全て私の自己管理ができていなかったせいですから」
フルールがそう言うと、彼は気持ちが楽になったのか、表情が柔らかくなった。
彼女は安堵し、アレクシスに尋ねた。
「ところで、物凄く豪華ですけど……ここは何の部屋ですか?」
「ここは公爵夫人の部屋だ」
「……」
”公爵夫人の部屋”
そのワードに、フルールは固まった。
公爵夫人でもない、ましてや人妻である自分がこの部屋を使うだなんて。
そんな部屋に二人きりでいるのだと思うと、急に頬が熱くなった。
耳を真っ赤に染めたフルールを見たアレクシスが、彼女をからかうように口を開いた。
「この公爵邸でも最高級の部屋だ。何か不満があるのか?」
「そ、そういうわけでは……」
この男、絶対わかって言ってる。
フルールは口元に笑みを浮かべるアレクシスを恨めしそうに見つめた。
(ど、どうしてそんな目で私を見るのよ……!)
何だか恥ずかしくなった彼女は、慌てて話題を変えた。
「そ、それより!今回はデザイン画を持ってきたんです!」
そう言いながら、フルールは懐から何日もかけて完成させたそれを取り出そうとした。
しかし――
「な、無い!」
デザイン画を探すが、どこにも見当たらない。
眠っている隙にどこかへ飛んで行ってしまったのだろうか。
アレクシスは慌てふためくフルールを見つめてフッと笑った。
「――お前のデザイン画なら俺が持ってる」
「え!?いつの間に!?」
そう言うと、彼は胸元から一枚の紙を取り出した。
間違いない、フルールが作成したデザイン画だ。
「そ、それ!私のです!」
「ああ、知ってる」
フルールはアレクシスから丁寧に折りたたまれたデザイン画を受け取った。
無くしていなくてよかったと安堵する彼女に、アレクシスは意外なことを口にした。
「お前のデザイン画は既に見させてもらった……」
「え、い、いつの間に!?」
驚くフルールに、彼は笑いかけた。
「俺の知らない間に相当勉強をしたようだな」
「も、もちろんです……」
彼に褒められたような気がして、フルールは何だか不思議な気持ちになった。
しがない伯爵夫人として虐げられて生きてきた彼女は、褒められるのに慣れていない。
恥ずかしくなったフルールは思わず顔を下に向けた。
「――いいんじゃないか」
「え……?」
驚いて顔を上げると、頬杖をついたアレクシスが優しい瞳でこちらを見つめていた。
「このデザインで、一度作ってみるといい」
倒れた直後にかけられた言葉はとても優しくて、フルールは胸が熱くなるのを感じた。
「ほ、本当ですか……?」
「ああ、やってみよう。俺も出来る限りのことはするから」
「ありがとうございます、公爵様……!」
ベッドから起き上がったフルールは、差し出されたアレクシスの手を笑顔で取った。




