3 夫の秘書
「――初めまして、奥様。アリアと申します」
「……」
ルースとの結婚から数日後、彼は妻となったフルールの前に一人の女性を連れてきた。
年齢はルースと同じくらいだろうか。ウェーブのかかったブロンドに、丸く大きなピンク色の瞳。
平凡なフルールとは違い、庇護欲をそそるような愛らしい容姿をしていた。
この日、フルールはルースに紹介したい人がいると言われ彼の仕事場へ来ていた。
ルースは伯爵として領地を経営する一方で、複数の事業を展開していた。
魔道具の開発や工房の経営、さらには女性の使う香水、化粧品など多岐にわたる。
彼は経営者としては有能で、事業も波に乗り始めていた。
ついこの間なんて、彼の開発した魔道具が王立魔道師の間で広く使われるようになったという話を聞いた。
フルールはそんな話を聞くたびに誇らしかった。
自分はこんなにも素敵な人と結婚できたのかと、心から喜んだ。
フルールが今訪れていたのは、彼の経営する工房の本店だった。
「私の秘書のアリアだ。仲良くやってくれ」
「秘書……?」
フルールは妙な違和感を覚えた。
秘書というわりには、二人の距離感はあまりにも近すぎたのだ。
アリアはフルールのいる前にもかかわらず、ルースにさりげなくボディタッチを繰り返していた。
(まるで……愛人みたい……)
秘書というより、愛人と言われたほうがしっくりくるほどだ。
「奥様、これからよろしくお願いしますね」
「は、はい……」
アリアはフルールにニコリと笑いかけた。
その日から、アリアのルースへの不信感は深まっていくこととなった。
***
フルールとルースが結婚してから一ヵ月が経った。
彼は仕事を理由に頻繁に家を空けていた。
(せっかく彼と結婚したのに……これでは……)
彼女が不満に思うのも無理はない。
ルースが本邸へ帰るのは、一週間の半分ほどだった。
いくら忙しいとはいえ、たまにくらい夫婦水入らずでゆっくり過ごしたかった。
「旦那様はお仕事がとても忙しいようですね……」
「奥様もご存知ではありませんか?旦那様が優秀な経営者であることを」
「そ、それはそうですが……」
伯爵邸の侍女は、彼女に呆れたような目を向けた。
グロリア伯爵家の使用人たちは、最初からフルールを快く思っていなかった。
彼らはルースを脅迫するような形で強引に妻に収まったフルールを、伯爵夫人としては認めていなかった。
使用人たちに冷遇され、頼みの綱である夫は家に帰らない。
幸せな結婚生活を夢見ていたフルールは、一人寂しく本邸で過ごす羽目となった。
それからしばらくして、夜遅くにルースは帰ってきた。
ルース帰宅の知らせを聞いたフルールは、急いでエントランスへ向かった。
「おかえりなさい、旦那様」
「あぁ、ただいま」
ルースは出迎えに来たフルールを見て微笑んだ。
「ご飯は……食べてこられましたよね?」
「ああ……今日も遅くなってしまったな」
ルースとの結婚から一ヵ月が経っていたが、フルールが彼と夕食を共にした回数は数えるほどだった。
「私、旦那様と二人で食事をしたいです」
「そうだな、時間を空けておくよ」
「本当ですか!?」
彼から了承を得たフルールは喜んだ。
彼女は周囲にいる人々から冷遇されて育ったため、愛というものを知らなかった。
そのため、ルースが自分のために時間を作ってくれたことを愛だと受け取ったのだ。
「ありがとうございます、旦那様!楽しみに待っていますね!」
変わった結婚生活ではあったが、フルールは間違いなく幸せだった。




