2 虐げられた令嬢の結婚
フルール・グロリアは五年前に、夫・ルース・グロリア伯爵と結婚した。
彼女は元々名のある伯爵家の長女であったが、女として生まれたため、両親に疎まれるという不幸な境遇の中で育った。
それでも仕方なく後継者教育を受けさせていた両親だったが、フルールが生まれた七年後に弟が誕生したことにより、彼女は完全に用無しとなった。
暗く陰鬱なフルールには友人と呼べる者もおらず、十八を過ぎても彼女には縁談の一つも来なかった。
そんな彼女を見かねた父親が、四つ年上のグロリア伯爵との縁談を強引に取り付けたのだ。
現グロリア伯爵は、彼の父親が起こした不祥事が原因で、しばらく社交界からは距離を置いていた。
フルールの父である伯爵はそこに目を付け、半ば彼を脅迫するような形で婚約を結ばせたのだ。
「両親が……すみません……」
「気にしないで、顔を上げてくれ」
頭を下げるフルールに、ルースは責めることもせず優しく笑いかけた。
(何て優しい人なのかしら……)
両親や弟、使用人たちから虐げられていたフルールにとって、誰かに優しくされるのは初めてだった。
彼女はその瞬間、ルースに恋に落ちた。
「夫婦になるんだから、君とは良い関係を築いていきたいと思っている」
「わ、私もです……」
フルールの胸がトクンと音を立てた。
こんな気持ちは初めてだった。
「これからよろしく頼むよ、フルール」
「……」
ルースはニッコリと笑いながら、彼女に手を差し出した。
フルールは胸の高鳴りを抑えながら、彼の手を握り返した。
彼女の世界に、光が差し込んだ瞬間だった。
***
グロリア伯爵家当主・ルースとレスティア伯爵令嬢フルールの結婚式は小さな教会で行われた。
高位貴族同士の結婚式とは思えないほど、こじんまりとした場所での挙式だった。
式はお互いの身内のみの参加だった。
しかし、フルールに友人はおらず、家族も結婚式には訪れなかった。
そのため、参加者は新郎ルースの親族や友人たちのみとなった。
訪れた者たちは二人の結婚にありとあらゆる噂を立てたが、フルールはまったく気にしていなかった。
愛する人と結婚し、式を挙げられただけでも彼女にとっては十分すぎるくらい幸せだったからだ。
ルースはフルールにとって紳士的で、優しい夫だった。
式の最中も彼女を気遣い、エスコートも完璧にこなした。
「フルール、疲れていないか?」
「大丈夫です、伯爵様こそ平気ですか?」
「これくらい何ともないさ」
ルースはフルールに微笑みかけた。
しかし、すぐに彼は申し訳なさそうに眉を下げた。
「本当はもっと盛大に式をやりたかったんだが……」
「そんな、気にしないでください!」
グロリア伯爵家は高位貴族に属していながらも、あまり裕福な家とはいえなかった。
原因は彼の父親――前伯爵の金遣いが荒かったからだ。
賭博に女、ありとあらゆるものに金を使った結果、グロリア伯爵家は爵位以外はほとんど何も残らない名ばかりの家門となってしまったという過去があった。
伯爵位を継いだ彼が何とか立て直したが、それでもまだまだ赤字続きだ。
「私は伯爵様と結婚出来ただけで幸せですから」
「そうか……それはよかった」
彼女の言葉に、ルースは安心したように笑った。
隣に立つ彼の横顔を見上げたフルールは、その美しさに思わず見惚れた。
ルースは長い銀髪を後ろで一つにまとめた、とても美しい人だった。
伯爵家のお荷物として、社交界で嘲笑の的となっていたフルールには勿体ないくらいの相手だった。
(私は……こんなにも幸せになっていいんだろうか……)
フルールは彼と共に過ごしていくたびに、より一層彼のことを好きになっていった。
彼女の初恋で、運命の相手だと信じて疑わなかった。
――彼が、彼女の前にある女性を連れてくるまでは。




