面影
マリオンのはめている魔法封じの銀の眼帯は、都でも名の知れた魔術師が持っていた額飾りを変形させたものだ。彼の顔にぴったりと張り付いて、その左の目を開けることができないほどきっちり覆うようにできている。あえて眼帯のような形でなくても魔法は封じられるはずなのだが、彼の魔力について教えてくれた人間が、特に左目に気をつけるよう進言したために、わざわざこの形に作り直されたものだ。
『彼はドラゴンズ・アイ。その魔力は、主に左目に集約されている。彼の魔力の源は、その左目』
これを貸してくれた魔術師は目を覆うように作り直した物を差し出しながら、自信たっぷりにこう言ったものだ。
『たとえ、ディオニジア派創始者の一人である大魔術師クヌースであっても破れまい』
もちろん、それが彼の言う通りかどうかは、二千年以上も前にこの世を去ったクヌース本人が試さねばわからぬことだが、彼がわざわざその名前を出して言い切ったところに自信の程が窺えた。かの魔術師の先祖から伝わるという、由緒正しく貴重で家宝ともいえるものなのだ。
だがこの場合、出所よりも気になるところは、これをつけたまま、魔法を使ったらどうなるのかということだ。魔法が不発で終わる、だけならいいが、術者本人に多大な負担を強いることになるだろう。魔力を封じるために魔法を使用し、さらにそこへ別の魔力が加算されると、術者にはそこで生じた正と負、二つの力の摩擦分がすべてはね返る。
封じた力より極端に弱い魔力なら問題は起きない。それこそ不発で終わるだけだ。逆に封じた力より極端に強くても、この魔法封じが壊れてしまうだけだろう。では、力がほとんど拮抗していた場合は、どうなるのか? 力はどちらも譲らない。そこに、大きな摩擦が生じ、生じた摩擦は熱とも呼ぶべき『負担』を、すべて着けている術者に投げ返す。
マリオンの場合はどうか?
彼が唱えたのは、移動の魔法だった。街道までの何ヤードかを歩くのではなく、異空間を抜けて移動しようとしたのだ。もちろん、魔法封じの眼帯のことを忘れていたわけではない。生じる摩擦が呼ぶ危険のことも知っている。それは冷たく、強い魔力を放ちながら彼の左目を圧迫し続けていて、忘れたくても忘れられなかったからだ。
だが、あえて彼は呪文を唱えた。ニコーレの言葉に挑発されたから、というのも少しはあるのだが、実際は試してみたかったから、というのが本音だろう。どうしても彼には我慢がならなかったのだ。自分というもののほとんどを形成している魔法をこんな形で奪われるということに・・・・・・。それはまだ痺れと痛みの残る今の状態の彼では、より不安定で無謀とも言える危険な賭けだった。
ニコーレとラヴィーニアはもちろん、その危険性を聞いて知っている。
「やめて! アルヴィン。どうかなっちゃう」
ラヴィーニアが悲鳴にも似た叫び声をあげた。マリオンが呪文を唱え終わると同時に、その姿が薄れていく。異空間を抜けて移動を始めようとしているのだ。だが、生じた摩擦に邪魔されているのだろう、魔法はその効力を非常にゆっくりとした速度でしか発揮しない。本来の移動魔法なら、消えるのも現れるのも一瞬のことで、姿が薄れるところなどを見ることはできない。しかし今は、まるでそこだけ時間が停まりかけているかのように、徐々に姿が薄れ始めていて、半透明になったマリオンの身体から向こう側の岩が透けて見えている。
「あいつ、逃げるつもりだ!」
それまで口を開けたまま、突っ立って見ているだけだったニコーレが、慌ててマリオンに手を伸ばした。
「だめ! ニコ! 巻き込まれるわ!触っちゃだめよ」
必死のラヴィーニアの声に、ニコーレはマリオンの身体に触れる寸前で危うく踏みとどまった。
空間がゆがみ、ぴしぴしという鋭い大気の擦過音とともに独特のオゾンのような匂いがあたりに立ち込めている。薄れていく影のようなマリオンの顔が、苦痛にゆがんでいるのが、はっきりと見えた。やがて、青白い炎を伴ったしゅっという小さな爆発音と、いっそう強くなったオゾンの匂いとともに、彼の姿は綺麗にかき消えた。
「・・・・・・嘘だろ? あいつ、あれ着けててもまだ魔法が使えるのか?」
ニコーレがまだ呆然とした表情のまま、あたりを見回した。
「どこへ行きやがった?」
まるでニコーレのそれに答えるように、遠く街道のほうから男たちの叫び声が上がった。
「彼、街道へ抜けたんだわ。行かなくちゃ」
ラヴィーニアが言うより早く、ニコーレがすばやく身を翻し街道を目指し駆け下りていった。
*****
薄暗い中にほのかな明かりが灯っている。マリオンが寝かされているのは、岩牢とでも呼ぶものか、どうやら日も届かないであろう地下に掘られたごつごつしたむき出しの岩の牢屋だった。正面には太い鉄格子がきっちりとはまっている。身体の下には、柔らかなマットが敷かれているようだが、今のところ、その恩恵はあまり感じられない。なにしろ、それを心地よいと感じることができないほど頭が割れるように痛み、関節という関節がきしみ、筋肉が悲鳴をあげているのだ。ニコーレに蹴られた両脇腹の痛みなどまるで可愛いものだ。アルラウネの幻覚と痺れのほうが、格段にマシだった、と思ってみても今はもう遅い。身体中が一度分解され、無理やり一箇所にぐしゃぐしゃにまとめられて再構成されたような気分だった。
失敗したな、というのが意識が戻ったとき、最初に頭に浮かんだ言葉だった。あのまま、おとなしくしていれば、こんな頭痛も体中の関節や筋肉の痛みもなかったし、魔法が少しでも使えると思われて必要以上に警戒されることもなかったし、第一、ここがどこなのか皆目わからないなどということもなかったはずだ。なんとかうまく魔法で目的の街道まで移動はできたものの、着くなり気を失ってしまって、この始末。しかも腹の立つことに、まだ左目にはあの銀の魔法封じの眼帯が、無傷のまましっかりはまっている。
ごつごつした岩牢のそっけなく無粋な天井を眺めながら、マリオンは自分の馬鹿さ加減を呪った。もっと頭を使え。相手の挑発に乗るな。切り札は取って置け。手の内を明かすな。それがゲームの鉄則だ。今までのところ、全部裏目に出てるじゃないか。お前は馬鹿だ。なんて間抜けなんだ。こんなことではこのゲームを楽しむことはできない。なんのためにわざわざこんなとこへやって来たんだ。
「ゲームは、楽しまなくちゃ」
気合を入れるつもりで小さく口に出してつぶやいてみた。声を出すと頭蓋骨に響いて、思わず呻きたくなるくらいずきずきと頭が痛んだ。
「あなた、あんな無茶なことがゲームだっていうつもり?」
呆れたような声が、すぐそばの薄闇の中から降って来た。いつのまにか鉄格子をあけ、手に小さなお盆をささげ持ったラヴィーニアが牢の中へ入ってきていた。
「お水とお薬。効くかどうかわからないけど、痛み止めよ。それからもし食べられるようなら、チキンスープもどうぞ」
ラヴィーニアはマリオンの身体をゆっくりと起こし、その背に大きなクッションを何個かあてがった。
「牢屋にクッションか? しかもお姫様、自らお給仕? 待遇がいいんだか、悪いんだかよくわからない扱いだな」
マリオンは歯を食いしばり痛みに耐え、額に汗を浮かべながら、それでも軽口を叩いてみせた。彼女の前であまり弱いところを見せたくはない。それは手の内は明かさない、というよりも、男のプライドというものだ。とはいえ、ラヴィーニアは、そんな彼の気持ちにはお構いなしだ。
「ものすごく痛そうね。でもあんな状態で魔法を使ったりするからよ。心臓が止まるかと思ったわ」
ラヴィーニアはあっさりとマリオンの努力を無にし、自分も痛そうに顔をしかめて見せた。
「さて? まず、何からほしいの?」
「・・・・・・水を」
すっかり掠れてしまったささやくような声でマリオンが答え、ラヴィーニアは慣れた手つきで彼の口元に水の入った鉢をあてがった。冷たい水は美味しかったが、液体が喉を滑り落ちるたびに首から胸にかけて鋭い痛みが走り、思わず吐き出しそうになった。
「大丈夫? アルヴィン」
ラヴィーニアの青い目が心配そうに彼の顔を覗き込んでいる。
「うん」
マリオンは、無理やり小さな笑みを浮かべた。
「お薬の前にスープ飲む?」
水をあらかた飲んでしまってから、ラヴィーニアが大きな木のスプーンで金色のスープをすくって見せた。濃くて美味しそうな香りがしている。マリオン頭を振ろうとして、思いとどまった。頭を動かすより声を出すほうが、まだ痛みが少ないだろう。
「僕は、肉類は一切食べないんだ」
魔術師には悪食で変わった嗜好の持ち主も多いようだが、逆にベジタリアンも多い。彼の場合は後者なのだろうと納得したのか、ラヴィーニアの口が声を出さずに開かれ、あきらめたようにスプーンを置いた。
「・・・・・・じゃあ、あとで別のものを持ってくるわね。お薬はどう? けっこう効くわよ」
「アルラウネじゃあないんだろうな?」
疑わしそうにマリオンが言い、ラヴィーニアがくすくす笑った。
「そうかもよ? 口移しで飲ませてあげましょうか?」
マリオンは苦笑した。
「ニコーレに蹴られるのは、今のところ遠慮したいな」
ラヴィーニアは眉をあげ、複雑な笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。代わりにニコがお母様にしっかり蹴られたから」
はぁ? と目をぱちくりするマリオンに、ラヴィーニアは肩をすくめた。
「文字通りよ。丁重にあなたをご案内できなかったから、仕方がないわ。今頃、自分のベッドであなたと同じく唸っていると思うわ」
「やっぱりすごいな、君のお母さん。君とは似てないね」
というよりも似てなくてよかったね、とマリオンは心の中でこっそり付け加える。
「だって、あたしは拾われっ子だもの。実の親子じゃないの」
ラヴィーニアはさらりと答えを返した。
「へぇ? そうなんだ。君、とても可愛がられててよかったね」
マリオンの素直な感想に、ふふっとラヴィーニアは小さく笑った。そして、お盆の上から小さな薬ビンをとりあげると、マリオンに手渡してよこした。
「痛み止め、全部飲むのよ? そうね、とっても大事にされてると思うわ。ね? アルヴィン」
ん? とマリオンは手渡された薬ビンの蓋をとって中の匂いを嗅ぎながら、首をかしげてラヴィーニアを見た。
「あなたのお母さんってどんな人?」
「いきなりだな」
マリオンは苦笑する。
「優しい? 綺麗? お料理上手とか? あなたに似てる?」
熱心なラヴィーニアの口調に、うーん、とマリオンは遠い目をした。すでにここ二年ほど母には逢っていない。だが、あの人がそう簡単に変わるわけもない。
「僕の母は・・・・・・強い。物に動じない。大胆で潔い。時には優しく、時には厳しい。顔は僕に・・・・・・そうたぶん、かなり似てるかな?」
ラヴィーニアがくすくす笑った。
「最初に『強い』が出て来るお母さんって、うちのお母さんだけかと思ってたわ」
マリオンは一瞬だけ唇を薄く開き、何か言いたそうにしたが、結局はそのまま何も言わず目を伏せた。
『君のお母さんと、うちの母の強さは種類が違ってるよ』
喉まででかかった言葉を、マリオンは心のうちへ飲み込んだ。
マリオンの母はグロリアと違って、他人に手をあげることはおろか、声を荒げることすらなかった。表面だけを見れば、人は皆、たおやかで女らしく優しい女性だと言うだろう。弱い女性、かばわなくてはならない人、だともいうかもしれない。
だが、息子である彼の目から見れば、評価はかなり違っている。彼女は、内面に自分でも押さえきれないほどの、嵐とでも呼べるような熱情を隠し持っていた。それは時には父親に向けられる愛情であったり、息子に与えられる慈愛であったり、あるいは行方の知れぬ夫への恋情であったりするのだ。それらは、外からの刺激によって弱まるということがない、彼女の内なる嵐だった。彼女はかばわれる女性ではなく、かばう側、護る女性、そして戦う女性だった。
『いや、ある意味似てるのかな? グロリアに・・・・・・。おもてに出ている面は違うけど』
「あなたに似てるのね。じゃあきっと綺麗なひとね。あなた、綺麗な顔してるもの。金髪で緑の目?」
ラヴィーニアの声に我に返ると、彼女が彼の右目を覗き込んでいた。
「あ、いや、金髪は一緒だけど目は違う。母のは君のよりもっと色の薄い、水色かな」
「・・・・・・そう」
ふと、ラヴィーニアは首をかしげた。
「金髪で、あなたに似ていて、・・・・・・水色の・・・・・・目?」
ラヴィーニアの様子に、思い切って薬ビンに口をつけて今にも中身を飲み下そうとしていたマリオンの動作が止まった。
「なに? どうかしたの? ラヴィーニア」
「ラヴィ、でいいわ。ううん何でもないの。ちょっと何か思い出しかけたような・・・・・・」
ラヴィーニアはかすかに眉をひそめたまま、宙を睨んでいる。彼女の様子に、それ以上聞きただすのをやめたマリオンは、再び薬ビンに口をつけ恐る恐る中の液体を飲み干した。
怪しげな飲み薬は、わずかにその効力を発揮したものの、全身の痛みはなかなかとれず、眠れぬマリオンは夜の間中、マットの上で転々とした。ラヴィーニアがスープのかわりに果物を持ってきてくれたのだが、それすらも口にする元気はなかった。とりわけ首から上の痛みがひどく、ラヴィーニアが去ったあとは、恥も外聞もなく頭を抱えて唸る羽目に陥ってしまった。
銀の眼帯が重い。左目にまとわりつく抑止の魔力が、うっとうしい。こいつをはずして魔力が戻ったら、こんなところ、片端からぶち壊してやる、と情けなく呻き声をあげながらも物騒なことを考えて気を紛らわせようとしたが、痛みに負けて考えがなかなかまとまらない。何か重要なことを忘れているような気もしたが、今は思い出す気力はまるでなかった。
何時間、そうやって暗闇の中で呻いていたのだろう。いつのまにか頭痛が弱まり、すっかり疲れ果てた彼は、つかのまの浅い眠りに落ちていった。
金色の長い髪に花を挿し、薄青いドレスをまとったほっそりとした女性が丘の上に見える。後ろを向いているので顔は見えないのだが、後姿でも自分の母親だということは見て取れた。
「母上! どうしてこんなところにいるの?」
声をかけると、その女性はゆっくりと振り向いた。母の水色の懐かしい瞳が、彼を見ている。
「あなたはだぁれ?」
柔らかな母の声が、そう聞き返す。
「僕だよ! わからないの?」
もどかしげに彼が声をかける。
「あなたのお名前は?」
再び優しい声がそう問い返す。僕の・・・・・・名前・・・・・・・? 僕の名前は・・・・・・。
「アルヴィン!」
「ちが・・・・・・う」
ふっと目が覚めた。
「何が違うの? アルヴィン。起きられるかしら? もう昼に近いんだけど」
まだ眠気の取れないかすむ目に、覗き込むラヴィーニアの顔が見えた。頭痛はすっかりおさまっていた。
「お・・・・・・はよう、ラヴィ」
声を出すと、胸の奥がまだ少し痛んだ。身体を起こそうとすると、背中の治りきっていない筋肉の鋭い痛みが一瞬、彼の息を止めた。かろうじて呻き声も出さず、表情も変えずにすんだが、実際よりも弱っているように見せるか、平気な顔をして見せるかどちらかの選択を迫られているようだ。
敵には実際より弱く見せて油断を誘い、味方には実際より強く見せて安心感を与える、というのがこういう時の基本だと思うのだが、実際のところ彼らが何者なのか皆目見当がつかない、という場合はどうなのだろう。
「ラヴィだと? 誰がそう呼んでいいと言ったんだよ」
ラヴィーニアの後ろから、不機嫌そうなニコーレが顔を出した。
「あたしよ」
ラヴィーニアがニコーレを見ようともせず、かいがいしくマリオンの世話をしながらそう答えた。ニコーレは、いまいましげな顔で思いきり彼を睨みつけた。
ラヴィーニアに支えられながら身体を引き起こすと、背中だけでなくほかの筋肉もうずいているのがわかったが、顔に出す気はない。そのまま、ゆっくりと立ち上がったときにも、筋肉にちゃんと力が入らないために足元がよろけたりしないように気をつけなければならなかった。戦略的には間違っている気がするけれど、ニコーレに弱みを見せるのだけはごめんだった。
「相変わらず君も進歩がないな。グロリアに蹴りを入れられたくらいじゃどうしようもないのかな?」
からかうようなマリオンの声音に、頬を朱に染めたニコーレがいきり立った。しかも、その口調がいつのまにか『あんた』から『君』になっていて、どことなく前より丁寧になっているのが、ことさら癪に障るのだろう。
「利いた風なこと、抜かすんじゃねぇ!いい気になりやがって」
「ニコ! もういいかげんにして! 彼は大事なお客様なのよ。それなりの態度ってものがあるでしょう?」
ラヴィーニアの強い口調にニコーレは、そっぽを向いてふくれたまま黙ってしまった。
「大事なお客様? 僕が? へぇ? そりゃ知らなかったね」
皮肉をこめ眉を上げて問い返すマリオンに、ラヴィーニアが申し訳なさそうな顔で、持ってきた籠の中からたたまれた衣類を取り出して差し出した。
「そう、なの。だからこれからあなた、お母様とお食事しなくちゃ、なの」
どうやら、女王様に御目文字するために着替えろということらしい。それは白の真新しい上下で、革のベルトと明るい緋色のストールがつけられている。
「わざわざお召し変えなんて、やなこった。この格好が嫌なら会わなきゃいいんだ。いくら君のお願いでもきけないね」
それに、とマリオンは絹製の明るい緋色のストールをつまみあげた。
「白の上下にこれかい? 僕には似合わないよ」
「よーく似合ってるぜ。女顔にはよ、赤とか桃色とかいいんじゃねぇの?」
間髪いれずニコーレがわざわざマリオンの顔を覗き込み、歯をむき出していやみに笑って見せた。マリオンは背筋を伸ばし、つんとした冷たい顔で鼻の横からニコーレを見下ろした。
「そりゃ当然、君よりはね。猿に赤は似合わないものね」
「んだとぉ? もういっぺん言ってみなっ」
「おや、君は顔と頭だけじゃなくて、耳まで悪かったのかい?」
二人は体勢を整え、そのまま戦闘に入りかねない様子で睨みあった。
「もーう! どうしてこうなのっ!」
ラヴィーニアが声を荒げた。
「こいつが悪いんだ」
「彼が悪いんだ」
またしても二人で声を合わせ、ラヴィーニアに大きな目でじろりと睨まれた。無言のまま、怒った顔でラヴィーニアが二人を睨み続け、その少女の迫力にどちらも何も言えずに黙ってしまう。そして少女は、マリオンに持っていた衣服を突き出した。
「着て! アルヴィン。文句なんか言わせないわ。これを着るのよ」
「でも、僕は」
言いかけたマリオンをじろりと再び睨みつけ黙らせてから、今度はくるりとニコーレの方に向かった。
「彼を着替えさせたら、ちゃんと広間に連れてきて! いい? 揉め事は、もうたくさんよ。これ以上なにかあったら、お母様の前にあたしがあんたに蹴りを入れるわ。ただじゃおかないからね」
「俺が? だって」
「だって、なによ? 文句があるの? 二人とも」
ラヴィーニアは、ばんと足を踏み鳴らし、両手を腰に当ててじろっと睨みつけた。
「あるなら言ってごらんなさい! あたしの言うとおりにできないなら、今ここでそうおっしゃい!」
小柄で華奢で可愛らしい顔のラヴィーニアが、自分より頭ひとつ高い二人の男たちを怒鳴りつけ、その二人のほうは彼女の迫力に圧倒されて押し黙ったままだ。
やがてため息をついてマリオンが、のろのろと自分の着ていたものを脱ぎ始めた。
「顔もちゃんと洗ってね。髪も梳かすのよ」
聞き分けのない子供に言うような容赦のない彼女の口調に、マリオンはただうなずくしかない。
「ニコーレ!」
「はい」
「ちゃんと連れてくるのよ。わかったわね」
言い捨てると、彼女はまだ背中を怒らせたまま、岩牢を出て行った。彼女が出て行くと、どちらともなくため息が漏れた。
「可愛い顔して、すごい迫力」と、これはマリオン。
「毎度ながらああなるとあいつ、まじでこえぇんだよな」とこっちはニコーレ。
二人は顔を見あわせ、同時にため息をついた。
「しょうがねぇ。逆らわないでいくしかねぇな」
ニコーレが気弱な声をあげ、マリオンもそれをからかうでもなく素直にうなずいた。




