第三十一話 常盤の物語(前)
九郎の本妻は郷御前であり、すでにこの時、子が居た。義経と云うと愛妾・静が有名であるが、舞殿の話からである。現代的に云えば、本妻の立場がないなと思ったり嫉妬はなかったのか?と問いたくなる。しかし、この時代は男性社会である。妾を持つことは男の甲斐性として捉えられていた。女性は男性より卑下されていたと云える。
佐藤忠信の提案である。
「九郎殿、平泉に参りましょう」
「秀衡殿か・・・」
「そうです。殿ならきっと庇護してもらえます」
「それしかないな・・・」
九郎一行は東北平泉に行くことを決めた。
「母上は無事だろうか?・・・」
九郎義経の母・常盤は京に居る。九郎も京を拠点に活動していた。史実には見当たらなかったが、この2人は此処で会っていたのではないか?と思っている。
母を心配するも九郎一行は北へ向かった。
九郎の心配通り、常盤は文治2年(1186年)6月6日、京都の一条河崎観音堂の辺りで義経の妹と共に鎌倉方に捕らわれた。
「義経は何処だ?」
執拗な尋問に「岩倉に隠れております」と証言した。捜索してみたが、すでに逃げた後だった。後、常盤は釈放された。
常盤は思った。「あの子がそんな簡単に捕まるものか。須佐の血が流れているもの」
「今若と乙若には現れなかった。けれど、私にはわかった。牛若が血を引いた。父の血を」
出雲部落諏佐。
「舞、常盤の素性はここまでか?」
「はい、ここまでしかわかりませぬ。武角さま」
「そうか・・・」
舞の情報によると
はっきりしたことは近衛天皇(第76代天皇 在位1142年1月5日〈永治元年12月7日〉- 1155年8月22日〈久寿2年7月23日〉の中宮・九条院(藤原呈子)の雑仕女だった。雑仕女の採用にあたり藤原伊通の命令により都の美女千人が集められ、その中から十名が選ばれた。その十名の中で一番の美女であったと云われる。その後、源義朝(義経。頼朝の父)の側室になり、今若(後の阿野全成)、乙若(後の義円)、牛若(後の源義経)を産んだ。後に一条長成との間に一条能成と女子を産んだ。
九郎義経はハンサムだったろう・・と云う話は、この常盤の子であるからである。
「問題は親だな、舞」
「確信はございませんが、さる話を某農村で聞いた話です」
某農村に不思議な男が居た。ある日、ふとやって来て「ここで百姓になる」と云う。村の父無し娘を貰い静かに暮らしていたと云う。娘が一人生まれ。可愛がっていた。器量の善い娘だった。「お前なら将来、京でも通じるな」などと自慢していた。が、母親は病弱でその後、亡くなってしまった。
父娘2人でむつましく生きていた。そんなある日、落武者10人ほどがやって来た。彼らは傍若無人で村人を次々に殺し、「飯を用意しろ!我らを匿まえ!出来ぬなら殺す!」と脅したのである。しかし、食事の出し方が悪いとかで給仕が殺された。女は犯した。「村一番の美女が居るそうだな。差し出せ」男の娘である。「まだ子供ですからご勘弁を・・・」村長がそう云うと「わしたちに逆らうか?殺されたいのか?!」「め、滅相もございません」
村長は泣く泣く男の元へ行った。
「私の娘を差し出せと云うのですか?」
「そうなんじゃ。そうしなければ、わしら皆殺しにされる」
「わかった。常にそう伝えて行かせよう」
「すまんのう・・・」村長は落武者に1人で後、来ると伝えた。
「生娘が抱けるぞ!」
「みんなに回せよ」
1刻ほど経った頃、落武者の家に人がやってきた。
「おう!娘だな。入れ」
ガラ!戸が開くとあの男だった。たった1人である。
「貴様!何だ?!」
「その娘の父親だ」
「なんだ?許して欲しいのか?」落ち武者たちはヘラヘラと笑っている。「早よ、娘を連れて来い!」
「断る!」
「な、何を?!!」
落武者たちは全員立ち上がって刀を抜いた。
「みすみす殺されに来たのか?親父よ!」
「黙れ!このゴミどもが!」
「コンやろーーーー!!」
落武者たちが挑みかかって来た。
男は背に隠した刀を出した。
「ムン!」
「ぐわああああ〜ーー」
あっと云う間に落ち武者3人が斬られた。1人は首が飛んだ。
「き、貴様、な、何者だ。農民じゃねえな?!どこの落武者だ?!」
と云う間にすかさず1人を斬った。
ドタンバタン!
残った者たちは外に出た。
男も外に出た。
村の者たちは「何事だ?」と集まってきた。
見ると男を囲んで落武者たちが刀を構えている。
「6人相手じゃ殺されるべ・・・」誰もがそう思った。
「覚悟しろ!」落武者たちが一斉に男にかかった。その時、男が宙に舞った。
「あ?!」5mほど、飛び上がったのだ。
「上だ!」
電光石火のごとく落ちてきた。そして1人の落武者の頭を刀が貫いた。
地に降りると弾丸より早く動き回った。
「な、なんだ!こいつは?!」
ズバ!ズバ!キャリーん!ズバン!
あっと云う間に男は落武者全員を斬り殺した。
「あわわわわ」
魂消たのは村人達だ。「剣に素人のわしらでもわかる。ありゃ人間業ではねえぞ!」
「村長!」男が呼び止めた。
「屍体をどこかに埋めてくれ。墓など要らぬ。まとめて穴に放り込めば善い」
返り血を浴びながら男は自宅に帰った。
村人達は、ぼ〜っと眺めていた。
「常、今、けえったぞ」
「おとう!血が・・・」
「常、明日、ここを出る」
「明日?ですか?」
「京に連れて行ってやる」
「ほんとですか?!」
「ああ、此処にはもう戻らぬ」
「京で暮らすのですか?」
「そうだ」
常は大喜びだった。
2人は早朝、村を出た。
村長が起きていた。
「村長、世話になった」
「何故です。何故、そんな急に?」
「わしには、さる者たちとの約束がある。それを守らねばならない」
「約束?いや、この村をその剣で守ってくだされ」
「それは出来ない。では」
そう言うと朝霧の中、娘と去った。
京に着くと知り合いがいると御所の前に出た。
「百姓が何の様だ?帰れ!」
宮廷役員の名を出すので諜報の者か?と門番は思い「ここで待て」とした。
その人がやって来ると2人で小声で話し始めた。
「そうか。わかった。預かろう」
常はその男に手を引かれ御所内に連れて行かれた。
男は門前から動かなかった。
「父上!父上ーーー!!」
「常、大丈夫だ。達者で暮らせ」
常は何がなんだかわからぬうちに御所の給仕にされた。それ以来父親とは会っていない。




