第二十八話 壇ノ浦決戦(後)
九郎軍は乗じて平氏軍に猛攻撃を仕掛けた。
○三種の神器(さんしゅのじんぎ、みくさのかむだから)
日本神話にて、天孫降臨の際、天照大神が瓊瓊杵尊に授けた三種の宝物。八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣の総称。歴代天皇が継承してきた三種類の宝物のこと。
・八咫鏡
石凝姥命が作ったとされる鏡。記紀神話で、天照大神が天の岩戸に隠れた岩戸隠れの際、天照大神が岩戸を細く開けた時、この鏡で天照大神自身を映し、外に出し、再び世は明るくなった。
・八尺瓊勾玉
岩戸隠れの際に玉祖命が作り、八咫鏡とともに榊の木に掛けられた。
・天叢雲剣
草薙剣。須佐之男命が倒した八岐大蛇の尾から出た剣。後、日本武尊が授かり、戦時中、周りを火で囲まれたが、周りの草を薙ぎ、消し止めた。静岡県「焼津」の地名の由来とされる。
皇族はもとより天皇でさえ、実見はなされておらず、多くの謎に包まれている。
天皇の践祚(天子の位を受け継ぐこと)に際し、三種の神器を所持することが皇室の正統な帝の証しであるとし、皇位継承と同時に継承される。だが後鳥羽天皇などは神器継承なしに即位している。
実はこの合戦時、神器は2種しか此処にはなかった。
「草薙の剣」と「八尺瓊勾玉」である。
「八咫の鏡」は伊勢神宮にて安置されたままであった。
源氏兵が平氏の船に乗り移り、水手や船頭を次々と射殺し、斬り殺した。
平家の剛兵・教経。平氏随一の猛将として知られ屋島の戦い、一ノ谷の戦いで、坂東武者を多数討った武士である。勝敗は決したが、敵の大将の九郎義経を道連れにせんと、九郎を見つけてその船に乗り移った。教経は挑むが、九郎はさっと飛び上がると船から船へと飛び移り八艘彼方へ飛び去った。世にいう「義経の八艘飛び」である。
知盛は建礼門院や清盛の妻・二位尼らの乗る女船に乗り移り、「女官たちが源氏の武者に強姦されて殺されるぞ」と示唆した。
その時、安徳天皇が九郎を指差して云った。「見ろ!知盛。須佐だ。あれは須佐だ!」
「何ですと?あれは敵の大将、九郎義経でございますぞ」
「父から聞いた話と同じだ。あれは須佐だ!」
「な、なんと?!」知盛は察した。須佐が来る訳が無い。奴が、奴が須佐なのだ。
「どういうことだ?奴は源氏だろう?」
「知盛、我らは須佐と対峙してしまったぞ!」
「そ、そんなバ、バカな!」
九郎を取り逃がした教経に源氏兵・安芸太郎ともう1人が組みかかった。教経は一人を海に蹴り落としたが、安芸太郎と組み抱えたまま海に飛び込んだ。教経の最期である。
阿波重能の水軍300艘が寝返って平氏軍の唐船の計略を九郎に告げ、平氏の敗北は決定的になった。平氏軍は壊滅状態になり、勝敗は決した。敗北を悟った平氏一門は次々と海上へ身を投じた。
強姦されて殺される・・・・」二位尼は死を決意し、幼い安徳天皇(6歳)を抱き寄せ、「草薙の剣」と「八尺瓊勾玉」を抱えた。安徳天皇が「どこへ行くのか?」と問えば、二位尼は「弥陀の浄土へ参りましょう。波の下にも都がございます」と述べ、安徳天皇とともに海に身を投じた。
続いて建礼門院ら平氏一門の女たちも次々と海に身を投げた。
武将たちも覚悟を定め、教盛は入水、経盛は一旦陸地に上がって出家してから還り海に没した。資盛、有盛、行盛も入水している。
平家総帥・宗盛も嫡男の清宗と入水するが、命を惜しみ浮かび上がり泳ぎ回っていたところを源氏軍に捕らえられた。
知盛は「見るべき程の事は見つ・・・」と囁くと、鎧二領を着て入水した。
申の刻(16時ごろ)平氏一門の多くが死ぬか捕らえられ、戦いは源氏の勝利に終わった。
神器は「八尺瓊勾玉」を奪い返した。が、「草薙の剣」は安徳天皇と共に海に没し、取り返すことが出来なかった。
「勝った・・・父上、勝ちました」九郎は肩の荷を下ろし、須佐の刀を収めた。
「須佐の力が無ければ負けていたかもしれない・・・」




