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第二十二話 三草山の戦い


「なんだと?!」宗盛むねもりは屋島で平家軍全滅を聞いた。

「1人だけ、わざと帰しております。報告させるために。屋島の指揮官を多く失いました」

「た、たわけが!!!福原に陣を移す時になんてことだ!」

「奴らは人世の戦いでは無かったと申しております」

「出雲など・・・襲うべきではなかったのだ・・・父上は・・・正しかった・・・」

「が、兵はまだまだ意気盛んです」

「知らぬからじゃろう!西国に入れば、やがて噂が広まる。・・・指揮官たちを失ってどう戦う?!源氏軍と須佐に囲まれて・・・」

「はっ、はっ・・・」家臣は平伏するばかりであった。

「福原(現神戸湾岸)へは?」

「行く。止めるわけにはいかない」


「須佐を襲ったと?」スッと襖が開いたと思ったら少年が立っていた。

「あ、安徳様!」

「宗盛、なぜ須佐を襲った?」

「申し訳ございません!」


ちんは何も聞いていないぞ!勝手な真似をするでない!」

「も、申し訳ございません!」

「夜半の奇襲など、何という卑怯者だ!貴族の風上にも置けない」

そう言い残すと安徳天皇は退いた。


「くそ!大恥をかいた」

「お屋敷様、いかがいたしましょう?」

「こちらには人質がいる、三種の神器もある。須佐とてそう易々と手は出さんだろう」

「人質とは?安徳天皇のことですか?・・・」

「最大限にこれを利用してやる。後白河にも、源氏にもな」


そして宗盛は屋島から福原に拠点を移し、平安京に迫っていた。


その頃、平安京では後白河法皇がある策略を立てていた。

平清盛の強硬で即位した安徳天皇に対する疑問の声は以前から多かった。平家が都落ちした今、別の天皇を即位させたのだ。後鳥羽天皇である。安徳天皇在位中であり、日本国に天皇が2人存在する異常事態を起こした。

しかし、「天皇即位の儀」に必要な三種の神器は平家の手にある。後鳥羽天皇は正式に即位の儀を行うことが出来ない。これは由々しき事態であった。

後白河法皇は源頼朝に平家追討の命令を下し、それと同時に三種の神器奪還を命じた。

頼朝とて後白河を信用などしていない。利が同じだっただけである。


平安京には九郎と範頼の軍が残って京の治安を守っていたが、「平家を追討せよ」の命が出る。

「福原を襲う!」


この頃の九郎義経には優秀な部下が揃っている。

佐藤継信、忠信兄弟。武蔵房弁慶。伊勢義盛。鈴木重家。亀井重清。駿河清重。片岡経春。常陸房海尊。堀ノ景光。鷲尾義久。鎌田光政、盛政親子。などなど。

いづれも優秀な武士ではあるが、九郎に付いていなければ、歴史に埋もれた者たちだ。


兵数5万6千。兵は二手に分かれて、搦手(福原の西方)を攻める九郎軍は丹波路を進み、大手(福原の東方)を攻める範頼軍は西国街道から進撃する。

主力は範頼軍だ。兵力4万6千。九郎軍1万にて福原を背後から攻める作戦である。軍団の進撃が始まった。


源氏の襲撃を知った平家側、平宗盛と安徳天皇は船上に控え、陸地の防衛線上に兵を構えて源氏を迎え撃った。

丹波路を進軍する九郎軍を迎え撃つため、平家方の平資盛、平有盛、平忠房、平師盛らが播磨国三草山の西に布陣した。現地に着いた九郎軍は東方に陣をとり、源平両軍が三里ほどの距離で対峙した。

三草山は、交通機関であるが山と深い谷に囲まれた軍事要衝の地であった。平家は「地の利がある」として、此処を防衛拠点として選んだ。


九郎は土肥実平を呼んだ。

「どう攻めようか?」

今晩夜討ちを仕掛けるか?明日の合戦とすべきかを問いた。

そこへ・・・「ん?田代冠者信綱、何だ?」

若武者が進み出た。「進言したくあります」

「何だ?述べてみろ」

こういう所が九郎の自由さであろう。九郎は鎌倉に来た時も皆に好かれた。頼朝は恐れられ、九郎は好かれた。九郎義経が未だ日本人に好かれるのは、勇猛な軍歴と清潔さにある。そして清さゆえの悲しさである。

と、云えば聞こえは善いが、九郎は戦国を生きる武者である。命に掛けて闘いに勝たねばならない。


「明日の合戦では、平家の軍勢は増すはず、今夜、夜討ちをかけるべきです」と述べた。

その言葉に九郎も土肥実平も納得した。「夜半に決行だ!」

さて、安徳天皇が宗盛をたしなめた様に、この時代、「貴族は夜襲だの奇襲だのの戦さは恥」とされていたらしい。まして「法皇の命を受けた源氏軍がそんな卑怯なことをするはずがない」と平家は思い込んでいた。

しかし九郎は、勝つためには禁忌タブーさえ、利用する。


寿永3年/治承8年(1184年)2月5日、三草山の戦い。

その夜半、平家軍は武具を解いて休息していた。

やおら、ドドドドドド!けたたましい馬のひづめの音がした。

「な、何だ?!夜中に?」

わーーーーーーーー!!

「鎌倉軍だ!!」

夜討ちにあわてふためいてとん走し、あっけなく九郎軍の勝利となった。

資盛、有盛、忠房は高砂にて船に乗り屋島へ逃げた。師盛は福原の平氏本隊へと逃げた。


九郎と頼朝が初めて会ったとされる、富士川の戦いの勝利に似たところがある。平家の敗北の根底には、貴族化した一門の弱体化があったと思われる。

兵の間でこんな噂も流れ始めた。

「須佐と云う源氏の影の軍団がいるらしい。出雲で我が軍が成すすべも無く全滅したそうだ・・・鬼のような奴ららしい。いや、人では無いと云う噂だ」

「わしは昔、そいつらの話をさる農民から聞いたことがある」

「農民が知っていて、我らが知らないのか?」

「なんでも天変地異を起こす力を持っているらしい」

「な、何だと?!そんな化け物に我らは勝てるのか?」

「そうだ。平家は人ではない化け物を敵に回した」

「・・・・そんな奴らまで敵なのか?」

言い知れぬ恐怖が少しづつ兵たちを包んで行った。

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