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【08】








 用があって王城を歩いていたユーグは、かつての同僚に声をかけられた。


「よう、ユーグ。久しぶりだな」

「ああ。久しぶりだな、ジュスト」


 がっしりした体格の青年は王国軍に所属するジュスト・ブルレックだった。同い年で、学院時代からの腐れ縁でもある。彼の人懐こい性格にかなり助けられた自覚はあるので、口はつぐんでいるが。


「お前、結婚したんだろ。しかも、婚約者じゃない人と」

「……お前のところまで話が回ってるのか」


 噂くらいにはなっているだろうと思っていたが、結構話は広まっているようだ。仕事柄上流階級に顔が広いので、仕方がないのかもしれないが。ジュストは「そうだな」と肩をすくめた。


「俺くらいには報告あってもよかったんじゃねーの、とは思ってる」


 ジュストが気にしているポイントは、ユーグとは違ったようだ。


「すまない。バタバタしているうちに、忘れていた」


 本当の話だ。結婚相手がナタリーからグレースに代わったため、やることが多かったのは事実だ。変更点、とも言うが。


「んで? 真面目なお前がなんで婚約者じゃない人と結婚することになったんだ?」

「……婚約者じゃない、と言っても、婚約者だった人の妹だ」


 そう言うと、ジュストはまじまじとユーグを見た。


「……略奪婚?」

「違う」


 駆け落ちした、と言う話は伏せて、容易に結婚できる状態ではなくなったのだ、という話をした。


「ふーん?」


 ジュストは疑わしそうにしているが、これ以上のことを知りたければ自分で調べてほしいところだ。ユーグから言うつもりはない。


「それで、妹と? 代わりにと押し付けられたのか? それとも、契約違反だと奪ってきたのか?」

「利害の一致だ」


 少なくとも、ユーグはそう思っている。……しかし、状況を考えると、ユーグが半ば無理やりさらってきたというのも正しい気がする。やや強引にグレースを言いくるめた自覚はあった。


 そんなユーグの思いが顔に出ていたのか、ジュストは「ふぅん?」と片眉を吊り上げた。


「まあ、根掘り葉掘り聞く気はねぇけど、興味はあるよな。お前みたいな真面目な奴が、婚約者じゃなくその妹と結婚した理由」

「……」


 外からはそう見えるのか、と指摘されて改めて気づいた。いや、わかっていたはずだが、わかっていなかった、というか。


「ま、今度会わせてくれよ。お前の婚約者ってデュノア伯爵家のナタリー嬢だろ。その妹ならやっぱり美人なんだろうし」


 ジュストは単純に美女を見たかったのだと思うが、ユーグは思わず顔をしかめた。


「やめてくれ。そういうのを嫌がる子なんだ」


 表には出さないかもしれないが、絶対にグレースは気にする。ユーグ自身は、グレースはナタリーほど華やかではないが、同じくらい整った顔立ちをしていると思っているが、本人はそうではない。デュノア伯爵夫妻は、明らかに姉妹の扱いを差別していたようだ。あまりグレースを傷つけたくない。


「……お前もそういうこと言うんだな」


 まじまじと見つめられてしみじみと言われ、ユーグは眉を顰める。ジュストは笑ってユーグの肩をたたいた。


「案外大丈夫そうで安心したって話だよ」


 ぐっと親指を立ててジュストは「じゃあな」と手を振って去って行った。多分、勤務中だったのだろう。軍服だったし。


「なんだったんだ……」


 言いたいことだけ言われて立ち去られた。ユーグはしばらく立ち止まっていたが、そうしていても仕方がない。王城を出るべくエントランスに向かった。


 しかし、向かったフォートレル男爵家の所有する商会の店舗でも似たようなことを言われた。


「そう言えば若君。奥様をお見掛けしませんが」

「は?」


 店舗を任せている支配人に言われて、ユーグは間抜けな声を上げた。店員たちも「ですよねー」と同意している。ちなみに、この店舗は表はブティックになっており、裏は縫製工場である。


「婚約者様はよく連れてきていたじゃないですか」

「ナタリー様ね。結局、その妹さんと結婚したんですよね」

「やっぱり美人ですか?」

「……」


 どこかで聞いたようなことを聞かれ、ユーグは沈黙した。そう言われると、確かに婚約者のナタリーを連れてきたことはあるが、結婚したグレースを連れてきたことがない。そもそも、グレースとは出歩いたこともほとんどないし、贈り物もほとんどしていないことに唐突に気付いた。


 無意識に婚約者と妻で分けて考えていたのだ。通常、婚約者と結婚するものだが、妻となった女性は婚約者ではなかった。というかそもそも、結婚したとたんにデートもしなくなるのはおかしいだろうと、ユーグも思う。そもそも、グレースとはデートもしたことがないわけだが。


「……」


 唐突に焦りが浮かぶ。グレースから何の訴えもなかったので、完全に放置していた。自分でもろくでもない夫だと思う。


「なんですか。奥様、人見知りとか?」

「人見知りなのは若君でしょ」

「確かに。この顔で奥手ですしね」


 どんな顔だ、それは。いや、人見知りなのは否定できないが。グレースは人見知りではないのではないかと思われる。屋敷に来たばかりのころおどおどとしていたが、それは慣れない場所、本来の結婚相手ではないことを気にしていたのだと思う。


「……というか、お前たちは俺がナタリーの妹と結婚したことに何も言わないのか」


 そう言うと、支配人と店員たちは顔を見合わせた。


「我々は何か言う立場にはありませんし。確かに、ナタリー様は気さくでよい方でしたが」

「ナタリー様がご自宅であまり扱いがよくなかったんだろうなと言うのは察していましたし、それはたぶん、妹さんも同じですよね」

「若君、お人好しもほどほどにした方がいいですよ」

「悪かったな……」


 子供のころからの付き合いなので、性格が読まれている。ナタリーを何度も連れてきたことがあるので、ナタリー側の事情もある程度察しているようだ。そのため、その妹のグレースの事情も似たようなものだと思っているらしい。その推論は正しい。


「……今度、連れてくる」

「楽しみにしております」


 店に連れてくるのはともかく、近いうちにグレースを連れて外出しようと思った。結婚してから二週間ほどたつが、彼女はまともに外出したこともないのではないだろうか。屋敷ではおとなしく読書や刺繍をしている姿を見ることが多い。外に出るのが億劫なのだろうか。しかし、ナタリーからはよく妹と出かけた話を聞いた気がする。


 芋づる式に、母からも苦言を呈されていることに気づいた。ユーグがグレースを放置気味なので、使用人たちがグレースを粗雑に扱うと言うのだ。聞いたときは、グレースからの苦情もないし、彼女はいつもきれいに身支度をしていた。だから、母の考えすぎではないかと思ったのだが、案外事実なのかもしれないと思う。使用人は主に倣うものだ。彼らの主は父だが、グレースはユーグの妻だ。ユーグの扱いに倣うだろう。


 グレースから苦情が出ないのも当たり前だ。彼女は忍耐強い。ナタリーとグレースの姉妹の主張を信じるなら、この姉妹は実家でまともに使用人に世話をされていない。使用人の質もよくなかったことから、グレースはそういうものだと思っている可能性が高い。そして、多少世話が雑でも、彼女はそもそも、自分で身支度をしていた人だ。自分でできるに決まっている。


 自分で自分の残念さにため息をつきつつ、屋敷に帰るとグレースは部屋で本を読んでいた。話しかけると、今日は庭で犬と遊んでいたらしい。思わぬお転婆な答えに、外に出るのが嫌なわけではないのだな、と認識した。


「グレース、よければ、一緒に出掛けないか」


 思い切って誘うと、彼女からは「……はあ」という間抜けな声が出た。何度かその青紫の瞳が隠れ、はっとしたように言った。


「行きます」

「そうか」


 うなずいたグレースに、ユーグはあからさまにほっとした。


「では、二日後に出かけよう」

「……はい」


 だが、すぐに気落ちしたように見えたグレースに慌てる。先ほどはいい返事だったのに、どうしたのだろう。


「やはり嫌か?」


 念のため尋ねると、彼女は首を左右に振って「そうでは、ないのですが」とやはり浮かない表情だ。表情と回答が乖離している。と、思ってからはっとした。急にユーグがデートのようなことをしようと言いだしたことに、戸惑っているのではないだろうか。


「……実は婚約者だったナタリーは見たことがあるが、嫁のグレースを見たことがない、という話をされて、そう言えば、俺はグレースとは出かけたこともないということに気づいて」

「言われてみれば、そうですね」


 言い訳がましく言い募ったが、グレースが本当だ、とばかりに驚いて見せるので肩透かしを食らった気分だ。原因はこれではなかったらしい。しかし、ここまで話して言葉を切るのも不自然だ。


「それで、母上にも遠回しに指摘されていたことに気づいた。……気が利かなくて済まない」

「いえ……」


 やはり不安げに口ごもるグレースに、ユーグも不安になってくる。このままいら立って態度に出るよりはと、ユーグは尋ねた。


「……何か気になることがあるなら、言ってくれないか。気づいていると思うが、俺は察する能力が低い」


 顔を上げたグレースがゆっくりと首をかしげる。


「それ、客商売に関わるには致命的ではありませんか」


 鋭いところを突かれて、ユーグはうっと言葉に詰まる。それも一瞬だったが。


「君も結構言うことがきついな」







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ユーグは元軍人。

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