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【07】








 早速、夕食時に唯一自分で選んだ青いワンピースを着てみる。レイモンは一つうなずいて、「いいんじゃないか」と言った。ユーグも「昨日のより似合っているな」と感想を述べた。アメリーは自分の夫にはともかく、グレースの夫には不満そうだ。


「ユーグ、もう少し何か言ってあげなさい」


 言葉足らずなんだから、と息子にあきれているアメリーに、グレースは少し笑った。実家ではこれくらいの言葉ですら言われなかったのだから、グレースにとっては全然ましだ。


 ユーグやアメリーたちは優しくしてくれるが、グレースは自分がこの屋敷の使用人たちのお眼鏡にかなっていないのを知っている。爵位だけはある貧乏貴族の娘で、しかも姉の代わりに嫁に収まるような女だ。どうせなら、より美人で性格も明るいナタリーの方がよかった、と使用人たちが思うのは仕方のないことだと思う。


 容姿がすべてではないが、ナタリーなら商会の広告塔だって問題なく務められたはずだ。そういう意味では、使用人たちの意見は正しい。グレースがまとうのでは、大した宣伝にならない。もしかしたら、地味な女性でもきれいに見える、と言うような方向性なら行けるかもしれないが。


「と、言われても……グレースには青よりも赤の方が似合うと思う」


 アメリーが違う、そうじゃない、という表情をした。面と向かって夫にそんなことを言われたグレースは、ユーグを見上げて目をしばたたかせた。


「……あつらえていただくドレスは、深紅です」

「そうか」


 アメリーが譲らなかったので、グレースのドレスは深紅だった。グレースには派手すぎるのではないかと思ったが、そう言った審美眼についてはアメリーの方が信頼できるため、折れたのだ。


「ユーグ、あなた、『楽しみにしている』くらい言ったらどうなの」


 母につっこまれて、息子は棒読みで「楽しみにしている」と告げた。やり取りが少し面白くて、グレースは少し笑った。一方、言わせたアメリーは憤慨して「全くうちの男どもは」などと言っている。


 その後もアメリーにフォートレル男爵家のことを教えてもらったり、ドレスの打ち合わせがあったりして、二週間ほどが経過した。相変わらずグレースは使用人たちによく思われていないものの、本人はだいぶ生活に慣れてきたと思う。庭で番犬と遊ぶ余裕が出てきた。犬は可愛がれば、ちゃんとなついてくれる。


「もう二週間経つけど、どう? お嬢様は」


 お嬢様、が強調された言葉が聞こえ、グレースはとっさにしゃがんでその場を離れた。この屋敷で『お嬢様』と呼ばれるとしたら、今はグレースしかいない。外廊下に面していたので、荷物を運んでいる女性使用人たちが通りかかったところに遭遇してしまったようだ。とっさに隠れたが、彼女らはたとえグレースの姿が見えていたとしても気にしないだろう。


「どうって……まあ、地味でおとなしい人よね。それに、変わった人だわ。今日も庭で番犬と遊んでるわよ」

「やだ。じゃあ、どっかで聞いてるんじゃないの」

「いいんじゃない。それで出てってくれたら御の字だわ」

「やっぱり、ナタリー様の方がよかったわよねぇ。美人で、しかも気さくな人で」


 フォートレル男爵家の使用人たちの中で、ナタリーの評価が高いのはわかっていた。彼女らの言う通り、ナタリーは美人で気さくで明るかった。比べる対象が実の妹なので、どうしても評価が辛くなってしまうのだろうが、聞かれてグレースが傷つかないとでも思っているのだろうか。……ああ、出て行ってくれたらいいのだったか。


 離れるまでも、服選びのセンスが悪いとか、根暗でとっつきにくいだとかいろいろ言われていた。あまり人からの評判を気にするタイプではないが、傷つかないわけではないのだ……。


「出て行くにしても、行くところがないのよね……」


 どこかで仕事を紹介してくれるかしら、とグレースはかなり真剣な表情で犬に語りかける。大型犬の番犬は、わふん! とその体躯に見合わない可愛らしい鳴き声を上げたので、グレースは笑って犬をわしゃわしゃとなでた。


 ひとしきり犬と遊び、グレースが部屋で本を読んでいると、ユーグが帰ってきた。彼女のお転婆なところを見ていない彼は、「いつも本を読んでいるな」と言った。


「おかえりなさいませ……いつもではありませんよ。さっきまで、庭で番犬と遊んでいました」

「番犬は番犬であって、ペットではないんだが……」


 複雑そうにユーグが言う。彼はこういう、少し頭の固いところがある。


「外に出るのが嫌いなわけではないんだな」

「……ええ、そうですね」


 急にそんな話題を振られて、グレースはうなずいた。家の中でゆっくり本を読んだり、刺繍をしたりするのも好きだが、外に出たくない、と言うわけではない。実家では姉と一緒に買い物に行ったものだ。まあ、食材の買い出しとか、伯爵令嬢にあるまじき買い物だったが。散歩やピクニックのようなことも嫌いではない。


 グレースの返答を聞き、何か言いたそうにしながら口ごもるユーグを不思議そうな目で見つめ返す。しばらくして、ユーグは言った。


「グレース、よければ、一緒に出掛けないか」

「……はあ」


 今までそう言ったことは言われたことがないので、少々間抜けな声が出た。そのことに自分でびっくりし、慌てて言葉で答えた。


「行きます」

「そうか」


 あからさまにほっとしたようにユーグが息を吐いた。勢いに任せてうなずいてしまったが、一緒に出掛けていいのだろうか。本人である二人は納得ずくで結婚したのだが、ユーグは婚約者の妹と結婚した、と言われているだろうし、グレースは姉の婚約者を奪った、などと言われているだろう。それくらい、社交に疎いグレースでもわかる。


「では、二日後に出かけよう」

「……はい」


 食い気味に返事をした時と、明らかに声音が違うので、ユーグが不審そうな表情になった。


「やはり嫌か?」

「そうでは、ないのですが」


 なんと言っても失礼な言いようなので、言葉にできない。口をもごもごさせているが、ユーグが「ああ」となぜか納得の声を上げた。


「……実は婚約者だったナタリーは見たことがあるが、嫁のグレースを見たことがない、という話をされて」


 うん? どうやらグレースが思っていることとは違うことのようだ。とはいえ、グレースは首をかしげながらユーグの言葉を聞く。


「そう言えば、俺はグレースとは出かけたこともないということに気づいて」

「言われてみれば、そうですね」


 自分でもびっくりだ。グレースがそう答えたことで、ユーグは自分が見当はずれの言い訳をしていたことに気づいたようだが、そのまま話を続けた。


「それで、母上にも遠回しに指摘されていたことに気づいた。……気が利かなくて済まない」

「いえ……」


 それはグレースにも盲点だったので、ユーグに文句は言えない。むしろ、ユーグの隣をグレースごときが歩いていいのだろうか、と言う気がする。


「……何か気になることがあるなら、言ってくれないか。気づいていると思うが、俺は察する能力が低い」

「それ、客商売に関わるには致命的ではありませんか」

「君も結構言うことがきついな」


 ユーグが参った、と言うように肩をすくめる。美形はそんな仕草も様になってうらやましい。彼の隣を華やかな美女だったナタリーが歩けば、かなり目立っただろう。人々の記憶にも残ろうというものだ。


「……私がユーグ様と歩いていて、いいのでしょうか。刺されませんか?」

「何故だ? 君は俺の妻だろう」


 ちょっとずれた回答が生真面目に返ってきて、ここしばらく同じ家で過ごし、確かに気付いていたのだが、人の感情の機微に疎い人なんだな、と思った。


「まあ、そうなのですが……私、お姉様のような美人ではありませんし」

「ずっとそう言っているな、グレースは」


 そう言ってユーグはグイっとグレースの顎をつかみ、まじまじと顔を眺めた。びくりと肩を震わせたグレースは、ここはぶしつけだと怒るところだろうか、と少し悩んだ。


「確かに雰囲気は違うが、似た顔立ちの姉妹だな、と思っていたんだ。そこまで卑屈になることでもないと思うが」


 卑屈、なのだろうか。グレースは瞳をさまよわせる。実家ではずっとナタリーと比べられてきたので、よくわからない。ナタリーが美人なのは客観的に見て事実だったし、姉に比べてグレースが地味なのも、客観的に見て事実だった。なお、グレースだって自分が不美人だと思っているわけではない。


「少なくとも俺は、君が妻になってくれてよかったと思ってるぞ」


 手を放しながら言うユーグを見上げ、グレースは何度か瞬きをした。生真面目そうなその顔を見つめる。


「……外に出るのは久しぶりなので、楽しみです」


 唐突な言葉に、ユーグは一瞬ぽかんとしたが、すぐに二日後の外出のことだと気づいたらしい。口元が弧を描く。


「そうか。ならよかった。俺も楽しみだ」


 さしあたって、この外出を楽しもうと思った。この美男子の横を歩いていても不自然ではないくらいの格好を考えるのは、ちょっと大変そうだとも思いながら。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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