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【09】







 思わず肩をすくめた。グレースはそんなユーグを何度か瞬きして見つめていた。ユーグもグレースを見つめ返す。無言の問いが通じたのか、渋々グレースが口を開く。


「……私がユーグ様と歩いていて、いいのでしょうか。刺されませんか?」

「何故だ? 君は俺の妻だろう」


 グレースの懸念の理由が分からなくて、ユーグは真面目にそう返したのだが、グレースに「何言ってんだこいつ」みたいな顔をされて、ユーグは自分がやらかしたことを悟った。だが、グレースはなじってくるのではなく、懸念を口にした。


「まあ、そうなのですが……私、お姉様のような美人ではありませんし」


 嫁いできた時、どころかナタリーが婚約者だった時から、何度か聞いた言葉だ。謙遜ではなく、本気でそう言っているから始末に負えない。


「ずっとそう言っているな、グレースは」


 グレースの顔を上げさせてまじまじとその顔を眺める。確かに、ナタリーのような華やかな美女ではないが、端正な顔立ちをしていると思う。多少は自分に似合う服を着るようになったのもあり、首をかしげるほどおかしくはないはずだ。


「確かに雰囲気は違うが、似た顔立ちの姉妹だな、と思っていたんだ。そこまで卑屈になることでもないと思うが。少なくとも俺は、君が妻になってくれてよかったと思ってるぞ」


 うろたえていたグレースが一瞬目を見開き、何度か瞬きした。彼女から手を放しても、彼女はユーグを見上げたままだった。そのまま緩く微笑む。


「……外に出るのは久しぶりなので、楽しみです」


 突然話が変わって、ユーグは面食らったが、さすがの彼もグレースが気を使って話題を変えたのだと気づいた。つられるようにユーグも微笑む。


「そうか。ならよかった。俺も楽しみだ」


 嘘偽りない本音だ。まあ、今日まで彼女をデートに連れて行く、という当たり前のことを怠っていて、さらに忘れていたのも事実だが。これについて、ユーグはちゃんと反省しているが、母に「まあ、あなたにしては早く思い出した方なのでしょうね」と嫌味全開で言われたときは、さすがに腹立たしかった。


「すみませんね、察しが悪くて……」

「全くよ」


 フォローもしてくれない。事実なので、言い返しようもない。


「あなたがグレースさんを粗雑に扱えば、使用人たちはそれに倣うわ。私、あなたに言わなかったかしら」

「……言われました」


 母に苦言を呈され、絞り出すようにユーグは言った。


「別に、粗雑に扱ったつもりはないのですが……」

「そうね。けれど、気にかけたりもしなかったでしょう。使用人たちはそう言うところも見ているのよ。実家ではろくな使用人がおらず、両親からも扱いが悪く、しかもあなたに連れてこられたグレースさんが、あなたに苦情を言えるわけがないでしょう?」


 そう言うところもくみ取らなければならないのよ、と母は真剣に説教をした。その通りだ。母の言う通り、粗雑には扱わなかったが、同時に何も言ってこないのをいいことに、放置気味だったのは事実だ。


「以前から話には聞いていたから、今日、アネットに少し探らせたのよ」


 アネットはこの屋敷の侍女頭だ。この家の女性使用人たちをまとめており、普段は母に仕えている。実際に探ったのはこのアネットではなく、若いメイドのようだが、同じことだ。


「あの子につけている侍女も含めて、お姉様のナタリーさんより見劣りする、雑に扱って出て行ってくれればいいのに、と言うことを言っていたそうよ」

「あー……」


 雑に扱ったくらいで、グレースが泣き寝入りして出て行くとは思えないが、なまじナタリーのことも知っていて、その妹が嫁いできたわけだから、余計に比べられるのだな、と言うことはユーグにも察しがついた。


 ユーグが連れてきたのだから、そのあたりも気にかけなければならなかった。母の言う通りだと思う。


「……すみません」

「謝る相手が違うわよ。ねえ、ユーグ。ナタリーさんが駆け落ちして、グレースさんが無理やり嫁いできたような形になっているけど、私はグレースさんをもう一人の娘だと思っているわ。自己主張が苦手で、あなたよりだいぶ年下なのだから、もう少し気遣って差し上げなさい」

「肝に銘じます……」


 少なくとも使用人たちがほかにも見えるところでグレースの悪口を言っているのはまずい。これは早急に対処しなければならないだろう。


「……母上。二日後、出かけるときのグレースの支度に、アネットを混ぜてくれませんか」

「あら、自分で何とかしようとは思わないのね」

「……」

「まあいいでしょう。アネットに伝えておきます。あなたは期待して待っていなさい」


 素材は悪くないものね、と母がつぶやくので、彼女も口を出すつもりかもしれない。こうなると、ユーグは邪険にされるだろう。母に任せておくことにする。


 予定が合う限り、ユーグはグレースと顔を合わせて話すようにしている。グレースも外出を楽しみにしているようで、こんなに喜ぶのならもっと早くに声をかけていればよかったと思った。返す返す、情けない夫で申し訳なくなる。


 外出当日、ユーグの要望通りグレースの元へアネットが派遣された。母も様子を見に行ったようで、満足そうにしていた。お待たせしました、と部屋から出てきたグレースを見て、母が満足そうだった理由が分かった。


 深紅のフレアのスカートにブラウスを合わせ、ボレロを羽織っている。シンプルな装いだが、今までの中で一番グレースに似合っていた。こうしたきちんとしたキレイ系の格好が似合う顔立ちなのだ。


「その格好、似合っている」

「……お世辞でもうれしいです」


 はにかんだ笑みを浮かべるグレースは可愛らしいが、ユーグとしても本心なのだが。母がグレースの後ろで、「もっと何か言え」とにらみを利かせてくるが、ユーグは気の利いたことが言える男ではない。ただ、グレースに「行くか」と声をかけた。


「はい」

「ユーグ。グレースさんをちゃんとエスコートするのよ」

「わかっています」


 息子に小言を言う母に、グレースはくすりと笑った。よほど外出が楽しみなのか、今日は朝からにこにこしている。落ち着いた大人びた印象の彼女だが、笑っていると雰囲気が明るい。花が咲いたようだ。顔立ちに変化があるわけではないが、そうしているとナタリーの妹なのだな、と思う。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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