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【34】








「というか、ナタリー、旦那さんは? 一緒じゃないの? 本当に結婚してる? 妊娠してるっていうのは? 私より元気そうに見えるんだけど……」


 家の件について方向性が決まった今、こちらの方が興味があった。朝も言った通り、グレースはナタリーに怒っている。勝手にいなくなって、こちらは心配したし、迷惑をこうむっている。だが、こうして元気にいてくれてうれしいと思うし、どうせなら幸せになってほしいと思う。ナタリーはグレースの大事な家族なのだ。


「あー、えっと。夫は商人なのよ。美術品とかを扱ってて」


 ナタリーがぽつぽつと、失踪した後のことを話しだす。大体の話は聞いていたが、ナタリーは自分はどこへ行っても生きていける自信があったが、やはり妹のグレースのことを心配していた。頭もいいししっかり者だし可愛いが、自分に自信がなくて悪い扱いを受けてもそんなものだろうと流してしまう子だ、と思っていたらしい。


「すべてにおいて反対だと思うけど……」


 確かにほどほどに頭はいいかもしれないが、別に可愛くないしそれほどしっかりしていないと思う。自信がないわけではなく、正当な評価だ。


「いや、それについてはナタリーが正しいと思うぞ。グレースは賢いし、可愛い。芯が強いところがあるが、その割に自分の扱いについてはぞんざいだろう」

「そうそう。もっと自分を大事にするのよ」

「ええ……」


 姉どころか夫からもダメ出しを食らった。そんなつもりはなかったのだが。


「君は最初、どこかの金持ちのおっさんに売られるはずだと言っていただろう。最初どころか、今回もそれで連れ去られたんじゃないか」

「あっ」


 ユーグに冷静に突っ込まれてそれもそうだ、と思った。自分から逃げ出すとか考えつかなくて、そうなるしかないと思っていた。これが流されてしまう、自分の扱いがぞんざいだ、ということか。


「まあ、そんなわけだからユーグ様にグレースを預けようと思ったのは話したわね」


 預け方はどうかと思うが、ナタリーの思惑通りになってしまったのだから皆まで言うまい。ナタリーは、この計画を実行の半年ほど前から立てていた。結婚式の日取りは決まっていたからだ。早すぎても、遅すぎてもだめだ、と言うことで式の三日前に失踪した。今回、ナタリーがこっそりデュノア伯爵家に侵入できたように、屋敷のことに詳しいナタリーが夜中にこっそり抜け出すことも難しくはなかった。いくらかの資金と少ない換金できる貴金属を持って、ナタリーは失踪することにした。


「どこででも生きていけそうなのは私も思ってたけど、いくらなんでも度胸がすごすぎるわ」


 手元の資金が心もとなすぎるし、その少ない資金では遠くまではいけないだろう。なので、実際にナタリーは、しばらく王都近郊にいたらしい。


「普通に働いてたわよ。針子として」


 とのことである。服飾系の商会を営んでいるフォートレル男爵家とは関係のない店だったようだし、短期の仕事として臨時で入っていたそうだから、気づかなかったのも無理はないが、よく気付かれなかったな、と思う。ナタリーは平民にしては美人過ぎると思う。


「う~ん、どちらかと言うと、グレースの方が市井には溶け込みづらいと思うわよ」


 どういうこと、と思ったが、そこには突っ込まずに話を進める。


「それで、お金を稼いだら移動したの?」

「ええ。南の方に移ったわ」


 冬になる前に移動したそうだ。小さな町で、やはり針子をしていて、そこで今の夫に出会ったらしい。


「露天商が明らかに偽物の美術品を売りつけようとしていたから、指摘したのよ。そこに夫が通りかかって……」

「うん。なんとなくその先は読めるけど、その前に。なんでわざわざ指摘するなんて危ないことしたの」


 身元がばれるとか、そう言うことの前に、身の危険があったはずだ。暴力を受けるとか、捕まって自分が売られるとか。ナタリーはむすっとして言う。


「だって、人の好さそうな老夫婦だったのよ、売りつけられそうになってたの」


 正義感が強いのはよいことだが、一人でツッコんでいくのもどうかと思う。まあ、無事だったのであまり責めないことにした。


 結局、露天商と口論になったところを夫となった男性に助けられたそうだ。そこから三か月程度で結婚を決意するのだから、早い。


 いや、それもいい。出会って間もなくても気が合う人はいる。だからそこはいい。


「旦那さんはナタリーのこと、知ってるの? 貴族だってこと」

「知ってるわよ。離籍するつもりだってことも伝えてあるわ」


 それでも一緒にいるのなら、本当にいい人なのだろう。多分、ナタリーは人を見る目がある。ていうか、仕事が早い。


 しばらく一緒に暮らしている間に、ナタリーはセヴランの話を聞いたそうだ。そんなに噂になっているのか、と尋ねたら、そうではなく、単にナタリーがそちら方面の情報を集めるようにしていたらしい。


「そこから先は知っての通りよ。夫も一緒に来るって言ったんだけど、遠慮しておいたの」

「そう……」


 とりあえず、ナタリーがたくましいことは理解できた。


「ナタリーの旦那さんに会える?」


 グレースが尋ねると、ナタリーは少し驚いた後微笑んだ。


「ええ。伝えておくわ」

「うん」


 少し冷めたお茶に口をつける。ナタリーは妹を眺めて口を開いた。


「ねえ、私がこれだけ話したんだから、グレースの話も聞きたいわ」


 思いっきり胡乱気な表情をした自覚がある。ユーグはぎょっとしていたが、ナタリーはひるまない。


「そんな顔しても可愛いだけよ」

「私を置いて行ったお姉様に、聞く権利があると思ってるの?」

「ええー。いいじゃない。ユーグ様と仲良くしてるんでしょ」

「待て、それは俺が被弾する」


 慌てた様子でユーグは首を左右に振った。グレースはそんな彼を見やった後に言った。


「何故ですか?」

「何故……」


 ユーグが遠い目になった。ナタリーはにやついている。


「キスくらいしてるでしょ」

「キス……」


 グレースは目を見開いた。言われてみればそうだ。思い至らなかったがその通りだ。慣れって怖い。じわじわと頬が赤くなる。隣でテーブルに肘をつき、手で顔を覆っているユーグの耳も赤い。ナタリーは楽しそうだ。口元に手を当てる。


「え、え。わ~!」


 好奇心いっぱいの様子を見せたナタリーだが、すぐにほっとしたような様子を見せた。


「でも、よかった。やっぱりちょっと気になってたから」


 そう言われるとちょっと複雑なものがあって、グレースはユーグを目を見合わせた。彼はまだ少し耳のあたりが赤かったが、やはり複雑そうな表情でグレースを見た。


「……まあ、結果的にはよかったと思ってるけど……」


 素直に喜べない。グレースとユーグが結婚することになったのは、ナタリーが失踪したからであって、当初から相思相愛であったとか、そう言うことではない。終わり良ければ総て良し、とはならないものだ。


「……ナタリーは自分勝手だわ。私やユーグ様への信頼があったのかもしれないけど、うまくまとまったのは結果論であって、結婚式三日前の失踪はどうかと思う。フォートレル男爵に感謝しなきゃだよ」


 どう考えてもナタリーが起こした騒動はレイモンが収めてくれている。グレースもナタリーも、フォートレル男爵家にめちゃくちゃ迷惑をかけている。


「おそらく、父もあわよくば伯爵位を手に入れたい思惑があったはずだ。だからそれほど気にすることもないと思うぞ……」


 ユーグが口をはさんだ。確かに、ナタリーとユーグが結婚しても、デュノア伯爵位はユーグの元へ転がり込んだだろう。ナタリーを経由するか、グレースを経由するか。それだけの違いだ。レイモンはナタリーと自分の息子を結婚させると決めた時点で、この思惑があったはずだ。


「ナタリーとユーグ様が予定通り結婚したなら、私はどこかの商家にでも嫁いでいただろうし、そうなると私に相続権がなかったのね……」


 もし予定通りに事が進んでいれば、グレースが平民になっていたのだ。世の中は不思議だ。


「グレース。あの時は何も言わなかったが、あの商家に嫁いでもろくなことにならなかったぞ」


 真顔でユーグに指摘され、さすがのグレースも「わかっています」と肩をすくめた。ただ、あの時は本当に自分にそこまでの価値はなくて、その流れはどうしようもないものだと思っていたのだ。今なら投げやりだったのだな、とわかる。


「説得しても聞かなかったでしょうし、ある意味、ナタリーの行動は正しいのだと思います」

「でしょ」


 無理やりでなければグレースはユーグと結婚したりしなかったはずだ。しかし、悪びれなく同意したナタリーにユーグは「お前は反省しろ」とツッコまれている。それはグレースも同意だ。ナタリーは肩をすくめるだけで、堪えた様子はなかった。そう言うところだと思う。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


グレースは通常はナタリーを名前で呼んでいます。


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