【35】
話を終え、ナタリーが部屋を出る前に、グレースは彼女に手招きされた。姉妹で内緒話がしたい、と言われてユーグや使用人たちから少し離れる。と言っても、見られているので大した話はできない。
「ごめんね。一応、悪かったとは思ってるのよ」
「それはもうわかったわよ」
今度はグレースが肩をすくめる。ナタリーが妹を泣かせてしまった、とそれなりに反省していることはわかっていた。
「言われてるかもしれないけど、グレースは可愛いし、ちゃんとユーグ様とお似合いよ」
グレースはささやいてきた姉の顔を見た。華やかな整った顔をしている。顔立ち自体はグレースとナタリーは似ていると言われるが、グレースはやはり地味な顔立ちだと思う。
それでも投げやりにならない程度には自信もついてきた。と、思う。
「……ありがと。お姉様の旦那さんにも会ってみたいんだけど」
純粋に興味だ。この見た目に寄らず破天荒な姉を妻にした男は、どんな人なのだろう。姉を幸せにしてくれる人なのだろうか。
「もちろん。私も妹は紹介したいからね」
軽く応じてくれた。約束、と姉妹は微笑みあう。
「グレース、幸せになるのよ」
「うん……ナタリーもね」
お互いの幸せを祈って、ぎゅっと抱きしめあう。体を離したナタリーは、グレースの肩をたたいた。
「そろそろ戻りましょ。あなたの旦那様がこっちを睨んでるわ」
振り返ると、睨んでいる、かはわからないが、じっとユーグに見つめられていた。
「初めまして。マルセルと申します」
ナタリーが夫を連れてフォートレル男爵家にやってきたのは、グレースがデュノア伯爵家から救出された三日後のことだった。マルセルは二十代半ばから後半と言った風情の痩身の男性で、短いとび色の髪をしていた。長身のユーグと比べるとわかりづらいが、おそらく男性の平均程度の身長に、品質の良い衣服をまとったお洒落さんだ。比較的整った顔をしているが、笑顔がなんとなくうさん臭い。
「……初めまして。ナタリーの妹のグレースです。こちらは夫のユーグ」
「初めまして」
同席しているユーグを紹介すると、マルセルは笑って「存じておりますよ」と言った。
「フォートレル男爵家の若君は切れ者で有名ですからね。奥様のことはナタリーからよく聞いていました」
「……ナタリーは、人に私のことを話しすぎだと思う」
「ええ~。いいじゃない」
話題としてちょうどいいのかもしれないが、彼女は婚約者時代、ユーグにもグレースのことを話しまくっている。なので、結婚した当初からユーグはグレースのことに詳しかったくらいだ。
「仲の良い姉妹だと微笑ましく思っていました」
結構年上と思われるマルセルはにこやかにそう言った。ユーグも「まあ、話題としてはちょうどいいよな」と言っている。やはりか。話題として家族の話は鉄板だ。
話してみると、商人だから当たり前だがマルセルは話がうまかった。グレースはふと、自分の隣にいる商人を見た。
「……なんだ」
商家を営むフォートレル男爵家の次男は緊張した面持ちで自分の妻を見た。グレースは目をしばたたかせる。
「いえ……商家の方と言うのは、本当はマルセル様のような人なのかな、と」
「悪かったな、話がうまくなくて」
「悪いとは言っていません」
グレースは首を左右に振ってすねたユーグの言葉を否定する。別に悪くはない。苦手なのはわかるが、ちゃんとできているし、グレースに言えたことではない。ただ、普通の商人というものを見たことがなかったな、と思ったのだ。
「マルセル様、お姉様を見捨てないでくださいね」
「ちょっとグレース。そこは幸せにしてねって言うところでしょ」
ナタリーが突っ込みを入れるが、彼女は自分で幸せになれるタイプだ。振り回しすぎて見捨てられない方が重要である。
「お任せください、奥様。ナタリーほど面白……いえ、頼りになる妻はおりませんから」
「マルセルもやめてちょうだい!」
マルセル、なかなかいい性格をしている。ナタリーを振り回している人を初めて見たかもしれない。いつも振り回される側であったグレースとユーグは顔を見合わせた。マルセルがすごい。
「ナタリーたちは王都で暮らすの?」
少し落ち着いたところでグレースが尋ねると、ナタリーは「そうねぇ」と首をかしげる。
「拠点は王都かしら」
「そうなるかな。ただ、行商に出ていることもあるので、常にいるわけではありませんね」
マルセルはグレースに対しては敬語だ。まあそれはいいのだが、グレースは「そうですか」と少し落ち込んでうなずいた。やっぱり、戻ってきた姉が近くにいないのはさみしい。
「行商に出るのか」
「というより、いい品を探しに行くと言いますか。うちは美術商ですから」
ユーグが口をはさんだ。貴族が営む商会と根っからの商人では少し様相が違うようだ。
「ですが、ナタリーは妊娠しているのでしばらくは王都にいますよ」
安心させるようにマルセルがグレースに微笑んで言った。その言葉を受けたグレースは「その話は本当なのね」と目をしばたたかせた。元気なのでまだ疑っていたのだ。言われてみれば、ちょっとテンションが高すぎる気はする。
「子どもが生まれたら見に行きたいから、教えてね」
ナタリーの子供なら可愛いはずだ。そう思って言うと、ナタリーが「なら頑張って産むわ」と笑う。
「グレースは子供が好きか?」
ナタリーとマルセルの夫婦を見送った後、ユーグがグレースを見下ろしていった。グレースは目をしばたたかせる。同じような質問を以前も受けた気がする。
「そう、ですね。可愛いとは思います」
弟のセヴランを可愛いと思ったことはないが、ジョゼットの息子のアシルは元気でかわいかったと思う。
自分で聞いたのに、ユーグは「そうか」とだけ言って黙り込んでしまった。グレースは隣を歩くユーグを横目で見られる。
「……ユーグ様は苦手そうですね。ナタリーの赤ちゃんが生まれたら一緒に見に行きましょう」
「……まだだいぶ先じゃないか」
反応があった。グレースは少しホッとする。機嫌が悪いわけではないようだ。
「どうかしましたか? 赤ちゃん、見に行くのは嫌でしょうか」
「いや、そこではない」
違うのか。違うが、気になることはあるようだ。
ユーグの服の袖を引いて足を止めさせる。エントランスから廊下に入ったところだった。
「何か気になることがあるんじゃないですか」
「……わかるか」
「ユーグ様、結構わかりやすいですよ」
小首をかしげて言うと、少し驚いたように彼は目を見開いた。少なくとも、グレースが見ているユーグはわかりやすいところがある。
「そうか……いや、お前がナタリーを気にかけるし、マルセルとよく話をしていたから、少し妬いただけだ」
今度はグレースが目をしばたたかせた。確かに、ちょっとむっとしたような顔をしているな、と思った。むしろ、ナタリーとマルセルがいる間は見せていない顔だからすごい。
「ナタリーもマルセル様も、自分から話しを振ってくれる方ですから、話しやすいんです」
グレースもユーグも能動的に話をするタイプではない。商人向きではないなぁと思っている。
「それは……わかる気がする」
「ですよね。私も、ユーグ様とナタリーが気やすいのでちょっと面白くはなかったです。だから、お互い様ですね」
婚約者の期間が長かったのと、ナタリーの性格もあるだろうが、彼女とユーグはかなり気やすい会話をしていた。グレースだって面白くはなかった。
「グレース」
「はい」
呼ばれてうなずく前に強く抱きしめられた。少し苦しかったが、グレースもユーグの背中に手を回した。身長差があるのでのしかかられているようでちょっと重い。
「好きだ。愛している」
耳元でささやかれた低い声は、少し震えていた。グレースもささやき返す。
「私も好きですよ」
ぐっとユーグの腕の力が増し、グレースは「うっ」と声を漏らした。本格的にしまっている。
「ユーグ様、ちょっと苦しいです」
「すまない……」
腕は緩められたが、グレースの頭を抱えたままだ。顔を見られたくないのかな、とグレースは察する。
「ユーグ様、泣いてますか?」
「泣いてはいないが、見せられない顔はしていると思う……」
理不尽だ。グレースは泣き顔を見られているのに。手を伸ばしてユーグの頭を撫でてやる。
屋敷の中で、しかもエントランスホールの側だったから当然なのだが、これは屋敷中の人間に目撃されていた。ユーグは「ナタリーが来ると、俺への被弾が大きい気がする」と遠い目で言った。グレースは思わず笑ったが、彼女もがっつり被弾していることを忘れないでほしい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
グレースはナタリーを、人前ではお姉様と呼びますが、基本は名前呼びです。




