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【33】








 ゆっくりと意識が浮上する。重たかった頭もなんとなくすっきりしている。心がけてゆっくりと身を起こしたグレースは、下げられていた天幕を少し開けた。明るい光が目に入る。まだ日が高いので昼間だろうか。


「お目覚めですか、グレース様」


 おはようございます、といつもの淡々とした口調でアネットが声をかけてきた。グレースはぼんやりと彼女を見ながら「おはよう……」と挨拶を返した。眠い目をこすろうとすると手をつかまれた。


「こすってはなりません。顔を洗って、着替えましょう。そのあと、軽食をお持ちしましょう」


 そう言われて空腹であることに気づいた。昼は過ぎているだろうが、グレースはうなずいた。夕食まで絶対に持たない。昨日の昼からろくに食べていないのだ。


 身支度を整えて軽食を取っていると、部屋にユーグが入ってきた。手でパンをちぎっているグレースを見て少し安心したような表情になった。


「起きたか。体調はどうだ」

「大丈夫です」


 怪我をしたところは痛むが、だるいとか、そういうのはない。よく寝たからだと思う。


「夜、寝られないかもしれません」

「そうなったら、夜通し話でもしよう」


 それは楽しそうだ。ユーグのきり返しの提案に、グレースはうなずいた。ユーグはグレースの隣に座ると、「食べながら聞いてくれ」と言った。遠慮なく食べる。


「父と兄と話をした」

「……はい」


 口の中のスープを飲み込み、グレースはうなずく。グレースもナタリーと話をしなければならないが、ユーグたちも話をしなければならなかっただろう。


「お前の気持ち次第だが、場合によっては、兄がフォートレル男爵位を引き受けてくれるそうだ」

「……好きな方が貴族の方だからですか?」

「……それもある」


 食後のお茶を飲みながら尋ねると、ユーグは微妙な表情でうなずいた。どうやら、エドメの思い人が子爵令嬢なのは事実のようだが、尋ねたのは、まあ、グレースにしても半分冗談だ。ただ、真顔なのでわかりにくいだけで。


「俺が爵位を二つ持つより、そうした方が自然だ、という話だ。俺はグレースと離婚するつもりはないからな」


 はっきり言わなければグレースには伝わらないだろうと思ったのだろう。ユーグははっきりと言ってのけた。グレースはきゅっと唇を引き結び、指で空になったティーカップの縁をなぞる。


 正直、嬉しい、と思う。グレースもユーグと一緒にいたい。同じ気持ちだと思うと、嬉しくなる。だが、それでいいのだろうか。ユーグは後悔しないだろうか。


「何か気にかかることがあるか?」


 怒らないから言ってみてくれ、と言われる。ユーグが怒ることを懸念しているわけではなかったが、言いにくいのは確かだった。グレースはようよう口を開く。


「……ユーグ様は、それで構わないのですか?」


 男爵と伯爵は違う。グレースは姉の婚約者を奪ったと言われたが、ユーグは結婚で爵位を乗っ取ったと言われるだろう。それでいいのだろうか。


 やや支離滅裂ながらも尋ねると、ユーグは「なるほど」と一つうなずき、少し考えこんだ。


「……そこまで考えていなかった。だが、そうだな。お前と一緒にいられる、という利点を上回るほどのことではないし、お前への批判が減るのならいいのではないか?」

「よくはないと思いますか……」


 よくわからなくなってグレースは首をかしげる。よくはない、と思う。グレースへの悪意が減るからと言って、ユーグに批判が向いてもいいわけではない。


「俺の心情的な問題だからあまり気にしないでくれ。とにかく、それらのデメリットは、お前と一緒にいられるなら気にしない程度、と言うことだ」

「さようですか……」


 これに甘えていいのだろうか。グレースにはわからない。まだ迷っているのが伝わったのだろう。ユーグがグレースの手を握った。


「グレースはどうしたい? 迷惑かもしれないとか考えずに、お前の気持ちを聞かせてほしい」


 まっすぐに、ユーグの翡翠色の瞳がグレースを見つめていた。真剣に聞かれたのだから、真剣に応えなければ、と思った。


「私は……」

「ああ」

「ユーグ様と一緒にいたい、です」

「……そうか」


 グレースは頬が熱くなるのを感じたが、ユーグは嬉しそうに微笑んだ。美人の笑顔は威力が強い。


「なら、その方向で進める」

「はい」


 頬が赤いままグレースもしっかりとうなずいた。グレースがデュノア伯爵位の相続人になる。そして、その夫であるユーグが伯爵を名乗る。この方向に進めるのだ。


 そこで、グレースはもう一人の相続人となりうるナタリーのことを思い出した。


「あ、あの。ユーグ様。姉は……?」

「ああ、ナタリーならまだこの屋敷にいるぞ。会うか?」


 尋ねられ、うなずいた。すぐに場が整えられて、応接室に移動した。軽食を食べたばかりだがお茶の用意をしてもらった。


「おはよう、グレース。ちょっと顔色がよくなったわね」


 ナタリーがにこにこと声をかけてきた。グレースはやっぱりちょっとまだ不審げだ。まじまじと姉を見る。妊娠していると言う話だが、グレースよりよほど顔色がよく見える。


「立っていないで、二人とも座ったらどうだ」


 一応立ち合いとして、ユーグが同席してくれるようだ。グレースとナタリーは向かい合ってソファに座った。ユーグはグレースの隣に座る。


「ええっと。一応、お礼を述べるべきなのかしら。助けてくれて、ありがとう?」


 首をかしげながらグレースは一応礼を述べた。なんというべきなのかわからない。ナタリーの策略のせいでグレースは連れ去られて監禁されたのだともいえるし、しかし、グレースを助けようとしてくれたのも事実だし、難しいところだ。


「どういたしまして、と言っておくわ」


 ナタリーも回答に少し迷ったようだ。まあ、この話はおいておく。


「私とユーグ様で話し合った。デュノア伯爵位については、このまま私が相続しようと思う」


 母とセヴランがどんなに泣き叫んで恨もうと、セヴランは爵位を相続できない。まだしも現実の見えている父が認めない。第一相続人が相続できないため、第二相続人であるグレースに降りてくる。ナタリーが名乗り出なければ、だ。


「それでいいと思うわ。その方が混乱もなく、無難でしょ」


 すでに決まっているようなものだったが、こうして確認しあって、グレースはやっとうなずいた。


「ありがとう。じゃあ、その方向で」


 ユーグを見ると彼もうなずいた。実際に表立って動くのは彼になる。グレースもいろいろ書類を書くことになるだろうが、せいぜいサインをするくらいだと思われた。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


そろそろ終わりかなぁ。


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