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【32】









 まあ、行き当たりばったりだろうがうまくいったのならそれでよい。今後のことだ。少し困惑したままグレースが口を開いた。


「というか、このままだと私がデュノア伯爵の相続人になるのよね?」

「ええ。厳密に言うと、相続するのはあなたの配偶者だけどね」

「それはいいんだけど……お姉様にも同じ権利があるはずだわ」


 グレースの指摘はもっともだ。ナタリーにもグレースと同じ権利がある。今は失踪状態なので権利を喪失しているが、回復することも可能だ。年上であるナタリーの方がふさわしい、と考えるグレースの気持ちもわかる。だが、ナタリーはさらりと言った。


「ま、そうね。でも私は権利を放棄するわ」

「どうして?」


 食い下がるグレースに、もしかして彼女は相続人になりたくないのかもしれない、と思った。ナタリーは説明しづらそうに、困ったように首を傾げた。


「えーっと。駆け落ちするって言って出て行ったけど、あの時点では違ったんだけど、今となっては間違っていないと言うか」

「つまり?」

「平民の夫がいるのよ。今妊娠してるわ」


 爆弾発言に思わずユーグたちの視線はナタリーの腹の方へ向かったが、眉をひそめたグレースは落ち着いた声音で言った。


「つまり、お姉様は私たちが右往左往している間、旦那さんとイチャイチャしてたってこと?」

「……」


 こっちもなかなかすごいこと言った、と今度はグレースに視線が向く。斜め上からぐっさり刺されたナタリーは、「んぐっ」と喉が詰まったような声を上げた。


「それは、否定できないけど。でも、あなたたちもいちゃついてたでしょ!」


 姉妹喧嘩でユーグまで被弾した。ちょっと自覚のあるユーグは視線をそらした。


「どこが」


 真顔で淡々とした声だった。ぎょっと今度はみんなの視線がグレースに向いた。ユーグも思わずグレースを見た。これは本気で思っている顔だ。


「え……ユーグ様、もう少し押した方がいいんじゃない?」


 こちらを巻き込んできたナタリーが心配げにユーグに言った。アメリーも「そうね……」と同意している。自分でも結構グレースに甘いな、という自覚があるのだが、彼女には通じていないのか、ナタリーを揺さぶるための演技なのか、どっちだ。


「お姉様、ちゃんと聞いて。私、怒ってるから」

「あっ、はい」


 冷淡な声音のグレースにさすがのナタリーもすっと引いた。ユーグは隣のグレースの顔を見るが、怒っているのかわからない。恐ろしいまでの真顔だ。真顔だと彼女の顔が整っているのがわかる。


「つまり私たちはお姉様の掌の上で転がされてたってことよね」

「う、まあ、全部思惑通りなわけじゃないけど……怒ってる?」

「怒ってるって言った」


 姉妹喧嘩が勃発している。後ろめたさがあるからか、グレースが押している。


「最初からお姉様はデュノア伯爵位を相続するつもりはなかったのね? あわよくば私に押し付けようとした」

「いや、結果的にはそうだけど……うん」


 正直、ナタリーの判断は間違っていないと思う。ナタリーはどこででも生きていけるタイプだが、グレースはそうではない。彼女は貴族としての立場が身を守ってくれるだろう。


「グレース。悪いが、喧嘩は後にしてくれ」


 しばらく姉妹喧嘩を聞いていたレイモンが口をはさんだ。ナタリーはほっとした様子を見せたし、グレースもさすがに後にした方がいいと思ったのか、「申し訳ありません」と引いた。後でナタリーは部屋に乗り込まれるかもしれない。


「では、グレースがデュノア伯爵位を相続すると言うことでいいな」

「はい。……でも、ユーグ様はフォートレル男爵位を継ぐのですよね」


 レイモンの問いにうなずいたグレースだが、彼女は不安げにユーグを見た。グレースがデュノア伯爵位を相続すると言うことは、その夫(貴族出身)が伯爵になる、と言うことだ。何度も言うが、この場合はユーグだ。


「別に両方持っていても構わんだろう。それに、エドメに男爵位を継がせてもよい」

「えっ」


 家業を継ぐのが嫌で家出したエドメは、父の言葉に震えた。アメリーも「それはそうね」とうなずく。戻ってきたのなら、それもありだ。


「で、ですが、俺は……」


 家業も男爵もうまくやれる自信がない、と涙目だ。ユーグだって、家業の方はうまくやる自信がなかった。


「いいじゃないですか。男爵位を継げば気になっている子爵令嬢と結婚できますよ」

「!!??」


 ナタリーのしれっとした言葉に、エドメは声にならない悲鳴を上げた。アメリーが「あら!」と面白そうな声を上げる。ユーグとグレースは驚いた顔をしたが、レイモンは表情も変えなかった。


「驚くと言うことはナタリー嬢の言うことは事実だな? お前、少し考えなさい」

「ぐっ」


 父親に冷静に言われ、エドメが顔をしかめる。いろいろはかりにかけているのだろう。ユーグとしては、戻ってきてくれると嬉しいが。結局のところ、息子二人はどちらも商売には向いていなかったのである。


 しばらくして、グレースがうとうとしてきた。体が舟をこいでいる。ユーグは肩を抱いて倒れそうになる体を支えた。


「あら、グレースさんはもう限界ね」


 アメリーが声に出したことで、みんなが気づいたようだ。グレースはまだ意識はあるようだが、目を閉じてユーグの肩に額を押し付けている。それを見てナタリーは眉をひそめた。


「やっぱりいちゃついてるじゃない」

「してない……」


 ナタリーのツッコみに、ぼんやりした声でグレースは言ったが、たぶん、隣にいるユーグにしか聞こえていないだろう。


「グレースを寝かせてくる。続きはそのあとでいいだろうか」


 ユーグが尋ねると、レイモンは「後日にしよう」と言った。


「ある程度方針が決まったからな。ゆっくり休んでもらえ」


 と言うわけで、いったんお開きとなった。ユーグはグレースを抱き上げると、部屋に寝かせにいった。アネットがあらあら、という表情をする。


「しばらく寝かせてやってくれ」

「わかりました。昼食のころに声をかけてみます」


 そう言うアネットに、ユーグは「いや」と首を左右に振った。


「無理に起こさなくていい。起きたら軽食を用意させる」

「それはそれでグレース様が気に病みそうですが」


 アネットは肩をすくめてそう言いながらも了承した。しっかり者のグレースが途中で寝落ちてしまうほどだから、本人が思っているより疲れているはずだ。


「仲良くやってるじゃない。よかったわ」


 グレースの部屋を出たところでそんな声がかかり、ユーグは思わずそちらを睨んだ。


「お前が押し付けたも同然だろう」

「そうだけど、それ、グレースに言わないでよ。気にしちゃうから」


 どの口が言うかと思ったが、ナタリーの言う通りだ。それに、押し付けられたのは事実だが、別に嫌ではないのだ。むしろ感謝しているくらいだが、それとこれとは別だ。


「わかっている。お前は大いに反省しろ。グレースがどれだけ心配していたと思っている」


 心配もしていたし、寂しいと泣いていたのだ。ナタリーが腹黒かろうがユーグには関係ないが、グレースを泣かせたことだけは反省してほしい。


「……後悔はしてないけど、まあ、悪いことしたなとは思ってる」


 ナタリーの中では、彼女の失踪は必要なことだったのだろう。彼女は合理的な面があり、妹の心情を考えずに必要性をとったのだ。


 多分ここが、ナタリーとユーグが分かり合えなかったところなのだろう。多分、二人は共に生きるには似すぎている。


「……まあいい」


 少なくともナタリーも、グレースを傷つけるようなことはしないだろう。


 ほかにもいろいろと彼女に聞きたいことはあるが、それはグレースが起きてからだ。ユーグもさすがに疲れてるので、仮眠を取りたい。


 ユーグ自身は昼前に起こすように頼み、仮眠をとることにした。まだ問題はあるが、ひとまず、グレースが手元に戻ってきたことに安堵していた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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