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【31】







 まず、グレースの話を聞いた。昨日、レナエルのところから帰るときに何があったのか。まあ、連れ去られたのだが。


「御者は憲兵に保護されたのですよね? アンナは戻ってきましたか?」


 アンナはグレースが連れていた侍女だ。これにはアメリーが首を左右に振った。


「一緒にデュノア伯爵家に連れて行かれたのではないの?」

「連れて行かれましたが、金をつかまされて解放されたはずです」


 そこから、戻ってきていない。主を見捨てて逃げたのだ。フォートレル男爵家に戻ってこられるはずがなかった。


 アンナのことはひとまず置いておき、雇われた暴漢に実家に連れて行かれたグレースは両親と対面した。


「そこで父と母で思惑が違うことに気づいたのですが……対立させても私に逃げる術はないなと思いまして」


 それで、結局様子見をしたらしい。ものすごく落ち着いている。下手に動かなかったおかげですんなりと助けることができたと言えば、そうだ。


「それで、お前を殴ったのは? 伯爵夫人か」


 まるっと端折られたので尋ねる。ジョアキムは娘たちを雑に扱えど暴力を振るうようには見えない。暴力を振るったのなら母親のミリアンの方だろうとユーグは思っていた。


「そうですね。お母様です」

「口で勝てないから殴ってくるのは変わってないのね」


 ナタリーがあきれたように言った。それは姉妹が正論でぶん殴ってくるせいかもしれない。ナタリーはもちろん、グレースも言うときは言う。


「それで、お姉様はどうしてここに? それと、エドメ様、ですよね?」


 グレースがエドメを見て首をかしげる。そう言えば、グレースはエドメとほとんど顔を合わせたことがないのだ、と今気が付いた。


「グレース、兄のエドメだ」


 念のためユーグが兄を紹介すると、グレースは「ですよね」とうなずいた。二人とも初対面の挨拶をしている。さすがに初対面ではないはずだが。


 家出した人間が二人ともここにいる。本当の本当なら、この二人が婚約して、結婚していたはずだ。それが、どちらも代理になり、全くかかわることがなかったはずのユーグとグレースが結婚している。よく考えると、不思議な状況だ。


 時系列ごとに話せ、と言うことになって、まずエドメが口を開いた。少し言いづらそうだ。


「ええっと、商会を継ぐのが嫌で、逃げました」

「知ってる」


 そのせいでユーグは軍をやめて家業を継ぐことになったのだ。ナタリーと婚約することになったとか、結局グレースと結婚することになったとか、そう言うことよりも軍を退役せざるを得なかったことの方が堪えていた。


「あー、えっとそれで音楽家に弟子入りしていたんだが……一年くらい前かな。用があって王都に来た時に、ナタリーに見つかって」


 聞くにエドメには音楽家としての才能はあまりなかったようだが、それなりにうまくやっていたようだ。そして、今回の件はやはり主導がナタリーであるようだ。


 ナタリーはユーグとの結婚を控えていたところだった。そして、やはりと言うか残していくグレースのことを心配していた。このまま実家にいると言うのならともかく、どうも金持ちのおっさんに売られそうな気配。そこでうまくやっていければそれもまたいいのかもしれないが、十六の少女を買うおっさんがまともなわけがないし、グレースも主張の少ない子だ。うまくやれるはずがない。


 ナタリーは考えた。どうすれば妹を安全に避難させられるだろうか。そこで思いついたのが、自分の立場にグレースを置くことだ。つまり、グレースをユーグに押し付けた。


「ユーグ様は真面目な人だからそんな立場のグレースを放っておけないでしょ。それに、どちらかと言うとグレースみたいなタイプの方が好きでしょ」


 さらりと元婚約者に言われて、ユーグは視線をそらした。全員の視線がユーグに向いている。事実だから何とも言えないが、ユーグが最近気づいたことを、なぜみんな当たり前のように知っているのだろうか。


 問題は、ナタリーがどうするか、だ。あまり時間もなかったこともあって、ナタリーは短絡的に消えることにした。自分が消えれば、フォートレル男爵家の援助が欲しいデュノア伯爵家は、その妹を差し出すことにためらわないだろうと思った。理由はそれらしく、駆け落ちと言うことにした。


「お姉様らしくない理由で、逆に不審だったわ」


 グレースが眉をひそめて言うが、ナタリーは「あなたたち以外をだませればそれでいいのよ」と軽く手を振った。グレースやユーグに怪しまれるのは覚悟の上、両親さえ目くらましできればよかったようだ。ナタリーを探すほどの行動力はないと判断し、思い切りのいいことにしばらく王都に滞在していたらしい。


「駆け落ちなら遠くに行くと思うでしょ。万が一追手があった場合、やり過ごそうと思って」


 と、頭脳派な面を見せた。その期間に、エドメを捕まえたようである。婚約の際の騒動があったため、ナタリーはエドメに何かあった際の協力を取り付けた。そして、何かあってしまったのだ。


「私とグレースが抜ければ、伯爵家は一気に傾くのはわかっていたわ。私とグレースで経営と家政を回していたんだもの。当然よね」


 このあたりの意見は姉妹で共通していた。やはり頭の良い姉妹だ。きちんと教育されている、と言った方がいいだろうか。


 市井にまぎれていたナタリーの耳にも、セヴランのことが入ってきた。いつかこうなると思っていたが、思ったより早い。グレースがユーグと結婚してから半年ほど。まだグレースの立場が安定していない。もしかしたらグレースが実家に戻されるかもしれない、と思った。


 こうなったらグレースを女相続人に仕立ててしまおう、と思った。セヴランが爵位を継ぐのはもう難しいし、父も責任を追及される。不可能ではない、と思ったのだが。


 ナタリーが想定したのは、グレースがユーグと結婚したまま爵位の相続人になることだ。それが一番グレースの身の回りに波風が立たない。女性が爵位を継げないことを考えると、無難な判断だ。いくつか爵位を持っている貴族家は少ないがないわけではない。


 だが、デュノア伯爵家は強硬手段に出た。グレースを強制的に離婚させて自分たちの都合の良い相手と結婚させようとしたのだ。とはいえ、これは父親であるジョアキムの考えで、母親のミリアンと弟のセヴランはもう少し違う考えだったわけだが、まだしも現実的なのがジョアキムの考えだった、というわけだ。


 これはナタリーも想定外だった。ナタリーはグレースがユーグと結婚したまま相続人になることを想定していた。ジョアキムたちが持ってくる縁談などろくなものはない。ナタリーは実家に乗り込んだ。使用人が少なく、勝手知ったる場所なので、忍び込むことは難しくなかった。


 これにはフォートレル男爵家の協力が必須だが、こちらにはとっ捕まえたエドメを派遣した。フォートレル男爵家を味方につけられれば、グレースを相続人にすることが容易になる。そして、ナタリーはその行動力を持って自分の思い通りに事態を動かしてみせた。


「行き当たりばったりすぎないか?」

「どんなに作戦を練っても、行動しなければ何も変わらないわ」


 それはそうだが。多分、判断力に優れたナタリーと慎重なグレースで、この姉妹は補い合っていたのだろう。ユーグもどちらかと言うと慎重派なので、確かに行動力は薄いかもしれない……。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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