第四章 - 青春時代① 第一回サマー・スクール Ep.1:旅の始まり(英国旅行編 始)
欧米の学校では8月中旬~下旬に新学期がスタートする場合が多く、エリスが通うモーザー学校も例外ではなかった。また欧米の子供たちは、7月中旬から始まる夏休みを利用して、『サマー・スクール』と呼ばれる留学プログラムに参加することも多い。サマー・スクールでは外国のボーディング・スクール(寄宿学校)に数週間~数ヶ月間滞在し、語学能力の向上や異文化交流を楽しむのだ。
留学先としてはイギリスが人気で、その理由は伝統的な正しいアクセントの英語を学べることと、高緯度なので夏でも快適な気温だからだ。サマー・スクールは個人で手配する場合と、在籍する学校が提携している場合との2パターンあるが、エリスの場合は前者のパターンでの参加だった。
ある日両親が『いい経験になるから』と提案してくれたので、エリスは二つ返事で参加する意向を伝えた。その後両親は、滞在中の彼が心細くないようにと、ニコラの両親にも『一緒にどうですか?』と話を持ち掛け、双方にとってメリットがあることを説明したのだ。当人たちも乗り気だったので、話はとんとん拍子で進み、かくして二世帯一緒に応募する運びとなった。
こうして初めての外国旅行は、親友のニコラとイギリスに行くことになったエリス(まぁ厳密にはフランスになら何度か行ったことはあったが、車での短期旅行だったので実質ノーカンだった)。はたして彼らを待ち受けるのは、どんな貴重な冒険なのだろうか?
<エリスが受けた教育④ St Bede's Summer School>
エリスとニコラが参加するサマー・スクールは、『セント・ビーズ(St Bede's)』という団体が企画しているものの一つ、『English Plus』コースだった。これは週20時間の英語学習+各種アクティビティ体験を提供している、セミ・インテンシブ(半短期集中)型の人気コースで、毎年夏に6週間開かれていた。
滞在先はイギリス南東部、サセックス州に位置する『Bede's Senior School(通称:ディッカー校)』という全寮制高校(イギリス各地に点在する同団体運営学校の一つ)で、開催中は各週世界中から、延べ200人以上の子供たちが、当校舎に集まってきていた(他のコースも合わせれば300人以上にも上る)。
エリスたちは7月15日~28日までの2週間弱滞在する予定で、出発当日は朝7:30に『ジュネーヴ・コアントラン国際空港(GVA)』からスイス・インターナショナル・エアラインズ(SWISS)のエアバスA321neoに乗って、1時間45分掛けて『ロンドン・ヒースロー空港(LHR)』へ向かうことになる。そこから9:00に送迎リムジンに乗り、2時間弱掛けて滞在先の寄宿舎に向かうのだ。
『未成年フライト・サービス』を契約すれば、搭乗手続きなどの面倒事も、航空会社のスタッフが手厚くサポートしてくれるだろう。さぁ、待ちに待った冒険の始まりだ!
<エリスのサマー旅行記① いざ行かん!雲を突き抜け空へと!>
「それじゃあ二人とも、空の旅を楽しんでね! バイバ~イ」空港の搭乗ゲート前でバービー人形のように手を振る女性が、エリスとニコラに最後の別れを告げた。彼女はSWISSのスタッフで、チェックインカウンターからずっと二人を案内し、無事ここまで連れてきてくれたのだ。二人は笑顔で手を振りながら、人生初の飛行機に乗り込んでいった。
「イイお姉さんだったね?」エリスが言うと、「あぁ、実に良い尻をしていた……」とニコラが感慨深げに呟く。機内に入った二人は、航空券に示された座席を探し、手荷物を座席上の収納棚に入れる(ちなみにこの時点でのエリスの身長は162.4cm、ニコラは174.4cmだった)。
「窓際いただきぃ!」ニコラが座席にダイブすると、続いてエリスも「もう、ニコってばぁ! じゃあ僕は真ん中いただき~!」と隣の席に腰かける。今日は二人ともワクワクしっぱなしで、見るもの全てに目を奪われていた。座席に着いてからも外の景色や、目の前のテレビモニター、簡易テーブル、パンフレット、嘔吐袋などに逐一リアクションしていたし、何なら空港だけでもプチ旅行気分を味わっていた。
「おいエリー、見ろよ! たくさんの映画が見られるぜ!」ニコラがモニターを操作している。「あっ、『パディントン』もある! 2もだ! なぁエリー、お前『ヒュー・グラント』好きだったろ? ほらっ、あのウンパルンパの人……なぁ一緒に見ようぜ――」彼が隣を見ると、エリスがスマホと睨めっこしていた。
「う、ん……ごめん、今お父さんに『飛行機に乗ったよ』って連絡しているところ……よしできた!」満足げにスマホを仕舞うエリス。実は彼はこの旅を機に、初めて両親からスマホをプレゼントされていたのだ。学校の授業でもタブレットを使ったりはするのだが、それだと文字入力はキーボードのレイアウトだったので、まだスマホのフリック操作には慣れていないようだった。
「メッセ送れたならさ、機内モードにしないと、エリーのせいで飛行機墜ちちゃうぜ? 航空パニックがお望みかい?」ニコラが意地悪な言い方で注意する。ちなみにエリスのスマホはデータ通信にスイスのeSIMを利用していて、この旅に合わせてイギリスのeSIMも2週間契約してあった。
「そう、それが僕のフライトプラン……なんてね! 教えてくれてありがとう」同じく冗談を交えながら、素直に機内モードするエリス。ちなみに、2040年の航空通信機器は電波干渉に強かったため、もうほとんどの空港で6G回線までの利用が認められていたが、SWISSはまだ短距離路線で旧型のエアバスA321neoを利用していたので、その限りではなかった。
「プォーン、プォーン」大きな通知音に続いて機内アナウンスが流れる。「皆様、当機は間もなく離陸準備に入ります。座席のリクライニング・シートとテーブルを元の位置に戻し、シートベルトをしっかりとお締めください。また電子機器は機内モードに設定し、大型の電子機器は電源をお切りください……」CAさんたちが機内をチェックし始め、しばらくして機体が滑走路へと向かい始めた。
「いよいよだな」ニコラが不敵な笑みを浮かべる。「エリー、離着陸でビビッて漏らすなよ?」そんな冗談を言ってはいたが、本当は彼の方が内心ビビっていた。
「う、うん……努力するよ」エリスはあからさまに不安げだった。彼は乗り物酔いには強かったが、遊園地の絶叫系乗り物は苦手だったので、どうしても『墜ちたらどうしよう?』と考えてしまうのだ。
「君たち飛行機は初めてかい?」そのとき、エリスの隣にいた――通路側の席に座る――老紳士が、英語で話しかけてきた。ちなみにA320シリーズの座席は左右3席ずつの横6席だ。「ご両親は? もしかして二人旅かい?」
「は、はい。僕たちサマー・スクールに向かっているところで」エリスが応答する。
「そうかい、そうかい。いやはや偉いね? 若いのに勉強熱心で――」老紳士はポケットから飴玉を二つ取り出し、エリスの方に差し出す。「さぁこれをどうぞ。舐めると気持ちが落ち着くよ」
「ありがとう」受け取った彼は、一つをニコラへと渡し、包みを開けて飴玉を口に入れる。途端に桃の優しい甘さが口いっぱいに広がった。「おいひ~れふ」そう言って笑う彼の横顔を見ながら、老紳士の方も何か、懐かしく甘酸っぱい気持ちになった。
「皆様、当機は間もなく離陸いたします」最終アナウンスが流れる。「今一度、シートベルトが確実に締められていることをご確認ください。また安全のため、シートベルト着用のランプ点灯中は、そのままの状態でお過ごしください。それでは、快適な空の旅をお楽しみください」飛行機が加速を始める。ものすごい轟音が機内を満たした。
「エリー、さっ、手を貸せよ」ニコラが右手を仰向けて示したので、エリスは迷わず左手を上に被せ、指を絡ませて手を繋ぐ。続いて老紳士も「私の手も使うかい?」と左に倣ってくれたので、彼はそれも甘受した。そうして深呼吸して目を閉じると、自分が神様に守られているような、とても温かな気持ちになった。きっと大丈夫……僕たちは大丈夫だ――。
次にエリスが目を開けると、窓の外には青空と、小さくなっていく街の景色が広がっていた。隣のニコラもそれに気づき、二人はしばし黙って外を眺めていた。建物も車も何もかも、どんどん小さくなっていく……あぁ、世界って何て広いんだろう……。やがて白い煙が視界を覆い尽くし、一瞬だけグラッと機体が揺れる。思わず目を閉じて、両手を強く握ってしまうエリス――次の瞬間、そんな彼の横顔に強い光が差し込んだ。
彼が目を開けると、窓の外にはさんさんと煌めく朝日と、綿飴のように広がる雲海、そして地平線彼方まで続く天空の青さだけがあった。耳元で囁き声が「エヴァーブルー(Everblue)……君の瞳と同じじゃ」と告げると、もう彼から恐怖心はなくなっていた。
ニコラとエリスは互いに顔を見合わせ、『すごー!』という気持ちを込めて顔を綻ばせた。繋いでいた手が自然に解ける……。続いてエリスが右隣に対して、「手を貸してくれてありがとうございました。すごく助かりました」とお礼を言うと、老紳士は「いいんじゃよ」と優しく右手を開放してくれた。すぐさまはしゃぎ出す二人の若者を見ながら、自分も少しだけ青春を取り戻した気がした老紳士だった。
*
それからのフライトは快適そのものだった。二人はともにパディントン2を視聴しながら、時折その愛らしいクマにうっとりしたり、彼の作るマーマレードサンドに涎を垂らしたりした。途中、機内食が提供されたので、ニコラはビーフ、エリスはヴィーガン用のハンバーガーなどを食べた。そうこうしているうちに目的地が間近に迫っていたようで、眼下にロンドンの街並みが広がっていた。
『着陸態勢に入る』とのアナウンスが流れたとき、また両サイドの二人はエリスへと手を差し出したが、彼は首を横に振って、「今度は自分一人で頑張ってみる」と助けを断った。パイロットの腕が良かったことに合わせ、その日のロンドンは珍しく快晴だったこともあり、着陸は拍子抜けするほどスムーズだった。機体が完全停止し、ベルト着用のランプが消えた瞬間、二人は最高にワクワクした気持ちで座席を後にした。
<エリスのサマー旅行記② 到着!これがハリポタの国!>
お世話になった老紳士に別れを告げた後、トイレや所用(スマホの機内モードを解除して、相手先と父親に到着を報告したり)を済ませた二人は、入国審査の列に並んで順番が来るのを待っていた。「パディントン可愛かったね~」などと話していると、いよいよ自分たちの番になったので、彼らは意を決して、別々のカウンターへと進んでいく――エリスが向かった方の審査官は黒人男性だった。
審査官が「パスポートを見せて(Show me your passport please.)」と言ったのでそれに従うと、審査官はエリスの顔とパスポートを交互に見ながら「滞在の目的は?(What is the purpose of your visit?)」と尋ねる。彼が「サマー・スクールのプログラムのために来ました(I’m here for a summer school program.)」と答えると、「どこに滞在するの?(Where will you be staying?)」と返されたので、彼は滞在先の住所が書かれたスマホの画面と、学校の入学証明書(Acceptance Letter)を提示する。
審査官はそれらを確認し終わると、「何日間の予定?(How long will you stay?)」と追撃してきたので、彼は「2週間の予定です(I will stay for two weeks.)」と負けじと応戦する。しばし怪訝そうな表情で彼を見つめた審査官は、突如満面の笑みで「問題ありませんね。手続き完了です。では良い旅を!(Everything looks good. You're all set. Have a great trip!)」と言って、スマホなどを返却した。
それらを受け取ったエリスは「Thank you!」と微笑み返してからゲートを通り抜ける。審査官はしばし立ち去る彼に見惚れていたが、最前列の女性に咳払いされたことで我に返り、また仕事に戻っていった。その夜、審査官の男性はいつもの酒場で仲間たちに、「今日とてつもなく可愛い少年を見た! あんな美人、20年務めてきて、いや……40年生きてきて初めて見たよ!」と自慢したのだった……。数日後、管理職に昇進することを、彼はまだ知らない。
*
一番の難所を抜けた二人は、意気揚々と次の手荷物カルーセルへと進み、流れてくる旅行鞄を受け取ってから、税関と両替所をパスした。現地での交通費や食費などは諸々プランに組み込まれていたので、あとはお土産代など少額があれば事足りる計算だった。エリスは父からクレジットカードと、現金200スイス・フラン(CHF)を渡されていたので、あとで手数料が有利な街中の両替所に行けばいいや、と考えていた。
「いよいよイギリスだな? きっとオシャレな駅に紳士とか、カフェに文豪とか、お城に伝説の騎士や魔法使いがわんさかいるんだぜ!」ニコラが大仰な期待を語る。
「ねーっ! アロホモーラッ(開けっ)――」エリスが人差し指を立てた手を杖に見立てて振ると、目の前の自動ドアが驚くことに、自動で開いた。
到着ロビーまで来ると、前にいる数人の待ち人たちのなかから、『BEDE'S SUMMER SCHOOL - Dicker』という札を持った女性が目に留まる。二人は彼女の前まで歩いていき、入学証明書を提示して名を名乗った。女性は「エリス、ニコラ、ようこそロンドンへ!」と挨拶し、追加でパスポートや保険証を確認した後、二人を空港の待合室まで案内した。そこには先に到着していた数人の子供たちと、運転手と思しき成人男性が一人いた。
「みんなお待たせ! 今日最初の送迎メンバーはこれで全員よ! あとは運転手の彼に付いていけばいいからね? ささっ、出発よ」彼女が促すと、成人男性が先導して歩き始めたので、みんなそれに続く。その際ニコラが「やぁよろしく、よろしく」と一人一人に挨拶していくので、エリスもそれに倣う。
ここにいる子供たちはエリスとニコラの他に、デンマークのコペンハーゲンから来た子、アイルランドのダブリンから来た子、ドイツのミュンヘンから来た子、南アフリカのケープタウンから来た子、チェコのプラハから来た子、スペインのバルセロナから来た子が一人ずつの、計8人だった。ケープタウンからの子は10時間のフライトだったみたいで、さすがにお疲れモードだった。
彼らが空港の外にある駐車場まで来ると、グリーン塗装された大きな車が、両目を瞬かせて「ピョッピョッ」と挨拶した。どうやら、それが送迎用リムジンのようだ(ちなみにその車は、『フォード・トランジット』という車種の小型バンで、11人乗りの水素エンジン搭載モデルだった)。運転手に荷物を積載してもらった子供たちは、順番にバンに食べられていき、最後に大きな獲物を飲み込んだバンは、「ブロロロォォォン!」と雄々しい鳴き声を上げた。まだ食べたりない様子だったが、何事も腹八分目がちょうどいいのだ。
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それからしばらく、バンは『M25モーターウェイ』という環状高速道路を通って、イギリスを順調に南下していたが、特に感動を誘うドライブ風景というわけでもなく(高速道路から見える景色のつまらなさは異常!)、その間乗客はあまり口を利かなかった。ただエリスは、自国とは逆の『右ハンドル左側通行』の道路交通事情に感心しながら、珍しかったり面白かったりする車はないかな~と、車窓からの景色を楽しんでいた。
途中M25→M23→A23→A27と路線を乗り換えていくのだが、A23の中間辺りで南アフリカの子が車酔いしたみたいだったので、エリスが頼んでサービス・エリアで小休憩を取ってもらった。エリスは辛そうな彼にトイレまで付き添い、「もし辛かったら、一度思い切って吐いちゃうと楽になるかも? でも嫌だったら無理しないでね」と背中を摩ってあげた。その子はエリスを信じたようで、機内食の一部を便器にリリースしてから、運転手から渡された水を飲んで、少しずつ元気を取り戻していった。
A27号線に入ってしばらくすると、徐々に道幅は狭くなっていき、同時に視界が開けてきたことで、豊かな緑や農家・牧場と思しき建物が目に入ってくるようになった。そしてようやく街みたいな景色が見えてきて、オシャレな建物や小さなガソリン・スタンド、赤くて可愛い公衆電話ボックスなどがお出迎えしてくれた。エリスはあの電話ボックスが、ハリポタに登場する『魔法省の入り口』みたいだな、と思った。
そうこうしているうちにバンは、幹線道路帯を左折して抜けたようで、『コモン・レーン』と呼ばれる小道に入っていく。見渡す限り草原、丘、農地! その名の通り、実に『ありふれた車線』だった……。また左折して『ステーション・ロード』を行くと、住宅街に入ったようで、レンガ造りの可愛いお家が、みんな煙突を空に掲げて、祖国への忠誠を示していた。
そこから真っすぐ道なりに進んでいくと、突如として左手側に馬鹿ヤバすぎる建物が出現し、子供たちが歓声を上げた――ニコラがみんなを代弁して叫ぶ。「どっひゃ~! 何じゃこりゃ~(What the heck?! Blimey!)」そのオレンジ色の宮殿こそが、彼らにとっての『ホグワーツ』だった(もっとも、Bede's Summer Schoolのなかでは『Lancing校』こそが、本当にホグワーツっぽい見た目をしている)。
バンが学校に到着すると、子供たちは嬉々として下車し、澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んだ。運転手に荷下ろしを手伝ってもらっていると、別のスタッフと思しき女性が歩いてきて、「ようこそ! ディッカー校へ!」と彼らを施設内に招いた。運転手にお礼を言ってから彼女に付いていくと、すぐにレンガ造りの家々が隣接しているのが見え、そこは学校というより集落のようだった。
まず案内されたのが、あの最初に目に飛び込んできた『メインの建物』で、板チョコのような細工が施された木の門の入り口から、両脇に暖炉のあるレセプション・ルームへと通された。高い天井にはシャンデリアが吊り下げられ、観葉植物や美術品が飾られた趣のある部屋である。エリスたち一行はそこで、受付を済ませて学生証を発行してもらった。
続いて寄宿舎に案内された彼ら8人は、まず男女5-3のグループに分けられ、そこから男子のみ3-2に分けられた。できた3つのグループ各人に、それぞれ部屋の鍵――サルト・カード(Salto Card)という非接触型カードキー――が渡され、自室に荷物を置いてくるよう指示される。エリスとニコラは別々の部屋となり、ニコラはデンマーク人の13歳『ミケル(Mikkel)』と、チェコ人の16歳『ルカシュ(Lukáš)』と同室になった。
一方エリスは、南アフリカ人の17歳『テムバ(Themba)』とペアになり、一緒に目的の寮部屋へと歩いていた。その途中、テムバが言葉を詰まらせながら話し始める。「あ、あの……さっきはありがとう。まだ、その……ちゃんとお礼言えてなかったから……」もう気分は回復していた彼だったが、あのとき吐いてよかったと思う反面、エリスの目の前で吐いてしまったことには、一抹の後悔を覚えていた。
「ううん、困ったときはお互い様だよ」エリスが応える。「僕も今日ね、初めて飛行機に乗ったんだけど、離陸のとき怖くて、周りの人たちに助けてもらったんだ。人ってそうやって、支え合って強くなれるんだと思う」彼が流暢に話す言葉一つ一つが、テムバの心に深く刻まれていく――ふと彼の背中に、エリスに『よしよし』されたときの温かな感触が蘇った――。なぜだか『気持ち悪くなってよかった』とさえ思えるテムバだった。
と同時に彼は、エリスと同室だという事実をやっと実感し、その幸運に感謝し、内々で神に十字を切った。おぉジーザス……こんな天使のような子を我がもとに遣わしてくださり、ありがとうございます……。「だったら、君が困っていたら、今度は俺が支えるよ」テムバが言うと、エリスは「うん! ありがとっ」と笑った。
二人が部屋に到着し、鍵を開けて中に入ろうとした矢先、部屋のドアが開いて一人のアジア人が現れた。「やぁ! 君もこの部屋の生徒?」エリスが挨拶すると、その男の子は掛けていた眼鏡をカチャリと動かしてから、無言でどこかへ行ってしまった。さぁて役者は揃った。ここからどうなるサマー・スクール!?




