第二章 - 資質と気質
この辺りで一度、エリス自身の人間性について詳しく触れておこう。ここまで順風満帆に成長した彼であるが、15歳ともなれば多くの場合、『思春期』と呼ばれる時期が到来し、精神的にも肉体的にも成熟してくることで、交流分析における『人生脚本』を書きつつある年齢である。
人生脚本とは自分の物語に対する『あらすじ』であり、その核の部分は7歳前後で書かれるとされる。そして15歳前後は、その脚本の改訂が進められる時期であり、この頃の子供たちは無意識に、自分とは何者で、何ができて何ができないのかを理解して、また世界とはどんなところで、自分はこの世界でどうやって生きていくのか、ということを決めているのだ。
この改訂作業は、多くの子供たちに強い恐怖とストレスを与える。加えて同年代の友達も同じ葛藤を抱えることで、より人間関係も難しくなってくる時期である。そんな15歳を迎えた彼は、はたしてどんな能力・世界観・生活様式を持ち、これからどんな人生選択を行うのだろうか?
<エリスの能力① 知性と勉学>
彼は知的能力が高かった。だから学校の勉強も大好きで、いつも成績は6や5(英語圏でのAやB)を取り、相対的には学年上位に入っていた。
優秀ではあるが1位や2位、3位ではなかったので、全く嫌味がなく、むしろより上位の人からも下位の人からも慕われていた。
それに彼は記憶力こそ人並みだったので、学科試験はどちらかといえば不得意だった。彼の知性で秀でていたのは、知的好奇心や閃き、問題解決能力などの天才的領域だった。
<エリスの能力② 運動とスポーツ>
彼は身体能力も高かった。筋力は女性と同等なので力こそ弱いが、走ったり跳んだり回ったりする運動は全般得意だった。だから何かの動作に失敗して、自分や他人を怪我させてしまうことは稀だったし、痛い思いや罪悪感を経験することも少なかった。
また、彼は特定のスポーツクラブには加入していなかったため、各スポーツにおいてはそれぞれの一流選手には及ばないものの、どれもそこそここなせたため、よく助っ人を頼まれたり、遊びに誘われたりした。
<エリスの能力③ 対話と交友>
彼の能力で最も秀でていたのは、そのコミュニケーション能力だった。彼はどんな相手に対しても穏やかな態度で、適切な口調と話題を用いて話すことができた。だから当然、彼は誰からも好かれていたし、みんな彼を『友達』だと認めていた。
もちろん、そんな彼に淡い嫉妬心を抱く者も出てくるが、彼を心から憎める人はまずいなかった。それほどまでに彼は友好的で親切で、他人にとって『仲間』以外の何者でもなかった。
<エリスの嗜好芸術① 映画編>
彼はハートフルな映画を好んだ。傑作はひと通り見ており、特にお気に入りだったのが、『ハリー・ポッター』、『チャーリーとチョコレート工場』、『ビッグ』、『ターミナル』、『素晴らしき哉、人生!』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『モンスターズ・インク』、『トイ・ストーリー』、『インサイド・ヘッド』、『ポーラー・エクスプレス』、あとはもちろん『千と千尋の神隠し』だった。
『ゴースト/ニューヨークの幻』、『タイタニック』、『シックス・センス』なども好きだったが、人が死んでしまうシーンは少し怖かったり悲しかったりしたので、全体的に明るい作品が好みだった。お気に入りのラインナップで分かる通り、一番好きな俳優は『トム・ハンクス』だった。
そしてこれから先の人生、彼に影響を与えることとなる作品は、『リトル・ミス・サンシャイン』、『セレブな彼女の落とし方』、『アバウト・ア・ボーイ』、『主人公は僕だった』、『イエスマン』、『キャスト・アウェイ』、『ライフ・オブ・パイ』、『マイ・ブラザー』、『きっと、うまくいく』、『サニー 永遠の仲間たち』、『エリザベスタウン』、『エターナル・サンシャイン』、『ミリオンダラー・ベイビー』、『チョコレートドーナツ』、『ショーシャンクの空に』、『ロード・オブ・ザ・リング』、そして『マトリックス』となる。
<エリスの嗜好芸術② 音楽編>
明るいもの好きな傾向は音楽にも表れていた。幼少期より祖父母の影響で『ABBA』とか『Enya』とか『Sarah Brightman』とか『Electric Light Orchestra』とかを聴いて育ったし、両親の影響で『Scatman John』や『タイタニック』のサントラ、あと『Glee』というドラマのサウンドトラックもよく聴いていた。
そんな彼が12歳になったばかりのときだ。ちょうど近所の中古CDショップが閉店セールをしていたので、ふと友達と立ち寄ってみた彼は、そこで美麗なジャケットに惹かれて一枚のCDを買った――それがスイスのシンフォニック・メタル・バンド『Lunatica』の2ndアルバム『Fables & Dreams』だった。
家に帰って再生してみた彼は、その幻想的な世界観とサウンドに衝撃を受けた。そのときはまだ『こんな音楽もあるんだな~』くらいの認識だったが、この経験と予備知識が後に、キアラという変わり者と接点を持つこととなる要因であった。
*
それから数週間経ったある日、エリスはいつものように学校の休み時間中、早めに次のクラスに向かおうと階段を上っていた。すると踊り場のところで一人の女の子に遭遇した。イヤホンをしながら、ノリノリでエアギターしている女の子――彼女こそがキアラだった。
「楽しそうだね! 何を聴いているの?」彼が話しかけると、キアラはイヤホンを耳から外して「DragonForceだよ。イングランドのパワーメタル」とぶっきらぼうに返答した。
「どらごん、ふぉーす? ぱわー?」エリスが不思議そうに呟くと、キアラは「まぁ、あんたみたいな『お嬢様』には縁遠い音楽さ。じゃあな」と、その場を立ち去ろうとする――寸前、彼が言い放ったセリフに足を止めた。
「メタル音楽なんだね? 僕も一つだけ、ルナティカってバンドなら知ってるよ! AvalonとかHymnとか……綺麗な曲だよね!」
「ま、マジか……」プルプル震えながら振り返ったキアラは、満面の笑みでエリスにメロイック・サイン(人差し指と小指を立てるメタルのシンボル的ハンドサイン)を向ける。「あんた、分かってんじゃんっ!」
「キツネさん? コーンコーン(ouah-ouah)! 可愛いね?」エリスが彼女の手真似をする。
「なっ、これはキツネじゃねぇー!」これが彼ら二人の出会いだった。
世界中のメタルに精通していた彼女は、それからことあるごとにエリスが好みそうなバンドのCDを持ってきては、「これっ、聴いてみな!」と貸してくれるようになった。彼女のチョイスはいつもドンピシャで、15歳までにたくさんのメタルを聴いたエリスは、すっかりこのジャンルに魅了されていた。
特に気に入ったバンドは『Fairyland』、『Stratovarius』、『ReinXeed』、『Power Quest』、『Aquaria』、『Twilight Force』、『Fellowship』、『摩天楼オペラ』だった。
<エリスの生活様式① 睡眠>
彼はすこぶる健康だった。毎日きっかり9時間の睡眠をとり、夜の9時に就寝し、朝の6時に起床した。睡眠中に夢を見ることはほとんどなく、朝もひとりでに――アラームに頼ることなく――目を覚ました。
目覚めると彼はまず、ベッドから立ち上がって伸びをしてから、毎朝の日課であるストレッチ運動を行った。身体の各所を伸ばしたり、体操したりして血流を促進すると、身体を徐々に活動モードに移行することができた。
10分ほど行い完全に眠気を吹き飛ばすと、彼は運動をやめて部屋のクローゼットを開けた。そして、その日一日を過ごす服装を決めてから、その着替えを持ってバスルームに向かった。
<エリスの生活様式② 身支度>
バスルームに着くとまず、彼はトイレで用を足した。それから洗面台で手を洗うついでに、ぬるま湯で軽く洗顔して、肌に付着した余分な皮脂や、埃汚れ、目元の目ヤニなどを洗い落とした。最後に冷水でさっと肌を引き締めた後、柔らかな綿のタオルで水気を取っから、適度な機能を有した日焼け止めクリームを、顔全体に満遍なく塗り広げた。
続いてパジャマを脱いで洗濯物カゴに入れてから、下着姿の状態で肌が露出する箇所にも、同じように日焼け止めクリームを塗った。それから持ってきた洋服に着替えた彼は、最後に髪の毛に櫛を通して髪形を整えてから、朝食を摂るためにダイニングルームへ向かった。
(ちなみに彼は、日中定期的に日焼け止めを塗りなおしたり、帰宅後に洗顔・保湿したりする以外には、これといって他に特別なスキンケアを行わなかった。彼自身があまりにも美しすぎるので、特段必要なかったとも言えるが、これが逆に功を奏した――過剰なケアで肌に負担を掛けなかったことが幸いして、彼の美しさはこれからもずっと続くこととなる)
<エリスの生活様式③ 食事>
彼は一日三食を徹底し、決して食べ過ぎたり食べなさ過ぎたりせず、有機野菜中心の食事で、肉や魚、卵、乳製品なども適度に食べた。また間食として一日二回、マルチビタミンのサプリメントを飲んでいたが、それを除いては高加工食品を控えていた。嫌いな食べ物はなく、好物はハチミツとアサイーだった。
毎食多様性に富んだ食材を口に入れていたので、彼にアレルギーは皆無で、消化器官は万事順調に機能していた。摂取した栄養素は効率よく吸収され、血流にのって体内の必要な器官に速やかに運ばれた。残渣は適度な固さを持った便となり、腹痛を起こすことなく快適に、毎朝一回排泄された。
よく噛んで食べることを心掛けていたが、どうしても固い食材は無理せずに、柔らかく料理してから食べていた。もちろん毎食後はすぐに、丁寧に歯磨きを行っていたし、彼が歯科医院のお世話になることは、ほぼほぼなかった。
<エリスの世界観① 愛情>
彼は自分が大好きだった。でもそれと同じくらいお父さんとお母さんも大好きで、もちろんおじいちゃんとおばあちゃんも、学校の友達と先生たちも、よく会うご近所さんとその飼い犬も、よく会う野良猫とその家族も、よく行くお店の店主さんや店員さんも、これから出会うかもしれない世界中の人たちも、この世に生きとし生ける草も木も花も動物たちも、みんなみんな大好きだった。
その証拠として、彼は絶対に故意に他の生き物を殺めたりしなかった。外を歩くときはできるだけ虫たちを踏んずけないよう気を付けていたし、食卓にハエが飛んでいてもそっとしておいた。寝ているときに蚊が飛んでこようものなら、「どうぞお飲み~」っと言って腕を差し出したりする子供だった。
彼はこの世界にある全てのものをありのまま受け入れて、尊重し、愛していて、その存在に感謝していた。誰もが幸せになる権利があると思っていたし、幸せになってほしいと思っていたし、幸せだと信じていた。それが当たり前だと、ごく自然にそう思っていた。
<エリスの世界観② 性別>
彼は『男』と『女』という人間の遺伝子的違いを、頭でこそ理解していたが、現実的実感を持って真に理解はしていなかった。だって彼は男の子も女の子も好きだったし、男の子の好きなものも女の子の好きなものも好きだったからだ。それでいいと思っていたし、世界もそれを許してくれると思っていた。
それでも周りの友達は少しずつ、お鬚が生えたり声が低くなったり、胸が大きくなったり苦しそうにトイレに駆け込むようになっていった。たびたび彼が「大丈夫?」と女の子に声を掛けると、「いいから、ほっといて!」と撥ねつけられたりしたし、彼が男子トイレに入っていくと、居合わせた男の子たちはモジモジして、居心地が悪そうにしていた。
彼はみんなの気持ちを分かってあげたかったけど、どうして分からなかった。だから自分が知らず知らずのうちに誰かを傷つけているかもしれない、という漠然とした不安感ばかりが募っていった。そんなある日、彼は自分と他者の違いについて、その真の意味を知ることとなる――。