助けに来てくれたのは...
今日の空は雲一つなく冴え渡っており、太陽の日差しが直接、生徒達を容赦なく照らし出す。
生徒達は暑さを感じながらも体育祭を楽しんでいる。運動場には歓声や声援の音が響き渡り、私はその音を耳だけで感じながらクラスのテントでひと休みしていた。
テントのおかげで日陰になり、心地いい風が汗ばんだ体を乾かしてくれる。私の体力も段々と戻ってくるのを感じた。
私は起き上がり、自分が次に出る競技の時間を確認する為、バックの中身を弄った。お目当てのしおりを取り出すと、隙間からポロッと小さな紙が落ちる。
ーーなんだろう
見覚えのない紙に首を傾げながら手に取ると、短めの文字が書かれていた。
ーー二時 体育館の横 倉庫
どこにも差出人の名前は書いておらず不信感が増すが、私はスマホを出し時間を確認した。
ーー13時55分
あと五分しかないギリギリの時間に焦った私は、紙に書いてあった場所まで走り出すが、『すぐ私達を頼ること』そう二人と約束した事を思い出し、一度足を止めスマホを開く。
緑のアプリを開き『体育館横の倉庫に来て』と凛のトークに送り、小さめに表示された時間を見ると、二時まであと二分しかなくスマホをポケットに仕舞い込み急いで走った。
♢
「ーー運動場まで意外と遠いのね」
切らした息を深呼吸して落ち着かせる。
体育館の横にある倉庫は一度も入ったことがなく、何が置いてあるのか分からない。
重ためのドアを横にスライドすると、運動場にある用具入れよりも広い空間が広がっていた。そこには使わなくなった部活道具が並べてあった。
倉庫の中に踏み込んだ瞬間、ドンッと背中を容赦なく押され私は倒れ込んだ。
「ーー痛っ 何!?」
擦りむいた片膝を手で押さえ後ろを振り向くと、そこには知らない女性が居た。
「ーー誰?」
その子は私と同じように上下青色のジャージを着ていてミディアムヘアの可愛い系の女の子だった。
その子は私の質問に答えないまま上から見下ろし目を睨ませていた。さすがに私は怖くなり倉庫から出ようと立ち上がると、学校の生徒ではない私服の男二人が現れた。
「ーー写真で見た時より数倍可愛いね〜」
「好きにしていいんでしょ? 茜ちゃん」
プリンがかった金髪と黒髪の男二人が、私の元へと近づき舌舐めずりをした。
黒髪の男はずっと黙っていた女性を「茜」と下の名前で呼び、彼女は男二人の後ろから無表情のまま私を見つめ、やっと口を開いた。
「ーー立ち直れないぐらいボロボロにしてあげて」
彼女はそう言ってドアに入り閉めた。
一気に薄暗く暗くなり小さめの窓から差し込む光だけの空間になった。
「茜ちゃん、顔に似合わず酷いこと言うね〜」
金髪の男は鼻で笑い軽口を叩いた。私は恐怖で顔が強ばり後ずさりをする。
「さっさと始めようぜ」
黒髪の一声に金髪の男は私の後ろへと周り抱きついた。ゾワっと寒気がした私は、思いっきり抵抗するが全然離れない。
「やめて下さい! 叫びますよ!」
「叫んでも誰にも聞こえないと思うよ?」
金髪の声が耳元で聞こえ、気持ち悪い声に耳を塞ぎたいが背中で固定されている為動けない。
「念のため口塞いどこーぜ」
「やめーー」
黒髪の男は、肩にかけていたタオルを慣れた手つきで私の口を塞ぐ。私は声も出すことが出来なくなり更なる恐怖が込み上げた。
「動かないでね〜 どうせ力では勝てないんだから」
「んーーーんーー」
それでも必死に抵抗するが、金髪の男が言った通り力では勝てない。すると黒髪の男に上着を少し捲られ、胸の方まで手を突っ込まれた。全身に鳥肌が立ち涙目になる。
そんな私を、彼女はドアにもたれ掛かり冷めた目で見つめ、ポケットからスマホを取り出す。
「動画...…全校生徒に流したらどうなるんだろうね?」
茜は、意地の悪い笑みを私に向けカメラを私に向けた。
「んーーっーーん」
私は目を見開き、茜を見ながら大きく首を横に振る。必死な私に気分が良くなったのか、茜は止めることなく動画を回し続けた。
顔を隠すことも出来ない、声も出すことも出来ない、抵抗する事も許されない。
「ーー抵抗する力、ちょっと弱くなったね?」
「ほらほら泣くなよ〜 萎えるだろ」
それでも男二人の手は止まることなく、上着は脱がせられ下着が露になる。恐怖で涙が溢れる私は、体の震えが止まらない。そんな私を見て茜が口を開いた。
「ーーもう言っちゃうけど、あんたの友達階段から突き落としたの私だから」
その瞬間、凛が階段から落ちた光景が鮮明に蘇った。この女を引っ叩いてやりたい気持ちが湧き起こり、怒りに任せ足をバタバタとさせて黒髪の男を遠ざけようと必死になる。
「ーーうお! あっぶね!」
黒髪の男は私の足を避け、茜は構わず今までの事を指折りしながら言っていく。
「あとーー靴をボロボロにしたのも私だし、他もーー」
「ーーんーーんーー!!」
何もかも全部この女が原因だと知った私は、怒りを込めて睨みつけると、楽しそうに話していた茜の顔が無表情に変わった。
「ーーなにその目。もういいや さっさと全部脱がせて」
今日が初対面の茜に、恨まれることなんて身に覚えのない。私は理不尽な仕打ちに嫌気がさす。
ーーもう嫌。助けて
私の願いは届かず、黒髪の男は私のズボンを下げた。その瞬間、ドアから大きな音が響き渡った。
ーーードンッッ!!!
「ーーこれどーやって開けんだよ!!」
「引きです! 引いて下さい!」
私以外の三人は、ドア越しから聞こえる声に焦り、男二人は私を押さえていた手を離す。そして、私は聞き覚えのある声にひどく安心し力が抜け座り込んだ。
「ーー小夏! だいじょーーーおいテメーら!!」
重ためのドアを軽々しく開けた龍生さんは私のはだけた姿を見ると、すぐに血相を変えて男二人を躊躇なく殴った。
凛と美月も私の姿に衝撃を受ける。
「ーーそんな...」
「遅くなってごめん...ごめんね小夏」
座り込んで動けない私を、凛は強く抱きしめ涙を流した。龍生さんは男二人を一発で仕留め外に放り投げると、私を見ずに着ていたジャージを投げた。
「ーーこれ着とけ」
「あの、石井先輩...」
茜は恐る恐る龍生さんを呼ぶと、龍生さんは女には手を出せない分、目をギロッとさせ思いっきり睨んだ。
「ーーお前か 小夏をこんな目に合わせる様に仕向けたのは」
前髪を掻き上げながらドスの効いた低い声に、茜は震えた声で必死に弁解しようとする。
「これには訳がーー」
「うるせーよ。言い訳なんて聞きたくもねー」
言葉を冷たく遮られた茜は絶望した表情になり目を潤ませた。
「ーーそんな...なんで、なんで石井先輩なんですか!」
「ーーは?」
突然自分の名前が上がり龍生さんは眉をひそめた。茜はそれでも構わず私を指差し声を荒げる。
「この女は前堂先輩という運命の人がもう居るんですよ!? なのになんで石井先輩まで...ずるい!!」
茜は恨めしそうに私を睨む。茜の言い分はこうだ。
茜は一年の頃、虐められていた所を龍生さんに助けてもらった。運命の相手じゃないと知っていながらも好きになってしまった茜は、最初は他の運命の相手がいるから諦めようとしていた。だが、私が純也先輩と運命の相手のくせに、龍生さんとも運命の相手だと知り、私を恨み、噂を広めて虐めたのだった。
「ーーなにそれ!」
私は立ち上がり茜の前に立つと、茜は悪びれることなく嫉妬の目を向けた。
「なによ? あんたはずるいのよ! このクソビッーー」
ーーパチンッ
私は我慢ができず、先輩である茜の頬を思いっきり叩いた。そして私は今年一声を荒げた。
「貴方が私を恨むのは仕方ないと思う! でも! 私の友達まで巻き込まないでよ!!」
「ーー仕方ないじゃない。あんた全然平気そうだったんだもん」
私の声に圧倒された茜は、拗ねた声でプイッと顔を背けた。
「だからってやって良いことと悪いことの区別もつけれないの!?」
食ってかかる私に、美月は遠慮気味に宥めた。
「小夏...それぐらいにして」
「嫌! 凛と美月に謝ってくれないと絶対許さない!」
関係ない友達を巻き込んだ茜への怒りがまだ収まらず顔が赤くなる。茜自身もやり過ぎてしまったと後悔していた部分があるらしく、素直に凛と美月に頭を下げた。
「ーーごめんなさい」
過ぎたことは気にしないタイプの凛は茜の事を許すが、私をチラッと見て真剣な声で茜に言った。
「私達はもういいんです。でもーー小夏にも謝って下さい」
「それはーー」
茜は苦い顔になり私に対して謝る事を渋ると、龍生さんは一歩前に出る。
「警察に突き出すこともできるんだぞ」
「ーーごめんなさい!! もうしないから...…」
『警察』という言葉に茜は顔を青ざめ、自分がやってきた事をやっと理解した。
私は怒りを抑える為深呼吸をし、茜の方へと手を出した。
「ーースマホ...…出して下さい」
「ーーえ? いいけど…」
茜は首を傾げながら手に持っていたスマホを私に渡した。そして私は、手を渡ったスマホを足元に落とした。
ーーバキッ バキッ バキッ
動画を撮られた手前、易々と帰らされる訳にはいかない。スマホが使えなくなるまで何度も踏みつけた。
「これでチャラにします。もう帰って下さい」
茜は壊れていくスマホを黙って見つめ、そのまま置き去りにし帰っていった。
♢
倉庫の中では、私を含め四人になり私は心の底からお礼を言った。
「助けに来てくれてありがとう」
「ううん、遅くなってごめんね」
「怖かったよね...」
凛と美月はまた泣きそうな表情で、早く助けてあげられなかった事を悔やんだ。龍生は男としての欲を必死に抑えようとメガネ越しから目を隠した。
「ーー小夏、早く前を隠してくれ」
「ーーあっ すみません!」
ジャージは着ていたが、前を閉めるのを忘れて下着が露になっていた。この状態で茜に説教してたのかと思うと恥ずかしくなり顔が赤くなる。
「龍生先輩が近くに居て良かったです! 私達だけじゃ小夏を助けるのは無理でした」
「龍生先輩が最初に小夏が居ないことに気づいたんだよ〜」
美月は助ける前の事を説明した。
凛と美月の競技が終わると、龍生さんは二人の元へ行き小夏がさっきから見当たらないと言いに行った。凛も不思議に思い何となくスマホを開くと、そこでやっと、小夏からのLINEに気づいたらしい。
「...そうなんですか?」
「まぁ...…な しらばく学校来てなかったから久しぶりの小夏の姿を目で追ってたんだ」
私の言葉を忠実に守ろうと龍生さんは我慢して遠くから見ていたらしい。そんな健気な龍生さんに胸が熱くなり一気に罪悪感が押し寄せた。
「ーーごめんなさい! 私、龍生さんに関わらないでって酷いこと言ったのに...」
龍生さんの気持ちを考えず酷い事を言ったのにそれでも私を守ろうと動いてくれた。
自分勝手だったと恥ずかしくなっていると龍生さんは、真剣な表情で私を見つめた。
「...小夏に何と言われようと俺はお前を放って置けないんだ」
「龍生さん...」
私の事を真っ直ぐな奴だと言ったが、龍生さんの方が真っ直ぐな人だと思う。なんとも言えない気持ちが湧き起こり私は龍生さんから目が離せなかった。
「あのー......私達居るんですよ〜」
この空気に耐えられなかった凛は、小さく手を上げ自分達の存在を示した。
すると、美月が凛の肩を軽く叩き小声で叱る。
「ーー凛! ここは無言で去っていく所でしょ!」
凛はやってしまったと苦笑いをし、私は凛のマイペースさに思わず笑った。
「ーーふふっ 帰ろっか!」
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純也先輩に一応報告すると、顔が真っ青になっていた。生徒会長としての仕事が忙しく助けられなかった事を悔やみ、あれからしばらくは、生徒会の仕事を放棄し私の元を離れなかった。