お見舞い
今は夏休み中の真っ只中。凛と美月と遊び回るつもりが、夏休み早々夏風邪を引いてしまった。
体温は37.9度。あまり風邪を引かない私だが、学校で色々あり思ったより私の体はガタがきていたようだ。久しぶりの熱に私はうなされた。暑さと寒さで体の細胞は混乱し、私の体は震えている。
「ーーうぅ、頭が割れる〜」
おでこに冷えピタを貼り、布団を首まで被る。『ピコン ピコン』とスマホに何度もメッセージが届いているが、開く余裕もなく後から返事を返そうとスルーしていた。
部屋の扉が少し開き、母が心配そうに顔だけを出した。
「小夏〜? お母さん仕事休んだから! 何かあったら呼んでね?」
「...プリン食べたい」
風邪を引いた時ほど甘えたくなる。別にプリンなんて食べたくないが、大丈夫なんて強がると今日一日この部屋で一人きりな気がした。だからこまめに甘えて母を何とか頻繁に部屋へと来させようとした。小さめの声で甘えると、少し安心したように母は笑った。
「食欲はあるのね...買ってくるわ」
「うん...ありがと」
母が扉を閉めると同時に私も目を閉じた。
♢
ーーピーンポーン
意識が朦朧としている中、遠くから呼び鈴が鳴るのが聞こえる。なかなか鳴り終わらずその音でパッチリと目が覚めた。
頭痛で眉をひそめながら、部屋の扉を開ける。
「ーーお母さ〜ん...お母さ〜ん?」
私は数分しか寝ていなかったらしく、母はまだ買い物に出掛けている途中だった。
私が出るしかないと、仕方なく部屋の机に置いてあるマスクをつけ、フラフラしながら玄関を開けた。
「ーーどちら様...先輩!」
宅急便かと思っていた私は、予想していなかった純也先輩の姿に目を見開いた。
デートの時とはまた違う、無地の白いシャツのシンプルコーデ。そのシンプルさも純也先輩はカッコよく着こなしていた。
「風邪って聞いて...これだけでも渡したくて」
手に持っていた茶色の紙袋を私に渡した。
紙袋を受け取りながら中を開くと、真っ赤な美味しそうな林檎が五つ入っていた。
「...良いんですか? ありがとございます」
軽く頭を下げただけで頭はフラフラとし、先輩の顔が徐々にボヤけていく。
「甘くて食べやすいと思うよ! じゃあーー小夏!?」
私の体力はもう限界でゆっくりと前に倒れてしまった。先輩の焦っていた声を最後に私は意識を手放した。
その時意識がないが、体はふわっと浮き上がり空に浮かんでいる夢を見た。
♢
遠くから話し声が聞こえ目を開けると、母と先輩が楽しそうに話していた。
「ーーお母さん? とーー先輩?」
「ーー起きたのね! 純也君がベットまで運んでくれたのよ」
私の声で二人は振り向き、母は私の熱の状態を確認しながら頭を優しく撫でた。
私が倒れると先輩は素早く抱き止めてくれていたらしい。丁度その時、母も買い物から帰ってきて、母は先輩にベットまで運んでくれるようお願いした。
「先輩…ありがとうございます」
私がお礼を言うと、先輩は全然苦じゃなかったかのように微笑んだ。
母は、そんな私達を見てチラチラと見る。
「…お母さん聞いてもいい? 純也君は小夏の彼氏なのかしら」
ずっと気になっていたのだろう。母は、もし違かったらとさっきまで聞くのを遠慮していたが、やっぱり聞かずにはいられなかったようだ。
「そうですよ。おれ、小夏の事大好きなんです」
先輩は隠す事なく直ぐに頷いた。それだけではなく気持ちまで正直に話してしまった。私は驚いてガバッと上半身を起き上がらせた。
「ちょっと! 先輩!」
「ーーえ? どうしたの?」
先輩は首を傾げ、私の驚いた原因を本当に分かっていなかった。私はそこで思い出した。純也先輩はこういう人だって事を。
娘に対しての好意を真っ直ぐな目で言われ、母もビックリして目を見開いた。そしてだんだんと顔を赤らめ『まぁ!』と照れていた。
「ーーごゆっくり〜」
母は要らない気を効かして二人きりにさせ、気まずい空気が流れる。ピコンとスマホが鳴り確認すると龍生さんからのメッセージが来ていた。
助けてくれたあの日から、龍生さんとは仲直り?をし元通りの関係になった。
「お見舞い来てもいいか? ですって」
先輩は、ムスッとした表情にな変わり、私が持っていたスマホを手で隠し詰め寄る。
「ーー小夏。龍生のことどう思ってるの?」
真剣な表情と普段とは少し低い声で言われ戸惑ってしまう。
「…どうしたんですか。急に」
「おれ、正直焦ってる。危ない時に助けるのは龍生だし、何かあったら直ぐそこには彼がいるから…好きになってもおかしくないよね」
先輩は悲しそうに眉を下げ、助けることさえ出来ていない自分に落ち込んでいた。
確かに、龍生さんは私が危ない時に助けてくれる。そこに好きが生まれるかと言われたら正直よく分からない。勿論助けに来てくれてドキッとしたりする事もあるが、今は先輩よりドキドキするかと言われれば違うのだ。
「ーー不安ですか?」
「えっ...ごめん! おれ余裕なくてカッコ悪いね」
そう言って先輩は笑うが、私にはその笑いが無理しているように思えて、どうにかしたいという気持ちになる。
「先輩…手を繋ぎましょう」
先輩が安心してくれるよう私は布団から手を差し出し微笑んだ。
「…いいけど」
急な手を繋ぐ流れに、先輩は戸惑いながらも手を繋ぎ合わせた。私は満足し、繋いだ手をベットの上で小さく跳ねさせた。
「私、先輩のこと完璧人間だと思ってました」
勉強と運動もできて生徒会長。忙しいはずなのに色々と完璧にこなす先輩だと思っていたが、こうやってたまに弱さを見せる先輩は人間らしくて好感が持てる。
「ーーおれ全然完璧じゃないでしょ? 幻滅した?」
完璧に見せるよう陰で努力しているだけだと一緒に過ごしていくうちに最近分かってきた。皆んなの期待に応えるのはとても体力がいることだ。
「先輩の事嫌いになんてなりませんよ むしろ安心しました」
私が優しく微笑むと、先輩は嬉しそうにするが少し困った顔を見せた。
「おれ、小夏のことになると余裕ないし嫉妬だってするよ」
「先輩がですか? 想像つかないです」
私が目を丸くすると、先輩は握っていた手が強くした。そして、私の目を真っ直ぐと見て、いつも通りの余裕な表情で微笑んだ。
「君が思ってるよりおれは小夏のことが好きだよ。君を絶対に離したくない程にね」
赤い糸が繋がっているってだけで何故こんなにも私を好きでいてくれるのだろう。
さっきの弱っている先輩は何処に行ったのか、いつも通りの先輩の天然タラシ具合に顔を赤らめ、拗ねらせた感じで少し口を尖らせる。
「ーーどこが余裕ないんですか...」
私の声は思ったよりも小さめで先輩は聞き取れなかったらしい。
「え? 聞こえなかった もう一回言って?」
「…独り言です」
もう一度言うことでもないので私は誤魔化した。すると、母が部屋のドアを開けて入ってきたので私は先輩の手をパッと離す。
「純也君から貰った林檎、剥いたから食べて〜」
母は、リンゴの皮をウサギの形に剥くという可愛らしいことはしないので、皮を全部無くしたくし形の林檎をお皿に入れて持ってきてくれた。
「ーー美味しい〜! 林檎ってこんなに水々しいんですね! 甘みと酸味のバランスが最高です〜!」
お家で出てくる林檎とは水々しさのレベルが違う。見た目も綺麗な真っ赤でこれこそ林檎って感じがする。多分、先輩が持ってきてくれた林檎は高級なのかもしれない。
美味しさにうっとりしていると、母は困ったように、恥ずかしそうにため息をついた。
「ごめんね、うちの子変でしょう。美味しいもの食べるとこうなっちゃうの」
母はやれやれ、という風に力なく笑うと、先輩もハハッと笑う。
「ーー可愛いと思います。小夏が居ると食卓が賑やかになって楽しそうですね」
先輩との食卓を囲む姿を想像してソワソワと落ち着かなくなる。チラッと先輩を見ると、先輩の目の奥は少し寂しそうだった。
♢
母はリビングに戻りまた私達だけになった。
「小夏が元気になったら夏祭りに行こうよ」
三週間後の八月には夏祭りがある。その頃には私も風邪は治っているだろう。
「いいですね! 祭りごと私大好きです」
私は目をキラキラさせ今からワクワクしてしまう。先輩は私を見て嬉しそうだった。
「ーーだから今は眠ろっか」
私が少しだけ眠気が襲っていたのを先輩は気づいついたのか、私を横にさせて頭を撫でた。優しい先輩の手に安心して目が閉じる。
「ーーはい……」
ーーーーーーーーーー
「小夏はーー覚えてないんだろうね…」
遠くで悲しい声が聞こえるが、目が重たく開けられずにそのまま深い眠りにはいった。




